育毛育枝
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
あ〜、先輩! どうもお久しぶりです!
え〜、もしかして私のこと、とっさに分からなかったんですか? まあ、長い髪をばっさりしちゃいましたから、雰囲気はだいぶ違うかもですね。
思うところあって、いったんロングにしてみましたが、ほんと〜に紙の毛って重いんですね。お手入れも大変だし、数十分もドライヤーかける羽目になるとは思いませんでした。
それも、乾かすどころか吸い込むんですよ、毛先。先輩には信じられます?
ドライヤーにも吸い込む力が働いているみたいで、それが髪の毛大好きウインドにつながっているらしいのだとか。いやあ、まいったまいった。
おかげで枝毛も増えちゃいまして。これ以上、お手入れに時間かけるなら、もうすぱっとお別れしちゃおうかなと。いやはや不精なところと、変に思い切りのいいところは父親ゆずりかもしれません。
そして何より、枝毛が増えるというのはまずい兆候な恐れがあるそうなんですよ。体調面とか以外にも。それを人づてに聞いて、ちょびっと怖くなったといいますか。
これも父の話していたことですからね。先輩も、将来当てはまっちゃうかもしれませんよ? 聞いておきませんか?
父も子供のころに、すでに枝毛が目立つようになっていたと聞きます。
長い髪ではなかったようですが、鏡に映して間近に髪の毛を観察してみますとね。途中で折れ曲がっている毛が、ちらほら混じっているのに気づいたんです。
とはいえ、当時の父は今より輪にかけて髪の毛を気にするような性格ではなく。
「なんだ、やたらとへそ曲げる連中だな」と捨て置いて、そのまま日々の暮らしを送っていたそうなんです。
しかし、そのうち問題が起こります。
当時、まだまだ知名度の低かったというサッカーに、父ははまり出したんですね。
足はまあまあ、ジャンプ力はある。ゴール前の競り合いだったら、素人集まりの中でもそこそこのものだと自負していたとか。
とはいっても、サッカー向けの心得があったわけじゃなく。高いセンタリングのボールを競り合って、ヘディングシュートを決めるような芸当はなかなかできなかったとか。
そのときも高いボールを競ったようなんですが、なにぶん着地点がピンポイント過ぎました。
つむじへの直撃。
ほぼ真上からの急降下弾を正面から受け止めて、平然としているのは難しいでしょう。
があん、と痛みとともに目の前の景色がぐらつく心地でしたが、プレイ中なので我慢をしました。
しかし、ややあって。父のそばにいた子たちは、次々に鼻をつまみ始めたんです。
父にも、その原因がだいたい分かりました。ボールを頭に受けてより、何やら青臭さが頭部から髪を伝って、臭い出していたからです。
実際、頭を手にやってみると、ぺっとり赤いものがつきました。
血じゃありません。赤みそのものは薄く、水気に富んでいます。果実とかがぶつかって破裂したと考えたほうが、まだ自然に思えました。
この臭さも、未熟な野菜を無理に潰したかのような香りにそっくりです。
そんな事態になって、父も友達も落ち着いてはいられません。父はひとり、遊び場の端にある水飲み場でたっぷり頭を洗ったのですが、満足に臭いやぺとつきを取ることはできず。
結局は家に帰った後、入念に洗うことによって、どうにか普段の状態へ持っていけました。
ですが、その衝撃でスイッチが入ってしまったのか。
それ以降、頭へ刺激があると、その強さ長さに応じて、父はぷんぷん臭いを発するようになってしまったみたいなんですね。
ヘディングレベルでなくても、ひょいと背伸びした拍子に棚とか鴨居にぶつかるとか、雨粒をダイレクトに頭皮へ受けるとか、日常でついやってしまうことでも反応したみたいで。
臭いイコール不潔の香りですからねえ。特に狙ったわけでもないのに、被せられる罪というのは参るものです。
香水など女か、年配の人が使うものだと信じてやまない当時の父にとって、そのたぐいに頼らねばならないというのは、大きな屈辱でした。しかし、それなしではみんなが不快な顔をしてますます遠ざかるばかりなのです。
親からしてみれば、もっとしっかり頭を洗いなさいとの注意もしたくなるでしょうが、父とてすでに対策済み。
もう行っている、もしくは行おうとしているときのお小言ほど、機嫌を損ねないものがありましょうか?
とにかく元を断ちたいのに、どのような手を取るのがいいか、考えあぐねる父へ追い打ちが降りかかります。
虫です。
家の中ではそのような気配はないのに、外出するとくっついてきていたんです。枝毛に。
このころになると、もう父の頭から枝毛じゃない毛を探すことが難しくなっていたそうで。いずれも芋虫みたいな格好をしていて「どの毛にも小さき虫の這う日かな」といったノリだったとか。
女子にはもう、こてんこてんにやられました。男子でも大半はいい顔ができずに、頬を引きつらせていたそうです。
父にはこれまた度重なる侮辱。手拭いなどを使っても、その生地へべっとり張り付かれるんだから、いい顔ができようはずがありません。
先生にどうにか許可をもらい、頭に手拭いを巻いてもらって視覚的、落下的ダメージは抑えることに成功しました。しかし、父個人の受ける不快度数はなお青天井。
午前中、手拭いの中でしきりにうごめいている彼らの気配に、つい表情をニヨニヨ崩してしまったとのことです。気持ちよさとはほど遠いもので。
そして、父にとって忘れられない昼休みになります。
どうにかこの状態を改善しようと、外の流しの前でもって手拭いをとった時、父の耳へ無数の鳴き声が叩き込まれることになりました。
カラスのものです。
はっと上を向こうとした時には、すでに羽音も父のまわりをすっかり囲んでいましてね。居合わせた人によると、校舎のそこかしこから飛び出したカラス数十羽が、すさまじい勢いで父へ群がっていったと。
彼らの狙いは、すぐ分かりました。父の頭です。
厳密には父の頭に巣くう、虫たちです。元の黒色を、その緑色の身体でカバーできるほどに群れをなし、身を寄せ合っていた彼らは、無遠慮なカラスたちのくちばしにより、どんどん連れ去られて行きました。
父の髪、その下の皮、場合によっては血とかかけらとかといっしょに、強引に。
時間にして、ほんの数秒といった手際のよさで、カラスたちは現れたときと同じように、バラバラと迅速に去っていきます。
取り残された父は、虫からこそ解放されましたが、髪の毛は無残に食い散らされた上に出血もそこかしこ。午後はずっと保健室のお世話になってしまったとのことでした。
それから父は、しばらく髪を伸ばすのが怖くなって丸坊主期間が長かったらしいですね。
今でもつつかれた痕が残っていますよ。髪の毛かきわけて、見せてくれましたから。
ですので同じような目にあったらごめんだと、手入れがしやすいくらいの長さに髪を整えなおしたんですね。いざとなったらはげになっちゃうのも、覚悟しています。




