12猛獣ソル
♪前回までのあらすじ♪
地図を探すも、なかなか見つからず……。
アイゼンと心菜が資料探しで引きこもっていた頃、町に一人の青年がやってきていた。
整えられた黄金色の短髪に、前髪は真ん中でわけられて、額には赤い斑点で汚れたバンダナ。同じく首から鎖骨までは灰色のスカーフで覆い隠され、ひらひらと舞う。体格を隠す、ゆったりめな衣類の裾から伸びる鍛え抜かれた手足と、高い背丈は険しい印象を与えた。
「……ヤベェ、おもしれー! ハハハ!」
青年は人目をはばからずに空を仰ぎながら、検問を吹き飛ばした。
強烈な閃光により柵や物見やぐらが崩れ、数人が生き埋めになった。
青年は歯牙にもかけずに町に侵入する。
閃光から逃れた者は至急、要人に伝えようと馬を走らせた。
その速度を追い越して、青年は一足早く中心街に到着した。
噴水の上であぐらをかき、周囲に視線をはりめぐらせる。
露天で売られたりんごを目に留めるやいなや、手に取りかぶりついた。みずみずしい果汁が青年の手と地面を濡らす。次の瞬間には青年の手の中でりんごは霧散していた。
「ハハハハハハ! なんだァ、かくれんぼかァ? い(る)んだろ?」
表情を歪めて、青年は手に残った果肉を舐めながら狂い笑った。
町の人々は青年の視界に入らぬよう、りんごを無銭飲食された店主でさえも隠れて、息を潜めた。
「出てこねぇのか? ギャハハ、ひとつずつ、つぶしてあぶり出してやっよ」
手始めに軽食売りの露店をつぶした。青年の拳が日よけの屋根ごと店を地面にめりこませたのだった。
次は小物売りの露店を。その次は野菜売りを、肉売りを――、最後に占いの館に鉄槌を落とそうとして、青年は震える占い師に尋ねる。
「なあ最近、ソトのヤツがやってきたよなあ? 今、どこにいっか知らねぇか?」
青年の瞳が細くなり、否とは言えない威圧感を出していた。占い師が無言である間に徐々に身を乗り出して、「知らねぇなら占えよ!」と激昂し、占いの台を真っ二つにした。
「けはっ、働き蟻は役立たずだなァ。クハハ、あー…………」
沈黙は楽しいことを考えている合図であった。次の獲物を見つけようと、瞳が爛々(らんらん)に輝いた。
そんなの青年のもとに、一人の老人が近付いた。
「ソル様。お迎えが遅くなり、申し訳ございません。此度はどのようなご用件でしょうか」
「おせーじゃねぇか、ロー。もうちっとでも遅かったら焼け野原にしてたぜ」
ソルという黄金色の髪をもつ青年の前で敬礼した老人は、少し前にアイゼンを案内していた老師であった。
ソルは老師にほほえみかけると、突然腕を振った。風塵が巻き上がり襲いかかるも、すでに老師は安全圏まで下がっていた。
面白くないと不快感を出しつつも、ソルはにぃと口角を上げた。
「なあ、ロー。最近さ、ソトから来ただろ? 紹介しろよ。なあ? 壊してやるからさ」
「来訪者ですか。残念ですが、思いつく方がおりません」
「んなわけねぇだろ。知らねぇ魔力を感じんだよ。でっけぇ二つは奇術師の野郎とすました従者だな。何しに俺様のテリトリーに入ったか、じっくり尋問しなくちゃなあ。……新人は気味わりぃ。混じってるっつーか、こりゃあ見なきゃわからねぇ」
会いたくてやる気に満ちたソルと、物静かに熟考する老師は対照的であった。老師の瞳は揺れておらず、悩んでいる雰囲気ではない。すでに考えは決まっているのか、あるいは策を弄しているのか。
続く沈黙をソルの荒々しい足踏みが破り、大地が揺れた。
「俺様はな、まどろっこしいのは嫌いなんだ。紹介すっか、しねぇか。色よい返事を聞かせてくれよ? なっ? なあ」
「恐れ入りますが、場を整える手間もあり、今すぐのご紹介は適いません」
「ふぅん? 優雅な食事は遠慮するぜ?」
「開けた土地がよろしいでしょう。人払いや土地をならす必要もございますので」
「そうだ、クハハ、わかってるじゃねぇか。拳で語ってお知り合いだ。けっへっへ」
紹介するとは断言せず、紹介にあたって必要な手筈を老師がつらつら述べると、提示された準備期間にソルは「なげぇ」と不満を言いつつも、それで最高の舞台が整うならばと首を縦に振った。
軽い挨拶で町の検問と露店をつぶしてみせたのだ。本気でかかればこの町だけなく農耕地にも影響が出る。民のためにも、町を護る役目が老師にはあった。
「誠にありがとうございます」
「いいぜ、いいぜ。手前との仲だしなァ」
交渉も無事に終わろうとした。
――そこに一人の少女が姿を見せなければ。
お読みくださり、ありがとうございます。