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後始末とオムライスと

「すまなかった。

 どういう点を軽んじていたのか考え直す良い機会になった。では、資料の3ページ目から」


 という形での謝罪になるとは思ってなかった。お城の会議室で、ほかの人もありで謝罪のためのプレゼンされた。15ページあった。

 思ったよりもこう、ガチだった。

 シェフだけでなく、そういう城の裏方の人をどう歪んで下に見るようになったのか、とか、庇護対象のつもりが軽んじて扱うようになったとかそこまで切り込んでいた。王太子殿下本人だけではなく、こういった傾向は貴族全体であるというのもよくないと。

 今すぐは難しいが、お互いに尊重できるように改善するつもりらしい。


 それを踏まえた上で、シェフに謝罪していた。


「今まで安心して食べられることを気に留めたことがなかった。毒見をして排除されているから当たり前だと。

 しかし、そうではなかった。誇るべき仕事をしていた。改めて感謝とその忠義を認めたい」


 当のシェフは、嫌そうを超えて無表情だった。

 ……ご、ごめん。こんなことになるとは思ってなかった。


「私だけの努力ではありません。先代より継いだものがあり、周囲の助けもありました」


 ああ、なんか、本心というより建前を言わせちゃった気がする……。

 本当に、これじゃない。


 私の何とも言えない表情に気がついていると思うが、そこでいったん解散された。その他大勢の方々は外に出ていき、王太子殿下と私たちだけになった。


「茶番に付き合わせて悪かった。

 さすがに私にも立場があってね。いまさら廃嫡されては妻子を抱えて困る」


「……少しは困ったらどうですか」


 さすがにシェフも冷ややかな声である。

 ごめんごめんと軽い謝罪が続き、別の部屋へ移ろうと提案された。帰ってもいいけど。ちらりと渡された資料を見る。そこには建前だけがあったというわけでもない。悪かったところにもきちんと目を向けていた。

 少し迷ってついていくことにした。


 王家の私的な場所に入っていく。


「下町に遊びに行くというのは私はしなかったんだ。

 ここから民の暮らしを支えていくのだから行く必要はないと。だから貴重な体験だったよ。王族でなくても、あんな応援されることってあるのだね。

 それから数年ぶりに兄弟げんかしたよ。取っ組み合いとか子供かって感じだね」


 王太子殿下は機嫌よく道中語ってくれた。吹っ切れたようでいいけど、物理で喧嘩したのか。誰としたのか知らないけど、最弱そう……。


「ぼちぼち信頼を取り戻していかないといけない。

 復讐に捕らわれていたのは良くなかった。今はそう思えるよ。どうしたって、昔に戻れもしないのに」


「復讐ですか」


「乳母がね、都合が悪いって殺された。それも乳兄弟ごと。

 だから、ちょっとアザールが羨ましくてね。母はもう、壊れてしまった後だったし」


 ……背景が重いんだけどっ! シェフを見ればなんとなく気まずそうだ。知ってたっぽい。聞いた私が悪かったです。興味本位でした。

 そう謝るのも何か違うと思ったので黙っていよう。


「ライオットも本当に迷惑をかけた。

 欲しいものも特にないだろうから、いつか困ったら一つ願いを聞き入れよう」


「ご配慮痛み入ります」


 シェフの言い方はやや皮肉っぽい。王太子殿下は笑っていた。やっぱり距離が近い感じがするんだよね。友人というより身内に近い感じ。

 それからしばらく歩いて、一つの部屋の前で立ち止まった。

 その部屋は王太子の私室らしい。執務室でもなく完全プライベートな空間。


 人払いが済んでいるのか誰もいなかった。


「悪気はなかったが、だからと言って傷つけていいわけではなかった。

 反省している。今後はこのようなことがないように気をつけよう。

 本当に悪かった」


「反省しているかは今後で判断します」


「そうしてくれ。

 これでよいかな。シオリ殿」


「まじめに考えてくれたのはわかりました。

 次は、ちゃんと、殴り合いの決闘しますからね?」


「そうならぬよう気をつける」


 とりあえずは、これでおしまいにしておこう。


「息災でな。

 私は一度、席を外すよ。兄様が悪い人と言われるのも堪えるものだからな」


 どういう意味かなと思えば、ばーんと扉が開いた。


「姉様、おめでとうございますっ!」


「兄様の鼻っ柱を折るなんて、さっすが姉様」


「かっこよかったですよっ! お忍びでいった甲斐がありました」


 ……お姫様&王子様に囲まれた。

 決闘のことと婚約のことも聞かれたりした。いつ婚約されたんですの?という鋭い質問についてちょっと前にと言っておいた。少々後ろめたい。

 ある程度の時間で、それぞれの侍女たちや護衛が引き取りにきた。そうでなければいつまでも居そうな雰囲気だったので助かった。


「帰るなら送ろう」


 最後に来たのはアザール閣下だった。少々もやっとするところはあるけど、シェフとの間で話がついているなら口出しする気はない。

 ただ、まあ、当人同士はまだなんかぎこちない。


「シオリ殿には手間をかけさせてしまった。申し訳ない」


「近いと見えないこともあるでしょうから。

 次なんかあったら」


「ないようにする。

 全く、フライパンの騎士殿は血の気が多い」


「なんですか。その恥ずかしい言い方」


「祭り以降、どこからともなく、そういう呼称で呼ばれるようになった、らしい。

 俺じゃないからな」


 シェフを見上げれば首を横に振っている。聞いたことがないらしい。

 まあ、噂を集めるタイプではないから知らないかもしれないが。


「……あ」


 シェフが思い出す何かがあったらしい。


「心当たりがあるんですか?」


「聖女殿だ。実況でそんな感じのことを言っていたな」


 また聖女おまえかっ!


「にんじんと生野菜攻めしといてください。わたしのかわりにどうぞよろしく」


 本人には会わない。適当なこと言ってごまかすだろうから。

 もうほんとにっ!


 私が決闘を挑むべきは聖女かもしれない。


 アザール閣下とは馬車留めまで。


「気をつけて帰れよ」


 そうアザール閣下は言って去っていった。

 シェフは何か言いたげで、でも、何も言わなかった。


「請求金満額入金されてたので、出禁は解除してもいいんですけどね。どうします?」


 馬車の中で確認する。


「調子に乗るからあと半年はそのままにしてもらっていいか?」


「わかりました。でも、奥さんとお子さんは来てもいいってことにしておきますね」


 さすがに道連れはかわいそうである。頻度は高くなかったけど、とても楽しそうにしていたから。


 馬車はホテルの入口に戻ってきた。どこの馬車ともわからないようにしているせいか注目されることもなく、ホテルの中に入れる。

 そのまま部屋に戻ってソファに伏してしまった。


「ドレスきつい。脱ぎたい」


 地味にきついぜコルセット。一人でつけられるそれほど締め付けていないものでも長時間は堪える。


「脱がせてください。ほんと、圧迫ツライです」


「……わかった」


 行儀は悪いけど、ソファにうつ伏せになる。

 出かける前も同じようにしたけど……。


 髪をそっと持ち上げる指が、首筋に当たった。ぴくっと反応するのはちょっと敏感過ぎるかもしれない……。ううっ、気配が、こそばゆい。

 慎重に一つずつ外されていくボタン。次は、別の何か紐とかにしよう。うん。上で結べはいいもの。もういっそ、ぴたっとしないの流行らそう。そうしよう。

 などと考えているうちに半ばまで外れる。

 も、もう色々限界。頼んだのにひどいとは思うけど、変な声出そうになる。


「あ、あとは自分でします」


「あと二つほど……」


「も、もう脱げそうですし、だいじょ」


 ……確かに、もう、脱げる大丈夫だった。が、そのまま半脱げになった。敗因。胸元を押さえずに慌てて起き上がろうとしたから。意外と重いよドレス生地。ビーズとかつけるからさぁっ! と今頃思っても遅い。

 私からしたら下着じゃないけど、現地感覚で下着なワンピース姿。


 恐る恐る背後を確認すれば、シェフはいきなり動いた私にびっくりして離れたようだった。とりあえずぶつからなくてよかった。

 でも、なんかすっごい見られてる。意外。

 目があった瞬間に、慌てて背中を向けたけどね。遅い。


 むっつりすけべ。ということでよろしい?

 とか考えた私も相当動揺している。恥ずかしくないけど、恥ずかしいという。


「き、きがえてきますっ!」


 ちゃんと着なおして胸元をちゃんと抑えて退場。

 ごく普通のワンピースに着替える。どきどきしたというか、ほんと予想外だった。見られてもいいけど見られたという矛盾に満ちたなんかがある。

 やや落ち着くまで、待って戻ろうと思ったけど、落ち着けるはずもない。


 だけど、戻らないわけにもいかない。平常心と唱えながら、戻る。ソファにシェフはいたけど、なんか新聞見てるけど見てない。昨日と同じなんかだ。


「すみません。手伝ってもらって。

 お腹すきました。今日の夕食は何でしょうね」


 何事もなかったように、だ。この先気まずい時間を過ごしたくはない。そう思って、隣に座る。

 シェフはちらりと私に視線を向けて新聞をたたんだ。


「面白いこと書いてありました?」


「東国との交易が増えているらしい。

 おむらいすとはなにか、とか」


「どこでライオットさんは知ったんですか?」


「ルイス殿下が知っているか聞いてきたところからかな」


「いつです?」


「……四年前」


 変な声が漏れそうになった。つまり、あの物体がこの世界に現れたときに、聞いたのだ。


「作ったのは、最近。ほら殿下たちにも振舞ったときに、ほかの姉弟に自慢して、どうしても食べたいっていうから」


「言ってくれれば作ったのに」


「城で言われれば俺の仕事だ」


 きっぱり断られた。思い返せば、城の厨房でお菓子しか作ってない。パンは辛うじてオッケーだったのかも。いや、でも、ちょっと嫌な顔してたような気がしてきた。

 しかし、本物の味見もしないで作ったのかこの人。

 そのころにはもう知り合いなのに、作り方も味も聞いてこなかった。それがちょっと面白くはあった。


「頼られたかったなぁ」


 そう言ってちょっと寄りかかる。今日は離れていかないから大丈夫でしょ。


「……つぎはそうする」


「そうしてください」


 そこからはたわいもない話をした。そうして隙間を埋めたいみたいに。

 い、いや、さっきの今のこれで、意識するなというのも無理だった。早くご飯来てください、早急に!という気持ちが薄っすらと……。


 夕食もおいしかった。ビーフシチュー。ほろほろになっているのに見た目はボロボロになっていないお肉がすごい。

 デザートも三点盛だけど見た目も美しい。


「食べないのか?」


「食べてますよ」


 職業病のように分解しつつというのは、もうあきらめて欲しい。オレンジとチョコの組み合わせは強いが他になんか入ってるけどなにかわかんない……。くっ。私も修行がたりないわ。


「今日は、仕事なし」


「趣味です」


 呆れたように見られた。さすがにちょっと反省して、普通に食べることにした。

 珈琲と合わせるのがやっぱりいい。うちもちゃんと珈琲に力を入れるべきかも。いや、新店だけの特別にしようかな。

 うーん……。


「シオリさん?」


「ごめんなさい」


 店を離れても仕事のことに時々戻ってくるのは染みついているような気がする。そこからはできるだけ考えないようにした。

 食事も終わり、お風呂も入り、というところで……。


「お酒でも!」


「却下」


「デザートワインあるんです。味見したい」


「ダメ」


「酔っても寝る場所すぐにある。問題ない」


「ある。誰が相手すると思ってるんだ」


「では部屋で」


 没収された。

 ひどい。


「チーズおいしい、お酒も欲しい。一緒に酔っ払い……ませんよね。ううっ」


「なぜ酔おうとする」


「勢いってものがいるので」


 怪訝そうに見返された。


「まあ、聞いてください。素面では、恥ずかしくて言えないこともあるのです」


 なに言ってんの? という顔された。

 お酒飲まない人だもんね……。

 腹をくくるしかっ!


「後ろから抱きしめられて、なんか甘い言葉囁かれたいですっ!」


 恥ずかしいわっ! 死ぬ。

 言われたシェフも絶句しているしっ! でも素直な欲求である。そして、コレ、要求しないとでてこないのである……。


「なんか甘い言葉って何」


「わかんないですけど、好きとか、ですかね?」


 言いながら視線が泳ぐ。愛してるとかでもいいよ、と軽く言えない。

 とりあえず、ソファでバックハグしてもらった。包まれてる感すごいな。


「で?」


「甘い言葉のストックないんですか」


「あったら困ってない」


 そのままぎゅっと密着されると何か理性の崩壊の音が……。


「好きだ」


 低い声にぞくぞくする。あ、やばいなこれ。知ってたけど、想定以上の破壊力。


「じゅ、じゅうぶんで」


 というところで、首筋を舐められた。


「ひぃっ」


 可愛くない悲鳴よくないっ!


「おいしそう」


「食べ物では」


「いつもいい匂いしてると思ってた。舐めても甘くないのにな」


「お菓子の匂いが染みついてっ」


 かぷってなに!?

 え、たべられ?


「警告は散々したんだ。もういいだろ」


 若干の逃げ腰を察したかのように先手を打たれた。

 いや、まあ、いいんですけど。


「……お手柔らかに」


「どうかな」


 結局、一日延泊した。



 婚約した日から三か月後、書類上の結婚をした。特に結婚式というものはしないし、お披露目の会もしないことにした。あとで落ち着いたら何とかしようと思う。パーティーの采配はきついし、準備に時間がかかるがその時間がない。

 周囲には結婚したと伝えているから問題はないだろう。

 新店も仮営業を始め、忙しいならがも充実した日々を送っている。


 新店舗は、なぜかオムライス屋になった。大食い大会以降、あの食べ物はなんだ、どこで食べられるのかと問い合わせが増え、苦肉の策である。

 シェフは苦笑しながらも今はオムライス屋さんをしている。そ、そのうち、もう一つお店作って移動するからごめんと拝み倒したのだ。

 代わりに、2、3お願いを聞く約束をしている。後々どうなるかちょっぴり不安だったりする。


 新店にはお忍びの王太子殿下とアザール閣下がやってきたとか。

 ローゼンリッターも順調に営業している。弟子たちも最初から比べると成長して、今後の希望などいうようになってきたので、色々考えることはあるがそれが師匠の役目というものだろう。


 無限オムライスは、寄宿舎に戻っていった。今後も若い子たちの胃袋を満たしていくようである。

 フライパンは変わらず、壁に飾ってある。ぶん殴る以外の仕事もさせてあげたいが、難しそうである。

 こっちに来た時に着ていた服はしまっておいた。返す返すもちゃんとした服着てればよかったと思う。


 こっちの服を着て、過ごす日々に、馴染んでいく。

 そうして、私はここで生きていく。

 ようやくそれを飲み込めた気がした。


 中々に物わかりの悪いことだと思うが仕方ない。

 あっちにいたらすぐにお店ももてなかかっただろうし悪いことばかりではないだろう。

 戻れないのではなく、もう、帰らない。強がりでもそう言い張ることにしよう。


 大事な人たちとこの世界で楽しくすごしていくのだから。

本編はこちらで終了です。

おつかれさまでした。

想定よりかなり長くなりました。

今後、ちょっと未来の話や本編の隙間の話の追加予定はありますが、一旦ここでおしまいにします。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 手袋を準備し始めた頃からハラハラ・ドキドキしていました。 まさかの決闘方法にこれは負けないよなぁと感心し、まさかのカモフラージュに笑いました。 王太子も反省したみたいだし、最後甘い雰囲気…
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