姫、入居する
俺の住んでいるアパートはそれほど築年数も経っておらず、家賃も控えめとなっており、偶然とはいえ我ながら掘り出し物件を見つけたと思っている。
学校には歩いて十分と近く、駅は少し遠いが二十分程も歩けば着く立地である。そしてなによりコンビニがすぐそばにあるのがありがたい。
コンビニしか勝たん。
また、間取りは1DKとそれほど広くはないが、基本的に物をあまり置かない主義の人間なので比較的広々と過ごせている。
このように個人的には一人で過ごす分には申し分ない広さであり、今のところ特に不自由している箇所は無い。
そう、一人で過ごす分には……。
「ここが和宮先輩のおうちですか。思った通り綺麗にされていますね」
きょろきょろと俺の部屋を物色しておられるのはうちの高校の姫であり、始神であられる安藤さん。
マジで来ちゃったよ……。俺の家に男子高の姫が。ファンクラブの方々に夜襲とかされないか本気で心配なんですけど? 某格闘漫画の主人公の家みたいに落書きだらけにされたりしないかな……。
「それはどうも。あの……安藤さん?」
「はい、なんでしょうか? ああ、そうでした。私とした事が大事なことを失念しておりました」
特に何かを催促するつもりはなかったのだが、安藤さんは何を思い立ったのか、その場に正座をして座り込み、三つ指ついて頭を下げた。
「不束者ではございますが、これから末永く宜しくお願いいたします。この身を置いていただく以上、粉骨砕身の覚悟を持って和宮先輩のお世話をさせていただきます故……」
「まずは頭を上げようか。あとなんです? その当たって砕けます的な四字熟語は。それに末永くって……」
「粉骨砕身は力の限り尽くしますという意味です。末永くはずっとという意味です」
「難しい言葉知ってるね? 末長くの意味は知ってました」
にしても初手に玄関先で姫が正座ときましたか……。胃痛はもちろんのこと、頭痛までしてきた……。しかも末永くとか、一体どれだけウチに居座るつもりなのだろうか。
「それでは早速ですがお料理の準備をしますね。それとお風呂の用意も……あっ……」
そう、そこだよ。やっと気付いてくれましたか。男女がひとつ屋根の下で過ごすという事はそういうことです!
着替え、お風呂、なんならトイレも。これらが全て共同になるの。年頃の女の子には耐えられないでしょ? さあ、早くお家にお帰りなさい。片道八時間半の方じゃなくて近所の達也の家まで。
「か、和宮先輩……和宮先輩って……」
頬を朱に染めて、恥ずかしそうにこちらを見てきた。初心なJKには少々刺激が強過ぎたかもしれないな。
「お食事が先派ですか? それともお風呂派でしょうか? 差支えが無ければ私、先にご飯がいいのですが……、す、すみません食いしん坊で……」
照れる場所そこかい……。安藤さんってクールビューティな見かけによらずそっちのキャラだったのね。
「はぁ……。じゃあ食事を先にしましょうか。それじゃあとりあえず晩ご飯を調達しに行きましょうか」
「はい、お供いたします。ところでどこのスーパーにお買い物に行かれる予定ですか?」
「え? スーパー? 今日は何か作るの面倒だし、近くのコンビニで済ませちゃおうと思ってたんだけど……。弁当もしくはラーメンでも買おうかなって……」
「……はい?」
いや、そんな真顔で迫られても……。女の子だし、サ、サラダとか欲しかったですか?
「自炊はされないのですか?」
「あ……うん。全くという訳では無いんだけど、あまりしないかな?」
「ちょっとそこに座って下さい」
あまりの迫力にすぐさま肩を狭めて足を折りたたんだ。なんだ、この全身から滲み出る冷気にも似た迫力は。年下の女の子が出すものじゃないぞ? 流石は達也の従妹だな……。
「これから厄介になる身で差し出がましいですが、今後の生活に必要な事なのでお聞かせいただけますか? 和宮先輩は一日に一体どれ程の食費をかけていらっしゃるのですか? 正直にお答え下さい」
質問を投げつつ、スカートのポケットから手のひらサイズのメモ帳とペンが出てきた。常備してるのですね。まるで瞬時に浮かんだネタを取りこぼさないようにしている、漫画家さんのようです。
若いのに特称な心がけをお持ちで……。
「あ、えっと……朝はコンビニでパンを買って、昼は学食で、夜はコンビニ弁当とかカップラーメンが基本で諸々飲み物とかを買うぐらいかな?」
「推測を重ねますと、朝は100円から120円程度の価格帯の菓子パンを二個購入されますね? サンドイッチなどは価格帯が250円~300円程しますし、安くてボリュームのある菓子パンを選ぶと推測します。それと同時にパックのジュースも購入している筈です。喉がつかえてしまいますからね。そして昼の学食は上位三位の人気メニューが日替わり弁当450円、カレーが400円、うどんが380円となっています。これらに大盛り設定をされると思いますのでプラス50円がデフォルトですね。そして問題の夜です。コンビニ弁当がおおよそ600円台、カップラーメンの場合は単独では腹持ちが怪しいので、おにぎり等を合わせて購入しているかと思います。そこで合わせて飲み物も購入していらっしゃると。それらの点をまとめますと……」
え? 何? 物凄く流暢に俺の生活様式をドンピシャで言い当てながらメモに走り書きしてるんだけど?
それに金額までやけに的確だし……やだ、怖い。ストーカーの被害にあった方の気持ちが分かるんですけど?
「これらの食費はスーパーでの購入に切り替え、自炊することにより食費を従来の65%まで下げる事が可能となります。またタイムセール時をスナイプすることで、二人暮らしでも従来の食費で十分賄う事が可能となります」
流暢に喋りながらもペン走り続け、払うようにして最後の文字を書き終えた。その次の瞬間、メモを千切って俺の目の前に突き出してきた。
そのメモには言葉や数字が所狭しと書き綴られ、謎の計算式も多数書かれていた。高二の俺が見ても習っていない公式らしきものも。そして最後に赤ペンでメモ用紙全面を使い『イケます!!』と大きく記していた。
この子、めちゃくちゃ頭良いみたい。でも最後の赤ペンの文字っていります?
「そ、そうですか……結構無駄使いしてたんですね、俺……」
「先程も言いいましたが、節約すればなんとかなる数値です。しかし流石に二人で暮らすとなると生活は厳しくなる事が予想されます。ですがその辺りの点は私にお任せ下さい。和宮先輩は何の心配も要りません」
「あ、はい……どうも……。ご無理をかけてすみません……」
俺のどんより雲った返事に『いえ、同居者として当然です』とドヤ顔を向けてきた。そしてなぜか財布の紐を握られるという事態が発生しているのだが?
一応、俺も親からの仕送りで暮らしている身ではあるが、100%依存するのもどうかと思い、毎日ではないもののバイトはしている。
自分の小遣いぐらいは自分で用意しないと思っての事だったのだが、安藤さんが本当に暮らす事になると、増加する食費や雑費に少し回さなければならないかも知れない。
「それでは改めてお買い物に行きましょうか。制服を着た高校生の男女がスーパーでお買い物なんて少しドキドキしますね」
いやいや、自然に買い物に行こうとしてますが、よくよく考えたら男子校の姫が男の一人暮らしに転がり込むって、普通じゃないよね? 少なくとも、ちゃんと親の許可は取ってくれてますよね?
誘拐犯とか家出の疑いかけられるのやだよ?