1-3 悪霊捜索
そして、日没直前。
薄暗い空の下、数多の明かりがこの地方都市に灯される。街灯やビル窓の光はその場で夜の闇を照らし、自動車のライトは暗闇を切り裂くかのように過ぎ去っていく。
また、西の空には三日月がひっそりと浮かんでいる。
そんななか、早馬と聖菜はというと、鷹原高校の校門前に佇んでいた。二人は制服姿で、その腕には白い羽織が抱えられている。
早馬と聖菜は、校舎を見上げながら苦い笑みを浮かべた。
「まさか、最初の悪霊浄化任務が自分の学校で、なんてな」
「村の奴ら、都合がいいからって理由で、あたしたちに割り当てたよねこれ」
「そうに違いねぇ。まっ、これはこれで燃えるんじゃねえの?」
「確かにね」
二人はそこで息を大きく吐き、気持ちを切り替えた。
真剣な眼差しで校舎を見つめながら、二人は全身に力を込める。すると、早馬の体が青白い光に包まれ、聖菜の姿は半透明なものへと変化した。
そばを通りがかったサラリーマンが、二人の居る場所を見ながら何度もまばたきをする。
「あれ? ここに居た高校生の二人は……? いない? 見間違いか? いや、確かに居たよな……?」
その男性は足を止め、しきりに首を傾げている。
聖菜と早馬はその人を見ながら、気まずそうに目を細めた。
「いつもの癖で、やっちゃったね……」
「次からは、人目のつかない場所で不可視化しようぜ……」
力が抜けてしまったかのように、二人の背中が丸まる。
任務に向けて高まっていた気持ちが一気に沈んでしまったのだ。そうなってしまうのも無理はない。
気合を入れ直すため、早馬が両手を叩き合わせる。
その音で、二人の背筋が再び伸びた。
「よし! いくぞ!」
「浄化任務レベル2! 開始だー!」
早馬と聖菜は大声を上げて気合を入れ直す。
その声は周囲の人々には聞こえていないようで、誰も二人に顔を向けない。二人のそばで首を傾げていたサラリーマンも歩き出し、二人のもとから離れていく。
早馬と聖菜は足を前に踏み出す。
校門を抜けると同時に白い羽織を身に纏い、「浄」の黒文字を背負いながら、二人は本校舎の中へと入っていった。
この鷹原高校は珍しく、校舎内も土足だ。
早馬と聖菜は白いスニーカーを鳴らしながら、本校舎一階のロビーに入る。
校舎の中は照明のおかげで明るい。目の前には中庭へと続く扉があり、中庭の向こうにはグラウンドが見える。中庭の扉は開いていて、運動部の元気なかけ声が直接聞こえてくる。
二人はここで状況を確認し合った。
「まず、本校舎が四階建て。東の渡り廊下を北に行けば四階建ての新校舎があって、その大きさは本校舎の半分くらい。新校舎の北に体育館があって、その北隣がプール。校内の北西部がグラウンドで、その他の部分が駐輪場と駐車場だな」
「本校舎の階段中央だけじゃなくて、東と西の端っこにもあるね。一階に職員室があって、校舎には屋上もある。あと、あたしたちの目の前には小さな中庭がある。その隣に狭いテニスコートがあるみたいだね」
校内の構造を確認し終え、聖菜は早馬を見上げる。
「それで、悪霊がどこにいるかわかる?」
「気配は感じる。が、場所はわからねぇ。この世とあの世の間に隠れてるのかもな」
早馬は目を閉じて眉をひそめる。
彼の言葉を受け、聖菜はため息をついた。
「ってことは、足で探すしかないね。というか、そんな所に居る悪霊を感知した奴、ほんとバケモンだよね。あたしなんか気配すら感じないし」
「まぁ、そいつは実際化け物だからな」
早馬は目を開け、首と肩を軽く回して筋肉の凝りをほぐす。
「じゃ、手分けして探すか」
「はーい。あたしは外と体育館を回ってみるから、早馬は校舎の中をよろしくー」
聖菜はそう言うや否や走り出し、さっさと中庭へと出ていってしまった。
早馬は彼女の背中を見ながら、呆れたように息を吐く。
「ったく、返事くらい聞けよ」
彼は悪態をつきながらも、言われた通りに校舎内での捜索を始めた。
まずは本校舎の一階。廊下を端から端まで歩きながら、異様な気配がないかどうかを探っていく。ほとんどの教室や部屋は鍵が閉められていて、電灯も消されている。だが、職員室だけは強めの照明がついていて、その中では多くの教員が業務に励んでいる。
「やっぱ、先公って大変なんだな」
早馬はそう呟いて職員室の前を通り過ぎた。
その後、彼は本校舎の二階から四階を捜索した。三階の廊下では西階段近くの窓が開いているのを発見したものの、任務には関係が無いためそのまま放置した。本校舎捜査の後は渡り廊下から新校舎へ移動し、一階から四階までを一通り回った。
一方、聖菜は校舎の外を捜索していた。
彼女は校舎の周りを歩きながら、駐車場と駐輪場をくまなく見て回る。
その次は体育館に向かった。一階の下駄箱前で空中浮遊を始め、ゆったりと飛びながら二階の運動フロアへと移動し、端から端まで飛んで悪霊の気配を探っていく。コートでは運動部が練習をしているが、誰一人として聖菜の存在には気づいていない。
体育館の次はグラウンドへと飛行し、禍々しい空気の有無を確認する。電柱や防球ネットなどの高所にも近づき、校舎の屋上にも降り立つなどして捜索を続ける。
やがて午後六時を過ぎ、運動部が練習を終えて帰り支度を始める頃となった。
早馬は東の渡り廊下に立ち、深呼吸をする。
本校舎と新校舎の二階を結ぶこの場所で、早馬は目を閉じて感覚を研ぎ澄ませる。すると、悪寒が彼の背中を駆け上り、眉間がひとりでに強張った。
「この辺りか……やっぱり、この世とあの世の間に居るな……浄化の霊力を流して引き摺り出すしかない」
彼はそう呟いて右手を頭に添える。
『おい、聖菜。今どこだ?』
『ん? 部室棟、かな? その後ろだけど』
緊張した早馬の声とは対照的に、聖菜の声はどこか気の抜けたものだった。しかし、早馬はそれを気にも留めずに話を続ける。
『悪霊の居場所が分かった。今すぐ来てくれ』
『お、やるじゃん。わかった』
早馬はそこで霊力通信を切り、頭から右手を離す。彼がグラウンドの方向に視線を移すと、聖菜がこちらに飛んでくるのが見えた。
聖菜は天井と手すりの間から渡り廊下に入り、早馬の前に降り立つ。
「っと、ここだね。んー、確かにちょっとだけ、穢れのイヤ~な感じがする」
彼女はそう言って眉をひそめた。
「じゃ、戦闘態勢に入りまーす」
聖菜はおどけた口調で、右手を横に伸ばして力を込める。
すると、その手から赤い光の粒子が無数に現れ、棒状に伸び始めた。その赤い光は長さ二メートルを超えたところで伸長を止め、かすかに弾ける。その直後、赤い光の棒は蛇矛へと姿を変えた。
聖菜は茶色の柄を両手で握り、腰を下げる。
「さっ、いつでもどうぞ」
彼女は凛々しい笑みを浮かべながら、銀色の穂先をわずかに揺らした。
その姿を見て、早馬は微笑する。
「頼もしいことで。一応、結界は張っておくけど、期待はすんなよ」
早馬は右手を伸ばし、指を鳴らす。
その途端、渡り廊下が半透明な青いものに覆われた。薄い壁のようなものが隙間なく連なり、外と中の空間を隔てている。渡り廊下の出入り口も同様に、青い半透明な障壁によって閉ざされていた。
早馬は結界を張るのに続いてその場にしゃがみ込み、床に両手を当てる。目を閉じて深呼吸をし、集中力を高めていく。
そして、気合を入れて目を見開いた。
「姿を現せ、悪霊……浄化!」
早馬の両手から白い光が放たれる。その光は床に流れ込み、結界を伝い、この空間のすべてに行き渡っていく。
さらに深くまで浄化の力を染み込ませると、早馬の額に汗が滲んだ。
その時だった。
早馬の背後に、突如として人型の黒い物体が現れたのだ。
床から飛び出すかのようにして姿を見せたそれは、体の大きさは早馬と同程度。輪郭は揺らいでいて明確ではない。その体からは黒い霧のようなものが漂っていて、周囲の空気を黒く滲ませていく。そして頭部には、目のようなものが二つ、妖しい赤光を放っていた。
その目が、早馬を捉えた。