17探し物はどこに
♪前回までのあらすじ♪
トールとシアに稽古をつけてもらい、アイゼンは魔法へ苦手意識を抱く。
もう一度ソルと戦うためには、克服しなければなない。
ただ良い案は浮かばず……。
魔法への対策方法について、一晩考えただけでは何も思いつかなかった。
顔を洗って眠気をさまし、朝食の席についたアイゼンは台所に立つオーロラの背中を眺めた。
腰まで伸びた光り輝くような緑色の髪に、エプロン姿が似合う。なんだかいつもよりも気になるなあと目で追っていると、エプロンのリボンがほどけていることに気付いた。
「オーロラさん。リボン、ほどけてる」
「あらまあ。教えてくれてありがとうね」オーロラは火を見ながら腰に手を回してリボンを結び直した。「そういえばアイゼンちゃんは今日もお出かけかしら」
「うん。そのつもり」
「ムインさんも朝から晩まで片付け大変みたい。この前の地震のせいで資料が見つからないって騒いでるわ」
アイゼンはその場に居合わせていたので、惨状具合を知っており、どう反応すべきか考えあぐねた。
アイゼンを不安にさせないよう、きっとオーロラは努めて明るく振る舞っている。それはアイゼンも同じだ。医師の診察で取り乱すオーロラを見て、必要以上に心配させないよう胸のもやもやを口に出さないよう努めている。
お互いさまなのだから、オーロラと同じように楽観的に考えればいい。
「それなら今日は手伝ってくる」
「ムインさんの片付けを? 猫の手も借りたいみたいだから助かると思うけど、危ないことはしないでね」
「わかった」
急遽予定を変更し、資料館の手伝いに向かう。汚れてもいい服装(オーロラのお古)に着替え、手袋と帽子も持たされて、資料館にたどり着くとアイゼンは目を見開いた。
ぶつかった壁のがれきが綺麗に掃除されていた。崩れた部分の修復はまだだが、道を通れるようにされている、
日常を取り戻そうとする人々の努力が感じられて、アイゼンはくやしさに爪を立てた。
心菜から慰めの声はなかった。
資料館の前でうろうろしても邪魔になるだけなので、意を決して中に入ろうとしていると、危ないですよと声をかけられた。
声に振り返ってみれば、灰色の髪のロー老師が目元を和らげて立っていた。
「おやおや、こんにちは。今日はどのようなご用件ですか。生憎このような状況なので、おもてなしはできませんが……」
「手伝いにきた。片付け大変?」
「確かに人手は欲しいですが」
言葉を濁しながらも老師の視線はアイゼンの頭のてっぺんから足のつま先までを往復した。これから作業できますと言いたげな準備っぷりにむしろ感心し、頷く。
「ではお願いしたいことがありまして、ついてきていただけませんか」
老師の案内で来たのは前回と同じ資料室であった。ここの整理までは手が回っていないようで、重要そうな絵画や書籍が床に散らばっている。破損したり破れたりしていないか気になるくらいだ。
「お恥ずかしながら、ご覧の通り人を通せるような状況ではありません。ひとまず落ちているものを全て拾っていただいて、テーブルの上にまとめてもらってもよろしいですか? 棚に戻すのはわたくしどもがやりますので」
一度の説明でアイゼンは理解し、帰りたくなったらベルを鳴らすよう指示された。
前回鳴らしても誰も来なかったと確認すると、非常事態でしたのでと老師に頭を下げられた。今日は夕方ぐらいまでに鳴らせば対応してくれるらしい。
他の場所に向かおうとした老師の背中に向かってベルを鳴らせば、老師が振り返ってくれた。
アイゼンはわざわざ足を止めてくれた老師に手を振り、作業を開始した。
『静かだね。ボクそろそろ耐えられないよ。何か話して』
「静かな方が捗る」
『えー!? ボクは口から生まれたから無理だよー!』
「武器に口はない」
『食べる口はないけど、話すための口はあるよ。ここにっ』
騒ぐ心菜をアイゼンはテーブルの上にそっと置き、作業に戻る。
一人では持ち上げられないほどの大きな絵画は壁に立て、巻物や本といった軽い物を老師からの指示通りに分別していく。
前回読んだ『初代陽・陰から始まる歴史』と『う゛ぃあかおうこく』も早々に発見できたので、ヴィアカ王国の分類でまとめた。
さらに本を掘っていると、心菜から待ったの声がかかる。
『ちょっとアイゼン、その綴本見せて!』
心菜の切羽詰まった声に驚きつつも、アイゼンはちょうど持っていた綴本『守護者は有りや』のページをめくった。
――曰く、世界には自浄作用がある。
――仮にその自浄作用を『守護者』と置こう。
――栄枯盛衰は彼の者の手の中に。
表題の『守護者』の存在を仮説立て、後に続く検証で今までに起きた大事件が挙げられている。
中でも大きく取り上げられたのがヴィアカ王国の崩壊についてであった。偉大な国家を作り上げたが、女王の狂乱を阻止すべく『守護者』が裏で糸を引いたのではないかと。
先日読んだどの本にも『守護者』のような存在については語られていなかった。心菜が無言を貫くのも一周回って不気味であり、アイゼンはひたすらにページをめくりつづけた。
『著者の名前は何て書いてある?』
アイゼンが目を疑うような速さで斜め読みしてみるも、それらしき記述は見つけられなかった。
「書いてない」
『――え、その速さで読めたの? アイゼンにそんな特技あったんだ。……もしかして、ボクに合わせてた?』
「速い自覚はあったから」
『んもー、余計な気をつかわなくていいのにさ。……ごほっ』
突如心菜がむせ始めて大きな声を出した。
アイゼンは扉と心菜を交互を見つめて、誰か来ないか不安になって立ち往生してしまう。
『ごめんごめん。それさ、持って帰らない? ボク、すごーく気になるんだ』
「だめ」
『後で借りちゃってた、てへって言えばなんかなるよ! あのじいさん、子供に甘そうだし』
「……誰が言う?」
『アイゼンに決まってるでしょ。剣がしゃべったらびっくりさせちゃうじゃないか。というかボクの声、届くかなあ』
結局アイゼンは根負けして、しぶしぶ荷袋の中に綴本を入れた。分厚い本ではないため、外から見た限りではわからないが、中身を検められたらどう言い訳をしようか、今から考え始めた。
だからこそ、アイゼンは心菜の呟きが聞こえなかった。
『これは本来あってはならない――まさか』
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