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第十九話 誰のせいか、誰のためか

「ロゼッタ、どうしたの? ぼうっとしているけれど、どこか具合でも悪いのですか?」


 青髪の聖女エレミアが私へ優しく問いかける。


 私は、自分がお茶会に来ているということを忘れてしまっていた。二人っきりのプライベートなお茶会とはいえ、失礼だ。慌てて私は正気に戻る。


「ああ、いえ……昨日、アガリアレプト公爵にお会いしたのです」

「まあ、あの頑固なお爺さんね。この国一番の知識の持ち主よ」

「そうです、だから私のこの右腕の正体が分かるだろうと思って、サタナキア会長の紹介でお会いしてきたのです」


 だからこそ——私は表情を明るくできない。


 昨日の出来事は、あまりにも私にとってはひどいものだった。私は、手袋をした右腕をそっと持ち上げる。


「結論から言えば、これは悪魔の右腕ではありませんでした」


 エレミアはその意味がすぐに分かったようだ。


「どういうこと? なら、他の存在の腕ということでしょう?」

「はい。この腕は……悪魔ではなく、天使のものだということでした。地獄にいる天使の右腕です。しかし、基本的に天使の体の一部が人間に宿ることはまずないそうです」


 広大な屋敷の無数の図書室に籠る老人アガリアレプトは、私へこう言った。


 汝の腕は、まことの異形だ。本来あるべきでない腕を、無理矢理に接合してしまったのだ。


 私を憐れんだアガリアレプトは、その推察を語ってくれた。


「なぜ私の右腕にそれが宿ったか。それはおそらく、両親のせいです。両親が我が子に天使の祝福を与えたいがために、怪しい儀式に手を出していたのではないか、ということでした。その中には正しい手順を踏んだ儀式ではなく、より多くの、より良質な祝福をと望む過激で邪道なものもあって……それを、やってしまった結果、失敗したのではないか。そういうことでした」


 それは、決して私のせいではない。だが、私にそのツケはすべて回ってきた。両親は私を嫌い、自分たちの過ちを私へと押し付けていたのだ。


 それを聞いた私は、ああ、なるほど、とどこか他人事のように、胸にストンと何かが落ちた。すっかり、納得してしまった。


 悪魔の腕だろうと、天使の腕だろうと、きっと私は、嫌われていただろう。そんな確信があった。私は、失敗作となるべく生まれてきたのだろう、そう思って、それでこのひどい人生の有様を納得してしまった。


 誰のせいと責めたところで、私の人生はおそらく何も変わらない。それは諦めというよりも、絶望に近かった。この腕は何ともならない。そう言われたようだった。 


 エレミアが愁眉を見せ、私の手袋をした右手を握る。


「ロゼッタ、つらかったですね」

「いえ、私は……何となく、そんなことだろうな、と思っていました。家で唯一の味方だった姉のキャロラインも両親のせいではないかと言っていましたし」


 今思えば、私の姉のキャロラインは何かを知ってしまっていたのだろう。ただ、打ち明けることはできなかった。両親のためかもしれないし、私が絶望することを防ぐためだったのかもしれない。確証があったわけではないのかもしれない。私はすっかり、キャロラインを擁護していた。それが正しいかどうかは問題ではない、どうせキャロラインが私へこの話を伝えていたところで、私にはどうしようもなかったことは確かだからだ。ならば、記憶の中では優しい姉を、責めたくはなかった。


 そう、責めたくなどない。ただただ、絶望したこの心を、何とかしてほしい。


 その気持ちが、エレミアの心遣いを無碍にしかけていたと私は気付き、謝る。


「申し訳ありません。嘘を吐いてしまいました、本当は……つらいです」

「いいのよ。それは嘘ではなく、強がらなければならないほど心が疲れているだけだから」


 エレミアは私のみっともない真似を許してくれた。強がり、嫌な本心を隠そうとしていた私は、堰を切ったように気持ちを吐露する。


「こんなもの、まだ悪魔の腕だと言われたほうが、諦められたのに。誰かのせいにしたくなかったのに」


 醜い。私は醜く、この右腕はどうしようもない。


 エレミアは、黙って私の隣に来て、背中をさすってくれた。泣き出した私を、静かに慰めていた。

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