貧乏男爵令嬢の私が王様を支配したいと思うのはだめなことですか?
始まりはひとつのお触れだった。
『身体のどこかに月の形をしたアザを持っている者は至急王宮を訪れよ』
「――お父様」
「なんだ?」
「このお触れ、日付が1か月ほど前なのですが……」
「……僻地だからなぁ」
「はぁ……」
お父様の言う通り、ここは王都から遥か北東にある僻地の田舎。各種物資や書簡が届くのは、早くて半月後。……まあ、そのほとんどが納税の催促ですけどね。
我がグラシリル家は一応男爵という爵位を持っているが、僻地故なのか、とても、そう、とても貧乏なのである。それなのに領地は無駄に広い。そのせいで税が嵩んでしまい、領民のみんなと一緒になって農作業をする日々。貴族らしくない暮らしではあるけど、毎日楽しいから私にはこれが性に合っているのかもしれない。
「それで、どうしてこのお触れを私に?」
たしかに書簡は家族全員が確認するように、と我が家のルールとしてあるが、各々で暇ができた時に専用の箱から取って、読み終わったらその書簡にサインを入れる。普段通りではないお父様の行動を問いかける。
お父様はきょとんとした顔で当然のことのように答えた。
「どうしてって……エリーの身体に月のアザがあるだろう?」
「え?」
「え? ――ああ、そうか。自分じゃ見えないところだったな。ここに」
農作業後の汗と土にまみれた髪を持ち上げて、うなじに触れられる。
「見えないのですが……鏡かなにかでも見えるかどうか……」
「――なにしているの?」
「母さん! ちょうどいいところに!」
どうにかうなじを見ようと試行錯誤しているところに、お母様がやってきた。お母様はお父様から事情を聞いた後、部屋にあった手鏡を取り私のうなじに数秒翳し小さく唱えた。その手鏡を目の前に差し出されたが、まだ私のうなじが映ったままだった。
お母様が持っている魔法のひとつである。
「ほら、どうかしら」
「本当にありますね。三日月のように見えないこともないかも……」
「ふふ、赤ん坊の時からわたしたちは何度も見てきたけど、エリーは初めてなのね」
「いつも見てたから、すっかりエリーも知っているものだと思っていたなぁ」
お父様とお母様は陽気に笑い合っていた。相変わらず仲がよさそうでなにより。
「――って、それどころではないのですけど!?」
「え?」
二人の声が重なる。お父様が持っていたお触れを強引に奪い取って、書かれている文言を強調するように指差す。
「『至急』、『至急』ですよ!? もう1か月も経っていますよ!?」
「そう言われても、届いたのが昨日だからなぁ……」
「さすが僻地! ……これ、無視、できないですよね?」
「アザがあることを知らなかったならまだしも、普通お触れは絶対だ」
「はぁ……急いで準備したとしても、王宮まで10日は優にかかるから……」
休憩を極力少なくしたら3日くらいは短縮できるかもしれないが、私はまだしも、馬は休憩なしというわけにもいかない。もちろん早馬など、貧乏貴族の家にいるわけもなく。
……いや、そもそもお触れがすぐ届かない方が悪いのでは?
それに1か月もすでに経っているのだから、10日追加されたくらいそう差異はないだろう。そんなことはないだろうけど、むりやり言い聞かせながら、王都へと向かう準備を始めた。
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「やっと着いた……」
多くの人が行き交う街中を馬車から眺めながら、ひと息つく。休憩をしっかりしてきたとは言え、10日間も馬車に揺られたから身体が悲鳴をあげる寸前だ。一度、宿に泊まってリフレッシュしてから王宮に行きたいところだが、至急とあった以上急がないと。それに。
「都会の宿に泊まるお金なんてないし」
我が家のお財布事情を憂いながら、賑やかで活気づいている通りを馬車で走る。でも、なんだか、都会の商店にしては農作物が少ないような……?
グラシリル領では、畑から収穫したのをそのまま領民に配っているから、多く見えているだけだろうか。それとも、王都ではたくさんの人が暮らしているから、それだけ売れているのかもしれない。
「そういえば、隣の領も収穫量が例年より少ないって言っていたっけ……」
天候などの理由によって出来が悪い時もあったけど、収穫量が少ないと思う時は私が農作業に携わってからはなかった。お父様がそう言っているのを聞いたこともない。
何かが起こっているのだろうか。
考えても何も分からない。だから今は。
「王宮へ急ごう」
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「はー、大きい……」
何か用があれば王宮に行くのはお父様だったから初めて来たけど、あまりの大きさに感嘆する。私の家の何倍、何十倍あるんだろう……。王様がいるんだから大きいのは当たり前か。
「あの――」
王宮を見上げていたのが不審だったのだろう、門の前で警備をしていた近衛兵に話しかけられた。
「あ、えっと……これを見て来たのですが……」
鞄の中に入れてあった1か月と10日前の日付が記されているお触れを近衛兵に見せる。彼は、お触れと私の顔とに何度も視線を運ぶ。至急と書かれていたし約束も何もしていないから、通してもらえないかと思ったけど、渋々といった感じではあったがなんとか門の中に入れてもらえた。
「少し待っていてください」
「は、はい」
言われた通りに敷地に入ってすぐのところで待機していたら、先ほどの近衛兵が恰幅のいい男性を連れて戻ってきた。身なりからしてずいぶんと身分が高い人だ。慌てて地面に置いていた鞄を持ち上げる。
「――彼女か?」
「お触れを見て来た、と」
二人で小声でやりとりした後、恰幅のいい男性が私の頭からつま先まで何度も往復するように隅々まで見る。やっぱり綺麗にしてから来た方がよかっただろうか。
「で?」
「え?」
突然疑問を振られ。思わず素っ頓狂な返事をしてしまった。
「お触れを見てきたと言うなら、この月のアザがあるのでしょう?」
「あ! はい、ここに……」
洗えていないから少しギシギシとする長い黒髪を前に流すように持っていき、彼らにアザが見えるように背中を向ける。自分で確認ができないので見えているか不安だったけど、痛いほどに彼らの視線がうなじに集まっているから、おそらく大丈夫だろう。
「本当に月だ……」
「ですね、綺麗な三日月……」
「あ、ありがとうございます?」
「ところで」
もういいといった感じに言われたので、押さえていた髪の毛を元に戻し彼らの方に向き直る。
「名前は?」
「グラシリル男爵の一人娘、エリネット・グラシリルでございます」
小さい頃にお母様に教えてもらった記憶を脳内の奥底から手繰り寄せ、カーテシーをぎこちなくなりながら行った。
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恰幅のいい男性に連れられて来たのは、豪勢なおそらく応接間と思しき部屋だった。この部屋だけで我が家の半分くらいが入ってしまいそうなくらい広い。王様の部屋とかどれだけ広いのだろう……。
「そこに掛けていてください。今、お茶の用意をさせますので」
「いえ! お構いなく……」
私の言葉を待たずに男性は部屋から出て行ってしまった。
促されたからソファに座ったけど、私のベッドよりもふかふかで、連日の馬車で疲れた身体が癒されていく。
少し放心状態になっていたところに、部屋の扉が開いて肩がびくりと跳ねる。
部屋の入り口には先ほどの男性ではなく、若い、私より4か5歳くらい上の、眉目秀麗な人が立っていた。青みがかった銀髪に深緑の瞳の色。今まで見たことがないくらいの、まるで人形のような彼に呆気にとられていると、スタスタと私の元まで向かってくる。
「あ、あの、どうかされましたか……?」
「――お前が」
「え?」
「お前がポゼシーか?」
「ぽぜ……?」
その彼の言ったことがよく分からなくて、頭に疑問符を浮かべていると、開いたままの扉から慌てて先ほどの恰幅のいい男性が入ってきた。
「アルノエ様! どうしてここへ!」
「クロが慌ただしくしていたから、おそらくポゼシーが来たのだろうと思ってな。だが……」
アルノエと呼ばれた彼が私の方をちらりと一瞥する。そのポゼシーとやらはよく分からないが、おそらく私はそれに相応しくないだろうことは彼の態度からなんとなく分かる。
それにしても、アルノエってどこかで聞いたことがあるような……。
「……まずはこのクロヴィドが話をしてみますので、王様は自室にて少々お待ちくださいませ」
「あー、そうそう。新しく王になったのがそんな名前だったっけ……って、え?」
「あ?」
アルノエと目が合い、ゆっくりとクロと呼ばれていた恰幅のいい男性の方へと逸らす。
「……王様?」
「……はい」
「! も、申し訳ございません! 無礼を――!」
慌ててソファから立ち上がり、腰を90度まで曲げて全力で謝罪する。
ただでさえ貧乏で毎日の生活もやっとだというのに、これ以上なにか課されたら私たち家族だけでなく、領民にまで被害が及ぶかもしれない。それだけは避けたい。
おそるおそる頭をあげると、そこにはもう王様はいなくなっていた。
「あれ……もしかして、だめだった……?」
「大丈夫ですよ。――エリネット嬢」
「あ、えっと……」
「クロヴィド・シャルマンです。先王の時から大臣として仕えております」
そう言ってクロヴィドさんは、再度私にソファに座るように促す。
王様は怒っていないとクロヴィドさんが言うので、それを信じるしかない。というか、そうであってほしい……!
「ところで、いろいろと説明がまだでしたね」
「はい。その、ポゼシー、というのはなんなのでしょうか?」
「ポゼシーの前に、魔法石のことをお聞きします。どのくらい魔法石についてご存じですか?」
「魔法石、ですか? えっと……国ができる時に自然に生まれてきて、魔法石のおかげで健康で暮らしていける、というくらいしか……」
「多くの国民はそれで十分でしょう。しかし、続き、と言いましょうか、王家には魔法石に関して重要な役割があります」
「役割?」
「魔法石は自然発生的にできますが、何もせず放置したままだと、魔法石の加護がなくなり、逆に国内の土壌が汚染していき農作物が不作になったり、疫病が蔓延したりと、災いが起こるようになります。ですので、管理が必要なのですが、その管理を任されているのが、我が国に限らず各国の長が担当しています」
魔法石のおかげで健康に暮らしていけるのは知っていたが、魔法石のせいで災厄が起こることは初耳だった。王家や関係者だけが知る事実なのだろう。国民が知ってしまったら、いつ魔法石の加護がなくなるか不安になり暴動などが起こってしまうかもしれない。
それと、クロヴィドさんの話にひとつだけ嫌な心当たりがあった。
「農作物の不作……」
「……グラシリル領にも、すでに影響がありますか?」
「いえ、私のところは大丈夫ですが、隣の領で収穫量が少ないと聞いたのと、先ほど街中を通っている時に、品物が国都にしては少なかったように感じたので」
「お察しの通り、魔法石の管理が少し行き届かなくなっているのです」
「!」
クロヴィドさんは自身の両手を組み、顔の前へと持っていく。思い悩んでいる様子だった。
「先王が急逝されて、アルノエ様が半年ほど前に王を継いだばかりで……。それでも、今まで王になるための教育をみっちりと受けてきたので、ノウハウはあるはずです。先王がやっていた通りにやっているはず、なのですが……」
「なぜか上手くいかない、と」
「はい。それに、魔法石だけでなく、アルノエ様の調子もどこか優れなくなってしまって」
「……先ほどは元気そうでしたが」
「ええ。いつもより少し顔色もよくて、私も驚いております」
元気そうに私のことをみすぼらしい女だとでも言いたげに見ていましたけど。とは、口に出して言えないけど。
「私よりも長く仕えている者が、一度だけこのようになった記憶があると言ったので、城の書庫を隈なく読み漁って、ようやく同じ現象が記してある文献を見つけたのです。そこには、王家の血が流れる男性だけに現れる体質がある、と書かれてありました」
「体質? それがポゼシー、というのですか?」
「はい。ですが、ポゼシーだけでなく、またはペデシーと記載されていました」
「ペデシー?」
「ポゼシーは国を治める能力が高く、人を扱うのに長けているというもので、その文献に載っていた例もほとんどがポゼシーでした。対して、ペデシーは一例だけ」
「貴重な体質なんですか?」
「……王家にとってはある意味で貴重、ですね。ペデシーの特徴はポゼシーと真逆で、人を支配するというよりは誰かに付き従う方が向いているのです。ここまでは、所謂持って生まれた性格、程度に思えるでしょうが、問題はここからなのです」
クロヴィドさんは組んでいた手を放して頭を抱えるようにする。よっぽど重大な問題なのだろう。お触れを出すくらいには。
「ポゼシーには支配する相手が、ペデシーには依存する相手が、それぞれいないと健康状態が悪くなると書いてありました。ポゼシーは魔法石を適切に管理し、国を治めていれば問題ないのですが、ペデシーは相手がポゼシーでないと駄目なのではないか、と」
「その過去にいた方がそうだったんですね」
「その通りです。一例しかなく確証は持てませんが、現状を鑑みるとそうとしか思えなくて……」
「なるほど……。それと月のアザの人物を探していたのも関係があるんですか?」
「ポゼシーには月のような、ペデシーには星のような、それぞれアザがあったそうです。アルノエ様も例に漏れず、星のようなアザがありました」
状況的にも物証的にも、その可能性が大だと考えたからあのお触れが出たのか。そして、私がここに来てしまった、と。
でも――。
「私には、王家の血は微塵も流れていませんよ? それに男性でもないですし……」
「王宮でも、遠縁の方や、万が一あるかもしれないと、全く血が繋がっていない方の身体中を隅々まで調べました。見つかった文献の例が少なかったから、もしかしたら王家の血筋に限らないのではないか、と。それでも見つからず、藁にも縋る思いでお触れを出し、何人か訪れたのですが、どれも『そう見えるだけ』のアザでした」
前例が少なく手探りの状態でもそう断言できるのは、おそらく王様の体調がよくならなかったことから推測しているのだろう。
「1か月以上も経ってもう諦めかけていた時にやってきたのが、貴女――エリネット嬢でした。しかし、女性で望みは薄いだろうと思ったのですが、アルノエ様がわざわざ訪問者を見に来るのは初めてのことです。そもそも、どの方が来られた時もアルノエ様は臥せておられましたので」
「もし仮に、私がポゼシーというのだったとして、私は国を治めていませんが、体調が悪くなったりなどしていませんよ?」
「……正直、この体質については分かっていないことばかりです。王家の男性のみだと記載されているのに、エリネット嬢にアザがある以上、あの文献がすべてでないことは確かです。ですので」
「?」
「――今一度、アルノエ様とお話していただけませんでしょうか?」
「え?」
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「アルノエ様。クロヴィドでございます」
長い廊下にクロヴィドさんの声と扉をノックする音が響く。
先ほど無礼を働いてしまったから、正直もう会いたくはないのだけど、クロヴィドさんの真剣な表情や深く悩んでいる様子を見ていたら、断るに断れなかった。
「――入れ」
扉の向こう側から王様の声が聞こえて、思わず背筋が伸びる。もう失敗はしないようにしないと……。
クロヴィドさんがゆっくりと扉を開ける。思った通り、応接間よりも広い部屋に大きなベッドがあり、そこに王様は腰かけていた。
「……そいつ」
「エリネット・グラシリル嬢でございます」
「名前を聞いたんじゃない。どうして連れて来た」
「話してみたところ、おそらく今までの方々とは確実に違います。少しでいいので、お二人だけでお話をされてみませんか?」
「え!?」
まさか二人きりにされるとは思っていなかったので、驚きのあまり、大きな声が出てしまった。慌てて口を両手で噤むが、出てしまった以上もう遅い。クロヴィドさんは、よっぽどおかしかったのか笑いを堪えらるのが難しくなっていた。
「……そんなに俺と話すのが嫌か」
「い、いえ! 滅相もございません!」
再び90度まで腰を曲げる。その頭上から小さく舌打ちが聞こえた。
あ、これはやらかしてしまった。お父様、お母様、エリネットは、もう無理そうです……。
「……い、おい!」
「!?」
王様に顎を掴まれて、下げていた頭を無理矢理上げさせられる。王様と至近距離で目が合う。吸い込まれていきそうなほど、綺麗な深緑の瞳。
「別に……お前に怒っていない。ただ、ここのところ調子が悪いのが続いていたから、気が立っているだけだ」
「さ、さようでございますか……」
「――おい、クロ」
「はい、なんでしょう」
「下がっていろ」
「かしこまりました」
「え、あ、待っ――」
無情にもクロヴィドさんが通った扉は閉まってしまった。
部屋に沈黙が流れる。視線をどこに留めていいのか分からず、部屋中の華美な装飾を彷徨う。
「おい」
「はい!?」
「……そこに座れ」
「かしこまりました!」
「……はぁ、無駄に緊張するな」
そ、そう言われましても……! 緊張するなっていう方が無理すぎますよ!
右手と右足を同時に出しながら、言われた椅子まで歩き腰かける。
相変わらず、私の目は右往左往泳ぎっぱなしだけど、王様の視線は確実に私の方を見据えていた。
「……体質」
「へ!?」
「クロから聞いたんだろ、体質のこと」
「は、はい」
「理解できたか」
「理解はなんとなく、ですが……頭があまり追いついていない、というのが本音で……」
「はは、俺も最初聞いた時そうだった」
先ほどまで不愛想だった王様の顔が綻んだ。空気も柔らかくなって私の緊張も少し解けた気がする。
端整な顔立ちなだけあって、笑うともっと美しくなった。こんな人が世の中にはいるんだなぁと、思わず見惚れる。
「だが……」
「?」
「今、お前と話していて、なんというか、心が少しスッとした。肩の重荷がなくなったとも言えるだろうか」
「そう、ですか、――」
確かにクロヴィドさんに聞いていたよりは顔色がいい気がする。特に、私がなにかしたわけではないのだけど……。
私だけでは判断できないし、きっとすぐ近くに待機しているだろうから、クロヴィドさんを呼びに行こうかな。
そう思って立ち上がったら、ベッドから少し離れていたにも関わらず、王様が腕を掴んできた。
「あの、王様……?」
「どこに行く」
「え? ああ、御体調が少し良くなったようなので、クロヴィドさんに確認してもらおうかと……あの、なので」
「いい。良くなったのは俺が一番分かっている。だから、その……」
「?」
「い、行って、ほしく、ない、というか……いや、違う、こんな……」
王様は掴んでいない方の手で自身の髪の毛をかき乱す。ひどく混乱している様子だった。おそらく、そのつもりはなくてもペデシーの体質のせいで、身体が勝手に反応してしまうのだろう。
私も早く腕を離してほしかった。だって。こんなの――。
「――少しでも、待てないんですか?」
「っ!」
「すぐそこで待機されていると思いますよ? なんなら扉を開けるだけで呼べるはずです。それでも、待てないと仰るのですか?」
「ぁ……おま……エ、エリネットが、待てと、命じてくれるなら、俺は……」
王様の掴んでいた腕を私から離して、彼にニッコリと微笑む。
「いい子で、待っていてください」
王様に背を向けて、扉へと歩いていく。
普通の広さの部屋よりは遠いだろうが、遥か彼方の国に行くわけではない。それでも、今生の別れのように言う王様に、頬が緩むのが止まらない。今、絶対誰にも見せられない表情をしている自信がある。
こんな感情知らない。これが、ポゼシーの体質なの?
頭の中でいろいろなことが巡るけど、とにかく表情を元に戻して部屋の扉を開ける。
思った通り、クロヴィドさんは扉のすぐそこにいた。
「どうかされましたか?」
「王様が、その、御体調が少し良くなったようなので、いつも観察しているクロヴィドさんにご確認を、と思いまして……」
「分かりました。アルノエ様! 入りますよ!」
クロヴィドさんは私越しに王様に一言投げ掛ける。
連れ添ってベッドへと向かうと、王様はどこかとろんとした目つきで座っていた。
「たしかに、少し顔色がよくなっていますね。少しというかだいぶいいような……?」
「エリネット……」
「はい?」
顎を引いて少し頭を差し出すようにしながら、私の名を呼ぶ王様をどういうことだろうかと見ていたけど、そうだった。思い出した。今、王様がどういう状況なのか、を。
王様に近付いて、差し出されている頭を優しく撫でる。
「な! エリネット嬢、なにを!」
「王様が、いい子で待てたので、そのご褒美です」
「ご褒美……?」
「ん……エリネットが、言ったから……」
「アルノエ様までなにを!?」
混乱するクロヴィドさんをよそに、心身ともに気持ちよさそうな顔をする王様。
なんというか……私の心も満たされていくような気がする。まるで、手間暇をかけて作った農作物が見事に実った時のような、そんな感覚。王様と農作物を並べるのは無礼かもしれないけど。
王家の血が流れる男性だけに現れるはずの体質を、ただの貧乏貴族の私が持っているのはまだ理解できない。それでも。
「あの、……クロヴィドさん、どうやら――」
――私は、王様を支配したいようです。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
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