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06働かざるもの食うべからず

♪前回までのあらすじ♪

通りがかった馬車に拾われ、ムインが住む町に連れてこられてアイゼンは、

想像よりも温かく歓迎され、生活拠点も手に入れて、町での生活基盤を築いていく。

 新しい町に迎え入れられた翌朝、アイゼンは背中を打ち付けた衝撃で目覚めた。


「痛い……」


 床の上でのびていると、腕が寝台にぶつかった。寝ている間に落ちたのだと理解し、ぼんやり天井を見つめて目を閉じた。

 そうして床の上で寝ている姿を発見され、オーロラの絶叫でアイゼンは二度目の起床を迎えたのだった。


 寝台から落ちたと説明し、素早く新しい服に着替える。用意された服はオーロラのおさがりであり、生地の薄さにこれで防御力があるのか気になって仕方がなかった。久しぶりのスカートもむずむずした。


 身だしなみを整えてダイニングに向かうと、ムインもオーロラもすでにそろっていた。

 コーヒーを一服しているムインは朝だというのに目がしゃきっとしている。


「おはようございます、アイゼン。ちょうど貴方について話していました。昼前にみなさんへ紹介しますので、それまでは家から出ないようお願いしますね」

「ん」


 アイゼンがねぼけまなこのまま返事をしたところ、仕方ありませんねとムインにもう一度念を押された。

 オーロラの手によって朝食がテーブルに並べられるにつれ、香りにつられてアイゼンの意識も浮上していった。


 みなへの挨拶は町の住民に対するものであった。広場につれていかれたアイゼンはムインによって住民に紹介された。

 名前はアイゼン。探し人がおり、しばらく町に滞在すること。

 前日のうちにある程度の話は伝わっていたのか、拍手で歓迎された。




 それからアイゼンはすこぶる勤勉に働いた。同年代の子供が嫌だと首を振る傍らで、黙々と仕事をこなしていく。物覚えもよく、一度言われたことは決して聞き返さない。仕事も丁寧であり、失敗を前提にした準備を高く評価された。寡黙な点もそれほど仕事に真剣に向き合っているのだと良い方向に解釈された。


 ある日の朝は配達から始まった。りたての野菜や搾りたての牛乳を指定された家庭に届けていくのだ。天気の良い日は収穫や牛の世話も手伝うこともある。


「アイゼンちゃん」


 呼ばれて振り返ると、今日も頑張ってるねえと近所の方から焼き菓子を渡された。それをアイゼンは興味深そうに眺め、ときには裏返し、口元におそるおそる近付ける。


「……おいしい」


 歯を立てると口の中で割れた。ほおばるとさくさく崩れていくのにわずかに甘い。この謎を探るべく懸命にあごを動かしているといつの間にかになくなっていた。それになぜだか口が渇く。


「それね、ビスケットっていうのよ。口に合ったようでよかったわ」

「ん」


 去り際にまた数枚もらえたので、ゆっくり味わった。最後の一枚を残そうとしてから渡す相手(姉)がいないと気付き、泣く泣くビスケットの端をかんだ。


「おお、嬢ちゃん。暇なら解体手伝ってくれねぇか?」


 配達を終えた帰宅途中でまた声をかけられた。話しかけてきたのは肉屋のおっちゃんである。周りがおっちゃんと誰も名前を呼ばないので、アイゼンも彼の名前をおっちゃんだと誤解してしまった。おっちゃん本人も訂正しないので、この謎も深まるばかりである。


「今日は……?」

「鶏だ。嬢ちゃん得意だろ?」


 アイゼンが頷くと、おっちゃんはニカッと白い歯をみせて笑う。


「はあ、みんな嬢ちゃんみたいならいいんだけどなあ……」


 笑った直後に表情を曇らせ、腕を組んでぼそぼそ語り始める。

 どうやら学校で解体の授業をすると、教室が阿鼻叫喚に包まれること。授業の後、しばらく売り上げが落ちること。その授業の季節が迫っている話をまとめ、口からいろいろ出てきてしまいそうなほど大きなため息をついた。


「でも……みんな上手。畑いじり」


 みずみずしい野菜をかごに入れた兄弟が楽しそうに通り過ぎていき、アイゼンは目を細めた。


「そりゃーな、ガキどもの遊びの一つだからな。元気のありあまった奴らはじっとしてらんねぇ。親は家を壊される前にケツ叩いて遊んでこいっていうんだよ」


 農園を有する町は故郷よりも豊かであった。毎度の食卓に野菜があがるなんて、故郷では考えられなかった。

 心菜こころなの『緑の力にあふれた地』という評価は的確であった。枯れない自然に潤う大地。植物を育てる上で欠かせない水を用意し、なおかつ毎日の生活でもきれいな水を使用している。

 不平等だと思いながらも、肉屋の調理場で包丁を握っている間は落ち着けた。


「おかえりなさい。今日は何をしてきたの?」


 帰宅するとオーロラが出迎えてくれた。手に何も持っていないので休憩中だったのかもしれない。

 ふと机の上のカップが目に留まる。湯気が出ていた。


「あったかいミルクよ。アイゼンちゃんもどう?」


 アイゼンが頷くと、オーロラはカップを取り出し、温めたミルクを注いだ。


「今日は何をしてきたの?」

「配達と解体」

「まあまあ、アイゼンちゃんは力仕事も得意なのね。女の子なのにすごいわ。私もムインも得意ではなくて、次からは色々と頼んでもいいかしら?」


 片手を頬に添えて、もう片手で指折りをしながらあれにこれにとオーロラは呟いていく。

 片付けられているように見えるこの一軒家も、倉庫には物が詰まっていたり、いざ運ぼうとするとぎっくり腰になったりという話を耳にして、アイゼンの中でムインとオーロラの評価が変わりつつあった。


「あっ、力仕事だけでなくて、刺繍ししゅうはどうかしら。手先が器用そうだもの。アイゼンちゃんならきっと素敵なものができるわ」

「……器用? そう見える?」

「手芸屋のおじいさんとおばあさんから組み紐のことを聞いたの。そういえばいつも綺麗な紐で髪を結んでるなあ、って思ってたのよね」


 組み紐に限らず、毛織物はアイゼンの故郷で盛んであった。何しろ物流がほとんどないため、自領で調達しなくてはならない。衣類は動物の皮や毛が基本で、子供のうちに習得させられる。皆ができて当たり前なので、今まで意識していなかった。

 組み紐が得意な理由を説明するにはたくさんの言葉を必要とした。頭の中で考えられても、全てを口にするのは難しいとアイゼンは口を閉ざした。奇妙な沈黙をごまかすためにカップに口をつけると、ホットミルクの味もよくわからなかった。


「えっと何の話だっけ……? そうそう、刺繍のことね。アイゼンちゃん、雨の日にもどうかしら?」

「雨の日……」


 うつむいたアイゼンの瞳は揺れていた。




お読みくださり、ありがとうございました。

『町』なのか『街』なのか、だんだんわからなくなってきました(;´∀`)

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