みゆの思い出話 其の一
みゆの思い出話 其の一
今私は1DKのアパートのキッチンに立っています。とはいっても別段調理をしている訳でもなく、電気ケトルに水を張ってお湯を沸かしているだけですけどね。
私の通学時間短縮の為、先日より太陽先輩のお家に同居させて頂いております。尚、私の実家はここから割かし近くなのは内緒にしております。
思っていたよりもご近所さんでした。徒歩十分ぐらいの場所です。
さて、お湯が沸くまでもう少し時間がかかりそうなので、暇つぶしとして少し昔の話を思い出して悦に浸ろうと思います。
そう、それは少しばかり昔の話。私が中学三年、達兄ぃが高校生になったばかりの頃の事でした。
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達兄ぃは私に接する時は優しいのですが、中学時代はかなり荒れていました。今時珍しいタイプの古風な硬派ヤンキーさん、とでも言えばいいのでしょうか。
ですが腕っぷしが異様なまでに強く、その腕一本でこの辺りを牛耳る程にまで登り詰めたとかなんとか……。また真偽の程は分かりませんが、その道の大人の方ですら目を背けて歩く程とも噂されていました。
あくまで噂ですが……。恐らく両方とも事実なのだと思いますが。
また、ガチガチの硬派が売りの達兄ぃは安っぽい争いごとや犯罪には一切手を出しません。腕っぷしが強いだけではなく、頭も良く、なにより決して群れる事の無い一匹オオカミを貫いていました。
まるで漫画のような人でした。この地域で達兄ぃの名前を知らない人は完全にもぐりと言えます。
そんな私と達兄ぃは親戚同士。いわゆる従妹です。各々の親同士の仲も良好であることから、しょっちゅう私は達兄ぃの家に単身で遊びに行っておりました。とはいってもおじさんもおばさんは多忙な方なのでお邪魔する時間帯に滞在されている事は非常に稀でしたが。
そんなある日の休日、いつも通り達兄ぃの家に遊びに行ったのですが、河原家に仕える執事さんから『今日は達也様のご学友様がおいでになられております』と伝えられました。
我が耳を疑いました。青天の霹靂という言葉がありますが、今まさに実体験しました。
あの悪魔の化身とも揶揄されていた達兄ぃが友人を家に招くなんて事は、私が知りうる限り初めて事例です。
達兄ぃの河原家はこの辺りの大地主であり、かなりのお金持ちです。当然大きな家に住んでいます。余談ではありますが、私の家も同等の大きさがあります。何せ親戚ですから。
しかしそんな内情をあまり知られたくないのか、ヤンチャな達兄ぃは今まで知人を家に招くような事は一度たりともありませんでした。
私は興味が沸きました。あの達兄ぃが家に招き入れても良いと思わす方がどんな人物なのかが。
怖い人でなければいいなと思いつつも、執事さんに達兄ぃの居場所をお聞きし、中庭の方へ足を向けている時でした。
「お、おい! やめろ、ジョン、マイケルっ!!」
普段は聞く事の無い、達兄ぃが声高に焦った声を上げているのが聞こえてきました。呼ばれた名前の主は、河原家が飼ってる二匹のシベリアンハスキーの名前です。
達兄ぃが子犬ちゃんの時からお世話している家族同然のペットですが、二匹ともとても頭が良いだけではなく、あろうことか飼い主である達兄ぃの性格まで似てしまい、身内以外の人間には容赦なく牙を向けてくるとっても怖い番犬さんに成長してしまいました。
過去に何度も不法侵入者を病院送りにしている経緯もあります。
しかしさっきの達兄ぃの口ぶりからすると、もしかしてあの二匹が友人さんに飛び掛かってしまったのかも知れません。
まさかとは思いますが、リードが外れていた可能性もあります。
万一そうなら大惨事になりかねません。あの二匹は他所者さんには容赦なく噛み付き、ワニを彷彿させるデスロールを繰り返します。
高鳴る鼓動を押さえ、恐る恐る物陰から様子を除いてみますと、焦った表情の達兄ぃと二匹のシベリアンハスキーに蹂躙されて芝生の上に倒れ込んでいる一人の男性が見えました。
次の瞬間、全身の血の気が引きました。男性がリードの付いていない二匹に完全に襲われてしまっています。なんということでしょう……こうなった以上大怪我を負ってしまう事は間違いな——
「ちょっ!? ま、待てってお前ら! ははっ、くすぐったいって! おいやめろよ、分かった、分かったから一旦落ち着けって! おい、達也!? こいつらなんか欲求不満気味じゃねえか!? ちゃんと散歩とか連れて行ってやってるか!? てかやめろって、ちょ、待てって! そ、そこはダメだって!?」
……杞憂でした。これでもかという程にじゃれられているだけでした。
あんな子犬みたいな挙動を取る子達では無かったと記憶しているのですが。尻尾がはちきれんばかりに振られていますね。相当ご機嫌な様子です。
「き、基本放し飼いで運動は自分達でしていると思うんだが……。どんだけ懐かれてんだよ、太陽……」
太陽……? どうやらそれがあの方の名前のようですね。
名は体を表す。そんな言葉がドンピシャな大変賑やかな方のようです。しかしそれよりも達兄ぃを前にして、ざっくばらんに話しかけ、一切物怖じしない胆力は大変素晴らしいですね。
見た目は普通の男子高校生さんのようですが、一体何者なのでしょうか? 政治家や要人の息子さんなのでしょうか?
しかし今も尚、ジョンとマイケルが未だに尻尾を引きちぎれんばかりに振り回し、抵抗する男性を舐め回し続けています。ちょっと唾液が酷い事になってきていますね。
「分かった! 分かったから! 落ち着けって! 俺のファーストキスを奪いにくるんじゃねえ!! 見てみ!? おまえ達のせいでベットベトだから!! ねえ君達、俺の事をおやつか何かと勘違いしてない!? 俺、犬版チュール【等身大】じゃないぞ!?」
「この二匹が家の人間以上に懐くなんてな……。はは、やっぱお前は変わった奴だな。あ、ちなみにその二匹の名前はジョンとマイケルだ。最初は又三郎と紋吉って名付けられそうになったんだがな」
「シベリアンハスキーに和名……しかもダサめ……。センス壊滅してんな。誰だよそんな名前つけようとしたの……」
「俺の従妹、一つ下のJCだ」
「令和のJCのセンスじゃねえな……。平成飛び抜けてもはや昭和じゃねえか」
……なんでしょうか。今、私の事をとてつもなく馬鹿にされたような気がするのですが。
可愛いじゃないですか、又三郎も紋吉も。何処がダメなのでしょうか? ともかく、私のネーミングセンスをディスりましたね?
太陽さん、でしたね? 名前と顔、しっかりと覚えましたからね?
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これが中学三年の春、初めて先輩を拝見した日でしたね……。
おっと、昔を思い出している間にお湯が沸いたようですね。それでは早速ティータイムとしましょう。
「先輩、今から紅茶を用意いたしますが、お砂糖はいくつお入れになりますか?」
「え? 紅茶なんてストックにありましたっけ? あ、もしかして自前のやつですか? じゃあ折角だから砂糖は無しでお願いします」
なんと……お砂糖……無し?
「紅茶をお砂糖無しで飲まれると苦いですよ? 美味しくないですよ? 紅茶なんてお砂糖を入れないと飲めた物ではないと思うのですが。私は角砂糖なら二つ、スティックなら三袋は必須です」
「紅茶に謝って下さい」
その後、茶葉の風味を味わってみなさいとのことで、カップを突き付けられたので渋々一口飲んでみました。
ですがやっぱり苦くて不味かったのですぐにお返ししました。でも間接キスが成立されたので万々歳でした。
やりました。みゆ、いきなり第一歩をのし上がってしまいました! この調子でどんどん攻め込んでいきたく思います!




