第二十二話 愛に説得は効かない
私は懸命に、今までの人生についてダニエルへ説明した。諦めてもらうためだ。
ウォーガンド伯爵家に生まれて黒い右腕のせいで嫌われ、教育も満足に受けさせてもらえなかったこと。
婚約者のアーリンが結婚前に不運にも死んでしまったこと。
婚約を解消されたら今度はお金でエイデン公爵の書類上の妻となるよう売られてしまったこと。
そのエイデン公爵セラフィエルにはひどいことを言われ、殴られそうになって私は腹が立って屋敷を飛び出してきたこと。
ミカエルとエレミアを助けたことでバラデュール王国に連れてきてもらい、今の生活ができるようになったこと。
そんな私は、バラデュール王国の王子であるダニエルには、とてもふさわしくなどない。サタナキアも私の意図を汲んでくれて、ダニエルを説得しようと試みてくれていた。
だが、ダニエルは頑として譲らない。
「それがどうしたというのですか? 私はあなたを愛したいのです。いけませんか?」
「いいか悪いかではなくて、ダニエル王子、ちょっと落ち着いてください。いきなりそんなことを言ったって、ロゼッタちゃんも困ってますからね?」
この場においては、サタナキアはきわめて常識人の大人だ。そのくらい、ダニエルが『歩く火薬庫』レベルの問題児ということになる。実際、さらに問題発言を繰り返している。
「では、こういうことですね? 私が王子でなければ、問題はないと」
その意図を察したサタナキアがギョッとしていた。
「まさか、ちょっ、ダニエル王子? それはだめですよ? ミカエル様もさすがにお許しには」
「こんなこともあろうかとトゥルヌミール公爵の爵位をもらう話がついています」
「やりやがったこいつ!」
サタナキアが卑俗な言葉を使うほど、ダニエルの取った行動はありえなかった。私と結ばれるために王子の身分を捨てる、という意味のことを言ってしまうのは、どう考えたっておかしい。だが、ダニエルは真剣だ。決してふざけてはいないだろうし、目的を完遂するために——目的? ダニエルの目的は、何だ?
私を愛する? それはダニエルの持つ、天使の祝福の性質からだろう。そのはずだ。しかし、そのためにここまでするだろうか。それに、サタナキアもそういう前提で話を進めている。
ひょっとして違う? 本気でダニエルは私を愛している?
私が疑問渦巻く頭を何とかしようとしていると、ダニエルは私へと向き直った。
「まあ、それは将来の話として置いておくとしましょう。でも、私は本気であなたを愛したいと思っています」
「どうしてですか? だって、まだ二回しかお会いしていませんよ」
「一目惚れに回数は関係ないですから」
これまた、爽やかな笑顔でダニエルはキッパリと断言する。
私にはそれを否定することはできない。あまりにも、ダニエルは笑顔の中に真剣そのものの目を潜ませていたからだ。嘘ではないし、心の底からそう思っているに違いない。そういえば、アーリンも嘘の吐けない、吐かない人だった。ダニエルはよく似ている。外見は違えども、その目はそっくりだ。
しかし断れないなら、こう言うまでだ。
「ダニエルさん、なら条件があります」
「どのような?」
「私、感情が昂りすぎると、ポルターガイストや地震を起こすのです」
「マジかよ」
「会長はお静かに。あと力が強すぎて日常生活でも大変ですし、ドレスだって普通のものは着られません。家族とは絶縁状態で、貴族の娘といっても名ばかりです。だから私は、もう何もかも捨てて一人で生きようって思いました」
私の主張に、サタナキアはともかく、ダニエルも初耳とばかりに驚いているようだ。であれば、分かるだろう。
「そんな面倒を全部抱え込めますか? 後ろ指を差されて、それでも守ってくださるのですか?」
その答えは、あっさりと返された。
「むしろ、それは私でないとできないのでは?」
よくよく考えれば、それはとても正論だった。私のような生きることに何かと障害の多い人間を助けるには、権力も財産も身分もある人間のほうがやりやすいだろう。至極当然だ。外聞を考えても、それを補って余りある余裕ある人間だし。王子様、しかも王子の身分はやめて貴族になります、となればしがらみも随分減る。何と好都合なのだ。私は頭を抱える。
ところが、ダニエルは妙なことを言いだした。
「あとロゼッタさん、あなたのその腕の原因と腕の正体ですが、おそらく半分正解で半分間違いです」
「え?」
「あなたは元々、悪魔の腕を持って生まれるはずだった。そこへご両親の介入で天使の腕が移植された。なので、非常に珍しいのですが、両方が混ざっている状態ではないか、と思うのです。そうでなければ、超常現象誘発と機能強化は両立しないはずです」
まさしく、え? だ。サタナキアもおそらく今の私と同じ顔をしている。
ダニエルの推測に、サタナキアはハッと何かに気付いたようだった。
「ひょっとして、なんですがね……地獄の天使というのは、堕ちる前の天使と、堕ちた後の悪魔の総称じゃあないですか?」
「そうです。だからアガリアレプト公爵の言ったことは間違いではないのです。両方の性質がある、というわけですから」
つまり、私の右腕は悪魔であり、天使である、と。
正直に言って、私はアガリアレプトの言っていることが難解すぎて、半分も理解できていたか怪しい。サタナキアやダニエルを連れていけばよかった、と今更ながら後悔している。ゆえに、ダニエルの推測が間違っている、とは言えないのだ。第一、私よりもダニエルのほうが頭がいいだろうから、私の粗末な記憶力と理解力しかない脳みそよりもその頭脳を信じたほうがいい。
悲しいことに、今の私はダニエルに頼ることでしか自分の右腕の正体を知ることはできなさそうだった。私を愛したい、一目惚れだと言ってくる少年に、だ。
何だか取引のようで、利用しているようで、私としては嫌なのだが——。
「もしよければ、あなたの腕について調べましょうか? すぐに結論は出ないでしょうが、何年、何十年かけてでも、あなたの知りたいことを突き止めてみせます」
そんなことを言われてしまっては、私も断れない。剣を貸してもらった恩もある。
結局、私はダニエルの好意と厚意を受け取るしかなかった。
ダニエルはご満悦の表情で、結婚式はいつにしましょう? などと言っていた。