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トアール国物語

悪役転生公爵令嬢は婚約者のモテ仕草を堪能する

作者: 里和ささみ

シリーズものです。

全部思いつきの勢いです。

乱文ご容赦くださいませ。


お楽しみいただければ幸いです。

よろしくお願いします。

初めまして、ご機嫌よう。わたくし、とある世界の、とある星、とある国の、トアールという国の公爵令嬢をやっております、カロリーヌと申します。カロリー(また)ではございませんのよ。カロリーヌです。


花も恥じらう乙女十六。恋に恋するお年頃……


なわけがない。実は、わたくし、前世の記憶があるのです。バッチリ寿命まで生きました。九十六歳。大往生でした。大学二年で早世した弟の分もシッカリ生きてやりました。孫ひ孫に囲まれて、幸せな人生でした。

その後のわたくし、どういうわけか、記憶を保ったまま、異世界に転生したようです。何故でしょう。若い頃、そういう小説や漫画、ゲームが流行っていて、流行りに乗って読みまくり、やりまくっていたからでしょうか。

本来なら有難く新しい生を享受したいところではあります。美しい容姿、素晴らしい両親、高い身分。だがしかし、我が公爵家は名ばかりの貧乏領地でございました。

前世では油断すればすぐ肉がつく、憎らしい体質だったのですが、今世では肉をつけてる暇がありません。間違えました。お金がありません。

農業以外大してめぼしい産業のない我が領は、大規模な自然災害により、農地が壊滅的な被害を受けたのでございます。

親戚である王家は手を貸してくれるどころか、税金をキッチリと取っていきやがります。こんな時くらい、お目溢しがあっても良いのではないでしょうか。

しかしながら、トアール王家は借金まみれ。先々代の王が趣味の戦争のために富豪貴族から借り入れた借金を未だ返し終えぬ無能一族なのでございます。

その割には、当代の王も当たり前のように晩餐会や舞踏会を開くものだから腹立たしい限り。伯父である国王陛下のご尊顔に幾度となく脳内でその高く美しい鼻梁に正拳突きを喰らわせたことでしょうか。我が家はこんなに(つま)しい生活を強いられているというのに。ああ、腹の虫が治まらない。


いつぞや、年の頃合いが良いという理由だけで、従兄弟である第一王子殿下との婚約話が持ち上がったことがありましたが、殿下はわたくしのことをお気に召さなかったらしく、話はお流れとなりました。まあ、爵位ばかりの貧乏貴族の娘が負債王家に嫁いだところで誰も得をしませんから、お互いに納得のいく結果であることは確かです。

ただお気に召さなかった理由が、わたくしの肉付きが乏しいという一点であったので、第一王子殿下の御身の中心であり、ご自身の象徴を、先の尖ったヒールで踏みつけてやりたい衝動にかられたくらいでございます。


ああ、そうそう。わたくしのいるこの世界。トアール国はなんと、乙女ゲームの世界なのです。若かりし頃に夢中になった、あのゲーム。今更タイトルなどを申し上げるのは無粋なこと。問題は、わたくしが悪役令嬢であるということのみ。

大往生してから転生したせいか、一周回って気持ちが若返りましたわ。わたくしはメインヒーロールートの悪役令嬢ではない!ヒロインならば、まずはメインヒーローへ行くはず!わたくしが断罪されるのは確率が低い!わたくしはこの世界でも普通に幸せになれる可能性が高い!二度目の青春を謳歌しても罰は当たらない!神様、よくやった!いい仕事してくださった!褒めて差し上げます!


幼き頃はそう考えておりました。断罪は他の令嬢のお仕事だと。ですが、その令嬢はとても良い子でした。例の富豪貴族のお家のお嬢さんです。ゲームのキャラクターとは全く違う性格をしております。

彼女の祖母は平民から上がりたての新興貴族、と言ってもそれ以降叙爵される家がないだけですが、の出身です。アルマニャックの女傑と呼ばれるその方が、伯爵家に嫁いで来られた頃はまだ平民。異例の輿入れでありました。

しかしながら、彼女がこの国に最も貢献した者であるのは間違いございません。救世主と言っても過言ではないのです。わたくしの憧れの方でもあります。


御生家であるバロー男爵家の営むバロー商会は、何故か前世の便利道具を売っております。どなたかわたくしと魂の故郷を同じくする方がお血筋におられるのでしょう。アルマニャックの女傑ご本人かもしれません。

それを知った時には、なるほど、その手があったか!先を越された!と思いましたが、そもそも我が家には便利道具の開発費用も流通手段もございません。気高き身分の者は、労働を嫌います。あれやこれやと試したいことがあっても、実現は難しいのです。商会を立ち上げて誰かに管理を任すという隠れ蓑を使わねばならないので、資金が潤沢でない我が家には夢のまた夢の話。


ですが、そんな我が家にも、いえ、わたくしにもチャンスが巡って参りました!国中の貴族子女の通う学校で、アルマニャック伯爵家の令嬢と友人になったのです!十六歳にしてようやく!少なくとも三年は共に過ごせる!わたくしの前世の知識を買っていただき、ライセンス料をいただければ、おかずの一品くらいは増やせるはず!だって、バロー商会の便利道具のラインナップは素晴らしいのですが、わたくしの欲しい物がいくつか足りないんですもの!一挙両得一石二鳥!あちらにもお金が入るし、まさしくWin-Win!

しかも、友人が書いた詩が!前世の!文豪の!引用で!これは当たりを引いた!とわたくしは狂喜乱舞でございます!いやっほ〜い!!


そして、いつ前世の話の探りを入れようか悩んでいた隙に、なんと立太子された第一王子と友人が婚約!!あの失礼極まりない男が友人を選んだ理由は分かります。友人は豊かな胸をお持ちですからね。他にも思惑があるのでしょうが、個人的に気に入ったのだとすぐに分かりました。

男子部と女子部は敷地は同じでも校舎は別。ですのに、しょっちゅう友人のところに顔を出しては、デレデレと鼻の下を伸ばしているのですもの!わたくしの大切な友人(金ヅル)をそんな汚らわしい目で見るのはおやめなさい!友人も気付いているはずなのに止めません。仕方ないわね、という風に受け流しております。

本来ならば、彼はメインヒーローなのですけど、あの爽やかで素敵だったゲームの彼の面影はひとつも御座いません。現実の推しにこれほどガッカリさせられるとは思いもよりませんでした。年頃らしい欲にまみれた、普通の男子学生で御座います。偉そうな割には打たれ弱いところが、早世した前世の弟を思い起こさせます。

ですが、これほどの溺愛ならば、ヒロインが現れても友人は傷付くことはないでしょう。一安心です。


ではない!


そうなると、わたくしに悪役令嬢のお鉢が回ってくる可能性が上がります!それだけは御免被りたいのです!断罪されれば慰謝料を請求されるでしょう?わたくしの家には慰謝料を支払えませんし、そうなると爵位返上の庶民落ちです!

いえ、わたくしはそれでも良いのです。ですが、王弟であるお父様と、生粋の公爵令嬢であるお母様は、恐らく庶民の生活など出来やしないでしょう。経営センスがないだけで、とても良い人たちなのです。わたくしは決心致しました。不本意ながら、推しではない彼との婚約を進めよう、と。


そうです。わたくしのお相手。それは、留学で来られた他国の第三王子殿下。婿入り希望の、持参金の豊かなお方。ゲーム内での人気は第二位。とすると、ヒロインがこちらに来る可能性は高い!断罪されるようなことはせずに、万が一、彼とヒロインが結ばれることになってもこちらから不貞の証拠をつきつけて慰謝料の請求をすればいい!それを元手に商売を始めたい!


そんな邪な思惑、何故ご本人にバレたのでしょう。わたくしの媚が露骨だったからでしょうか。面倒が起こるよりも、友人と股間に脳味噌のついている王太子殿下のように円満な婚約者になった方がラク、と思い立ってヒロインの真似事をしてみたのですが、上手くいかなかったようです。


そして、現在。ひとつ歳を取り、十七になったわたくし。そんなわたくしですが、正に今、婚約者に()()()をされております。前世ではついぞ縁のなかった壁ドン。若かりし頃は妄想の中で、たくさんシミュレーションして来ました。もし意中の方以外の殿方に壁ドンされた場合の回避方法も研究致しました。

しかしながら、大きな手で両手を頭の上で拘束され、ついでに空いた手で()()()まで喰らっております現状では、もう禁断の金的しか逃走手段が御座いません。両手を絡め取られて手を打つべきか考えあぐねていたら顎クイの流れで御座います。ああ、とても手慣れてらっしゃる。王家経由で来た婚約話ですから、調査の上での素行は清廉潔白のはずなのに、どういうことでしょう。やはり我が国の王家は無能ということなのでしょうか。


「私の話、聞いてますか?」

「えっ!?ええ、もちろんですわ!」

「では、お答え下さい。何を企んでおられるのです?」

「でっ、ですから!ただわたくしは貴方様をお慕い申し上げているだけで!」

「最初の婚約打診に色良い返事がもらえなかったのに?」

「そ、それは!少し焦らした方が!良いのではないかと!ぐ、愚考で御座いました!だから顎クイも壁ドンもやめてぇぇぇぇ!!!」


あごくい?かべどん?と首を捻られているところを見るに、この方はわたくしが以前にいた世界のことはご存知ないようです。このような強引な方ではなかったので転生者を疑ったのですが。

まあ、わたくしも、ゲームの中での彼しか存じ上げませんし。ヒロインに向ける彼の表の顔しか知らなかったというわけで。

ああ、どうしましょう。どうしたらいいの?何が地雷だったのか分からない。なんてったって、ゲームをプレイしたのは百年近く前。百年は言い過ぎね。九十年くらいかしら。肉体まで変わっているのだし、記憶が朧げなのも致し方なしというものよ。わたくしは悪くない!


「このまま口付けて差し上げましょうか。私のことを好いてくださっているようですから。」

「おやめください!それだけはご勘弁を!」

「どうして?貴女は好きな男に口付けはされたくないの?」

「したい!したいですけども!でも!理想のシチュエーションというものが!!」

「成る程。存外、可愛らしいところがあるものだ。いや、貴女はいつでも可愛らしいのだが。」


可愛らしいと感じる相手にすることでは御座いませんことよ!?壁ドンは壁ドンでも種類が違うぅぅぅ!!


「では、迷える子羊に真実を。」


貴方、子羊って柄じゃございませんわよ?猛獣ですわ!ありえませんわ!


「ば、場所を変えてくださいませ。人に聞かれたくないのです。」


「分かりました。では、あちらの資材室に入りましょう。丁度運良く私が鍵を持っていますから。」


うう、怖い!怖いよぉ〜!


今年の春、本当に現れたヒロインはまずメインヒーローの攻略を行っておりました。ゲームにはそんなエンディングが存在しないにも関わらず、どうやら逆ハーを狙っていたようです。王太子殿下にアタックしつつも、他の攻略対象者に粉をかけていたようです。

直ぐにそれが露見して、いえ、露見しなくても恐らくされたでしょうが、ヒロインは腹黒エロ王太子によって逆断罪、逆ざまぁをされたのです。大したことはしていないので、学校で針の筵になる程度の断罪ではありました。それでもめげずに王太子殿下以外の攻略対象と仲を深めようと、今でも殿方の間を行ったり来たりしております。

その断罪劇が、白昼堂々王太子による最愛宣言からの熱烈なキッス!角度を変え、二度も三度も何度でも、舌を差し込み挙句の果てに身体を(まさぐ)り始め……。羞恥に耐えかねた友人が顔を真っ赤にしてプルプルと震えているので、わたくしは得意のプロレス技を駆使して友人から王太子殿下を引き剥がしたので御座います。

その時に殿下が「ね、姉ちゃん……?」と呟かれたのですが、まさかね。ナイナイ。あったら殴る。


「さあ、教えていただきましょうか。態度を急変した理由を。それも二度も。」


わたくしは瞼を伏せ、天を仰ぎました。そうよね。怪しかったわよね、わたくしの行動。辻褄が合わないし挙動不審なことも多かったもの。苦手なのよ、そういうの。腹芸というの?陰謀とか企むタイプじゃないの。拳で解決系なの。武闘派なのよ。意外でしょ?

信じてもらえなくても、誠心誠意説明するしかないわ。


わたくしは第三王子殿下にご説明致しました。前世のこと、乙女ゲームのこと、ヒロインのこと、いくつかある未来のこと、断罪のこと。俄には信じられないという顔をされましたが、他家の公爵令息の婚約者で悪役令嬢のもう一人の友人が、ヒロインが意味の分からない言葉をつぶやいていて不気味だったと教えてくれたのです。その話をした時は、第三王子殿下もアンリ殿下もいらしたので、覚えてらっしゃるはず。

ヒロインがつぶやいた言葉の意味をひとつひとつ丁寧にご説明申し上げました。その中に、思い当たるヒロインの行動があったようで、しかもそれがわたくしでは知り得ないことであったので、第三王子殿下は信じて下さったようなのです。


「確証は御座いませんが、恐らくアンリ殿下とマドレーヌも同じ世界からの転生者なのだと思われます。起こり得るイベントを次々と潰していかれておりますから。極め付きはあの示し合わせたかのような断罪劇。あの場にあのような資料を用意していること自体、何が起こるかご存知だったという証明に他なりません。」


「確かに。あの子があの場でああいう行動を起こすと知らなければ、彼らはあんな風に彼女を追い詰めることは出来なかっただろう。分かった。今後、私に起こるであろうイベントのことを詳しく教えてください。私は断じて彼女に絆されることはない。私が愛しいのは貴女だけなのですから。」


事前に知っていれば対処も可能ですわよね。殿下の仰る通りだわ。この方もアンリ殿下同様、ヒロインの図々しさに辟易しておられるし。


「承知致しました。」

「お分かりになってくださらないようですね。私の尽きることのない貴女への愛を。」

「いえ、存じております。イベントは……って、ええッ!?」


第三王子殿下がわたくしの足元に跪き、わたくしの骨が今にも浮き出そうなギリギリの肉付きの右手を取りました。


「まだ分からない?私が望んで、貴女に婚約を申し入れたことを。」

「な、何故爵位ばかりの我が家に婚約の打診が来たのかと不可解に思っておりましたが……。」


わたくしのことを愛しているから?それ、なんて少女漫画?


「覚えてらっしゃいませんか?初めてお会いした時のことを。」

「入学式の前に、顔合わせでお会いしたのが初めてですわよね?あの時は、アンリ殿下と、同学年になる信用のおける子息令嬢が集められて……。」

「違いますよ。十年前のことです。」

「十年前?」


百年と少しの記憶があるものだから、逆に近い記憶は覚えてないのよねぇ。十年前なんてつい最近のことだもの。案外最近のことって記憶に残らないのよ。十年一昔なんて言葉もあるけれど、余り時間が経ったように思えないの。

でも、十年前って何があったのかしら?物覚えの悪い頭を左右に傾げて脳の中を探ってみても、全く思い出せないわ。


「お忘れのようですね。思案する仕草まで可愛らしいけれど。」

「申し訳御座いません。何分、膨大な記憶量が御座いますので……。」

「確かにそうだ。人生経験豊富な貴女にとっては些末なことだったのでしょう。」

「あの、どのようなことがあったのか、お伺いしても?」

「その前に、名を呼んでください。」

「クリストファー殿下?」

「いえ、クリスと。」

「クリス、様?」


何だか呼んだ覚えのある名前だわ。クリス、クリス、クリス?ああ、そういえば、十年前に父親の用事にくっついて王宮に来た時に、クリスちゃんという女の子と何日か一緒に遊んだわね。クリストファー殿下と同じで、黒髪にグレーの瞳の美少女ちゃんだったわ。クリスティと名乗っていたけれど、毎回呼ぶには長くて呼びにくいからクリスちゃんと呼ばせてもらったのよね。その代わり、わたくしのことはカロと呼ばせていたわ。え、まさか?


「クリスティは貴方の姉姫か妹姫?」

「私に姉妹はおりません。兄が二人いるのみです。」


そうよね。釣り書きにもそう書いてあったわ。


「なら、そちらの王家の隠し子?」

「違いますよ!どうしてそうなるんですか!私です!私本人です!」


なんですって!?あの美少女クリスティちゃんが、こんな長身細マッチョインテリイケメンに!?そ、それよりも!!


「クリスちゃん、男の子だったのですね!」

「そういうことです。思い出していただけましたか?」

「はい!クリスちゃんのことは、とても、思い出深く……。」


花冠を作って頭に載せてあげたり、可愛いヘアアレンジをしてあげたり、当時絶賛練習中だった淑女のするお辞儀の訓練に付き合ってもらったり……あら、嫌だ。女の子の遊びしかしてないわ。男の子だと知ってたら、男の子の好む遊びをしたのに。

ていうか、幼い頃に女の子だと思っていた子が実は男の子で、大きくなったら求婚されるって、割と異世界モノでは定番ではなくて?あら、わたくし、思いがけず王道ヒロインになっていた?嫌だわ、邪道な悪役令嬢だと思っていたのに実は王道ヒロインだったなんて!乙女の夢が叶ったわ!百年待った甲斐があった!プロレスでは悪役(ヒール)レスラーが好きだったけれど!少女漫画とバトルモノはやはり王道が一番!


「私が緊張の余り自己紹介の時に噛んでしまって……。言い直そうと思ったら、貴女は私のことをクリスちゃんと呼ぶから自分のことをカロと呼べと言って。訂正する暇もなく、手を引っ張られてしまって、そのまま遊び始めてしまい、今に至ります。楽しそうな貴女に本当のことを告げられず……情けないですね、私は。」

「何故我が国の王宮にいらしたのです?」

「そこは思い出されないのですね。アンリ殿下のお父上であらせられるトアール国王の即位式だったのですよ。私は父と共にこちらに伺っておりました。」

「そういえばそんなこともありましたわね。」

「ありましたよ。その時、貴女は私のことを年下だと思ったのでしょうね。貴女より小さかったから。妹が出来たみたいと喜んで、甲斐甲斐しく私の世話を焼いてくれて。勘違いはありましたが、私はそれがとても嬉しかったのです。花のように微笑む貴女に恋に落ちました。それから私はずっと、貴女の虜です。」


ああ〜、即位式!あの時は王都中がお祭り騒ぎだったわねぇ。懐かしいような、昨日のことのような。屋台のいい匂いが街を包んでいたけれど、食べてはいけません、食べられません、余裕がありません、と言われて泣く泣く諦めたのよね。悔しいわ。思い出したらお腹が空いて来た。

あら嫌だわ!不味いわ!このままでは腹の虫の音がクリスちゃんにも聞こえてしまう!!


ぐぐぅぅぅ〜〜〜


そこはせめて〝くぅ〜〟じゃなくて!?わたくし、腐っても公爵令嬢なのに!全然可愛らしくない!!恥ずかしい!穴があったら入って埋められたい!


「ふふ。ここの鍵を返しつつ、カフェテリアにでも行きましょうか。私たちの仲は良好であると周囲に見せつけなければなりませんしね。」

「え、ええ、そうですわね。」

「では、お手をどうぞ?」


立ち上がったクリスちゃんは、わたくしより頭ひとつ分以上の身長差がある。大きくなったわねぇ。親戚の子に久しぶりに会ったような感慨深さがある。私が発育不良なだけかしら?だって、碌に栄養を取れていないんですもの。クリスちゃんはお国で大事にされて、こんなにもスクスクと育ったのねぇ。今ではとっても美丈夫だもの。

前世は金髪碧眼が大好物だったけれど、今となっては懐かしの黒髪に安心感を覚えるわ。瞳の色は外国の人のようだけど、それもまたミステリアスで知的な雰囲気も醸し出してるし。

ああ、そういえばクリスちゃんは武芸もお得意なのよね。きっと服の下は腹筋が割れているのだわ。いえ、割れているのは知っているのよ。ゲームの中にサービスショットがあったもの。健全なものだけどね。修学旅行で南の島へ行って海で泳ぐのよ。そういうイベントがあるの。その時にクリスちゃんの努力の結晶である立派な腹筋を拝めるかしら。わたくしも水着を着なければならないから、それまでにこの痩せっぽちな身体をどうにか出来ないかしら。お胸が立派な友人たちに相談してみようかしら。


あら、クリスちゃんたら、どんどん頬に赤みが差していくわ。あっという間に耳まで真っ赤。どうしたのかしら?急な発熱?


「あの、どうされました?具合が悪いようですけれど。」


そう尋ねると、クリスちゃんは視線を逸らしてしまった。


「余り見つめないでください。今になって、愛を告白したことが恥ずかしくなったのです。こんな形で告げるつもりはなかったのに。婚約の申し込みをずっと断り続けておられたと思えば、突然快諾されるし、今度は距離が近いし、なのにあの子が現れてからの貴女は急によそよそしくなって……。貴女には振り回されてばかりだ。」

「ごめんなさい、クリスちゃん。ヒロインがアンリ殿下からターゲットを変えたものだから、ここは浮気の証拠を押さえて慰謝料を踏んだくろうと考えておりましたの。」

「それで常に一定の距離以上近付いて下さらなかったわけですね。」

「ええ、申し訳御座いません。もっと早くに打ち明けていれば時間を無駄にしないで済んだのに。」

「私との時間を惜しんで下さる?」

「もちろん!クリスちゃんはこの世界でわたくしの初めてのお友だちでしたもの!またお会い出来て嬉しいわ。」


可愛い可愛いクリスちゃん。今では随分と格好良くなってしまったけれど、遠慮がちにはにかむ笑顔は今でも変わらないのね。やっぱり可愛いわ。


「お友だち……。」

「今は婚約者ですけれどね。」

「そうです。婚約者です。」

「もっと近しい関係になれましたわね!」

「そうです。だからこんなに近づくことも許される。」


クリスちゃんがお手をどうぞの体勢のままでいたのでこちらもエスコートされる体勢に入ろうとしたのに、グイと腕を引き寄せられ、グレーの、いいえ、光の加減で銀色に見える瞳に熱が見えた。それにしても、なんて綺麗な目をしてるのかしら。しかも、()()()だなんて。モテ仕草までお上手なこと。あら?美麗なお顔が近付いてくるわ。これは、まさか……?


前世から数えて数十年ぶりに殿方と唇を合わせてしまった。しまった、というのもおかしいかしら。だってわたくしたちは婚約者同士なのですから、恋人のような振る舞いをしても誰にも責められません。人前では出来ませんけどね。

しかし、()()()()()、もしくは()()()からのN()H()K()まで習得していたとは……。乙女ゲームの攻略対象、侮り難しですわ!


音もなく熱が離れたことに寂しさを覚えつつも、新たな一手、()()()()が入りましたわよ!クリスちゃんたら、技のデパートみたいね!なんということでしょう!ウン十年ぶりにわたくしの乙女心がキュンキュンと沸き立ちますわ!!でも、この身長差でこの体勢は苦しくないのかしら?鍛えてらっしゃるから問題ないのかしら?

クリスちゃんばかりに負担をかけてられないわ。わたくしが背伸びをすればいいのよ!だけどこの状態から背伸びするのは少し難しいわね。そうだわ!クリスちゃんの首に腕を回せばいいのだわ!


あら?クリスちゃんたら、ビクッとしたわ。驚かせたかしら。悪いことしたわね。ズリズリと頭が肩に落ちて来たわ。はぁ、とひとつ嘆息したクリスちゃんは、分かってないな……なんてボソリと言ったけれど、一応分かっているつもりよ?人生経験が豊富な故に慣れているだけなの。大人はね、自分のキュンも自在にコントロール出来るのよ。なんてね。さすがにイケメンに迫られた経験はないのでドキドキしっぱなしなのですけどね。


「いいの?」


いやだわ、なんて色っぽい()()()


でも、いいの?って何が?またキスがしたいの?それは構わないけれど。

こういう曖昧なセリフ、自分が言われると、具体的に聞いてって思ってしまうモノなのね。


クリスちゃんの頭の方に顔を向けようとしたら、わたくしからキスをした形になってしまったわ。擦れ合う頬の何と気持ちいいこと!スベスベだわ!ヒゲなんて生えないのかしら?それとも脱毛?この世界に脱毛の技術なんてあるの?

それに薄くて柔らかい、少し冷たい唇が気持ちよくて、思わずクリスちゃんの下唇をハミハミしちゃったわ。なんて気持ちいいのでしょう。やっぱり王子様もスキンケアは大事なのね。唇もぷるんぷるんのつやんつやんよ。少し顔を左右に動かして擦れ合わせると摩擦がないもの。わたくしも一応ぷるんぷるんのつやんつやんな唇ですから。毎日ハチミツでパックしてますから。最近、養蜂も始めたんですのよ。自給自足も大事よね。


でも、何だかクリスちゃんからの反応がなくてつまらないわ。いいの?って言った割には消極的ね。もしかして、キスのことじゃなかったのかしら?

あら、やだ。それならなんてはしたないことをしてしまったのでしょう。この世界では女性は慎ましやかで殿方に従順なのが喜ばれるというのに!


顔を離してみるとクリスちゃんは惚けた?呆けた?これはどちらかしら?どちらとも取れるような顔をしていたわ。ますます赤みが強くなって、そんなに頭に血を昇らせたら血管が切れてしまわないか心配よ。女からキスをしたものだから怒ったかしら?

わたくしの肩をつかんでいた姿勢が固定されたのか、そのまま一歩、二歩、三歩と後ずさっていくわ。嫌われちゃったかしら?


「貴女という人は……!」

「ごめんなさい。はしたなかったわよね。女の方から口付けだなんて。嫌いになった?」

「そんなことありません!ただ、あまりにも気持ちよくて……あ、いや、あの、驚いただけです……その……良すぎて……。」


ちょっとキスが玄人過ぎたかしら?そうよね。こんなにイケメンでも、王族はそこらに種など蒔いてはならないのだから、クリスちゃんは結婚まで清い身体でいなければならないのよ。

あら?少し前屈みになってるのは気のせい?若いから反応がいいのかしら。学校を卒業するまで貞操を守らなければならないなんて、お年頃でしょうに、なんだかお可哀想な気もするわね。


「こればっかりは前世で取った杵柄だから、どうしようもないのよ。ウブな子がお好みなら、わたくしでは無理だわ。ヒロインの方がいいかもしれないわよ?」

「そ、そんなの関係ありません!貴女だから!貴女だからいいんです!」

「なら、絶対に婚約破棄はしない?」

「しません!ありえません!」

「浮気もしない?」

「しません!私は貴女以外いらないのだから!」


まあ!なんて熱烈!友人の気持ちが少し分かった気がするわ。自分が言われるとこんなにもテンションが上がるものなのね!

それに言質も取れたし!これで断罪回避は完了よね!


「分かってくださいましたか?」


涙目で窺うようにわたくしを見つめるクリスちゃんのなんと色っぽいこと!やだわ!こんなスチル、ゲームにもなかったのに!!すんごいレアなの見ちゃったわね!あ、婚約者だからこれからも見られるんじゃない。ふっふぅ〜!やったわ!


「ええ、充分に。ありがとう、クリスちゃん。わたくしのことを思い続けてくれて。」

「こちらこそ、応えて下さってありがとうございます。必ず幸せにします。」

「わたくしも貴方を大切にするわ。」


嬉しそうに微笑むクリスちゃんにクリスちゃんの面影が見えるわ。わたくしの気持ちはまだ愛だの恋だのにはなってないけれど、キスしたいくらいには殿方として意識しているし。こちらの感覚からするとビッチなのかしら。公爵家は貧乏だからか、王族の流れを汲む割には自由な家風なのよね。些細なことは気にしてられないというか。そんな暇があるなら働けというか。

だからそういうこと全然気にしてなかったわ。これからはクリスちゃんに恥をかかせないように気をつけていかないと。

それとヒロイン撃退大作戦をわたくしたちもやらないといけないものね!イチャイチャしてラブラブしてバカップルを演じるのよ!本当にバカップルになってもいいのだけど、外聞がありますもの!他国の王子であるクリスちゃんの評判を落とすような真似は出来ませんわ!


「さあ、クリスちゃん!ヒロインにわたくしたちの仲を見せつけてやりましょう!カフェテリアのカップル限定メニューが食べたいわ!あの大きなプリンアラモードと、大きなフルーツジュース、どちらがいいかしら?」

「どちらでも。貴女のお気に召すままに。」


その後、カフェテリアでカップル限定プリンアラモードもフルーツジュースも頼んで、クリスちゃんにあーんしてあげたり、あーんしてもらったり、わざと漏れるように食べて口の端についたクリームを舐め取ってもらったり、()()()()されたり、帰りもエスコートではなく手を繋いで帰ったりと思い切りイチャイチャしていたのですが、クリスちゃんの手が震えていたり、時々小さく息を吐いていたりして、ちょっと心配だったのです。

ヒロインはわたくしたちをガン見して、何か言おうとしていたのですが、クリスちゃんはガン無視で、ひたすらに追加注文をした季節限定カップルパフェを食べさせたり食べさせられたりで乗り切りましたわ。慣れないことをすると緊張しますね、ですって!あんなにモテ仕草に手慣れてるのに!?

けれど、胃をさすっていたのは単なる食べ過ぎなのではないかしら?わたくしならあれくらいペロリと食べられたのに、細こいわたくしでは食べ切れないと思ったのか、頑張って食べてらっしゃいましたから。それとも、あーん、が嬉しかったのかしら?気持ちは分かるけど、甘いモノはほどほどにしないとね。


わたくし?わたくしはカロリーが足りてないのだからいくら食べても問題ないのですわ!カロリーないからカロリーヌ!なんちゃってね!


それよりも、とっくのとうにヒロイン撃退は終わったのに、クリスちゃんの甘々溺愛が止みませんの。何故かしら?

あっという間に羞恥も克服し、キスも学習して、わたくしの扱いもとってもお上手になりましたわ。照れて見せるとそれはもう大層お喜びになるのです。

優秀な婚約者なのは嬉しいのですが、腕グイ、壁ドン、顎クイと、最近またちょっと強引なところが見え隠れしてります。けれどもそれらはわたくしの大好物ですもの。大変有難く堪能させていただいております。


ああ、もちろん、わたくしの一番の大好物はクリスちゃんなのですけどね。うふふ。

ページ上部からシリーズの他の短編も読んで頂けたら嬉しいです。今後もちょくちょく書いていこうと思います。


お読みいただきありがとうございました!

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