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心菜side ボクがボクになった日

 ボクは、ボク一人ではボクになれなかった。


 奴隷同士の親から生まれたボクは、物心つく前から奴隷としての心構えが身についていた。主に決して逆らわず、命令をこなし、毎日の衣食住を保障される。仕事がうまくいかなかった日は食事抜きだし、どこぞの資産家との同衾どうきんを愛玩奴隷でないからと断ったときには丸裸にされ、真冬の夜に外へ放りだされた。


 そんなことがあってもボクは一度も弱音を吐かなかった。両親はボクが一歳を迎える前に規約違反で殺されたのに、人一倍我慢強い性分のおかげか、ボクはのうのうと生き残った。


 両親と言葉を交わしていないので、ボクは自身の起源ルーツを知らない。ないなら作ろうと考えても、奴隷以外の身分はなく、地面に寝ころんでいたある日、転機が訪れた。


 内乱が始まったのだ。



 のちに統一戦争と呼ばれた長い戦いで、ボクは戦闘奴隷として前線に送られた。後続の正規軍のために、戦闘奴隷は命を惜しまず暴れ狂った。ときには肉の盾として命を危険にさらし、ときには村人から食料を略奪しても、自身にまわってくるものは水一滴ぐらいであった。


 ここでもボクの我慢強さは発揮された。数日食べなくても問題ない肉体に、超越した回復力。奴隷仲間が付くような戦いにも、ボクだけは一人で飛び込んでいった。


 戦場で妙な二つ名が出回り始めた頃、ボクがボクになるきっかけを作ってくれた存在に出会った。

 彼らは奴隷であるボクにも優しくしてくれた。食事を分け与えてくれたり、読み書きを教えてくれたり。そうしてボクはわずかな自由時間のほとんどを彼らとともに過ごすようになった。


 神にうたを捧げる少女に、護衛である青年と、二人に拾われたらしいおかっぱの女の子。端から見れば家族にも見なくはない構成に、ボクはかわいい弟分として歓迎された。


 彼らが最初にしてくれたのはボクの命名であった。

 ボクはその日から『アレ』でも『コレ』でも『白いの』でもなく、『ファーク』と呼ばれるようになった。


 ボクへの報償金は当時の主に全て搾取されていたため、その金を差し押さえ、戦争奴隷としての役目を一端保留にして彼らと旅に出た。

 うたを捧げる少女――聖女シャロンの旅で寄った村や町で、いくつもの絆を結んでいった。

 ときには活力がみなぎる詩を、戦争に巻き込まれた街には鎮魂歌を。穏やかな日には心休まる調しらべを。

 彼女の詩に人々は救われていった。やがてその詩が目をつけられるとは知らずに。


 戦後無事に建国されたヴィアカ王国は初代女王クラウンの手腕でく治められていた。

 クラウンの妹スリーグトは女王の片腕として献身し、国の平和の象徴として四つの神器を作り上げた。長剣、短剣、鏡、指輪の四つである。

 この国に何があろうと、建国までに血を流しすぎたために、報われたいと思う気持ちが民の中にはあった。


 戦時の活躍を評価され、ボクは『陽』という位を、ともに旅していたおかっぱの女の子――グランドールは『陰』という位を授かった。陽と陰、一対の雌雄、宿す色は真逆で性格も真逆であったが馬は合った。大抵のいざこざは二人だけで制圧できるぐらいに相性が良かった。


 残された聖女シャロンと護衛イェスタはさっさとすることすればよかったのに、長い間じれじれもだもだしていた。イェスタに男だろと一喝したのは一度きりではなかったし、まあ思い返せばどれも良い思い出ばかりだった。



 知らぬ間に女王の統治は傾いていた。女王の妹・スリーグトによると、女王は恋煩こいわずらいになってしまい、な相手を思って城から抜け出すらしい。


 なんて馬鹿な話だと重臣らが抗議した。女王をよく知る者たちは、何も手がつかないほど思い慕っているならば、伴侶にすればいいと女王をなだめたが、のっぴきならない事情があった。


 その困難を乗り越えるために、女王クラウンは禁忌に手を染めた。


 結果からいえば、禁忌である大規模魔術を止める側にまわったシャロンとイェスタは亡き人になり、女王クラウンも死亡した。


 当時ボクは別の案件に駆り出されていたため、帰還後に大事な人の亡骸に迎えられて自失してしまった。

 後に聞いた話だと、魔術の規模が大きすぎて、周辺にいた者たちは全員避難をすませていたらしい。避難を誘導したのもシャロンとイェスタだと知り、ボクは人生で初めて透明な涙を流した。




 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪




「――おっと危ない。寝落ちしそうだった」


 まさかこの街で当時を知る者に出会うとは思わず、感傷に浸りすぎてアイゼンのベッドの下に戻るのを忘れそうになってしまった。


「お戻りでございますか、ファーク様」

「姫様ったら、様付けはやめてよ。どちらが上だか、わからなくなっちゃうでしょ。それにもう、ボクはヒトじゃなくてモノだもん」


 夜風にあたっていたら、昔お世話になった姫様に声をかけられた。姫様の容姿はあの頃と全く変わっておらず、懐かしさのあまり涙腺がゆるんだ。背中まである艶やかな髪に全身が白で描かれているような配色。銀色の髪に毛先は青くて――いや、青い髪が年々銀色に染まっていったんだっけ。


 あれから一人では背負いきれないほど長い時が経っているのに、姫様は転生もせずに、命を引き延ばしている。元奴隷のボクと比べてずっと高貴な生まれであるのに、ボクを様付けする姿勢もちっとも変わっていない。


 ヒトからモノになったとはいえ、ボクは空箱(心菜)に収まってしまっただけで、たまに昔の姿で歩けるし、窮屈きゅうくつに感じたことはない。


「申し訳ございません。神器なんてものをつくってしまったがゆえに」

「いいんだって姫様。ボク以外の奴らだって神器の中で楽しく過ごしてるでしょ? 指輪にはうるさい小娘、鏡には氷狼フェンリルだったかな。短剣血桜には…………忘れちゃった。てへ」


 舌を出してみせると、姫様も肩の荷を降ろせたのか朗笑ろうしょうした。

 ただの人であったのは昔の話だ。生まれも育ちも奴隷で、国家の重鎮という有終の美を飾ってから選んだ今のせいに、後悔はない。


 願わくは今の世に生きる者たちに祝福を。


「《恩恵の呪文(ブレッシング・スペル)》――」


 どうか小さな幸せが積み重なって、世界に幸福が実りますように。

 そのためならばボクはあらゆる苦しみを背負ってみせよう。受け入れよう。幸せのためのいしずえになろう。


寛容クレメンティア


 優しい夜風が人や街の間を通り抜けていく。

 その傍らで、濃い闇の世界に赤い煌めきが滑り落ちるのを見た。


「姫様、あれは……」

「わたしは今回、首を突っ込みません。解決したいならばご自由に」

「そうおっしゃるってことは、神器争いではないんだね」


 姫様はボクの質問に答えずに、星空を眺めている。かつて星読みをしていた彼女にはボクの知らない世界が見えているのかもしれない。

 星の軌跡が長い尾を引いて残っている。

 目に焼き付けながら、現在いま守るべき人のもとに戻ろうと姫様に頭を下げた。




お読みくださり、ありがとうございます。


補足

・初代陽の名はファーク

・初代陰の名はグランドール

・神器:血桜、心菜、水変鏡、指輪の四つ。


・《恩恵の呪文ブレッシング・スペル》精霊世界コルグレスへ宣誓し、特別な力を得る呪文。

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