健全?な夕食
「んっ……んぅ……ちゅぷ……」
今、俺の前に居る美少女、安藤さんは一心不乱にその小さな口を動かしており、瑞々しい音を部屋内に漏れ響かせていた。
だが、彼女はそんな事はお構い無しに、先程からずっとその行為を黙々と繰り返し続けている。艶めかしい表情と首筋にはうっすらと汗すら浮かばせながら。
恐らく今までの人生において、経験が無いのであろう。相当必死な様子になっている事が伺える。
口いっぱいに放り込み、時折見せる恍惚な表情、そんな姿を見せられるとこちらも非常に感極まってくる。
「ぷはっ……。このカップラーメンは初めて食べましたが、超おいしいですね。それにお腹を空かせに空かせたこの時間帯に食べるのは、背徳感が合わさって背中に来ます」
「でしょ? 気に入ってもらえて良かった。このラーメン俺のおすすめなんですよ。何だったら二杯目いっちゃいますか?」
安藤さんが来たその日の夕食は、結局カップラーメンとなった。ただ、食べる動作が少々艶やか……いや、むしろくっそエロかったのが気にはなったが。
カップラーメンを食べる姿ですらグラビア表紙飾れますね。
ちなみになぜ夕食時も過ぎた夜遅い時間に、先程否定されたカップラーメンを食べているかなのだが、これには深い理由がある。
スーパーで食材をがっつり揃え、意気揚々と帰って来るや『それではさっそく調理を開始しましょう。和宮先輩は料理の出来上がりを楽しみにして待っていて下さい』と安藤さんはその腕をふるってくれた。
その時、俺は信じて疑いもしていなかった。
容姿は抜群、頭も良く、かつ庶民的な思考の持ち主。そんなぶっ飛んだ高スペックを誇る彼女の事なので、当然のごとく料理も出来ると錯覚していた。
しかしこれが見事に期待を裏切ってくれた。ほんっとに酷かった……。
流石に年下の女の子が料理を作ってくれているのに、部屋でひとりだらけてるのも居心地が悪かったので、脇で見学させていただくことにしたのだが……結果は散々たるものだった。
野菜は皮剥きが苦手だったのか、元の大きさの五分の一程にまで縮小され、玉ねぎの皮剥きに至っては全て剥ききってしまい、『身がありませんね』とぶっ飛び発言をされていた。
味噌汁に関しては、調理に必要のない大量の砂糖や塩を放り込んでいらっしゃっていた。
おかげで『味噌汁に砂糖と塩を溶かせるだけ溶かしてみたら甘い? しょっぱい?』と動画の企画にでもなりそうなカオスなスープを作り出していた。
尚、一応味見はしたのだが、味覚の感覚が無くなるかと思った程の悪辛さであった。
また焼きの工程については非常にムラのある仕上がりであり、基本生焼けの部分が大半を占めていた。が、何故かドえらく焦げている部分もあった。
どんな調理の仕方をすればそんなまだらな焼き加減になるのだろうか。結果、料理という名を冠した、モザイク処理をかけなければ映し出せない【何か】が完成した。
美少女が料理上手なんてただの幻惑だった。安藤さんは完全にメシマズ女子高生だった。
そもそも料理技術なんて高尚なスキルは、食に対する興味を持っているか、料理をしないといけない状況にでも陥っていない限り、遊びたい盛りのJKが会得しているものではない。
という事を思い知った瞬間だった。
実際に料理上手なJKなんてほんの一握りなんだろうな……。
「むむ……出来ればもう一個食べたいところですが、時間も時間なので流石に我慢します。それにしても夕飯、すみません。美味しく出来ると思っていたのですが……。もう、何が誰でも簡単に作れるですか……。全然ダメですね、あの動画は……」
姿勢良くラーメンの汁をゴクゴクと飲みながら、調理の際に見ていた動画の愚痴を語り出した。でも出来ればお汁は完飲しない方がいいかと思います。カロリー的にも。
それに動画は悪くないかと。その手順通りに調理出来なかった安藤さんが悪いのでは……。なんて事は姫に対して口が裂けても言えませんけどね。
「ぷはっ……明日こそ! 明日の朝ご飯はしっかり作らせてもらいますから!」
結局一滴残らずラーメンの汁を飲み干し、珍しく感情を大きく高ぶらせて言葉を発した時であった。玄関のチャイムが鳴った。
「ん? 誰だこんな時間に……だ、大丈夫だよね?」
一瞬寒気がした。遂に囚われの姫を取り返しに奴らがパーティを組んで押し寄せてきたのかもしれない。
RPGの魔王の気持ち、今なら分かるわ……。めっちゃ怖えじゃん。一対多数は卑怯過ぎるって……。
高鳴る鼓動を押し殺して居留守を装いつつ恐る恐るドアスコープを覗くと、その先には大荷物と一緒に自前の凶悪なオーラを背負い、にこやかにこちらを向く達也が居た。
マジで紛らわしいわ、お前……。