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第十一話 美男美女

 ミカエルとエレミア、この二人が泊まっているホテルの部屋は、ホテルの建物の三階部分すべてであり、多数の使用人も伴っての宿泊のようだった。間違いなく、この二人は上流階級の人間だという証明だ。


 私は場違いな広々とした部屋のリビングルームの食卓で、次々運ばれてくるディナーの皿に目を奪われていた。目だけではない、香ばしさや油で揚げたばかりの音、何より前菜の野菜のテリーヌだけで頬がとろけそうなほどの美味しさだった。こんなもの食べたことがない、と叫びたい気持ちを抑え、私はいつぶりかの幸せな心地になっていた。


 私の目の前の席で、青髪の女性エレミアが満足そうに私を見ていた。


「もっと食べていいのですよ。嫌いなものはないかしら? 何でも言ってちょうだいね」


 エレミアはとても嬉しそうに、そう言った。


 よくよく明かりの下で見てみれば、エレミアは大層な美人だった。歳は二十歳前といったところだろうか、艶やか色気といったもの、可愛らしさ、女らしさというものよりも——神聖であり犯すべからざる存在が、目の前にいる、という感じだ。人間らしさのすぐ後ろに、神聖さが存在感を放っているものだから、美人という尺度も正しくはなさそうだ。書物によれば、古より人は均整の取れたものに神聖さを見出すそうだから、まさにエレミアは顔も体もすべてが均整の取れた人物だということだろう。うん、貴族云々以前に、只人ではないとはっきり分かる。


 そして、もう一人、ちょうどリビングルームに入ってきたミカエルもまた、エレミアに釣り合うだけの美青年だった。


「王宮からの使者と会ってきた。今日の晩餐会は中止、しばらく再開の見込みはないそうだ。やれやれ、遠路はるばるやってきたというのに」


 あらあら、とエレミアがたしなめる。


「ミカエル様ったら、すぐぼやくのだから。ロゼッタ、気にしないでください。さ、皆で食べましょう。部屋で食べたほうが、レストランで食べるよりずっと静かでいいわ」

「ああ、そうだな。サリデール王国は賑やかすぎて、僕には合わない」


 そうやってまたぼやく、いや今のは失言だった、などと二人は和気藹々とやり取りを交わす。仲がいいのはいいことだ、さっきエレミアはミカエルを婚約者だと言っていたから、なるほど仲がいいのも——いや、結婚したところで仲がいいわけでもない、それは本当にさっき私が体験してきたばかりだ。偽装結婚とはいえ、私は自分があそこまで嫌われているとは思わなかった。


 やめだ、やめ。エイデン公爵家のことは思い出さないようにしよう。うん、それがいい。私はメインディッシュの子牛のロースにナイフを入れる。右手で力を入れすぎないよう、高価そうな皿を割らないよう慎重になる。


 しかし、私だけ黙っていても失礼だ。歓談の輪に混じらなければ、と私は話題を思いつき、投げてみる。


「あの、あなたがたは、バラデュール王国からいらしたのですよね? せっかくですから、お話をうかがってもよろしいでしょうか?」


 エレミアは少女のように喜んだ。


「もちろん! ミカエル様、どこからお話ししましょう?」

「まずは僕たちの素性からじゃないかい?」

「あら、そうですね。そういえば、私たちの名前くらいしかお教えしていませんでした」


 確かに、そうだった。この部屋は言われなくても大体の素性は分かるくらいの豪華なものだから、私は勝手に納得してしまっていた。


 エレミアは優雅に、ミカエルを手で指し示す。


「まず、こちらのお方は、ミカエル四世コデルリエズ・スフメレウス様です。長いお名前ですから、ミカエル様で大丈夫ですよ。皆さんそう呼んでいますから」

「もっと短くミカでもいいよ。僕はそちらのほうが好きなんだが」

「威厳がないので外ではだめです」


 案の定、ミカエルはよほど高貴な家の出なのだろう。そんな長い名前、歴史上の王様くらいだ。本人の身なりや容姿も、上品きわまりない。エレミアも含め、並んで歩くのは遠慮したいほどだ。


「つまり、ミカエルさんとエレミアさんは、バラデュール王国の貴族ですか?」


 私の問いに、二人は思わず、という具合に苦笑していた。


「うーん……何と言うべきかしら」

「あっ、失礼だったならごめんなさい。私、世情には詳しくなくて」

「いや、そうじゃないよ。僕は、これでもバラデュール王国の王太子でね」


 王太子、という単語を私は初めて耳にしたかもしれない。ロマンス小説の中で文字を見たことはあるが、音として聞いたことはなかった。そのくらい私とは縁遠い単語が、ミカエルの口から飛び出したのだ。


 さらにその婚約者であるエレミアが、説明を継ぐ。


「そして私は将来の王太子妃です。少し前まではバラデュール王国の最高神殿で聖女を務めておりました」


 隣国の王太子に、王太子妃。サリデール王国もそれなりに古く豊かな国だが、バラデュール王国はそれよりもはるかに大きく、学問文化の最先端を行く土地だ。私の読んでいた冒険小説だってバラデュール王国の作家が書いたものだし、私が読んできた本の半分以上はバラデュール王国から持ち込まれたものだった。


 そんな大国の次期国王と王妃が、私へ人のいい笑みを向けている。


 その現実に、眩暈がするようだった。私はすぐさま頭を下げた。


「そのような高貴な身分の方々だったとは知らず、大変失礼いたしました。何分、私は田舎の屋敷から出てきたばかりです、ご無礼を」


 緊張しすぎて、私の声は上擦っていた。詫び文句が早口すぎたかもしれない、どうしよう。


 私が心臓をばくばくさせていると、エレミアが不思議そうな顔をしていた。


「恐縮しすぎよ、ロゼッタ。あなただって貴族でしょう?」

「名ばかりのものです。私はウォーガンド伯爵家の三女で、ろくに教育もされず育ちましたから、お見苦しい点も多々あるかと」


 それを聞いて、あらあら、とエレミアは困っているようだった。私もうっかりしていた、目上の人間に家の内情をこぼすような真似は、失礼に当たる。どうしよう、どうしたら、と私は恥じ入るばかりで、何を言えばいいかも分からないところに、ミカエルが割って入った。


「ところでロゼッタ、失礼ついでに僕からも一つ、尋ねていいかい?」

「は、はい、何でしょう?」

「君のその右腕は、どういうものか聞いても?」


 ——どうしよう。


 心臓がばくばくするばかりか、震えが来そうなほどの緊張が私の身体中を走った。

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