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01決別

 闇夜に無数の光が浮かび上がる。

 生命いのちを模した赤(炎)の魔法と、循環させる緑(風)の魔法が組み合わさり、空に吸い込まれていく。

 こうして魂は天に還られた――。

 昇天する魂を見送りながら、聖歌隊が歌を紡ぐ。その歌は大地を慈しむものであり、世界のどこかにいる誰かへ捧げる。


 およそ千年前、栄華を思うがままにしたのち、人の手にあまる野望を抱いてしまって衰退した国家があった。名はヴィアカ。尖った耳はヴィアカの血を引く証とされ、すでにその血は途絶えたと噂されていた。


 最初で最後になった女王クラウンと、その妹スリーグト。賢王であったというのに、ある日から果てなき力を求め始めた女王は危険視され、臣下と幾度も刃を交えた。修羅となった女王を止めたのは世界の秩序を守る神だとも、反旗はんきひるがえしたスリーグトであったとも伝えられている。

 いずれにせよ物語の主人公は亡国の女王であった。女王を討ち果たさんとした猛者もさの名は一人も残されない。


 人々は歌をしみ込ませながら亡国へ思いをせる。


「「……違う」」


 祭りも最高潮となったとき、二つの声が違和感を唱えた。


「ランゼンも?」

「アイゼンもなのか?」


 うり二つの少女が互いに顔を見合わせ、ほくそ笑む。

 この胸に渦巻く違和感こそ、互いの道をわかつとも知らずに。




 鎮魂祭の片付けが終わると、村には閉塞的な空気が戻る。旧国家を反面教師にし、質素倹約でほそぼそと続いている村には栄華の影も形もない。

 戒めとして他の村々とも関係を断ち、稀に物資のやりとりはあるといえ、村の中でほぼ全てをまかなっている。

 大人たちが忙しく働くかたわらで、二人の少女がテーブルを囲んでいた。村の特産品である毛糸のコースターを指でいじりつつ、一人が口を開く。


「アイゼン」


 名を呼ばれたもう一人の少女は「なに?」と言いたげに首をかしげた。


「もし、わたしがいなくなったらどうする?」


 己とうり二つの顔をした存在の思いがけない一言に、アイゼンと呼びかけられた少女は固まった。視線を落とし、膝の上で両手をぎゅっとにぎるも、問いかける瞳からは逃げられない。


 ――ヴィアカ王国跡地に隠れ住む一族に、真っ赤な髪と瞳を宿し、赤属性の祝福を一身に浴びた双子の少女がいた。

 彼女らの姿形はとても似ており、村人に間違えられないよう髪の結び方をルール付けた。

 ただいざ話してみると受ける印象は全く異なった。


 姉の名はランゼン。髪を結ぶ位置は右。姉として生まれたせいか面倒見がよく、リーダーシップもあり同年代の子供たちに囲まれている。

 妹の名はアイゼン。髪を結ぶ位置は左。寡黙であり、常に姉の後ろに隠れている。話しかけられても首を振るかうなずくしかしない。彼女とコミュニケーションをとるには姉であるランゼンを仲介させなければならなかった。


 とはいえ姉妹の仲はすこぶる良好である。ただ姉は妹の依存具合を気にしていた。

 今回の自立をうながすような言葉も、妹にとっては耳障りでしかない。お気に入りのぬいぐるみを取り上げられたような衝撃に、しばらくアイゼンは黙りこくった。


「アイゼン……今日はどこ行こうか」


 ため息をついたランゼンは、いつも通り言葉をつなげた。続くアイゼンもいつもと同じようにランゼンの行動をなぞった。




 沈黙の長さに比例し、歩く距離も伸びていた。

 村を覆い隠そうと生い茂る森の迷宮にまんまとはまり、二人は気付かぬ間に禁じられていた区域に迷い込んでしまっていた。

 気付くのが遅れたのは清浄な空気のせいであった。身を包む風は優しくて暖かく、身体の奥底から力が沸き上がってくる。

 大人から禁止されたことのほとんどは怖いことであった。そのため恐怖を取り払われるような空間に不用心にも安心しきっていた。


 ふとランゼンが足を止めた。つられてアイゼンも立ち止まる。


 木々や岩に隠された秘境に小さな石碑が埋まっていた。

 地面にただ置かれただけの石碑は砂埃にまみれ、風雨のせいかいびつな形をしている。

 石碑の周囲には大小様々な岩が並べられている。簡素な作りでありながらも神聖さや不可侵さが漂っており、アイゼンは進入をためらって引き返そうと何度もランゼンに告げた。


「危なくないよ。ここが……危ないはずがない」


 アイゼンの制止を無視し、ランゼンは石碑にたどりつく。手で砂埃を振り払い、刻まれている文字を指でなぞってかすかに口を動かす。


「――ここに眠る」


 なぜ墓石が一つ、村はずれにあるのかランゼンは考えた。村の集合墓地から引き離されて、ここに埋葬された理由があるに違いない。つまらない直感だと唾棄だきせず、ランゼンは墓石に刻まれた名をもう一度愛おしそうになぞる。


「シャ……ロ……ン?」


 そうして瞠目どうもくし、やがて目を細めた。


「ああ……そうか。そうだったのか」


 言葉を飲み込み、後ろにいるアイゼンに背を向けてランゼンは祈りを捧げた。手を開いたり握ったりしながら己の綺麗な手――剣や弓を扱うためやや固い――を見つめていると、無意識に涙を流していた。

 

「ランゼン……? どうしたの……? ねぇ、聞こえてる……?」


 動かないランゼンを気遣い、アイゼンが背後からしきりに声をかける。


「なんでもない。帰ろうか」


 帰りを告げるランゼンの顔は気味が悪いくらい晴ればれとしていた。




 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪




 カーン、カーン。

 真夜中、甲高い鐘の音でアイゼンは跳び起きた。隣にいるはずのランゼンの姿はなく、嫌な予感を拭いながら着の身着のまま外に飛び出した。


「あぁ……」


 炎の魔物が村を飲み干さんとしていた。うねる炎が家屋をなめ、住人を追い出した。炎上しているのは向かいの建物だけでなく、視界に写る全てが炎に包まれている。


 アイゼンは無意識に後ずさった。


 不思議なことに焦げ付いた臭いはなく、家屋は崩れず、木々にも引火しなかった。火を使って料理するときはパチパチとはぜる音に肉の焦げる香りがあった。今回はそれがない。その異常さに、これは魔法なのだとアイゼンは察した。


 話し声が聞こえてそちらへ耳を傾けると、村人の大半がアイゼンと同じように燃える建物を呆然と眺めていた。

 赤属性や青(水)属性を持つ村人が消火活動にいそしんでいる。火を操ろうとしても、雨を降らしても踊る炎には全く効かなかった。平凡な魔法では打ち勝てない上位の魔法なのだと、歴然とした力の差を見せつけられた。


 燃える村を見つめて、奪われるのはこんなにも一瞬だったのかとアイゼンの心が揺れる。

 そしてランゼンがいないことを思い出し、恐怖から逃げるように走り出した。

 意外にもランゼンの姿はすぐに見つかった。ほむらの髪と瞳。鏡で見続けた、髪型以外そっくりな顔。加えて少しだけランゼンの方が生き生きとした輝きを放っていた。


 ただ一つだけ、大きく変わってしまったものがあった。


「ランゼン、だよね……?」


 震えながらアイゼンは声を出す。己の分身を見間違えはしないのに、もしかしたら見間違いだったと淡い期待を抱いて。


「まごうことなく」ランゼンは瞳を伏せる。「わたしの名はランゼン。ランフェンゼ・インヴ。よわいとお、属性は赤。わたしは――」


 言いやめて、瞬きをしたランゼン。鋭い眼光は十年よりもさらに長い時間とくぐってきた修羅場の数を想像させた。今まで一緒に野草を探しに行ったり獣をさばいたりした目とは違い、人を寄せ付けない拒絶があった。


「わたしは子供のままではいられない」


 ランゼンは子供の姿を放棄した。彼女の体躯は成長しており、大人になっていた。双子であるのに二人並べば身長差が出る。高さだけでなく、すらりと伸びた手足にやや膨らんだ胸に引き締まった腰。変わらないのは髪の長さぐらいであろうか。寝る前はアイゼンと同じであったのに、一晩で見違えた。

 身体の成長を促す魔法。それが示すものは決別に他ならなかった。


「憎くて仕方がないんだ。この大地があの憎きヴィアカであると思うと反吐が出る。せめて慈悲の火で浄化しよう。を殺した地をわたしは許さない。

 さよなら、アイゼン。もう出会うこともないだろう」


 紺色の夜空と赤い光を背にし、ランゼンはきびすを返した。


「待って! 全部、ランゼンがやったの!?」


 咄嗟に手を伸ばし、アイゼンはランゼンを追いかけた。無論子供の全力疾走も、大人になったランゼンの走りには到底かなわない。だとすれば強攻策だと、ふいに視界に入った弓に手をかける。

 威嚇目的で射出した魔法の矢はランゼンの剣に叩き落とされた。

 やがてランゼンの上空に光の渦が巻き上がり、白色の閃光が剣となって降り注ぐ。


「……やっ、いや、……いやぁっ」


 十年も一緒に過ごした家族による本気の攻撃。アイゼンは咄嗟に頭をかばったものの、つらぬかれる恐怖で全身が震えていた。目を閉じて耐え、再びまぶたを持ち上げたときには、ランゼンの姿はどこにもなかった。


 赤の少女が生み出した白の猛攻は終わりを知らない。

 巻き上がる煙の中で、妹は姉の名を声が枯れるまで叫び続けた。




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