15属性抵抗値と属性共鳴率
♪前回までのあらすじ♪
ソルの戦意喪失により町の平和は取り戻された。
気を失っていたアイゼンも不思議な夢を見て、無事に目覚めた。
次の日、アイゼンは日の出とともに目覚めた。
地平線から昇ってきた赤色が黄色を伸ばしながら瑠璃色の空を侵食していく。朝だと台頭してきた光に見とれ、アイゼンはオーロラがやってくるまで時間を忘れていた。
オーロラとムインの計らいで、医師が往診にやってきた。
その頃には街も動き始めていた。空は赤から澄んだ青を取り戻し、今日も晴れになるだろう。
歩けるからとアイゼンがベッドから起き上がろうとしたところ、オーロラに必死の形相でベッドに押し戻された。
思わずむくれようとしたら、往診の医師にほほえまれ、アイゼンは居心地が悪くて顔をそらした。
「あらあら、嫌われちゃったのかねぇ。アイゼンちゃんは、ばあさんが嫌いかね?」
自身を『ばあさん』と表現した医師は首を傾げて、しわが刻まれた手をこすりあわせる。浮き出た血管と刻まれた傷が重ねた人生を感じさせた。
そのままじっと医師に凝視されてアイゼンはたじろいだ。目だけ動かして医師を盗み見ると、今日の空と同じ色に白い雲を散らした髪が印象的であった。属性が髪や瞳に現れるルールを適用すると、青属性なのだろうか。雲は白属性なのか加齢によるものなのかはわからない。
こちらが相手を観察すると同様に、相手にも観察されている。このまま見られているのも恥ずかしく、やがてアイゼンは首を横に振った。
「そうかいそうかい。アイゼンちゃんはオーロラちゃんが気になって仕方ないんだねぇ。ほらほらオーロラちゃん、一階で待ってなさいな。取って食いはしないからさ」
「……わかりました」
医師は部屋からオーロラを追い出し、テーブルにあった椅子をベッドサイドに寄せて座った。
「よしよし、これで話ができるねぇ。わたしはこの街で医者の真似事をしている身でね。『ばあさん』でも『ばばさま』でも好きに呼んで構わないからねぇ」
「……ばばさま?」
「うんうん。ばばさまじゃよ。かわいいおなごに呼ばれて嬉しいねぇ」
「かわいい?」
「かわいいのう。きっとおててもかわいいんだろうねぇ」
アイゼンはばばさまに手をこわごわ差し出した。
「うんうん、かわいいおててさね」
医師――ばばさまはアイゼンの手を両手で包み、小声で呪文を唱えると、手の上に丸い光の玉が五つ現れた。
「おやおやアイゼンちゃんのおめめもまんまるだねぇ。大丈夫、怖くないからねぇ」
白・黒・赤・青・緑に輝く五つの丸い玉は始めは同じ大きさであったが、しばらくして白が一番大きくなった。最も小さかったのは赤で、それ以外の三つはほぼ同じ大きさであった。
「この五つの光はアイゼンちゃんの属性抵抗値ね。とてつもない白を浴びて、抵抗が弱まってさ、いつもより白が効きやすくなってるんだねぇ」
聞き慣れない言葉にアイゼンは疑問符を浮かべていると、突然手がしびれて顔をしかめた。手を引こうとしたものの肝心の手はばばさまににぎられたままであった。
「痛かったかの? 手を光らせるぐらいの魔法じゃよ。抵抗が弱まって敏感になっておるんだの。他の属性じゃと、赤が弱まれば焚き火にも近づけんし、青が弱まれば水に手を入れるのもよろしくないねぇ。緑だと息をするのも苦しいだろうねぇ。
あともう一つ確認するからねぇ、動かぬように」
空中に浮いていた丸い玉たちがくるくる回り、一つになった。一つになった玉は五つの光を混ぜ合わせながら、やがて赤一色になった。ときどき他の色も見え、同じ状態を保てずに変化していく様はまるで生きているようだった。
「これはな、属性共鳴率と言うんじゃよ」
「属性……共鳴率……」
「レゾナンスレイトとも呼ばれるねぇ。説明はちぃっとばかし難しいからね、今日は聞き流していいんじゃよ」
ばばさまは目を見開いて、一秒たりとも見逃さない気迫で鼻息も荒く玉を観察していた。
「――ほうほう。アイゼンちゃんは主属性が赤だねぇ。外見通りだねぇ。属性共鳴率もそれほど高くないねぇ。将来、赤に呑まれはしないだろうねぇ」
「赤に呑まれる?」
「呑まれたら人間ではなくなるんじゃ。医者の真似事で、たまに出会うのじゃ。人でありながら魅入られ、道をはずした者たちを」
属性共鳴率が高くなると人としての道をはずれる。
実感がないものの、アイゼンは逡巡し、昨日の出来事を思い返した。
「……人間じゃない?」
黄金色の男が繰り出した技は、アイゼンが今まで見てきたものより洗練され、優れていた。狩猟で使う魔法よりも速度も威力も上回り、あれほどの脅威がごろごろいたら外を出歩くのも怖くなってしまうに違いない。
「人でないなら、一体……」
アイゼンの呟きに、ばばさまは「たくさん考えなされ」と光の玉を消した。
「ばばさま、アイゼンちゃんは大丈夫でしたか?」
タイミングよくオーロラが扉を開き、慌てながらベッドに近寄ってきた。
「大丈夫だ。問題ないねぇ。身体もぴんぴんしておるし、数日で日常生活に戻れるじゃろ」
「はぁ、よかった」
「しいて言えばオーロラちゃんの心配性が問題だねぇ。心配なのはわかるが、しつこすぎるのもいかがなものかのう。なあアイゼンちゃん?」
アイゼンが素直に頷くと、オーロラは両手を頬にあてて愕然としていた。
「診察も終わったからの、おいとまするのじゃ。そうだアイゼンちゃん、耳を貸してくれないかの?」
「うん」
「――心菜をどうかよろしくお願い申し上げます」
「っ!?」
なぜそれを知っているのか問いかけようとしたが、ばばさまの姿はもうなかった。帰り際の言葉は若々しい女性の声で、今までの間延びした口調は演技だったのではと、アイゼンは一人体を震わせた。
「相変わらず、ばあさまの帰りは予測不可能だわ。煙のように消えちゃって、あれも魔法なのかしら」
「……ん。不思議」
ただ恐ろしくはなかった。ばばさまは普通の人には見えないものが見えているのだ。千里眼を持っていても驚かないかもしれない。
気を取り直し、もう一眠りしたら昨日のお礼を言いに行きたい、とオーロラに伝えたら今日はダメと断られた。明日ならばよいと許可を得て、アイゼンは布団に潜り込んだ。
やがて扉の開閉音を聞いてから、再び布団から顔を出し、ベッドの下をのぞき込んだ。
「心菜? いる?」
『いるよー。ああ、キミは楽にしてて。静かなら、この距離でも会話できるからね』
「ん」
アイゼンは仰向けになり、天井をぼんやり眺める。深呼吸を繰り返すうちに眠くなりそうだったので、忘れないうちに話すべきだと口を開く。
「心菜をよろしくって言われた」
『…………』
「知り合い?」
『知り合いなんてものじゃないね。でもボクはキミを巻き込みたくないから、詳しくは言えない』
巻き込んでほしい、なんてアイゼンは口が裂けても言えなかった。
心菜は信じられる存在であると一緒に過ごしてわかった。今ここにいない姉か、あるいはそれ以上に感じることもある。
姉はなんでもできたから妹の助けなどいらなかった。妹ができなくても「次はできるようになるよ」と慰めるだけで、「一緒にやろう」とは言ってくれなかった。
比べてしまうのはよくないだろうけれど、心菜は一緒に悩んだり背中を押したりしてくれる。
「昨日の黄金色の人にまた会いたい。会って、自分に似た人について聞く」
『はぁ!? やめなよ、命がいくつあってもたりないよ』
「やめない。強くなる」
幸いにも手助けしてくれそうな人はいる。
否定されるとわかっていても、意志を曲げるつもりはなかった。
『それで明日お礼しに行くんだ? トールとシアに? キミのためを思って言うけどさ、トールっていう奴は信用しない方がいいよ。手のひら返されても知らないよ』
「強くなるなら利用する」
『それもいいね! 利用されるくらいなら利用してやる。うんうん、その意気だ。ボクは嫌いだから、よほどのことでもない限り表に出ないようにするよ。ボクはただの剣。ぼくはただのけん。ぼくは…………すや』
剣も眠るのだとアイゼンは驚いた。
自分のやりたいことは決まった。しばらくは突き進んでいくしかない。
深く息を吸って、止めて、吐き出した。全てを吐き出し終えたら眠気が体を包み込んだ。
お読みくださり、ありがとうございます。
アイゼンの方針が固まり、トールとシアによる稽古が始まります。
その前に閑話をはさみます。