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休日のバイト


 電子媒体が主流となりつつある世の中において、希少な紙媒体であるエロ本がツレの従妹であるJKに発見されるという、朝から心臓を鷲掴みされる事件はあったものの、気を取り直して支度を行い、二人揃って家を出た。


 今日はバイト先のマスターから、珍しく終日のバイトをお願いされており、朝から店に来て欲しいと頼まれているのだ。


 普段は学校終わりに週に三回、三時間程のバイトルーティンなのだが、俺達のシフト……いや、安藤さんのシフト入りの要望が相当高いらしく、緊急シフトを要望された。

 もちろん無理やりではなく『可能であれば』との事であり、別段用事もなく、テストもまだ先なので了承してシフトに入った。


 どうも最近俺達がバイトに入るシフトの曜日の客入りが変わっているそうな。何度も言うが厳密に言うと俺達じゃなくて、安藤さんなのだけども。

 

 しかし時給は1500円の高額バイトで実入りが多くて美味い。一日働けば余裕で一万円を超えてくる。しかも賄いも食べれるおかげでご飯代も浮く。

 生活水準爆上げ案件である。まあ、本業は学生なのでほどほどにはしておかないといけないが。


「マスター、おはようございます」


 喫茶店のドアを開けると、すでにてんてこ舞いになっているマスターがいた。店内はすでに満員。なんなら店の外に行列すら出来ていたのは確認済だ。


 カウンターの向こうでは店内に流れる優雅な音楽とは真逆に、昼ご飯時の中華料理屋宜しくマスターが慌ただしく動いていた。


 辛うじて服装はベストを着込んだジェントルメン姿ではあるが、袖をまくり上げ、中華の達人ばりにギラついた目つきでフライパンを振っている。


 もはやこの店にかつての悠久の時は流れていない……。


「キター! 安藤ちゃん!」


「ああ、私服も可愛い……」


「うし! 出勤時間を狙った甲斐があった!」


 お客さんが安藤さんを見るなり店が沸いた。どうやら安藤さんの出勤時間帯を狙っているお客さんが居るようだ。


「外にもたくさんのお客さんがお待ちでした。急ぎましょう、太陽先輩」


「そ、そうだね……モーニングの時間が終わるまでに捌けるかな……」


 顔をひきつらせながら着替える為にスタッフルームへと向かった。今日は長い一日になりそうだ。



「オーダー入ります。一番卓さん、ブレンド3。三番卓さん、モーニン2。五番卓さん、オムライス2、メロンソーダ2、アイス2。尚、アイスは食後で。はい、ただいま伺います。少々お待ち下さい」


 淡々とカウンター先で俺と店長にメニューを伝え、再びオーダーを取りに戻る安藤さん。


 三台あるサイフォン式の珈琲メーカーはフル稼働し、軽食を作るキッチンでは俺とマスターが額にタオルを巻き、荒々しい調理音と掛け声をかけ合って調理中である。


 店内に流れる優雅なジャズなんてもはや微塵も聞こえない。なんだこの純喫茶……。マジで昼間の中華料理屋と遜色ないんだが?


「マスター!? もう昼前ですが全くお客が途切れないんですけどぉ!?」


「なんかモーニングと昼オーダーも混ざってきたもんね!? とりあえず今は手を動かそ!? 私はブレンド作りながらトースト仕掛けるからそっちの調理を頼める!? オムライス2ね!」


「マジでいつからここ中華料理屋になったんですか!? もっとゆっくり出来る場所だった筈ですよね!?」


「追加オーダー。二番卓さんチョコレートパフェ、チーズケーキ、コーラーフロート2。四番卓さん、カレー、ナポリタン、オレンジジュース2。六番卓さん、サンドウィッチ2、ブレンド2、ミルク2、はい、お会計ですね、ありがとうございます。マスター、一万円入りました」


 えぐい……。場末の純喫茶の仕事量じゃない。


「和宮君! 口を動かしてくれるのも結構だけどもっと、もっと手を動かして行こうか! 飲み物をセットしながら空き時間を無駄にせずに鍋振って!?」


「やってますよぉぉ!! はいっ! オムライス上がったよぉぉ!!」


「……太陽先輩って料理を作れたのですか?」


「うん、一応辛うじてね!? 味付けは長年マスターの秘密レシピだったみたいだけど、この前何故か公開してくれてね! それが今、点が線になったよ! つまり今後は俺が作れってことみたいだね!」


 今までは基本ウェイターであったが、安藤さんに仕事を奪われ、自分の存在感を見失っていたのだが、腐っている暇など微塵も無かった。

 ここのところは暴徒のごとく押し寄せるお客が裁ききれず、すっかり俺もキッチンスタッフが板に付いて来ている。おかげさまで最近メキメキと調理技術が上がっているのは思わぬ副産物でもある。


 最初はマスターが仕込んだものを仕上げる程度の調理補佐的なものだったのだが、あまりの多忙さに今や味付けまで丸投げ状態。

 その内、珈琲とかも淹れてくれと頼まれそう……。俺、ここに就職するつもりはないんですけど?



 午後二時半を過ぎ、やっとお客さんが捌けて準備中の札をかけ店内に戻った。夜の仕込みの時間兼、休憩の時間でもある。


「先輩? 大丈夫ですか?」


 カウンター席にうなだれる俺。なぜかあのあと、怒涛のオムライスラッシュが起こった。軽く二十人前は作ったと思う。卵が尽きてソールドアウトしなければもっと作っていたことだろう。


「へへ……自分の腕じゃないみたいだ……。腕が上がらねぇ……。てかどうしてあんなにオムライスのオーダーが……」


 確かに喫茶店のオムライスと言えば定番ではあるが、そんなに定食屋並みに出る物では無いよね? うち、洋食屋じゃないんだからさ。


「ああ、多分、と言うか絶対に安藤さんがケチャップで文字を書くサービスを始めたのが原因だと思うよ?」


「安藤さん?」


「思ったより好評でした」


 無表情でケチャップを持つ安藤さん。純喫茶でそのサービスしちゃう? マスターの言う通り、オムライスが馬鹿程注文来たのって絶対にそれじゃん……。


「そうそう、二人には悪いけど、食材のストックが全て切れちゃって賄いも作れないから外で食べてきてくれる? 近くの今風のカフェでもいいし、通りに出たら食べ物屋さんいっぱいあるから」


 喫茶店でバイトしてるのに、カフェにご飯食べに行くの? 材料がないとはいえ違和感満載ですね。


「では太陽先輩、一緒に遅めのランチとまいりましょう。マスターさんからお金はもらいました」


 うん、元気だね? 正直俺、疲れ切っているから動きたくないんだけど?


「あのぉ、出前……とか取りません? ほら、ラーメンとか丼とか……」


「そうですか……私と一緒に外でご飯食べるの嫌なのですね。それならばそうと回りくどい断り方をせずに素直に言っていただければ……」


 だから瞳に涙溜めるのやめなさいって!! 


「分かりました、分かりましたから!! 一緒に行きますぅ! 是非ともご一緒させて下さい!!」


「はい、分かりました。それでは早速出発です」


 先程までの泣き顔から手の平をくるっと回して笑顔を見せてくれた。しかし働くというのは楽な事じゃないなぁ……。でも確かにしっかり食っとかないとな、後半の部もきっと同じくらい忙しいだろうし……。


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