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10灰色の老師ロー

♪前回までのあらすじ♪

心菜にトールとシアについて忠告されたアイゼンは、

帰宅後にオーロラからトールたちが旅人であると知る。

旅人がいるならば他の街はどうなっているのだろうと、

地図を探してみたら見つからず、ムインの職場にお邪魔することになった。

 翌朝、アイゼンは出勤するムインについていった。

 気持ちのよい朝をむかえ、街も起き始める。朝食や仕事の準備でにぎやかな声があふれ、旭日きょくじつの輝きを浴びているとやる気に満ちあふれる気がした。


「あっ……」


 ぼんやりしていたら井戸水を運ぶ女の子にぶつかりそうになり、アイゼンはよろけてしまう。


「気を付けなさい」

「……うん」


 ムインに腕をつかまれて転倒はまぬがれたものの、お礼の言葉はアイゼンの喉に張り付いた。

 隣に並ぶのは気が引けて、アイゼンはムインの斜め後ろを歩く。家族ではなく、親しい仲でもなく、同居する他人だと己をいさめながら。名前の響きが似ているぐらいの偶然は許してほしい。

 そんなアイゼンの心中を知らず、ムインは街の人とすれ違っては積極的に声をかけていった。


「おはようございます。今日もいい天気ですね」

「おはよっす、ムイン様。今日も元気に水をってるぜ」

「それはよかった。貴方が作る野菜はおいしいですからね」

「はっはっは! 収穫できたら一杯どうですかい?」

「いいですね。ぜひご一緒させてください」


 野菜売りのおじさんが離れていくと、今度は配達の少年が小走りで駆け寄ってきた。


「ムインさん。おはようございます!」

「ははは、おはようございます。ぜひ僕の分まで走ってきてくださいね」

「はーい! 朝は新鮮な牛乳から! ムインさんも一本どうですか?」

「これから仕事でね。また後日でいいかな」

「もちろんです。ただあまりにも遅いと、オーロラさんに売りつけちゃいますよ」


 なんてね、と笑い飛ばした少年は手を大きく振りながらどこかへ走り去っていった。

 最後までアイゼンに話は振られなかった。ムインの配慮を心の機微きびうとい彼女でも感じられ、身長さゆえに壁のようなムインの背中を黙ってひっついていった。




 第三者として引いた視点に立つ心菜こころなだけはいびつな空間を感じ取っていた。

 昨日も薄々感じていたが、町の人々はアイゼンに物言いたげな視線を送っている。耳を澄ましていると、ひそひそ話を少しだけ聞き取れた。


「あのがムイン様の――」

「おそらく次の――」

「これで――が――ならば――」


 物騒な言葉が混じっているのに、気付きもしないアイゼンにあきれしまう。故郷ではそんな態度で良かったかもしれないが、この町でまだ誰が敵か味方かわかったものじゃない。

 思えばなぜ王国跡地周辺に人がいたのだろう。ムインは歴史研究者? あるいは考古学者であっただろうか。語り部を喉から手が出るほど欲しているかもしれない。


『ムイン様、ねぇ……』


 アイゼンをつれてきた男、ムイン。

 あの日、ムインが通り過ぎていなかったら、アイゼンは道端みちばたでのたれ死んだだろうか。あるいは別の者が通り過ぎて、今とは違う人生にいざなっただろうか。

 どれもこれも可能性の域を出ない。それこそムインが王国跡地をぎまわっていない限りは。


『子守は続くなあ』


 未来予測がすっかり習慣になってしまった心菜は静かにひとりごちた。




 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪




 アイゼンとムインの間に全く会話がないまま目的地に到着した。

 落ち着いた色合いをした煉瓦れんが作りの建物に表札はなく、初見さんは入りづらい。周りの建物と違って飾り気が一切なく、来訪者を出迎えてくれる観葉植物さえ一つもなかった。良く言えば質素。悪く言えば単調。アイゼンの赤い髪があるだけで空間が華やいだ。


「アイゼンさん、ここで待ってなさい」


 奥に引っ込んでいくムインにそう言われ、アイゼンは玄関口のすみっこに立っていた。

 ロビーには階段といくつもの扉があり、一人で入っていけるような場所ではなかった。要所要所で直立し、視線をめぐらせているのは警備官であろうか。距離が離れているにも関わらず、警備官の一人と目が合ってしまい、アイゼンの肩がび上がった。

 やがて聞き慣れた足音にアイゼンは顔を上げた。

 ムインの背後には穏やかな顔つきをした老人が立っており、失礼だとわかっていながらも意識がそちらに向かってしまった。


「お待たせしました。一人で大丈夫だったかい?」

「ん」


 ムインとのやりとりもそこそこにして、老人と真正面から向き合う。穴が開くほど見つめても老人の表情は崩れない。凝視されても平気なのだろうかとアイゼンは興味をそそられ、ムインが紹介してくれるまで老人の足のつま先から頭のてっぺんまでじろじろ観察していた。


「おや。後ろの彼が気になるのかな。彼はロー老師。僕は今、手があいてなくてね。彼に教えてもらってください」

「ご紹介にあずかりまして、わたくしはローと申します。どうぞよろしくお願いします」

「アイゼン。……よろしく」

「では僕は失礼しますね」


 ムインが奥に消え、アイゼンとロー老師が取り残された。

 自己紹介でアイゼンの言葉数の少なさを見抜いたのか、ロー老師より話を切り出される。


「ムイン様より、この町やその周りについて知りたいと伺っておりますが、よろしいですか」

「ん」

「関係者以外でも開放されている場所がございますので、ご案内します」


 ロー老師の丁寧な会釈えしゃくにアイゼンは首を傾げた。

 来たときと変わらず、アイゼンは数歩後ろを歩く。廊下には絵画や置物が触れられないようケースに入れて飾られていた。説明文も併記されているようだが、歩きながら横目で見る程度では文字まで頭に入らない。動植物や風景ならまだしも、人物画になるとアイゼンにはさっぱりだった。


『とがった耳……ヴィアカ王国の人だ』

「とがった耳?」


 心菜の独り言をアイゼンがオウム返しをしたところ、ロー老師の歩みが止まった。


「とがった耳とはこの絵でしょうか。この耳は千年ほど前に実在したというヴィアカ王国のたみのおしるしですよ。今でもまれに先祖返りでみられます」

「耳なんて見ない」


 鏡がないため指で確かめてみても、アイゼンの耳はゆるいカーブを描いており、とがっていない。


「そうでございましょう。とはいえ外見で人柄も見えるものなのです。色ならば属性を。容姿からは血筋を。アイゼンさんは目を奪われるほど鮮やかな赤色をされておりますね」

「よく言われる」

「ええ。とてもお似合いです」


 似合っていると言われるのは初めてかもしれない。アイゼンは絵画からロー老師の頭部に視線を移した。


「老師は灰色」

「わたくしも年なもので。老化とともに色が薄くなってしまいました」


 黒に白が混ざり、灰色に見せている。髪の色と属性の色が直結するならば、黒髪は黒属性、白髪は白属性となる。不思議な色だとアイゼンはまじまじと見つめてしまう。


「頭部を見つめられると困ります……」

「あ、ごめんなさい」


 アイゼンは弾かれたように我に返った。

 頭部を見つめられたら誰だって不快になる。もうしないと心に誓ったが、元々は何色だったのか彼の頭部から目を離せなかった。





お読みくださり、ありがとうございます。

老師ロー。音にすると「ろーしろー」なので言いにくいと思います。

登場人物が噛まなくてうらやましいです。私なら数回に一回は噛みます。

「ろーし、ろー」と切らずに「ろーしろー」を一つの名前だと思えば案外いけるのでは……?

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