14ないない
♪前回までのあらすじ♪
資料館を出て、アイゼンはソルに襲撃された。
圧倒的な力量差になすすべなく、攻撃を受け入れようとアイゼンは目を閉じた。
きっと大丈夫だと奇妙な高揚感に包まれながら。
真横から迫る風を感じ、ソルが後退したその刹那、ソルとアイゼンの間を風の刃が通り過ぎていく。
横槍が入り、ソルのかかとは落とされなかった。邪魔してきた相手と知り合いなのか、ソルはいらだちを隠さずに悪態をつく。
「やっぱ手前か。まじうぜー」
「それはこっちの台詞だ、ソル」
風の刃が繰り出された方向から現れたのは、ありふれた枯葉色の髪と瞳を宿すトールであった。今日はステッキのかわりに薄日を反射する大鎌をにぎっていた。
遅れてやってきたシアはアイゼンを抱き上げて、安全な場所へ避難させた。
「ここが俺様の直轄地なのは、女のケツ追ってる手前でも知ってんよなあ。ちょっかい出すじゃねぇよ」
「女のケツなんて追ってねぇ! 撤回しろ!」
「へーへー」ソルは耳の穴をほじり、垢が付いた指先に息を吹きかけた。「手前さ、俺様と名前が似てっし、同じヤツ狙ってっし、目の上のたんこぶなわけ。ここで消せたら万々歳だけどさあ、いっちょやってみっか?」
「ばーか。それでどれぐらい経った? 俺はやられないし、名前が気になるなら本名を名乗ればいい」
「くっそ気に入らねぇ犬」
「誰が犬だ。俺の名前はトール=グライラル。この名をおまえは誰よりも知ってるはずだ」
「ケ、難儀な人生だなァ。自力で選び取ったわけじゃねぇくせに。俺様はソル・ファーク・カルリアン。初代陽の名を奪い取った男だ」
トールを排除したいソル。
ソルを何度も退かせたトール。
顔を合わせる度にいがみあい、話は何度も堂々巡り。
あと一つだけ追加するならば、彼らが出会うのは常に戦場――いや、出会った場所が戦場になった。
ローの交渉もむなしくソルは暴れ、止めに入ったトールと衝突した。
ソルの拳は大地をかち割り、トールの大鎌は風とともに木々や街灯をなぎ倒す。町の人々は地震が起きたあたりで屋内に隠れており、アイゼンへのような手助けはなく、二人を邪魔する者はもういない。
なるべく被害を減らすべく、トールはソルを町の外へ誘い出した。
水と自然に恵まれた町は農耕が栄え、町の外には田園風景が続いている。隣の街は目をこらしても見えず、方向感覚を失った途端、途方に暮れてしまうに違いない。
「いいトコだったのに、邪魔しやがって、クソが!」
障害物がなくなり、ソルは一気に距離を詰めた。
彼の強みはしなやかな体躯と長身をいかした打撃戦だ。一撃ごとの間隔も短く、かわされても早く復帰し、攻勢を崩さない。加えて白属性魔法も織り交ぜて、視界を奪ったり爆発を起こしたりしながらトールに打ち付ける。
対してトールは涼しげに大鎌を振るだけであった。大鎌の一閃により、ソルが発動した魔法は全て消え失せた。
「何度やろうと、俺に魔法は通らない」
「うっせぇ、うっせぇな!」
目にもとまらぬソルの連撃も、トールに的確に処理された。どんなに強烈な攻撃も、渾身の一撃だって届かない。熱が入るあまり、拳が淡く光り出す。近距離攻撃が得意な者同士、単純な力比べになってしまうのも仕方なかった。
「ソル。俺と関わりたくなかったら、当分の間……手を引け」
「誰がすっかよ。俺様は誰も屈しねぇぐれぇ強くな(る)んだ。だいたい手前もなんで来たんだ。いっつも問題が起きてから動き出すケツ重が」
「確かに」
トールは自嘲しながら大鎌をステッキへ変化させ、くるくると柄をまわし、もう片手で帽子をつかんだ。
「まあいいぜ、今日はソルに吉報があるんだ」
「はあ? つまんねぇことならぶっとばすぞ」
「聞いて驚くな。新しい真名持ちが目覚めたらしい」
「それはやべぇ! うっへぇ、強いヤツか? 強いんだろうな? 早速バトらねぇとな!」
餌を与えられて興味の対象が移ったため、ソルは戦意を喪失した。小休憩に拳を広げて肩を回す。戦ったばかりだというのにまた一戦交えそうな気迫で、新しい獲物を求めて光のごとくソルは駆けていった。
彼の背中が地平線に消えた頃、シアがトールを迎えに来た。
「ありがとな、シア。あの子はどうだった?」
「眠られました。肉体に異常はないため、じきに目覚めるでしょう」
「そうか。これも因果応報なんだろうな…………」
トールの呟きは従者然としたシアに反応されず、静かに空気に溶けていった。
「ひとまず片付けるか。派手にやらかしたもんな」
壊すのは一瞬でも、再び作り上げるまでには時間がかかるのだ。
無駄に動き回るソルのせいで、場の属性が狂い始めている。増えてしまった白を払いながらトールとシアは町に帰還した。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪
アイゼンは夢を見ていた。
あらゆる時間、あらゆる場所で誰かがひたすらに歌い続ける姿を後ろから眺めている。
ときには捧げるように。
ときには悲嘆に暮れて。
ときには鼓舞しながら。
歌う際の心情によって詩も変化する。同じ歌でも軸となる言葉が変われば、印象もがらりと変わって聴く者の心を震わす。
ある日は一人で。
とある日は大勢で。
またある日は心を預けた仲間とともに。
夢の中でまどろむアイゼンに、歌う誰かさんから数多の詩が流れ込んでくる。
詩の一つ一つにどのような思いがあったのか、”記憶”を受け継がなかったアイゼンにはわからない。
中にはランゼンと一緒に歌ったものもあった。あとはランゼンが無意識に口ずさんでいた歌も。教わらなくても、隣で何度も歌われていたら覚えてしまったのだ。
文字が空中に浮かび上がり、アイゼンの首回りを踊り狂う。やがて首を絞め付けてきて、息苦しさにアイゼンは悲鳴を上げた。
助けを求めて手を伸ばせば、自身と同じように苦しむ少女を見つけた。少女は橙色の髪をおさげにし、髪と同じ色の瞳からさめざめと涙を流している。
――そうか、彼女が記憶を受け継いだのだ。
アイゼンは息苦しいだけ。橙色の彼女は息苦しさに加えて記憶の奔流に耐えている。
負ける気はなかった。呼吸は苦しくても内側からはち切れそうなほどあふれてくる詩を止められず、気付けば歌っていた。
それは橙色の彼女も同じだったらしく、彼女は音を歌に変えた。
詩と音が調和し、一つの歌が完成する。
気持ちのよい旋律に浸っていたら、いつの間にかに息苦しさは止まっていて、初対面であるはずの彼女と笑い合っていた――。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪
『おはようアイゼン』
柔らかな声とともにアイゼンの意識が浮上した。
目を開けて飛び込んできたのは自室としてあてがわれた部屋の天井だった。そのまま視線を横にずらすと誰の姿もなく、あの光の青年からどうにかして逃げられたのだと、ほっと一息ついた。
「…………生きてる?」
『うん。助けが入ってね。黒髪の女性がキミを連れてきてくれたんだよ。後でお礼を言わないとね』
心菜の声に耳を傾けながら、アイゼンは寝返りを打ってシーツをにぎりしめた。
頭を撫でるように滑っていく声が優しくて、またまどろみそうになる。
『もう少し眠ってたら? ボクが見守ってるよ』
「ん……ありがとう」
『ふふん、どういたしまして。穏やかな光に包まれますように』
アイゼンが再び目覚める頃には陽が沈んでいた。
オーロラの温かい夕食で食欲を取り戻し、濡れたタオルで体を拭き、その日は大事をとってベッドに横になった。
やがて気になって、うつ伏せになり、アイゼンは自身の背中から腰までをそっと撫でた。
「痛くない」
壁に激突したはずなのに痛みは全くない。防御魔法を発動する時間はなかったけれども、火事場の馬鹿力で直前に受け止められたのだろうか。
握力も失われておらず、階段の上り下りも一人でできたので、身体に特段おかしいところもない。
終わったことも考えても仕方ないので、アイゼンは枕に頭をうずめて目を閉じた。
声変わり前の少年の子守唄が聞こえる。
お読みくださり、ありがとうございます。
これにて前半部終了です。ある程度書き溜めしてから連載開始予定です。
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