みゆの思い出話 其の三
みゆの思い出話 其の三
今日はいつもと趣向を変え、校門の前で隠れて先輩を捕まえようとしたのですが、大勢の面倒な男子生徒に絡まれてしまい『もう、遅いですよ? こんな可愛い後輩を待たすなんて。これは貸しひとつですよ?』とラブラブな高校生カップルを演出する目論見が無残にも叶いませんでした。
その代償はしっかり払ってもらいましたが。ええ、それはもう完膚なきまでに態度と言葉でねじ伏せました。
あまりにヒートアップ、いえ、むしろクールダウンしてしまい、知らぬ間に少し昔の自分が出てしまったのは想定外でしたが。
おかげで危うく先輩に本性がバレるところでした。しかしなんとか虫の感想で誤魔化せたようです。少し自重せねばならないと反省しました。
「安藤さん、たい焼きは何味がいいですか? あんこ? カスタード?」
スーパーでの買い物を終え、店前にある、たい焼き屋さんの前で難問が降りかけられてしまいました。どちらのフレーバーも一長一短あり、甲乙つけがたいです。しかし流石に晩ご飯前に二個も食べてしまっては太ってしまいますし、先輩の作るご飯が美味しくいただけません。ですので……。
「太陽先輩にお任せします」
「了解。すみませ~ん」
……そういえば和宮先輩は覚えているでしょうか。そう、あの時と同じようなシチュエーションですね。
≪≪≪≪≪
あれは雨の続く少し肌寒い梅雨の時期でした。
少し前に夏服に衣替えしたのですが、私は夏服が嫌いです。嫌味に聞こえてしまうかも知れませんが、胸が大きいからです。
薄手の服になるとより一層卑猥な目で見られるので、ほとほと困り果てます。もちろん、そんな輩にはひと睨みしてやりますが。
しかし今日は朝から気温が上がらず、純粋に夏服では寒いです。こんな日はお砂糖を沢山入れた紅茶か同じく沢山お砂糖を入れた暖かいミルクを飲みたいものです。
よし、ここは達兄ぃの家に寄って暖を取って帰ることにしましょう。
思い立ったが吉日、帰り道の行き先を変更して達兄ぃの家に足を向けました。程なくすると達兄ぃの家に着き、顔馴染みの執事さんに中に通されました。
早速甘くて暖かいミルクを用意して頂き、体に染み渡らせほっと一息をついている時でした。玄関から耳にした事のある賑やかな声が響いてきました。
どうやら達兄ぃがまた例の賑やかなお連れを招いたようです。相当仲が良いみたいですね。達兄ぃがここまで気を許す人を身内以外では私は見た事がありません。
ですが……私は苦手です。私が考えに考え抜いた二匹のシベリアンハスキーへの命名を馬鹿にされた件も含みますが、なにより騒がしい人とは相性は良くありません。
故に、今この聞こえてくる雑音も非常に不快です。折角の美味しいミルクが不味くなってしまいます。
「ちょっと着替えてくるからそっちの部屋でくつろいで待っててくれ」
「相変わらずデケぇ家だよなぁ……OK、出来るだけ早くしてくれよ?」
むむっ……なにやらこちらに来る気配ですね。まあいいです、いつものように接すればいいだけの話。
「え? うぇ? あ、こ、こんにちわ……」
私を見るなり慌てた様子でぺこりと頭を下げる和宮太陽さん。私はいつもよりも気を入れて露骨に嫌悪の表情を彼に向けました。
私は自分で言うのも何ですが、人当たりが全く良くありません。その中でも特に断トツに嫌がられるのがこの視線です。
私の表情や視線を見た方は、例外なく誰からも『冷たい』と言われます。
学校の皆さんは私の前では取り繕って『美少女』だの『綺麗』『美しい』と、もてはやすものの、裏では『雪女』『冷血』『雪見大福』と罵っている事は知っています。
雪見大福と呼ばれるのだけは少し首を傾けますが……。
ただ自分でも分かっています。相手を追い込んでしまう程の冷たい視線を送ってしまっている事は。
ひと睨みすれば相手はそそくさと立ち去ります。それでもしつこく絡んでくる方に次は容赦の無い言葉を浴びせます。
今までそうやって不可侵の壁を作ってきました。両親からは達兄ぃ並みに困り果てているとチクチク言われています。
でも達兄ぃとは一緒にしないで欲しいです。住む次元が違います。私は暴力は振るいませんし、なにより力もありませんから。
「えっと……達也の妹……さんかな?」
「いえ違います」
「あ、じゃ、じゃあ……お姉さん?」
「いえ違います」
「も、もしかして……か、彼女さんとか?」
「いえ違います」
「じゃあ後なんだろう……」
おかしい……目力を全開にして睨んでいるのに、この方はそんなことつゆ知らずと、私と達兄ぃの関係を必死に考えています。
目と目は確実に合っています。でも一切引こうとしません。こんな方は今まで出会った事がありません。
ふふ、流石は達兄ぃと一緒にいるだけはありますね。肝が非常に座っているみたいですね。ならばいいでしょう。とことんやってあげるとしましょう。
「余計な詮索はやめていただけますか? 女性に対して失礼ではないですか? 非常に不愉快です」
「あ、そ、そうですね! すみません! あ、そうだ! お詫びと言っちゃあなんですが……甘い物はお好きですか?」
この方……全くこちらのプレッシャーを意図しませんね。何なのでしょうか。こちらは本気で睨みを聞かせて、態度にも言葉にも出しているというのに。
この状況でさっきからニコニコとしながら全く脈絡の無い話を出してこちらに近づいてきました。今の状況を理解出来ていないのでしょうか。天然ってこういう方を差すのでしょうか。
「実はたい焼きがあるんですよ。あんことカスタード、どちらがいいですか?」
た、たい焼き? どこからそんな話になったのでしょうか。確かに美味しそうではありますけど。どっしりとした甘みのあるあんこか、まろかな舌触りのカスタードか……。
非常に悩みますね……。
「あ、もしかして悩んでます? じゃあこうしましょうか。よっ……ほい。さあ、どうぞ!」
和宮太陽さんは二種類のたい焼きを袋の中で器用に半分こにするや、二種類のたい焼きを差し出してきました。しかも両方とも具が多く詰まっている頭の方を。
「半分づつにすれば両方の味を食べれますから。ほら、早く食べちゃって下さい。それ、一個は達也の分なんで。でも綺麗なお姉さんに食べられる方が達也のたい焼きも満足でしょう。だから問題無いですよね♪」
意味不明な理屈を述べるや、けらけらと笑いながら尻尾の部分を口に入れる和宮たい……和宮先輩。
……いけません、私とした事がペースを完全に持って行かれています。
「……別にこんな物欲しくないのですが? 甘い物は苦手なので」
「嘘ばっかり~。さっきから口元緩まってますよ? ほら、早く食べないと達也に取られちゃいますよ? さ、急いで急いで」
な、なんなんでしょうか、この人は……。虚勢を張ったのにさらっと流してきました。でも不思議と嫌な感じがしません。むしろこの気持ちは……。
「よお、お待たせ~って……みゆじゃないか。お前、居たのか? ってぇ! もしかしてお前が持ってるのって俺のたい焼きじゃねぇか!?」
「ふはは、そうだとも、お前のたい焼きは謎の美少女にプレゼントした! 尚、俺はさっき自分の分は食った!」
「てめぇはてめぇでしっかり食ってじゃねえか!! てかみゆ! 黙々と食べ始めるんじゃない! それは俺んだぞ!!」
「ええい、男がみみっちいことを言うな! あとでまた買いに行けばいいだろうが! それより誰だよ、この美少女さんは! とっと吐きやがれ! こんな可愛らしい女の子が居るなんて聞いてなかったぞ!?」
「美少女ぉ? 可愛らしい? みゆが? そういえばお前達、会話していたようだが……。その後でそのセリフが吐けるって……お前、正気か?」
「おまえ、女性と俺に対して失礼だぞ!? この際俺の事はいいが、彼女はどこからどう見ても美少女じゃねえか」
「いや、確かに美少女かもしれないが……。その、辛くないのか? 吐き気とか大丈夫か? 膝笑ってないのか?」
「言ってる意味が分かんねえよ……。会話で膝が笑うってどういう現象だよ。言える事はこんな美少女を見れてむしろ眼福ってことぐらいだわ」
……っ!? こ、この方は……。さっきから何度も何度も面と向かって美少女とか言われると流石の私も照れるのですが?
それに達兄ぃも達兄ぃです。こちらもこちらで忖度無しで煽ってきますね。女性に向かって吐き気とはなんですか。膝が笑うってどういう状況ですか。
「へぇ……あのみゆですら……。そうそう、太陽に紹介しておくな。こいつは安藤みゆ、俺の従妹だ」
「……どうも」
「なぁんだ、従妹だったのかぁ……。どうりでどことなく似てると思ったんだよなぁ。あ、俺の名前は和宮太陽って……あっ~!?」
本当に賑やかな方ですね……。急に大きな声を上げないでもらいたいです。ですが相当驚いている様子ですね。何に気付いたのでしょうか? ちなみにもうたい焼きは返せませんよ? 全部お腹の中に入ってしまいましたから。
「ジョンとマイケルに変な名前つけた従妹のJCさんって……安藤さんの事だったんだ!!」
「何が変なのですか?」
過去一に目力を入れて睨みつけました。流石に『ひぃっ……』という声は漏れたけど、すぐさま達兄ぃと漫才を始めたかと思うと、挨拶もそこそこに再びたい焼きを買いに出て行ってしまいました。
しかしこれほどまでに嫌悪感を出している私に対し、一切怯まずにむしろ友好的に語ってくる人が居るなんて……。こんなこと初めてです。思った以上に変な方ですね。和宮……先輩は。
≪≪≪≪≪
初めて太陽先輩とのお喋りはお世辞にも良いものとは言えませんでしたね。
今思い返してみてもただただ黒歴史です。どうして私はあんなに太陽先輩をつんけんした上、威嚇までしてしまったのでしょうか……。
「安藤さん、お待たせ。はい、ご所望のたい焼き買ってきましたよ」
過去の自分の愚かな行為を悔いていると、買い物袋を腕に下げつつ、手に白い紙袋を持った和宮先輩が現れました。
「ありがとうございます、太陽先輩」
「定番のあんこのやつを買ってきましたよ。はい、どうぞ」
差し出される紙袋。おっと、おかしいですね。ここは前のように二つの味を半分づつにしてくれて思い出に浸る。のパターンなのではないでしょうか?
この方はあの時の先輩ではなく、偽物の先輩なんでしょうか?
「ど、どうしたの?」
「太陽先輩って直近一年以内に頭を強打したりしませんでしたか? もしくは何らかの理由で記憶喪失になった経験は? また可能性は低いかと思いますが、宇宙人に回収された事がありますか?」
「NASAが動き出すレベルの話が混ざってるよ?」
う~ん、おかしいです。どれも本人曰く思い当たる節が無いようです。
「あ、もしかして……」
おや? 風向きが変わりましたか? 私との過去の思い出に気付いていただけました?
「二個食べたかったとか?」
残念です。非常に残念です。思えばルームシェア、同居と銘打っていますが、実質は同棲に限りなく近い状態で過ごしているにも関わらず、全くと言っていい程に私の欲しい反応が出てきません。
都度都度、事がある度に部屋を出ていく徹底ぶりには毎回驚かされていますし、洗濯物を一緒に干したり畳んだりする時だけは未だに気まずそうですし。総合的な見方ではポイントは高いかもしれないですが、私の中では一周回ってマイナスです。
この距離感で興味を持たれないのは、想いを寄せる身としては少し不安になります……。
「ちょっ!? なんです!?、そのちょっと潤んで怒っているような目は!? 冗談ですって、冗談! ちゃんとカスタードとあんこの二種類買ってますから!! 半分こづつにしましょ! あの時みたいに!」
ほう……この私を騙したと? 分かりました。そっちがその気ならこっちにも考えがあります。
「酷いです……乙女心を弄ぶなんて……。私、この事を明日学校で言いふらします。太陽先輩が私のガラスの心を踏みにじったと」
「すみません。マジですみません。調子に乗りました。気の済むまでぶん殴ってくれて構いませんからどうかそれだけはご勘弁を……」
あっさりと頭を垂れました。ちょっと意地悪してしまいましたが、そんな事はしませんから安心して下さい。
このあと、ちゃんとたい焼きは半分こして仲良く二人で食べました。もちろん、譲ってくれたのはあの時と同じく二個とも頭の方でした。
でもこんなちょっとした悪戯を仕掛けてくれるという事は、少しは親密になれている証拠でしょうか。
私に初めて出来たお友達で、初めて好きになった人……。うん、結果を出せるように頑張ります。