安藤みゆファンクラブ
「おう、みゆ。うっし、じゃあ帰るか。太陽、早くしろよ。一緒に帰るぞ」
教室の入り口に立っている安藤さんに手を上げて合図をするなり、俺を腕を乱雑に引っ張って教室の出口へ向かう達也。
頼むから俺を巻き込まないで欲しい。それこそが胃が痛む原因なんだよ? 若い内の苦労は買ってでもしろと言うが、この場合は別だと思う。
そもそも従妹同士の関係にある、達也と安藤さんが一緒に居るのには血縁上の関係もあり、何の問題もございません。
しかし考えてみても欲しい。赤の他人である俺が、姫とその空間を共有する事に関しては、安藤さんファンクラブの皆様から純粋に恨みを買ってしまう行為になるの。ねえ、そろそろ分かって?
姫の存在はトイレや着替えの時間以外、いかなる場所でも常に誰かしらに見られてるし、その監視の中で俺みたいなどこの馬の骨かも分からない男が並んで歩くなど、放課後に体育館裏呼び出しコースになりうるの。
まあ、いつも強面の達也が近くにいるおかげで、今の所はファンクラブの皆様からのお呼び出しはかかっていないが……。
しかしそれも時間の問題であろう。美少女の女子生徒を前にして盲目と化した男子高校生は、ゾンビなんかよりタチが悪いと思う。ギラついた目線が飛び交っているんだもの……。
「で、どうだ高校生活は?」
「正直微妙ですね。みなさん卑猥な目で見てこられますから。ほとほと困り果てています」
その淡々とした冷酷な言葉と顔つきに、周囲に取り巻くファンクラブの皆様が安藤さんから目を背けた。
安藤さんは見た目は美しく、更にダイナマイトボディまでもお持ちのパーフェクトJKなのだが、性格が非常にクールなのだ。歯に衣を着せぬ物言いが特徴的な子でもある。
「それだけみゆが魅力的って事なんだろ? ただ、度が過ぎた態度を取って来る奴がいたなら直ぐに言うんだぞ? 俺がすぐさまぶっ●(ピー)してやるからな」
達也よ、放送禁止用語、通称セルフ『ピー』を入れるんじゃない。その配慮が出来るなら、そもそもその言葉をチョイスするなよ……。
お前が言うと途端マジっぽくなるんだよ……。まあ、その圧力のおかげで姫が守られている感はあるけどさ。
「ええ、その時は宜しくお願いします。ですが……」
なんか来るぞぉ……。めっちゃこっち見てるもん! くっ、胃がきゅうぅぅうってなるぅ……。
「和宮先輩からの熱視線であれば全然問題無いです。むしろウェルカムなぐらいです。私を穴が開く程見ていただきたいものです……。しかし年頃の女性に向かって穴とは……ふふ、和宮先輩も男の子、という事ですかね?」
先程の冷酷な物言いと表情とは違って、今度はかなり照れた顔をしながらぶっこんで来た。とりあえず『純粋無垢な後輩に何て事を言わせるのですか、もう……』的なリアクションはやめて欲しいのですが? 俺はそんな事は欠片も思っていませんでしたよ?
ともかく、美少女キャラに似合わずの下ネタ放り込むのはやめてもらえませんかね?
しかしそちらが卑猥な目で見てくる分には許されるのですね。これって男女不平等じゃありませんか? 逆ならフルボッコ案件ですよね?
「あ、安藤さん? 大変申し上げにくいのですが、あらぬ妄言を垂れ流すのやめてもらえるかな? おい、お前の従妹、今日も絶好調なんだが? なんとかしてくれよ……」
このように最近は天地開闢の始神と称されるようになった姫は毎日のように……いや、実際入学したその日から毎日俺と達也に絡んで来ているのだ。一日たりとも欠かさず。
「なんですか、その他人行儀な素振りと呼び名は。いつもみたいに『みゅうみゅう♪』と呼んで下さい」
「今までそんな恥ずかしい呼び名で呼んだ事は無いよね!? お願いだから嘘つかないでくれる!? 誤解ひとつが俺の生き死に直結しちゃうから!?」
マジでやめてくれぇ……。ほら見て? 怖い先輩方とヤンチャな後輩達が俺に殺意の目を向け始めててるでしょ? あんなに目を吊り上げてさ……。
向こうのお兄さん達、あの一角だけ世紀末感出てるでしょ? あれがね、俗に言われるヒャッハーな人達だよ? 拳を手のひらに打ち付けてパチンパチン鳴らしてるでしょ? あれね、威嚇なの。ゴリラのドラミングと一緒。もしくはシャコのパンチ音とも例えれるね。もう音を聞くだけで気絶しちゃいそうだし。
あと、虫の音を聴くように耳を傾けてごらん? ほら、奥歯をぎっりぎり鳴らしている音も聴こえてくるでしょ? まるで呪怨かのように。あの人達、特級の悪霊なんかを呼び出せちゃうんじゃないかな?
分かってもらえた? これが穏健派と過激派のアピールなの。うん、この心の声も当然ながら届いてないみたいだね。その俺に向けられるクールビューティな笑顔が眩しいですわ……。
そんな核の炎に包まれた後のような光景に絶望していたのだが、この空気の悪さを悟ってか、達也が悪魔のような――いや、険しい顔つきで咳払いをした。
すると、あら不思議。先程の安藤さんとはまた違い、恐怖に駆り立てられるように穏便派と過激派の皆様は目線を外しだしたではありませんか。その際、何人かの霊圧が消え——ゲフンゲフン。達也って覇●使いだったのか。
ほんと達也って見た目に関しては、ヤンキー漫画とかの中でもラスボス系極悪キャラだからな。他のみんなの恐れ具合が半端じゃないんだよなぁ~。
だけど何度も言うが人は見た目じゃないんだぞ? 態度は確かに褒められたものではないが、意外に真面目だし、付き合ってみると面白い奴だぞ?
にしてもいくら達也がけん制してくれているとはいえ、こうも毎日嫉妬の眼差しを向けられてると、継続ダメージで胃がキリキリと痛むようになっている。もう俺にはこの廊下が毒の沼地にしか見えねえ……。
高校生でストレス性胃潰瘍になりかけているとか笑えないんですけど? 既に社会の荒波以上のものを味わってる気がするのは、決して気のせいでは無い筈。
「安藤サン、冗談言ッテナイデ、今日ハ、オ兄様ト一緒ニ、早クオ帰リナサイ」
「和宮先輩、ちゃんと私の目を見て話して下さい。照れ隠しなのは分かりますが、それは相手に対して失礼ですよ? 私は逃げも隠れもしません。それと……」
愛らしい瞳を大きく開け、ぐいぐい前面に出てきた。そっちが逃げも隠れもしないのは勝手だけども、少なくともこっちは逃げて隠れたいの。
見て? 周囲の視線を。さっきの達也の覇●から回復した方達が、ピクピクしながら俺を生暖かい目を向けていらっしゃいますよね? 俺ね、今すんごい拷問受けてるの分かるかな? 分かってもらえないかなぁ?
この状況下で安藤さんに物申すなんて真似は出来っこないし、かといって何もしないでいると、周りのファンクラブの皆様が蛙を睨みつける蛇のごとく睨んでくるし……。
攻めも退くも出来ない状態……。そうか、これが針のむしろと呼ばれるものなのか……。
そんな俺の心の叫びも届かず、安藤さんは幼稚園の子に教えるような、至極当然な説法を説いたあと、無表情で俺の背後に回り、指先で背中をツンツンと突つき出した。
周囲から感じる絶望のギアがひとつ上がったのを確認出来た。
謎のボディタッチはやめて……。お願いだから。洒落にならない事件が起こる可能性があるの……。
「あ、あの、安藤さん? な、何をしてるんですか……?」
「分かりませんか? では自分の胸に聞いてみて下さい」
胸は喋れねえっすよぉ……。脈打って体中に血液を送るのが仕事でさぁ……。あ、それは心臓か。
なぜか不機嫌な口調で言葉を投げたのち、先程よりも早く、深く俺の背中に指を埋め込み出した。なんならひねりまで入れてる。えぐり込むように打つべしされてる……。
しかしこの攻撃、なかなかに深く、それでいて地味に痛い。このままでは万一の確率で経絡秘孔を突かれるかもしれない。彼女は俺をひでぶさせたいのだろうか?
ただ、あまり状況が宜しくないです。いくらその行為が限りなく攻撃に近い物だとしても、周囲に居るお兄さん達からしたらご褒美なのです。
おかげでこのままでは安藤さんが経絡秘孔を突くよりも早く、周囲に居るお兄さん達が物理で俺がひでぶさせられそうな雰囲気になってます。
「おい、達也。お前の従妹さ……。全然人の言う事を聞いてくれないんだが……」
このように男子校の姫が入学して以来、何故か毎日絡み続けてくるおかげで、俺は校内の全男子生徒を敵に回してしまっている。
去年では穏やかに過ごしてたのになぁ……。