第二十二話:窮地
「ま、魔力柱が……。先祖代々守りし封印が崩れていく……っ」
「神代の魔女が……復活する……ッ」
ディバラさんたちは顔を青く染め、残り四本となった魔力柱をただ呆然と見上げる。
天領芒星は、五本の魔力柱によって構築された封印術式。
たとえ一本でも破綻すれば、その影響はすぐさま残りの四本へも及び、あっという間に封印全体が崩壊してしまう。
「ふはははは! 何やらよくわからぬが、これは僥倖じゃわい!」
イリスが高らかに笑い、彼女を封じ込める結晶に亀裂が走っていく。
(……天蓋をぶち抜いてきた謎の男。彼のことは一旦後回しだな)
今最も優先すべきは、天領芒星の維持!
俺は自分の持ち場についたまま、遥か遠方の魔力柱へ回路を伸ばし――接続。
「――そう簡単には、崩させないよ」
大量の魔力をぶち込むことで、折れた魔力柱を無理矢理に再構築した。
「小僧……っ。お主というやつは、どこまで邪魔をしおるのだ……ッ」
イリスが渋面でこちらを睨み付け、
「この魔力は……救世主様!?」
「魔力柱を強引に補強するとは……なんという神業!」
「ありがとうございます、ありがとうございます……っ」
ラココ族のみなさんは、感謝の言葉を口にする。
(ふぅー……。遠隔+二本目の魔力柱の補強、さすがにかなりキツイな……ッ)
魔力がゴリゴリと削られていく……のはまぁ、この際いいとして……。
他人の構築した術式を丁寧になぞり、その構成や魔術因子を壊さぬよう細心の注意を払いながら、最適出力の魔力をもって補強していく。
この作業が、とにかく『集中力』という精神のリソースを食うのだ。
こんな状態では、どうしても術式の構築が遅くなるうえ、複雑な高位召喚や同時・連続召喚を展開できない。
召喚士の強みである変幻自在の戦闘に、大きな足枷がついてしまった。
とにもかくにも――なんとか盤面を落ち着かせたところで、ようやく招かれざる新手へ目を向ける。
「――お前は『復魔十使』というやつか?」
「『お前』なんて言わないでよ。僕にはちゃんとルル・シャスティフォルって、立派な名前があるんだからさ」
ルル・シャスティフォル。
男にしては少し長い紫色の髪。
身長は150センチほど、外見上の年齢は15歳ぐらいだが……。
背中に生えた翼から判断して『悪魔族』、実年齢は定かじゃない。
前髪で隠れた右目・どこか気だるげな顔・線の細い肉付き、なんとなくダウナーな雰囲気の漂う男だ。
「ルルは復魔十使なのか?」
「うん、そうだけど……。なんで復魔十使のことを知って……んん? 白い髪・大人しい顔・異常な魔力量……もしかして君、アルト・レイス?」
「あぁ、そうだ」
俺がコクリと頷くと同時、ルルはわかりやすく顔を顰めた。
「うわぁ、最悪……っ」
「俺のことを知っているのか?」
「レグルスから聞いた。なんか鬼のように強い召喚士なんだってね……」
「なるほど、あいつ繋がりか……」
(レグルスを呼び捨てにしているということは……ルルは少なくとも、あれと同格かそれ以上の術師と考えるべきだろう。……厄介だな)
(うわぁ、やりたくないやりたくないやりたくない……。さっきの一幕で十分わかるって……アルトの魔力量、これほんとガチでマジでヤバいやつじゃん……。何食べたらこんな風に育つの? 彼、人間でしょ? 主食魔力ですか? それになんかこの場所、大魔王様の天領芒星のせいで、『幻想神域』が使えないっぽいし……。……素の魔術合戦でやったら、多分僕ぶっ殺されるな。………うん、これは無理だ。大人しく逃げよう)
ルルが翼をはためかせ、フワリと空中に浮かび上がった瞬間――イリスが声をあげた。
「そこの『前髪』。お主、この儂に用があるのじゃろう?」
「いや前髪って……これ、僕のお洒落ポイン――」
「煩い。疾く、質問に答えろ。その鬱陶しい長髪、引き千切られたいか?」
「あっ、はい……。一応、神代の魔女様にご用があってお伺いさせていただきました……(何この偉そうな女……怖っ……。僕が一番苦手なタイプ……)」
「ふむ、そうか。いったいなんの用かは知らぬが……。手を貸してやってもよいぞ」
「あーいや、でも……あちらの御方がちょっと怖いので、この場は失礼しようかなぁと……」
「アルトを恐れる気持ちはわかる――が、まぁ聞け。大魔王の天領芒星は、全盛期の儂をもってしても『再現不可能』と断じるほどの大魔術。如何にアレが化物といえど、たった一人で魔力柱を二本も維持したまま、大きな召喚魔術を展開することはできぬ」
「それって……マジの話ですか?」
「儂の真名に懸けて、真実と断言しよう。そもそもの話、封印術式とは『張り直し』が基本であり、『維持・補強』することなぞ滅多にない。他人の術式へ手を加えるのは、膨大な魔力・高度な技量・並外れた集中力を要するからのぅ。ましてやそれが大魔王の構築した術式を補強するともなれば、その難度はまさに天井知らず。たとえどれほど優れた術師であれ、本来の力を出すことなぞ絶対に不可能。儂の見立てでは……アルトは現状、半分の力も出せぬじゃろうな」
……大正解。
さすがは神代の魔女。
封印魔術についても、よくご存じのようだ。
「それじゃ今は――」
「アルトは本来の力を発揮できん。そして――この厄介な封印さえ崩せれば、儂は完全復活を果たし、かつての力を取り戻せる! そうなった暁には、全力のアルト・レイスとも互角以上の戦いができるであろう……! だから、手を貸せ! 周囲の魔力柱をへし折り、この儂を解放するのじゃ! さすれば、前髪の『用』とやらにも協力してやろう!」
「……なるほど(この偉そうな女は、かつて大魔王様とやり合った正真正銘の『化物』……。戦力としては申し分ない。というかこのまま尻尾巻いて逃げたら、絶対みんなに滅茶苦茶怒られる。……うん。今は逃げるより、共闘した方が得策っぽいかも)」
この流れ、マズいな……。
俺はゴホンと咳払いをし、ルルの注意を引く。
「確かお前たちの目論む『大儀式』には、大魔王と所縁のあるものが必要なんだろ? 大魔王が手ずから組み上げた天領芒星は、その最たるものじゃないのか?」
「んー、なんか難しいことはよくわかんないんだけどさ。アイツが言うには、氷極殿の天領芒星はニャココ……だっけ? とにかく、変な部族の魔力がガンガン継ぎ足されちゃっているから、とてもじゃないけど大儀式の礎には使えない。それよりも、神代の魔女の方が大事なんだって」
それは残念。
ということは……『最悪のパターン』か。
「前髪、わかっておるな? 召喚士という生き物は、大抵『奥の手』を隠し持っておるものじゃ。最初はアルトに手を出さず――」
「――周囲の雑魚っぱを叩いて、魔力柱をへし折るんでしょ?」
「よろしい!」
神代の魔女イリスと復魔十使ルル。
一人でも厄介な相手が、互いに手を取り合い――。
「血氷術・銀零氷晶!」
「万象天握」
二人同時に襲い掛かってきた。
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