1-6 二人の関係
翌朝。
早馬と聖菜はしっかりと朝食をとり、二人で学校に向かった。
少し早めの登校だったが、学校にはすでに半数ほどの生徒が来ているようだ。新年度の朝らしい、活気に満ちた声があらゆるところから聞こえてくる。
二人は特に会話も無く、本校舎の中央階段を上る。
その途中、聖菜が首を傾げた。
「あれ? あたし生徒手帳どうしたっけ?」
「昨日、ポケットに入れてただろ? 入ってねぇのか?」
「うん。たぶん家に帰った後、リュックの中に入れたと思うんだけどなぁ……まあ、いいか。席着いたら確認してみよ」
聖菜はそう言って、お気楽な調子で階段をゆっくりと上った。
二階に足を踏み入れ、二人は寄り道することなく一年五組の教室に向かう。
どういうわけか、教室の前には担任の谷口が立っていた。
彼は廊下で数人の生徒と談笑していたが、聖菜の姿を見るや否や、谷口は彼女のもとへと駆け寄ってきた。
「いたいた! えーと、月宮聖菜さん、で合ってるよね?」
「え、あ、はい。そうですけど。先生、まだホームルームには早いですよ?」
聖菜は穏やかな笑みで言う。
彼女の言葉に、谷口は苦笑いをした。
「まあ確かにそうなんだけど、早めに渡してあげたほうがいいと思ってさ」
谷口はそう言うと、聖菜に深緑色の手帳を差し出した。
それを見た瞬間、彼女の目が見開いた。
「先生……これもしかして、あたしの……?」
「うん、そうだよ」
谷口は爽やかな顔で頷く。
それとは対照的に、聖菜は顔を引き攣らせた。
「どこで……拾いました……?」
「三階の廊下に落ちてたんだ。昨日、見回りしてた時に見つけてね」
谷口の返答に、聖菜は冷や汗をかいた。
(やっべ……絶対これ、谷口を助けた時に落としたやつじゃん)
聖菜は焦る。
そんな彼女の横で、早馬は小馬鹿にするような笑みを浮かべる。彼はさりげなく右手を頭に添えて、霊力通信をおこなった。
『あれあれ~? リュックに入れたんじゃなかったんですか~? 聖菜さん?』
『うるさい! こんな時にテレパシー使わないで!』
聖菜は心の中で声を上げるが、それにつられて思わずしかめ面になってしまう。
谷口は不思議そうに彼女の顔を見る。
「ん? どうした?」
「ああ! いえいえ! なんでもありませんよ、ええ! 二年生の誰かが拾ってくれたのに、また落としちゃったんでしょうかね! 先生も無事でよかったです! とにかく、ありがとうございました!」
聖菜は早口でまくし立て、谷口の手から生徒手帳を取り上げた。
彼女は担任に背を向け、大きく息を吐いて苦い顔をする。
「やっちゃったぁ。これ目ぇつけられるやつだ……」
「いや、これくらいで不良認定はされねぇだろ」
早馬は冷静に突っ込むが、ニヤニヤし続けている。
聖菜が「先生も無事でよかったです!」などと余計なことまで言ってしまったということを、早馬はわかっている。聖菜は自分の過失に気づいていないようだが、谷口も聞き流しているようなので、特に問題は無い。早馬はあえて指摘せず、この状況を密かに楽しんでいた。
谷口は少しの間黙っていたが、早馬と聖菜の様子を見て口を開く。
「月宮さんと山坂君ってさ」
彼は頬を緩ませる。
「もしかして、付き合ってる?」
その言葉に、早馬と聖菜は急に思考と言葉を失った。
二人して口を開けて呆然とし、何もかもが止まってしまう。少し遅れて、谷口の言った意味を脳が自動的に理解してくれた。
早馬と聖菜は怒り顔で後ろに振り返り、谷口を睨みつけながら叫ぶ。
「「付き合ってない!!!!」」
二人の声が廊下に響いた。
生徒たちの視線が一斉に二人へと集まり、谷口は愉快そうに笑う。
「あはは、そうか。そうなんだ。あまりにも仲が良さそうだからさ。ごめんごめん。ちなみに、交際自体は校則でも禁止されてないからね。じゃ、先生は職員の朝礼があるからこれで失礼するよ」
谷口はそう言って歩き出し、早馬と聖菜の横を通り過ぎる。
そこから数歩進んだところで、谷口は二人に振り返った。
「そうそう、不純異性交遊は校則違反だからね」
谷口は悪戯な笑みでそう告げて、再び歩き出す。
遠ざかっていく担任の背中に視線を突き刺しながら、二人はより一層顔を険しくした。
「「誰がこいつなんかと!」」
早馬と聖菜は互いを指差しながら声を荒げる。
二人はそこで一度固まった後、顔を合わせた。
「「ふんっ!」」
早馬と聖菜は互いに顔を背け、口を尖らせて腕組みをする。
ここで険悪な雰囲気になるのだが、すぐに二人は吹き出してしまい、校舎内は和やかな空気へと戻った。
こうして、退魔師たちの高校生活が始まったのだった。
第1章完結です。第2章に続きます。