1-2 入学式
それから少し時間が経ち、本校舎二階の一年五組の教室。
四十人の新入生が新しい制服に身を包んで、自分の席について静かに入学式の開始を待っている。この中で、早馬は窓際の席に、聖菜はど真ん中の席に座って、他の生徒たちと同様に大人しくしていた。
早馬は右手を頭に当て、口を固く閉じて念じる。
『まさか同じクラスとはな。お前とは別の教室で過ごしたかったぜ』
聖菜の頭に早馬の声が直接響く。
彼女は右手を額に添え、口を閉じたまま応える。
『それはこっちのセリフだよ。ってか、テレパシー使って話しかけてこないで。あたしからは使えないんだから。ほら、先生が来たよ』
二人は頭から手を離し、前を向く。
すると、教室に一人の男性教師が入ってくるのが見えた。身長は平均的で、引き締まった体つき。短髪の好青年で、ブラックスーツを格好良く着こなしている。
彼は教壇に立ち、生徒全員を見渡す。そして赤いネクタイを両手で整えた後、爽やかな笑みを浮かべた。
「まずは入学おめでとう。担任の谷口正也と言います。あまり時間は無いので、自己紹介は入学式が終わった後にやります。それでは、入学式の段取りについてですが……」
谷口はハキハキと喋る。
(若いけど、しっかりしてそうだな)
(かっこいいじゃん。これは当たりかな)
早馬と聖菜は自分たちの担任に対し、好印象を抱いた。
谷口が日程について説明をおこなった後、新入生たちは廊下へと出て出席番号順に並んだ。廊下には三人の二年生が待っていて、「入学おめでとう」と言いながら新入生の胸に小さな花飾りをつけていった。
時間になると、新入生たちは順番に体育館へと向かっていった。
午後二時。体育館にて、入学式が始まった。
一組から七組までの計280人が前から順に座っていて、その後ろには新入生の保護者が並び、壁際には教職員が緊張した面持ちで立ち、来賓者が静かに席についている。
式は滞りなく進み、数名からの祝辞の後、白髪白髭の校長が壇上に上がった。
「皆さん、入学おめでとうございます」
その言葉を皮切りに、校長先生の話が始まった。
「この鷹原高校は県内の公立高校ではトップの進学校であります。皆さんのほとんどが大学への進学を希望されていることだと思います。高校生活は通過点にすぎないかもしれません。ですが、そのなかで良き仲間と出会い、共に高め合い、時には遊びながら、有意義な三年間を過ごしてもらいたいと思います」
その言葉に、早馬と聖菜は心の中で反応した。
(有意義な三年間ねぇ……勉強と浄化任務の両立ってところか?)
(せっかく都会に出てきたんだから、いろいろ楽しまないと損だよねー)
二人はこれからの高校生活を想像しながら、かすかに笑う。
校長の無難な話はしばらく続いた。その後に吹奏楽部の歓迎演奏がおこなわれ、入学式は終わりとなった。
そして再び一年五組の教室。
生徒たちは入学式から戻ってきた後、十分ほど休憩して席に着いた。
全員が揃ったところで、担任の谷口が大量の配布物を渡していく。その中には生徒手帳もあった。
「配られたプリントには授業料や購入すべき教科書について書かれたものがあるので、必ず全部に目を通してください。生徒手帳は今から大事に持っておくように。あと、学生証はまた後日作ります」
谷口は配布物や今後の日程について簡単に説明する。
その後、彼は肩の力を抜くように息を吐いた。
「では最後に、皆さんに、簡単に自己紹介をしてもらおうと思います。名前と、出身中学校と、あと何か一言くらいで構いませんので」
谷口はそう言って、自分の胸に右手を当てる。
「まずは私から。谷口正也、26歳。教科は数学で、野球部の副顧問をしています。学級担任はこれが初めてなので、とても緊張していますが、一年間よろしくお願いします」
彼は白い歯を見せながら爽やかに会釈した。
その後、副担任のベテラン女性教師が「国語の澤村です」と名乗り、それに続いてクラスメイトが次々と自己紹介をしては拍手が起こっていく。
やがて聖菜の番が回ってきた。
彼女は意気揚々と立ち上がる。
「月宮聖菜です! 陽善中学校から来ました! 中学の部活は科学部で、好きな食べ物は陽善村の棚田で作った陽善米です! よろしくお願いします!」
聖菜は元気に笑ってみせる。
彼女の調子につられたのか、少し大きな拍手が送られた。
自己紹介は続き、早馬の番が来る。
彼はゆっくりと立ち上がり、落ち着いた様子で口を開いた。
「山坂早馬です。そこの月宮と同じ陽善中学の出身です。中学は美術部。好きな食べ物はミカンです。よろしくお願いします」
彼は他の生徒と同様のテンションで言った。
普通の拍手が鳴るなか、早馬は椅子に座る。すると、聖菜が自分の頭を手で押さえながら睨み付けてきた。早馬は右手を側頭部に添え、横目で聖菜を見る。
『なんだ?』
『なんだ? じゃないでしょ! そこは陽善米でしょ! そうじゃなくても、せめて陽善村のミカンって言いなさいな!』
『なんで自己紹介で村の農産物を宣伝しなきゃいけないんだよ。いいから他の奴の話を聞け』
早馬はそう伝えて頭から手を離し、霊力での通信を切った。
聖菜は睨み続けてくるが、彼はそれを無視する。
早馬の後に残り二人が名乗り、全員分の自己紹介が終わった。谷口は少し大げさに拍手をし、教卓に両手をつける。
「はい、皆さんありがとうございました。学校生活を送るなかで、互いに仲良く、そして目標に向かって高め合っていってほしいと思います」
谷口はそう言って、教室の壁時計を覗き込む。
「では、ちょうど時間が来ましたので、今日はこれで下校にしましょう。みんな、忘れ物が無いように、気をつけて帰って、明日も学校に来てください!」
彼は気合を入れるかのように息を吸う。
「それじゃあ、起立! 礼! また明日! さようなら!」
「さようなら」
谷口の声につられて、生徒たちも別れの挨拶をした。
その後、皆は帰り支度を始めた。配られたプリント類をカバンの中に入れ、席が近い者同士で軽く話しながら教室から出ていく。
その一方で、聖菜はリュックにプリントを入れるのに苦労していた。
「あー、クリアファイルとか持ってきたらよかったー」
彼女は愚痴をこぼしながらプリントをリュックの中に重ねていく。そんな彼女のもとに、早馬が歩み寄ってきた。
「おい、聖菜。帰るぞ」
「あ、ちょっと待ってちょっと待って……よし、帰ろう!」
聖菜は配布物をリュックに入れ終え、チャックを締める。彼女は歩きながらリュックを背負い、早馬とともに教室から出ようとした。
その時、聖菜は自分の机に振り返った。
「おっと、生徒手帳! 危ない危ない」
彼女は机に駆け寄り、そこに置き去りにされていた深緑色の手帳を取った。それを見ながら、聖菜は少し苦い顔をする。
「リュックに入れるの面倒だなぁ……こっちでいいや」
聖菜はそう言ってスカートのポケットに生徒手帳を突っ込み、早馬のところに戻った。
そんな少女を、早馬は悔しそうな顔で迎える。
「チッ、そのまま帰れば、入学早々私物を学校に置いた奴だって、先公に覚えてもらえたのにな」
「あたしはそんなヘマしないよーだ」
早馬の言葉に対抗して、聖菜はしかめ面で舌を出す。
二人は互いの言動を鼻で笑い合いながら、教室を出た。そのまま廊下を歩いて中央階段を下り、校舎の出入り口へと向かう。
その先には、大勢の二年生が両端に並んで道を作り、下校する新入生に部活勧誘のチラシを押し付けている光景があった。
早馬と聖菜はためらいつつも、校舎を出て校門に向かう。この二人も他の新入生たちと同様に、両手にチラシを押し付けられ続けた。
二人はなんとか校門を抜け、その場で足を止める。数えきれないほどの勧誘ビラを両腕に抱えながら、二人は苦笑いをする。
「どうしようか、これ? 俺ら部活には入らねぇんだけど」
「買い物のメモにでも使っちゃえばいいんじゃない?」
「まっ、そうさせてもらうか」
早馬と聖菜はそう言って晴れやかな顔をする。それから後ろに振り返り、校舎を見上げた。
「俺たちの高校生活が始まったな」
「それと、退魔師としての活躍もね」
二人は不敵に微笑み合い、帰路についた。