16稽古開始
♪前回までのあらすじ♪
アイゼンは医師の診察を受け、ほぼ異常なしという結果になった。
翌日の行動は決まっており、心菜と話しながら明日を待つ。
アイゼンは翌日からトールとシアに稽古を願った。
子供たちに稽古をしているのは本当らしく、空き地で走ったり木刀を振ったりして、戦う術を教えていた。
先日のソルの襲撃により、大人たちは片付けや復旧工事に追われていた。その間、子供たちの面倒を見られなくなるため、トールのような存在は願ったり叶ったりであったようだ。
どこで稽古しているか詳しく知らずとも、子供の声に導かれて到着できるぐらいに賑やかであった。
「よう、アイゼン。もう動いて平気か?」
アイゼンの姿を目ざとく見つけ、枯れ葉色の外套を着たトールが手を振っていた。
「ん。ありがとう。シアさんも」
「とんでもございません。回復されたならなにより」
アイゼンはトールの後ろにいたシアにも声をかけ、会釈した。
居候している部屋につれてきてくれた黒髪の女性とは彼女に違いない。この町に来てから見た黒髪の人は彼女だけだ。お礼を言われても見返りを求めずに、そっとトールの陰に隠れる彼女にも慣れてきた。
「あ、知らない子いるー」
「だあれ?」
「わあ。髪の毛、まっかっか」
隠れたシアの代わりに、周りにいた子供たちがじわじわアイゼンに詰め寄ってきた。
おろおろしているアイゼンにトールが肩をすくめ、手を叩いて注目を集めた。
「さあておまえら、新入りの登場だ」トールはアイゼンに目配せする。「自己紹介よろしくな」
「アイゼン。…………よろしく」
数に押されて委縮しながらもアイゼンは声を絞り出した。
思い返せば、この町に来てから同年代の子供たちに自己紹介をする機会はなく、向けられた視線に気後れしてしまうのも仕方ない。
そんなアイゼンの肩にトールの硬い手が乗せられた。
「アイゼン、ここに来たきっかけは?」
「強くなりたいから」
「どうして強くなりたいんだ?」
「知りたいことがあるから」
「知りたいだけじゃ、他の方法もあるんじゃないか?」
「会話するために、同じ土俵に上がる。視界に入らないと相手にしてもらえない」
「そうか…………協力してあげようんじゃないか。なあ、みんな」
トールの言葉に続いて、子供たちが元気よく応えた。彼の質問により、アイゼンの人となりを子供たちもわかったらしい。
言葉数は少ないものの、稽古をしたい気持ちは皆同じであった。程度は違えど、アイゼンも初日のうちに輪に溶け込めた。
「アイゼンちゃん、金色のピカピカと戦ったんでしょ? すごい!」
「それオレも見てた! みんな逃げたのに、よく立ち向かえたな!」
目をきらきらさせた子供たちに囲まれ、アイゼンは言葉を詰まらせた。金色のピカピカとはソルのことだろう。立ち向かったというよりは、不運にも出くわしてしまった感じだ。熱狂的な目を向けられても、彼らが満足できそうな答えを与えられそうにない。
苦し紛れに出た言葉は「偶然」であった。
「偶然でもすごいよ。あたしも見習わなきゃ」
「ははっ、見習うって、逃げ足しか取り柄がないくせに……イデッ。蹴るなよ、エフィー」
「フン! ヴォルケってば、一言多いんだから」
ミント色の髪を三つ編みにした女の子がエフィー、水色の髪の男の子はヴォルケというらしい。
二人はアイゼンが置いていかれほどおしゃべり好きで、誰かが止めないと永遠に話始める。
先日のソルの襲撃から始まり、今日の寝ぐせがひどいとか、いつも落ち着きがないとか、小さい頃の話を持ち出し始めると誰も手がつけられなくなる。
アイゼンは他の子供に引っ張られて、二人の言い合いからやっと抜け出せた。
「あの子たち、家が隣同士なんだって。だからいっつもあんな感じ」
そうひそひそ話をされて、アイゼンは感心した。
「つかれたー」
「今日も兄貴のしごきはきっついなあ」
「おれは一日中、体を動かしたい」
「それ、じっとしてるのが嫌なだけだろ?」
「…………そうとも言う」
子供たちが疲れて地面に寝ころび始めると、稽古もお開きになる。
雑談の中には勉強の話もあった。アイゼンはその話に入り込めず、一人で黙々と柔軟をしていると草むらに陰が落ちた。顔を上げてみるとトールであった。
「筋がいいな。型にもはまってない。アイゼンは今まで誰かに指導された経験は?」
「ない。故郷で狩りしてた」
「なるほど。動く敵を討つ技術か。あいつらは魔法を使わないから可愛いよな」
「可愛い…………?」
彼の発言にアイゼンはぶるりと震えた。命をもらうための狩りはいつだって命がけであった。罠をかけるときでさえ、野生動物に奇襲させる可能性もあり、のんきではいられなかった。
「ああ、可愛いさ。あいつらは基本、なわばりを侵したり、こっちから手を出さなきゃ襲ってこないし魔法もない。俺の経験上、障害物を無視した狙撃が一番怖いな。こうしている間も虎視眈々(こしたんたん)と空から地中から、狙われてっかも」
苦笑いしながらトールは空を仰ぎ、足で地面を踏みつけた。
そんなことあるのかとアイゼンが問うても、愛想笑いで濁された。
気になってシアに視線を向けるも、彼女は有事のために控えているだけでアイゼンと視線を交わしはしなかった。
「今日はここまでだ。明日も元気に来るんだぞ」
「「「はーい」」」
トールの解散の合図とともに、子供たちは蜘蛛の子を散らすように帰っていった。疲れて伸びていた子も素早く立ち上がって、みんなの後を追っていった。
アイゼンは考え事をしながら一人でゆっくり歩き始めた。
次からアイゼンの稽古には魔法が混じるようになった。
トールは魔法が不得手らしく、シアがアイゼンと打ち合った。
体格差はあれど、アイゼンは狩猟の経験をいかして大人顔負けの動きができる。ただそこに魔法が加わるだけでアイゼンは手も足も出なくなってしまった。
シアは黒髪と黒い瞳が示す通り、黒属性であった。両手に短めの木剣を持ち、ツインテールを絡ませないよう見事に舞う。 ときどきフェイントを交えて強弱をつけた攻撃は、常に全力ではなく、受け流す方法もあるとアイゼンに学ばせた。
魔法はアイゼンの視界を奪った。アイゼンの周りを黒いもやが覆ったり、シアの手元や剣が黒いもやに隠された。
見えない恐怖にアイゼンの体は動かなくなり、先日のソルとの戦いがフラッシュバックされて、何度か心がくじけそうになった。立ち向かう勇気を奪われそうになった。
稽古であるため、アイゼンに剣が触れる直前にシアは動きを止めた。
勝敗が決まって闇が晴れても、アイゼンの気持ちは浮上せず、魔法の克服が当面の目標になった。
克服といっても、一朝一夕にはできない。誰かに相談しようとしても、オーロラやムインが戦闘慣れしているとは思えなかったため、身近な相手として心菜を選んだ。
「魔法が怖いねえ。まあ死ぬことは滅多にないから、受けてもいいんじゃない?」
夜にベッドでごろごろしながら相談したところ、全くあてにならない答えが返ってきた。それは自身が上手く伝えられなかったせいだと思い、アイゼンはどうにか己の心情を言葉にした。
「怖い。見えないのは怖い………」
「ああ、ごめんね。単純な攻撃魔法についてじゃなかったか」己の思い違いに気付き、心菜は言葉を続ける。「悪い補助系魔法はなあ、無効化・相殺・回復が必要だね。見えないのが魔法のせいなら、その魔法を打ち消すのが一番早いかなあ? おや。なんてこったい、ボクの専門外だ」
「そもそも何が得意?」
「盾とか囮とか尖兵とか? 奴隷に人権はないからね。どんな戦いにも放り投げられたよ、ボクは」
「奴隷? ……奴隷!?」
アイゼンはベッドから身を乗り出して、ベッドの下に置いたままの剣――心菜を凝視した。無機物なので、見つめても動揺一つさえ感じられないのがむなしくて、眉間にしわを寄せた。
「そんなに驚くこと? ベッドがきいきい言ってるよ?
あの頃は対立が激しくて、反対勢力をつぶすために戦争奴隷は大量消費されたんだ。ボクもそのうちの一人だっただけ。まあ今は少なくなったんじゃないかな。派閥間の対立よりは個人間の対立だもんね。いやあ時代は変わったね」
内容は重いのに、明るく話す様子が浮いた。
「……ボク一人でしゃべるのも疲れちゃうなあ。キミも何か話してよ」
「何を話せばいいのかわからない」
「なんでもいいよ。今夜ボクに話しかけてくれたように、とりとめのないことでいいからキミの言葉で語ってよ」
「自分の言葉? 自分に言葉なんてある?」
「あるじゃないか。こうしてボクと話してる。姉とではなく、ボクと話してるよ」
ひゅっと息が詰まり、アイゼンはお腹からせり上がってくる何かを胸三寸で納めた。やがて全身がじわじわ温かくなってきて、ベッドの上に仰向けになった。心なしか手足の末端までぬくもりに包まれて、襲ってきた眠気に身を任す。
「ありがとう。…………おやすみなさい」
「うん、おやすみなさい。また話を聞かせてよ」
少女の寝息が聞こえ始めた頃、心菜は人の形をとって、窓から空を見上げていた。
人が眠りについた時刻に、先日と同様、赤い光が星のように降り注ぐ。流星と違うところがあるとすれば、光はたった一人の存在を追い求めていた。彼の存在に手を伸ばそうと、光を飛ばし、星を落とし、毎夜毎夜、飽きもせずに赤い矢は放たれる。
この町に落ちる日も近い。
「アイゼン。キミだけは守るよ」
何度だって誓ってみせよう。言葉にすればするほど恩恵は訪れるのだから。
「王都が焼かれようと、街が粛正されようと」
お読みくださり、ありがとうございます。