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第十八話 厚意を無碍にしない

 次の日、私は出版会へ出勤したものの、また鉛筆をばきっと折ってしまった。


 深く、深くため息を吐く。それを見ていたサタナキアが、ひょいと私の前にやってきた。


「おや、どうしたんだい?」

「……自己嫌悪中です」


 昨日起きたすべてを話すことは躊躇われた。自己嫌悪していることは間違いないし、そう言っておくことが無難だと思う。


 するとサタナキアは面白がった。


「どこかの男に振られたんじゃないだろうね。もしそうなら仕返しに行こうか?」

「会長、違いますから座ってください」


 サタナキアは魅了が効かない数少ない女性である私との会話が面白いらしく、何かとちょっかいをかけてきていた。だんだんフランクな会話も楽しむようになり、すでに友人の間柄のようになっている。一応、立場の上下を私は意識しているが、サタナキアは元々垣根のない人物なのだろうと思う。公爵という身分にありながら、驕るようなこともなく、権威を振りかざすこともない。


 サタナキアは思い出した、とばかりに両手を打つ。


「それはそうとだ、届いたばかりの手袋、使ってみてくれ」


 そう言って、サタナキアは私の席のテーブルへ、長方形の薄い大きな箱を持ってきた。


 大きな箱を開けると、肩口まではありそうな長い赤革の手袋が入っていた。レースのような模様が入っており、肩部分には透かしも入っている。思わず私は可愛い、とつぶやいた。サタナキアに勧められ、私は自分の右腕に手袋を嵌めてみる。


 びっくりするほど、手袋はするりと腕を飲み込み、私の腕にピッタリと装着された。革は思ったよりも随分薄く、動作を妨げることもない。指先の爪も、手袋を破って出てくることはなかった。


「これは、手袋の先に鉄板が入っているのでしょうか?」

「ああ、特殊な薄い金属を仕込んでいるそうだ。これで君の爪が誰かを傷つけることはない」

「この革も今まで触ったことのない感触です」

「サラマンダーの革で作ったものでね、職人によればおそらくこの国で手に入るもっとも丈夫な革だろう、という話だ」


 何だかこの手袋はすごいもののようだ。私は握り拳を作ってみたり、開いてみたり、腕を上げ下げしてみる。自室以外では久しぶりに、右腕を不自由なケープの中から出した気がする。サタナキアもうんうん、と満足そうだ。


 しかし、私は我に返った。


「あの、代金は……いくらくらいでしょう? 少しずつでもお返しを」

「いや、それは大丈夫だ。言っただろう、ここは国の認可を受けた互助組織だ。悪魔の力や特徴で生きづらい人間を助け、そのためには様々な手を打つ。それは決して無料でできるわけではない、だから書籍の出版で稼ぎ、ときには国へ申請して援助をしてもらう。そういう仕組みになっている、君に金銭的負担はないよ」


 だから気にしなくていい。サタナキアは、諭すように言った。


 私は、厚意に甘えることにした。手袋があんまりにも嬉しくてもう離したくないと思ったし、わざわざ手袋を仕立ててくれた以上、ここで遠慮するのはサタナキアにも失礼だと思った。


 これで、普通の人のように暮らせるのだろうか。いや、まだ力の制御が完璧じゃない。鉛筆を折ってばかりだ。


 そんなことを考えていると、サタナキアは別の話題に移った。


「ところでだ、君のその腕の正体を知ることができるかもしれない人物がいる。会ってみるかい?」

「本当ですか!?」

「ああ。アガリアレプト公爵レオナール。知識の巨人である彼なら、一目見れば腕の元となる悪魔について分かるだろう。そうすればどのように使うか、どのように使わないか、そういうことも知ることができる」


 何ということだろう。この機会を逃すわけにはいかない。私は身を乗り出して、サタナキアへ頼む。


「会って、みたいです。会わせてください、お願いします!」


 ただ、私はこのとき、知らずにいたほうがマシだった、と思うなど、かけらも想像もしていなかった。

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