プロローグ 二つの「浄」
少年と少女が、夜の河川敷を駆けていく。
二人の服装は、朱色の袴と上衣、黒いブーツ、それと白の羽織。羽織の背面には、「浄」の黒文字が行書体で書かれている。
少年は平均的な身長で筋肉質、やや長めの黒髪が逆立っている。少女は平均的な体型で、腰まで届く黒髪を二つ結びにしている。
そして少女の両手には、二メートル長の蛇矛が握られていた。
「見つけた! 早馬! あれは!?」
少女は左手で前方を指差す。
その先には、空中で漂う灰色のモノがあった。それは人のような形をしていて、その周囲には灰色の霧がかかっている。
早馬と呼ばれた少年は、少女の言葉に力強く応えた。
「雑霊で間違いねぇ! やっちまえ聖菜!」
「オッケー!」
聖菜と呼ばれた少女が、速度を上げて走る。
その速さは人間を遥かに超えていた。彼女は雑霊との距離を一瞬で詰め、蛇矛でその霊体を横薙ぎに斬り裂く。
雑霊の斬り口から灰色の霧が噴き出し、その体が揺らぐ。
早馬は走りながら、雑霊に向けて右手を伸ばした。
「浄化!」
彼の手から白い光の玉が放たれる。その大きさはバレーボールほど。少年が放った白弾は空中を豪速で突き進み、雑霊に直撃した。
その直後、白い光が灰色霊の体を覆い始めた。白い霊力はあっという間に雑霊の全身を包み込む。それから一拍置いて、その体が白い光とともに弾け飛んだ。雑霊の姿は消え、爆散した白い光が数多の粒子となって周囲に舞う。
「よし! あと二体だ!」
早馬は走り続けながら右拳を握り締める。
聖菜は後ろに振り向き、彼に問いかける。
「どこにいるの!」
「どうやら、あいつらのほうから来てくれたみたいだな」
早馬は足を止め、真上を指差す。
それにつられて、聖菜は空を仰ぎ見た。
上空に二体の雑霊が浮遊している。一つは一反木綿のような薄く長い形状で、もう一つは直径一メートルほどの球状のモノ。二体とも、先ほどの雑霊と同じく半透明の灰色で、輪郭はぼやけている。
標的の姿を確認した聖菜が、口元を上げる。
「まとめてあの世に送ってあげる!」
彼女はそう言って飛び上がった。
数十メートル先の上空に向けて一気に翔け上がり、その勢いのままに球状の雑霊を蛇矛で貫く。
その時、一反木綿形の雑霊が聖菜に向けて突撃を始めた。
聖菜は球状雑霊に武器を突き刺したままの、無防備な状態だ。蛇矛を引き抜いて防御に移ったところで、布状雑霊の体当たりを受けてしまうだろう。
そこに、早馬が地上から攻撃を仕掛けた。
彼は上空に右手を伸ばし、そこから青い光弾を放つ。静かに撃ち上げられたその霊力弾は薄形の雑霊に命中し、青い光を閃かせながら衝撃波を発生させた。
その青い爆発により、一反木綿雑霊の動きが止まる。
聖菜は球状の雑霊から蛇矛を引き抜くと、瞬時にもう片方の雑霊へと肉迫する。彼女は蛇行した刃を高く掲げ、布状の霊体を縦に斬り裂いた。
二体の雑霊から灰色の霧が噴き出し、それらの姿が揺らぐ。
早馬は両手を重ね、上空の雑霊に狙いを定める。
「死してなおこの世をさまよう霊魂よ、あるべきところへ還れ……浄化!」
早馬は霊力を込めた両手から、白い光弾を二発放った。
二つの白光が夜空を翔け上り、それぞれの標的に命中する。浄化の霊力を受けた二体の雑霊は白い光に包まれた後、弾けて消えた。
飛散した霊力の残滓が、雪のように舞い落ちる。周囲に漂っていた禍々しい瘴気も無くなり、代わりに清浄な空気がこの場を包んでいた。
聖菜が早馬の右隣にゆっくりと降り立つ。
「これで終わり?」
「ああ。ヤバそうな奴の気配はもう無い。今日の雑霊警戒任務は終わりだ」
「ふふーん。レベル1の任務は楽勝だね」
二人は互いの顔を見て、拳の側面をぶつけ合う。
「任務完了!」
早馬と聖菜は高らかにそう言って、二つ並んだ「浄」の文字を誇るかのように、清々しい笑みを浮かべた。
これは、男女二人一組となって人ならざる存在と戦う、浄化の退魔師と呼ばれる者たちの物語。