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第十二話 助けて

 身体が強張った私に気付いたのか、ミカエルは慌てて言葉を付け足した。


「ああ、失礼した。決して、見せ物にしようというわけではないんだ。すまない」


 その言葉を、私は信用できるだろうか。


 ミカエルとエレミアは、興味本位で尋ねているのか。それとも、何かを知っていて確認しているのか。その区別が私にはできていない。警戒心をあらわにする私の態度に、ミカエルは困り果てていた。


 そこへ、エレミアが助け舟を出す。


「ではミカエル様、私から説明いたしましょう」

「頼むよ、エレミア」


 承知いたしました、とエレミアは話を引き継ぎ、私へと優しく語りかけてきた。


「ロゼッタさん、この世には、先天的にその身に人とは異なる存在を宿す人間がいます。よく言われるのは、天使の祝福や悪魔の呪いですね。この二つは、呼び方は異なりますが、本質的には同じです。天使も悪魔も、所詮は人間側の一方的な見方、名称ですから」


 私は驚く。エレミアは冷静に物事を見ていた。天使の祝福と悪魔の呪いが同じなどと言える人間は、とても一般人ではない。サリデール王国ではまずいないだろうし、外国でもそうは多くないはずだ。


 もちろんエレミアは将来の王太子妃で、人並みはずれて教養や知識に溢れた人間なのかもしれない。それでも、天使と悪魔が同じと言えるだろうか。普通は、正義と悪のように捉えるのではないか。私の右腕は、当然のごとく悪側と見做される。それが普通、そう、普通のはずだ。屋敷からほとんど出たことのなかった私の中で、常識が揺らぎそうだった。エレミアが嘘を吐いているとは思えない。


「そう、なんですか……でも、天使のほうがずっとイメージがいいじゃないですか」

「いいえ、少なくともバラデュール王国ではどちらにも差はありません。世界の知恵を司るような天使や神の力を体現する天使の祝福を受けた人間もいれば、魔王とさえ呼ばれる悪魔たちの多種多様な特殊能力やその体の一部を体に刻まれた人間もいますけれど、どちらも普通に王族貴族平民、どこにでもいるものですから」


 随分とあっけらかんとした物言いだった。バラデュール王国は、サリデール王国とはかなり違うようだ。


 ミカエルが苦笑する。


「どこにでも、というのはさすがに語弊があるな。一応、そういう人々は国に自主申告して、それぞれの長所を生かした活躍をしてもらっている。たとえば、エレミアもその一人だ」


 私は思わずエレミアの顔を見た。私のようなあからさまな特徴は何一つないのに、と思っていると、今は見せられないけれど背中に聖痕があるの、と教えてくれた。


「私は神の言葉を伝える天使の祝福を受けています。だから聖女として神殿で神の預言を授かったり、あとは井戸を掘ったり?」

「井戸?」

「ええ、水脈を当てることが得意なのです。聖女だけれど」


 エレミアの力は、随分と実用的なものだった。それは感謝されることも多いだろう、河川から遠い土地では重宝されるに違いない。


「あとはそうだな、僕の知り合いにはサタナキア公爵という女性を魅了する能力を持つ方がいて、その能力を話し合いの解決に用いつつ、またバラデュール王国で悪魔に関わる人々を適材適所に充てがうこともなさっている。天使の力も、悪魔の力も、上手く使えば人を助け、国を発展させられるからね」


 ミカエルの言葉をそのまま受け取れば、バラデュール王国はなんと合理的な国だろう、と思うのだが、まだ鵜呑みにすることはできない。エレミアは天使の祝福だから聖女として奉られているだけで、悪魔の右腕を持つ私は蔑まれるのかもしれないし、と私は疑心暗鬼になっていた。だってそうだろう、天使と悪魔なら、皆天使を尊ぶものだ。その観念から、私はいまいち抜け出せない。


 ただ、ミカエルは私へ恩義があると思っていることくらいは分かる。


「そういうわけで、僕たちは君もそうなんじゃないかと思って、尋ねただけなんだ。バラデュール王国の外では何かと差別を受けるとも聞いたことがあるからね、困ったことはないかと」


 私はうつむいた。ミカエルとエレミアの厚意を、いまだにまっすぐに受け止められない自分が、恥ずかしかった。


 今まで、私はこの黒い右腕があることで、悪いことはあってもいいことはなかった。今更他人に優しくされても、疑心暗鬼になったってしょうがない。でももし、二人の言ったことが嘘ではないのなら——これは、姉のキャロラインが言っていた、私がこの国から出て自分を受け入れてくれる場所へ行けるチャンスなのではないか。


 どうせ、帰る家はもうない。


 私の暗い表情から、ミカエルは察してくれたようだ。


「どうやら、あるようだね」

「はい」


 この機会を逃せば、きっと私は幸せになれない。


 心の底から、そう思った。それだけ私は必死だった。だから、正直にこう打ち明ける。


「助けてください」


 私は真剣に、頭を下げた。

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