スマホで物件探し
衝撃的な今後の予定をお聞きし、安藤さんの物件探しの時間が一秒も取られていない事を、言うか言うまいか悩んでいる時だった。
「和宮先輩が危惧されておられる物件探しの件はご心配なく。今の時代はスマホアプリで物件を探せる時代です。既に登録はしてありますので、後は条件にヒットすれば随時お知らせが来るようにしてます」
意外と最先端技術を駆使してた。
今のご時世では、わざわざ不動産屋に足を運ぶのは時代遅れなのかもしれない。俺はこの家を不動産屋で紹介してもらいましたけどね。でもちょっと気になる点があるので確認したく思う。
「……あの、ちょっとその条件ってのが気になりまして。少しスマホ見せてもらってもいいですか?」
「はい、構いませんよ、どうぞ」
スマホを受け取り、画面を見てみると不動産屋のアプリが開かれていた。
ご機嫌に緑のマリモ的な奴が画面端で動いてる。図体の割りに機敏な動きが特徴だな。コミカルさが癖になる。
思わずマスコットキャラに見惚れてしまったが、それはさておき、検索条件はどんな設定をしておいるのだろうか……。えっとこのアイコンかな?
条件欄に『駅近』という文字が表示された。この条件の選定自体は別段おかしくはない。ただ……その後に続く文字が大問題だ。
『駅近、徒歩二歩』
二歩……。ただの駅じゃん、そこ。もはや切符売り場とかの前でしょ? ワンチャン、駅構内の可能性もあるよ? え? リアルプラットホームで暮らす事を狙ってるの?
「あの、安藤さん?」
「放課後からずっと思っていたのですが、遂に一緒に暮らすまでに至った男女が、名字呼びにさん付けというのにはいささか違和感を感じます。やはりここは名前で呼び合いませんか? 私も今後は砕けた感じで『太陽先輩』とお呼びしますので」
俺の呼び名が名字から名前の先輩呼びに変わった。ただあまり大きな変化は無いように思うのですが。
砕けているっちゃ、砕けてはいるんだろうけども……。
それよりも個人的に『一緒に暮らすまでに至った男女』というフレーズが壊滅的に高校生に対して似合わないと感じています。
「あ、はい。じゃあ俺は……みゆちゃん、でいいかな?」
「……本当はもう一声欲しい所ですが、及第点は取れた事にしましょう。それではご用件は何でしょうか?」
なぜか流れるような誘導尋問で名前呼びさせられることになった。多くの耳がある学校内では無理だが、自分の家の中ぐらいならもう名前で呼んだっていいだろう……。
それよりも今はこの大きな間違いを伝えねばならない。
「この条件だけどさ……駅近はいいんだけど、徒歩二歩になっているんだけど? 徒歩二分の打ち間違いじゃないのかな……?」
「いえ、打ち間違いではありません。私、駅好きなので駅の近くに住みたいのでこの設定にしています」
「そ、そうなの? でもこの家、駅からめっちゃ遠いけどね? 最寄りの駅まで徒歩で二十分は余裕でかかりますからね?」
「そればかりは贅沢は言えません。何と言いましても私は太陽先輩の住居に、ご無理を言って住ませていただいている身ですから」
至極まともな返しが返ってきた……。
てかこの訳の分からない縛りじゃ、今後絶対に検索に引っ掛からないのは明白だ。もはや駅構内の職員さん専用の仮眠室しかヒットしないのではないかと思う。
「と、とりあえずせめて徒歩二分に変更しません? ね? このままじゃずっとこの家に住むことになってしまいますよ?」
「覚悟は……出来ております!」
「は~い、変えときますね~」
「おっと、意外と強引な所があるのですね。少し驚きです」
何やら驚かれてしまったが、おっしゃるっ通り強引に徒歩二分に設定を変えさてもらった。しかしこれで解決したかと思ったのだが、未だにヒット数は0件……ん?
続いて目に留まったのは『コンビニ近く』という条件。これも現代における物件探しではマストな条件とも言えるだろう。だがやはり問題はその後に続く文字……。
『コンビニ近く、半径100m以内に各社店舗必須。尚、地方ローカル店含む』
そんなふざけた地域はありません。どんな光景なんですか……。視界に映るのはコンビニ群ってか? 二十四時間点灯するネオンが眩し過ぎて暮らしにくくないですか? テラスからの景色がコンビニの看板だらけってちょっと……。
……想像したらもう笑いすら込み上げてくるんですけど?
「あ、あの、安藤さん?」
「どうして半笑いなのですか? それに呼び方が違いますね、もう一度お願いします」
「み、みゆちゃん?」
「はい、正解です」
「何故にコンビニ各社店舗なの? しかも地方ローカル店舗まで希望されてるんだけど……」
ずらりとコンビニが並ぶ通り。完全に客の食い合いになる事は受け合いであろう。
「こう見えても私も女子高生の端くれです。流行りのスイーツなどが気になる歳頃なのです。期間限定の各種コンビニスイーツを食べるという事は、女子高生にとってステータスのようなもの。ですから近くに沢山のコンビニが無いと困ってしまう訳です」
腕を組み、柔らかさそうな大きな胸を持ち上げ、何度も頷いておられる。ちな、ノーブラ……なのかもしれない。いつもに比べて形が不安定だ。
なんて破壊力なのだ……。その不安定な柔らかさをずっと愛でていたいところだが、歯を食いしばってここもちゃんと修正しておかないといけない。
「女子高生の嗜みも理解出来なくはないですが、家の近くに各社というのちょっと……。主力コンビニが一、二件集まるぐらいならまだしも、地方のコンビニまで集まるのは可能性として限りなく低い、といいますか不可能です。この条件も変えてもいいですかね?」
あと、やたらコンビニを推してらっしゃる中で恐縮なのだが、俺がコンビニに行こうとした時、鬼の形相で止めませんでしたか? 矛盾してますよね?
「そこを変えられますと、私の女子高生というステータスが著しく損なわれてしまうのですが……。いえ、分かりました。同居させていただいているという肩身の狭い状況では、そのような厳しい条件も飲まざるを得ませんね。しくしく」
「言い方ね? あと、大して悲しんでもいませんよね? 口頭で泣き声を表現する人は概ね悲しんでいないと思うんですよね。でも納得してくれてなによりです」
了解を得られたので『コンビニ近く』だけにして再検索をかけた。でもやはり0件……きっと他にもぶっ飛んだ条件設定してるに違いない。てかこのアプリ、自由度高過ぎるだろ。開発者は一体何を考えてやがんだ?
再び条件の欄に目をやろうとすると、スマホが上空に舞い上がった。どうやら取り上げらてしまったようだ。
そのまま目線を上にやるとパジャマの上着から可愛らしいおへそが見え……。なんと凶悪なアングルですこと……。
「女の子のスマホを触るのはそこまでにしてもらえますか? お詫びとして先輩の電話番号、アドレス、通信アプリ、全て教えてもらいます」
それって罰滅ぼしになっているのだろうか? 少々確信犯的な所作も見受けられたのですがここは言われるがままに従っておこう。
へそチラも拝んでしまったし……。
「あ、はい。分かりました。連絡取れないと何かと不便ですもんね。はい、これが俺の番号です。そうだ、合鍵も渡しておきましょうか?」
スマホを渡しながらお伝えさせてもらった。一緒に住むとなると鍵も必要だろう。
「いえ、そちらは結構です」
あれ? そこは要らないんだ? この流れなら飛びついてきそうな雰囲気はあったんだけども。
「合鍵は便利なのですが、それを理由に放置される可能性がありますから。なので必要ありません。学校に行く時も帰る時も、買い物も一緒に居れば合鍵を持つ必要もありませんので」
ずっとくっついてくるんだ……。
「ですが安心して下さい。『うわ、この子、重た……』などと思われないよう、理由をお話してさえもらえれば、別行動はして頂いても構いませんので。……よし、アプリのインストールも完了です。スマホお返ししますね、ありがとうございました」
連絡先を教えるだけの筈だったのだが、何故か俺のスマホに見慣れないアイコンがひとつ追加されていた。察するにGPS追跡アプリが登録されたようだ……。