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第十七話 愛の天使の少年

 今、私の目の前には、金髪の巻き毛が可愛らしい少年がいる。


「ロゼッタさん、こちらの香水はいかがですか? 調香師にあなた好みの香水を作らせますから、遠慮なく言ってくださいね」


 少年は楽しそうだ。街中の香水店に入ろうとしたので、私は止める。


「香水は、まだ私には早いかと思います。それより」

「そうですか? ああでも、レディはやはりアクセサリーのほうが欲しいものでしょうか?」

「い、いえ、それも私ごときには」

「では、そこのカフェでお茶をしながら考えましょう。ここのタルトは王室御用達(ロイヤルワラント)の称号を得て長く、とても美味しいですよ」


 少年はとても強引に、私の左手を引っ張っていく。


 話は三時間前に遡る。


 私はエレミアに呼ばれて宮殿に上った。通用門から入り、エレミアの居室へ向けて直行した。


 ところが、居室の前で、エレミアが一人の少年と一緒にいた。私を見るなり手を振ってきたので、どうやら私を待っていたらしい。


「ロゼッタ、ちょうどよかった。今日はダニエルと外を散歩してきてくれないかしら?」


 ダニエルと呼ばれた少年は——年齢は十四、五くらいで金髪の巻き毛が可愛らしく、一丁前に立派なサーコートを着ていて、やんごとない貴族の子息と思われる——私へ会釈をして、こう言った。


「初めまして、ロゼッタさん。ダニエルと申します。実は、外出する用事があるのですが、皆手が空いておらず……名目だけでもいいので、私の供として一緒に街へ出ていただけませんか?」


 ははあなるほど、と私は合点が入った。エレミアの推薦で私に供回りを、ということは、万一の際の護衛の意味もあるのだろう。私の右腕はざらざらしていて荷物持ちには向いていないとエレミアは知っているだろうし、女性にそんなことを頼んでくるほど失礼ではない。それに相手はやんごとない身分、あまり大仰にしたくはないのかもしれなかった。


「分かりました。ダニエルさん、まいりましょう」

「ありがとうございます、では」


 そうして、王都の目抜き通りを下って、郵便局に立ち寄った。そこでダニエルの用事は終わったようだったが、そのままダニエルは散歩をしようと言い出して、高級ブティックや菓子店の並ぶ流行の最先端、アネット通りに入ってからというもの、ダニエルは私へ何かにつけて買い与えようとしてくるのだった。


 カフェのオープンテラスで、私はウェイターへココアフロートを、ダニエルはコーヒーを頼んだ。ついでにいちごのタルトを一ピースずつ、ダニエルの勧めてくるアフタヌーンティーセットは遠慮しておいた。


「あの、ダニエルさん」

「何でしょう?」

「用事が終わったのなら、早く宮殿へ戻ったほうが」

「いいのですよ、これはついてきてくれたあなたへのお礼です」

「そこまでしていただけるほど、大したことはしていません」

「では、お願いがあります」

「お願い?」


 ダニエルは、至極真面目に、とんでもない言葉を口にした。


「私はあなたを愛したいのです」


 驚く、というよりも呆れるといったほうが正しいと思う。


 私はあまりの衝撃に、聞き返してしまった。


「あ、愛したいって……?」

「順を追ってご説明します。と、その前に」


 冷静なダニエル、そしていちごタルトを運んできたウェイター。私一人が動揺していて、ウェイターも不思議な顔をしている。


「どうぞ、いちごのタルトを食べながら話しましょう」

「そ、そうですね」

「まず私は愛を司る天使の力を持っています」


 大きないちごをプスッとフォークで刺し、ダニエルは私の皿へと置く。


「誰かに愛を与え、何かを与え、喜ばせることが大好きです。そのための財力はありますし、その財産は私がその力にふさわしい行いをするために使うべきだとされています。だから、出会った人へ必ず、愛を与えます。とはいえ形のない感情を有難がる人は少ないですからね、多くは物的な贈り物を喜びます。即物的と思われるかもしれませんが、何かを与えられて、そしてそれが少なからず望むものであれば、多数の人々は喜んでくれますからそれでいいのです」


 つまりは、ダニエルは与えられた者(ギフター)ではなく、正真正銘の与える者(プレゼンター)なのだ。そういう性質を持つ人間がいてもおかしくはない、のだろうか。私には分からない、物語の中では天使が人間のために何かをしてくれるということはあるらしいから、それだろうか。


「もちろん、あなたが物を受け取りたくないというのであれば、やりません。でもその代わり、私はあなたに何かをして差し上げたいのです」


 真正面からそんなことを言われて、はいそうですかと言えるほど、私は純粋無垢ではないようだった。


「正直に言っていいですか」

「どうぞ」

「胡散臭いです」

「ええ、そう思います。でも、事実です。私は嘘を吐いていません、何ならエレミア……さんに聞いてもらえると分かるかと」


 むう、そう言われると弱い。私はエレミアを信用している、彼女の言葉なら信じてしまうし、きっと本当のことだと思う。それにしても、なぜダニエルはエレミアの名前を言おうとして、少し詰まったのだろう。


「私でないとだめなのですか?」

「うーん、今目の前にいるのはあなたですから。まずはあなたを喜ばせたいのです」

「そういう力や感情が抑えられなくなる感じですか?」

「近いですね。私も制御しなければならないと思うのですが、ノブレスオブリージュの一環として余人に尽くすことは推奨されていますので、最高神殿からはむしろ抑えないようにと言われているのです。もっとも、それは天使の印象をよくするための打算もあるのでしょうが」


 やれやれ、とダニエルは首を横に振る。何やら天使関係の組織にも色々あるようだ。


 ただ——私が望むことは、昔から助けてほしいと思うことは、一つだけだ。


「なら、私のこの右手を、どうにかできますか」


 それは挑発的に、どうだできないだろう、と言ったようなものだ。


 この黒い右腕が普通の人間の腕になるだろうか。なるわけがない。隠して、制御して、それでも人目を引いてしまう。それがどれだけつらいか、きっと他人には分からない。分かるわけがない、私はそう固く信じている。


 だが、ダニエルは少し考えて、ふむ、と言った。


「少し待ってください。手を尽くしてみましょう」


 私は生返事をした。


「そう、ですか」


 どうせ、できっこない。


 私は、自分の発言を後悔していた。そんなこと、言わなければよかった。

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