第二十一話 つい笑みが
風圧で棚は開き、椅子は倒れ、書類が散乱した部屋の後片付けをしながら、ダニエルは事情を話す。
「ロゼッタさんが右腕のことで思い詰めているようだったので、力のかぎりを出してしまえばすっきりするのではないかと思いました」
筆記用具を拾いながら、サタナキアは呆れていた。
「だからって、バラデュール王国の一の宝剣を持ち出してこなくても」
「頑丈そうな剣を探していたらちょうど宝物庫にあったので」
「これがなくなったら王位継承ができなくなるんですよ!? やめなさい、そういうことは!」
「てへ」
これ、テーブルの上の箱に置かれた金の長剣を指差して、サタナキアは真剣に怒っている。だが、ダニエルが堪えた様子はない。悪戯が上手くいった子供のように、上機嫌だ。
しかし、何と言えばいいのか——あの剣を力任せに振るったときの快感が、まだ私の手には残っている。何もかもを吹き飛ばしていく風、神話のように断ち切られた水、周囲には相当迷惑だっただろうが、私は、実のところ、楽しかった。すっきりした。うじうじ考えていた嫌なことが、すべて吹っ飛んでしまったかのようだ。
ダニエルの企みは、おそらく成功している。私を励まそうとしてくれたのだろう。
サタナキアのお説教から逃れるように、ダニエルは私のほうへ振り向く。
「ロゼッタさん。別に、あなたの力を役立てろと言いたいわけではありません。ただ、抑えてばかりでは、ストレスが溜まると思うのです。たまには力を解放して、思いっきり振り回したっていいのではないでしょうか」
うん、それは正論だと思う。周囲の迷惑を考えなければ。私は苦笑するしかない。ダニエルはしてやったりの顔をしている。
「またやりたいときはこれをお貸ししますから」
「だめですよ、王子。新しく作ってください」
「じゃあ、ドワーフの鍛治師のもとへ交渉に行くのでサタナキア公爵も手伝ってください。つては多いでしょう?」
「最初からそれが狙いだったんじゃないですかねぇ、ダニエル王子」
まったくもう、と足元のペンを拾い上げながら、ふとサタナキアは思い出したようにダニエルへ尋ねる。
「ひょっとして、ミカエル様も関わってるとか言いませんよね?」
「命を救ってくれたロゼッタさんのためなら、と兄上は許可を出してくださいました」
それを聞いたサタナキアは天を仰いでいた。王位継承に必要な剣を持ち出したのはダニエルの独断ではなく、王太子まで許可を出していたとあってはそんな気持ちにもなるだろう。
「エレミア義姉上も心配なさっていましたよ。だから、元気を出してください。義姉上だって嫌なことがあれば聖女ウルスラとともにワインをラッパ飲みしながら酒盛りをしていますし」
「その情報は絶対外に漏らしてはいけませんよ、王子! ああもう、相変わらず歩く火薬庫みたいな方だなぁ!」
その話はエレミアのイメージダウンになるから口外してはいけない。ダニエルの天衣無縫っぷりに、普段は飄々としているサタナキアが苦労人じみてきていた。
何だかそれはおかしくて、笑ってはいけないだろうに、私は口元が緩むのを抑えきれない。
そしてダニエルは、またしてもとんでもない言葉を口にする。
「というわけで、ロゼッタさん。あなたを愛していいですか?」