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あまいもの。

 彼女は、ある日突然現れた。

 あんな辺鄙な場所の寄宿舎で燻っていた彼らに降って湧いた幸運のように。


 のっぽだと言えば、そうよ、便利なのと笑った。

 思えば、あれで気になってしまったのだ。厨房で、楽しそうに、時に難しい顔でお菓子を焼く彼女を。


 わがままを言っても仕方ないわねぇと受け入れてくれたのは彼が子供だったからだ。寄宿舎にいる学生の誰かだから。

 彼女が、王子とか、伯爵とかに以前と同じようには振舞えないと話すのは当たり前のことだった。大人ならば、身分も弁えて対応も変える。

 わかっていても、同じでいて欲しかった。


 ほんと仕方ないなぁと時折、甘やかしてくれたのはまだ子供と扱われたからだ。それにさえ気がついていなかった。

 臣籍になって、立場を得れば支援できると思っていた。

 そして、いつかとなりにいれると。


 弟子になったのがそもそもの間違いだったといまさら気がついて、彼はため息をつく。

 最悪だったのは、彼女の不在のときに彼女の店で勝手なことをしたことだ。良かれと思ったのは確かだが、それが彼女を傷つけると思わなかった。


 私の店で勝手しないで。


 冷たく、苦痛に満ちた声で拒絶されて最初はわけがわからなかった。出入り禁止を言い渡し、店は三日も休業した。

 今までは週に一度の休みがあった。しかし、それ以上、休んだことはない。

 それが、三日も。


 みんな働き過ぎだからと暗い顔で臨時休業を告げたと後で聞いた。


 その三日後、彼女は反省文を書けば元に戻してもよいと連絡してきた。それほど引きずっていないようだと周囲も言っていたし、彼もそう思っていた。

 間違いだと気がついたのは、別の話を聞いた後だった。


 店から、チョコチップクッキーが消えた。在庫限りの終売ということはいままであったが、そうではなく店舗に残っていたものも全て廃棄した。


 食べきれない分は作らない主義という彼女が。

 売れ残りはかわいそうでしょ? と言っていた彼女が。


 ほかの誰かに秘密ねと渡すでもなく、捨てた。


 無言で粉砕しているの怖かったっすというのは同じ弟子の話だ。誰も食べるなという怒りが滲んでいたと。

 そして、好きにしたいならこの店を出ていきなさい。何かしたいなら相談してと命令された。

 弟子一同震えあがったという話は、どこまで本気にしていいかはわからない。


 ただ、本気で怒った彼女がすこぶる怖いのは彼も知っている。ゴミでも見るような目で、なにも食うなと告げる冷酷さは育ち盛りには恐怖だった。


「……すごい怒らせちゃったな」


 それでも彼にはどこから謝っていいのかわからない。

 今まで、本気での謝罪なんてしたことがなかったと思い知らされた。


 それでも許されたのは、生まれのおかげだとも。


 ため息をついて彼は反省文に向き直る。

 ごめんなさい。もうしません。そんな言葉じゃ届かない。


 謝って許してもらって、それで。


 告げたい言葉は苦い。彼女の気持ちはないことくらい知っている。はぐらかされているように思えて問い詰めたら、終わってしまう。


「……もうほんとに、最悪」



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