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ムーン・ライト 双浄の退魔師  作者: 武池 柾斗
第6章 心霊スポット
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6-9 旅立ち

 トンネルを抜け、森の道に出る。

 その瞬間、白装束の女幽霊が四人に向かって飛びかかってきた。


 四人は予想外の出来事に困惑し、なすがままになる。女幽霊は少年少女たちをまとめて抱きかかえながら大泣きした。


「うわあああああああん! みなさん無事でよかったあああああ!!」


「ちょっと美樹さん!? いきなり出てこないでくださいよ! また反射的に殴ってしまうところでしたよ!?」


 頬を擦りつけてくる女幽霊に対して、鈴は引き攣った声を上げる。彼女の右拳は中山美樹の側頭部に届く寸前で止まっていた。


 聖菜はそれを見ながら苦笑しつつ、女幽霊の頭を撫でる。


「それで、中山美樹さん。大学生はどうなりました?」


 そう尋ねる彼女の声は優しかった。しかし、それを聞いた女幽霊は慌てて四人から飛び退き、血走った目で山道を指差した。


「か、か、か、帰りました! 私が『立ち去れー!』って驚かしたら、みんな血相を変えて、車で山を下りていきました!」


 中山美樹が叫ぶように言う。すると、退魔師の四人は大きく息を吐いた。


「あ、あの……やっぱり、まずかったです、か……?」


 女幽霊は身を縮こまらせ、おそるおそる四人を見上げる。自分の行いが良からぬことだったのではないかと、彼女は不安でいっぱいだった。


 しかし、そんな懸念を払うかのように、退魔師たちは微笑んでいた。


「いや、全員無事でよかったな、と思いましてね」

「美樹さんが居なかったら、大学生たちは戦いに巻き込まれてましたよ」


「それどころか、そー君とせっちゃんが死んでいたかもしれない。僕たちは少しの時間稼ぎはできたけど、退散させることはできなかったから」


「人間のわたしたちが姿を見せても、余計に面倒なことになっていたでしょうね。本物の幽霊さんが居てくれて助かったわ」


 早馬、聖菜、良也、そして鈴の言葉に、中山美樹は呆気にとられた。この四人が何を言っているのか、すぐには理解できなかった。そういう類の言葉は、久しく聞いていなかったものだった。


「私……お役に立てたのでしょうか……?」


 女幽霊は疑うように、か細い声で問う。

 早馬は胸を張った。


「ええ! ほんとうに助かりました! ありがとうございます!」


 はっきりとした明るい声での、全力の感謝の言葉。それを直接浴びせられ、女幽霊は驚きのあまり言葉を失った。口を閉ざし、目を見開いて固まってしまう。


 そんな彼女をよそに、早馬は肩の力を抜いて言葉を続ける。


「なので、霊能協会には手荒なことはしないよう頼んでおきます。あと、できるだけ早く霊媒師を送るようにも……って、あれ?」


 早馬はそこで目を丸くして、話を止めてしまった。

 他の三人の退魔師も、彼と同じような顔になる。女幽霊の姿が薄くなり、その周囲で白い光の粒が次々と浮き上がり始めたのだ。


 中山美樹も異変に気付き、自分の体を見た。


「え? ええ!? なんですかこれ!? 体がほわほわして、なんですかこれ!? 私、悪霊になっちゃうんですか!? それとも怨霊に!? うわあああ、また迷惑かけちゃう!」


 女幽霊は自らの手を見ながら、体を激しく揺さぶって慌てふためく。

 そんな彼女の両手を、聖菜が二つの手で優しく包み込んだ。そして、目を合わせて微笑んだ。


「どうやら、霊媒師を呼ぶ必要は無くなったみたいですね」


 聖菜のその言葉で、中山美樹は目を見開いた後、表情を緩めた。彼女は、自分に何が起こっているのかを理解したのだ。


「私、あの世に行けるんですね……」


 女幽霊は穏やかに目を閉じる。


「そうか……私、誰かの役に立ちたかったんだ……こんな私でも、何の取り柄も無くて迷惑をかけてばかりの私でも、誰かの助けになれたんですね……」


 彼女は噛み締めるように言う。

 希望を持って地方から東京の大学に無理矢理行ったものの報われず、困難から逃げるようにして臨んだ無謀な登山で滑落事故に遭い、命を失った後は幽霊として理由もわからずこの場に囚われていた。それでも最期には、こうして自分の望みに気付き、それを叶えることができたのだ。


 中山美樹の姿がさらに薄くなる。

 彼女は晴れやかな気持ちで目を開けた。


「皆さん、ありがとうございました。それと、この場所のことでお騒がせして、すみませんでした」


 最凶怨霊として世間を賑わせていた女幽霊が頭を下げる。

 その感謝と謝罪を受けてもなお、退魔師四人は朗らかに笑っていた。


「いいですって。後のことは任せてください」


「気にしない気にしない。美樹さんがここに居なくても、どうせどこかの雑誌かテレビが、このトンネルを心霊スポットにしてましたって」


「怨霊の演技は、だいぶ板についていたと思いますよ」

「向こうでもお元気で」


 早馬は自分の胸を叩いて自信のほどを見せ、聖菜は腰に両手を当てながら冗談めいて笑い、良也は少しからかうように親指を立て、鈴は穏やかな笑みで手を小さく振った。


 女幽霊は顔を上げて四人の姿を見る。それぞれの態度と言葉は違うものの、全員が最後まで自分を見送ろうとしてくれていることがわかった。


 彼女は感謝の念でもう一度頭を下げた。

 そして、中山美樹は頭を上げ、背筋を伸ばす。退魔師たちに向けて微笑むと同時に、その姿は白い光の粒となって風に吹かれるように消えていった。




 一人の幽霊を見送った後、早馬たち四人は山を下りて旅館へ戻った。汚れを丁寧に手で払い落し、鍵を開けておいた窓から静かに男子組の部屋へと入り、女子二人は自分たちの客室へと戻っていった。その後、四人は浴衣に着替え、何事も無かったかのように布団で眠りについた。


 翌朝、少年少女たちは既定の時間に起床して食堂で朝食をとり、準備をして客室を後にした。


「このたびは当旅館をご利用くださり、誠にありがとうございました」


 旅館の門で、女将が綺麗なお辞儀をする。

 四人を代表して、早馬が小さく頭を下げて笑みを浮かべた。


「料理も温泉も最高でした。また来たいです」


 そう言う彼のそばで、他の三人が上機嫌におしゃべりをする。


「いやー、村のお偉いさんたちに感謝だね」

「村の仕事を頑張った甲斐があったよ」

「今度はわたしたちのお金で来られるように頑張りましょ」


 そうした和やかな雰囲気のなか、早馬たち四人は別れの言葉とともに女将に背を向け、旅館を後にしようとした。

 一歩踏み出した直後、女将の目が鋭いモノへと変化する。


「ところで、昨夜はよく眠れましたか?」


 冷たく、重い、急所を刺すかのような声だった。そんな女将の豹変ぶりに、少年少女たちは思わず肩を跳ねさせてしまう。


 それでも四人はにこやかに笑って、何事も無かったかのように装いながら女将のほうへ振り向いた。


「ええ、おかげさまで」


 早馬は爽やかな表情で胸を張ってみせる。

 しかし、女将はますます視線を鋭くした。


「昨晩、通りがなにやら騒がしかったようですが……心配には及ばなかったようですね」


 女将はふっと力を抜くように表情を柔らかくする。

 聖菜は苦笑いした。


「ま、まあ、ここはメインストリートから離れてますし。あたしたちには特に何も聞こえませんでしたよ」


「そうですか。それなら、よかったです」


 女将は微笑みながら、綺麗なお辞儀をする。


「では、お気をつけて、いってらっしゃいませ」


 そうして、今度こそ四人は旅館を後にした。



 閑散とした朝の温泉街を歩きながら、早馬、聖菜、良也、そして鈴の四人は唸りながら首をひねった。


「女将さんの最後のアレ、いったいなんだったんだろうな……」

「あたしたちが心霊スポット目当ての人間だって、疑ってたよね」

「でも、実際に行っていたわけだし……バレていたかもね」

「もしかしたら、わたしたちが退魔師だってことも……」


 鈴の言葉で、四人の間に沈黙が訪れる。だが、すぐに早馬と聖菜が笑い飛ばした。


「まさか~!」

「ないない!」


 そうして、四人は女将の妙な態度を頭の中から追いやり、他愛のない話をしながら駅へと向かい、東京に繋がる列車へと乗り込んでいった。




 余談ではあるが、この数週間後にあの大学生四人の証言をもとに週刊誌が再びあの心霊スポットを大々的に取り上げたものの、世間の興味は大物芸能人の不倫騒動へと移っていたため注目されなかった。


 掲載された写真は、トンネルのそばに白いモヤがうっすらと写っている程度ものだった。なおかつ、あの日を境に心霊現象が一切目撃されなくなったこともあり、記事はガセネタとして扱われるようになった。


 また、紆余曲折を経て、温泉街の自治体があのトンネル周辺を立ち入り禁止にした。もともとアクセスが非常に悪いこともあって、物好きな連中も面倒くさがって足を運ばなくなった。


 結果として、心霊スポットの噂は綺麗に忘れられ、半年後に温泉街は元の賑わいを取り戻したのだった。





第6章はこれで終わりです。次回は霊能協会本部でのお話です。

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