最終話 一興
遠く、北のシュニーデン王国から、手紙が届いた。
シュニーデン国王に嫁いだ姉のキャロラインからだ。どうやら、私の行き先をやっと掴めたらしく、三年間探してくれていたようだった。
姉は、私を心配していた。私がエイデン公爵家に嫁いですぐにセラフィエルとその愛人エルヴィが殺害され、エイデン公爵を僭称するサディアス・エイデンがサリデール王国に対して反乱の狼煙を上げた。私の行方はその中で失われ、どこへ行ってしまったのかとゴシップ好きな人々が追いかけていたようだが見つからず、結局姉は偶然シュニーデン王国と付き合いのあるバラデュール王国北部の大公から、ダニエルと私が結婚する話を聞いて、ようやく突き止めたようだった。
反乱を起こしたエイデン公爵軍は、先月サリデール王国の王都を陥落させた。サリデール国王は西に逃れ、他国へ亡命するだろうと言われている。数百年続いたサリデール王国はここに終焉を迎え、新たな国が築かれるだろう。
そこに、私の実家だったウォーガンド伯爵家の名は連ならない。なぜなら、サリデール王国軍が潰走する際、一緒に父と兄も戦死してしまったのだ。唯一残された末弟のユリアンは母とともに避難中行方不明となり、長姉のティターニアはリベイラ伯爵家に行ったまま音信不通だったが、去年病死していたことが分かった。戦火によって領地を追われたリベイラ伯爵は落ちぶれ、極貧生活の中、気が触れたそうだ。
キャロラインは、いつかバラデュール王国を訪れた際には私と会えるよう願っている、と手紙に書いていた。王妃という立場上、それはなかなか難しいだろうが、叶うならば私も願っている。
私は今、東のユエ・ディンという国にいる。東の大国で、世界中へ小麦を供給する広大な平野とその先にある広漠な海を支配する。バラデュール王国ミカエル四世の名代であるトゥルヌミール公爵ダニエルの供として、ユエ・ディン国と友好関係を結ぶためにやってきた。ユエ・ディンの人々は私たちを歓迎し、皇太子自ら龍に乗って現れた。天に認められた帝とその後継者のみが所有できる、神聖な生き物だそうだ。空を埋め尽くす長蛇の体躯に圧倒され、雷のような形をした角や獅子のごときたてがみ、鰐にも似た捕食者の口を持つ龍は、その外見に反してとても穏やかな生き物で、ダニエルと私は乗せてもらったりもした。
ところで、ダニエルは結婚してからこう白状した。
「実はですね、私に天使の祝福があるというのは嘘です。それは兄上のほうで、私には何もありません。バラデュール王家は代々何らかの力を持って生まれるのですが、私は何もなかった。それで随分と兄上に心配され、過保護に扱われたものです。だから私は特殊な力に代わって、役立つ何かを手に入れなければならなかった。知識もその一つですし、多くの人々に好かれるために尽くす口実として愛を司る天使の名を騙りました。滑稽でしょう? でも、そうでもしなければ私は認められなかったのです」
黒い右腕を持ちたくなかったと呪って生きてきた私と、何でもいいから力が欲しかったダニエル。
ダニエルの目には、私の黒い右腕は魅力的に映ったそうだ。ただし、それは欲しいわけではなく、知的好奇心をそそるものとして、だった。
私の黒い右腕は、今も変わらない。革の手袋をして、なるべく力を抑えて、興奮したり怒ったりしないよう気を付ける。対処法はそれだけだ。ダニエルは何とかしようと手がかりを探してくれているが——私は別に、このままでもいいと思いはじめた。
だって、この腕があったからミカエルとエレミアに出会い、ダニエルと結ばれた。まるで実の妹のようにミカエルとエレミアは私を大切に扱ってくれているし、ダニエルはいまだに少年のような笑顔で悪戯に誘ってくる。
まあ、私はついにバラデュール王国一の力自慢を決める腕相撲大会で優勝してしまったが、それはさておき。明日ユエ・ディン軍一の強者と名高い兵士と力比べをすることにもなってしまって憂鬱だが、それもさておき。
それでもいいのだ。誰かが私の力で沸き立ち、明るい顔を見せてくれるのなら、一興だ。
そう考えられるようになって、私は多分、幸せなのだと思う。
ようやく幸せに、なれたのだ。
(了)
なんか書き足りない気もするけど一応エンディング!!!
気が向けばまた書きます。