第十九話:神代の魔女
「――散開!」
ディバラさんが大声を張り上げ、ラココ族の魔術師たちは一斉に移動を開始、それぞれの『持ち場』へ走り出した。
大魔王の封印術式――『天領芒星』。
これは五芒星の術式を描き、五つの角に魔力柱を構築、星の中心にいる敵を封印するというものだ。
今回の戦術目標は、崩壊寸前となった天領芒星の再構築。
これを為すため、俺たちは五芒星の角に――それぞれの持ち場につき、今にも消えてしまいそうな魔力柱を補強していく。
ただしそれには、文字通り『莫大な魔力』が必要だ。
ラココ族の魔術師十人が死力を尽くし、なんとか魔力柱の一本を安定させられるかどうか……といった具合である。
しかも、大魔王の術式ということもあり、その構成は極めて複雑怪奇。
魔力柱の術式構成を解きほぐし、そこへ自身の魔力を流し込んで補強する。
この一連の作業には、魔術への深い理解と潤沢な魔力と大量の時間が必要なのだ。
そしてもちろん――神代の魔女が、これを見逃すわけがない。
「――血氷術・月華晶」
視界の通らぬ銀世界の奥から、鋭い氷の華が次々に殺到する。
「オルグ、炎炎陀羅尼!」
「ヌゥン!」
彼が両手を合わせれば、108の大炎塊が浮かび、迫り来る月華晶を燃やし尽くす。
「その技、下下炎獄の鬼か……。もはや何代目の首領になるのや知らぬが、相も変わらず暑苦しい限りじゃのぅ」
神代の魔女はそう言って、苛立たしげに舌を打つ。
炎獄の鬼とやり合うのは、今回が初めてじゃないらしい。
「さて、と……神代の魔女。そろそろ姿ぐらい、見せてくれてもいいんじゃないか?」
オルグへ大量の魔力を供給し、彼の基礎能力を大きく向上させる。
「ちょっと大きめのを頼む」
「ヨカロウ」
彼の手元の空間が歪み、極大の噴火口が出現。
「――明王崋山!」
凄まじい魔力を内包した炎が、爆発的な勢いで解き放たれ、前方に広がる氷のカーテンを消し飛ばす。
大量の水蒸気が発生し、ようやく視界が開けるとそこには――巨大な結晶に囚われた、美しい女性がいた。
(あれが神代の魔女、か……)
背中まで伸びた、真っ直ぐな蒼い長髪。
身長はおそらく170ほど、外見上の年齢は20代半ばぐらいだろうか。
どこまでも澄み切った群青の瞳・スラッと伸びた細い肢体・均整の取れた美しい顔。
豊かな胸にくびれた腰付き、その完璧なプロポーションには非の打ちどころがなく、誰もが息を呑む絶世の美女だ。
「ふむ、驚いたぞ。まさか『銀海の壁』をこうも容易く突破するとは……見事だ。神代にも、これほどの召喚士はそういなかったぞ。褒めて遣わそう」
「それはどうも」
これはまた、偉そうな魔女様だ。
「儂は神代の昔より、魔術を探求しておるイリスという術師じゃ。そこの召喚士、名乗るがよい」
向こうが先に名乗ってきたのなら、こちらも返すのが最低限の礼儀。
「アルト・レイス」
「……レイス? その名前、どこかで聞いたことが…………ふむ、これも封印の影響か。まだ頭がしゃんとせぬな」
イリスは小さく頭を振った後、素早く周囲に目を向けた。
「なるほどなるほど……儂とタメを張れるのは、アルトぐらいのようじゃな」
彼女は小声で何かを呟いた後、スッとこちらへ右手を伸ばす。
「手を組もう」
「……え?」
「現状、お主さえ邪魔をせねば、儂は今夜にでもこの憎き封印を破壊できる! そうして完全復活を果たした暁には、再び『氷の大帝国』を築き、今度こそ『世界征服』を成し遂げるのじゃ! ――もちろん、優れた召喚士であり、協力者である小僧には、それ相応の地位を用意しよう。どうじゃ、悪い話ではなかろう?」
なんともまぁ馬鹿げた話だけど……好都合だな。
今は一分一秒でも長くイリスの足止めをし、ディバラさんたちが魔力柱を補強する時間を稼ぎたい。
(それにまぁ……考えようによっては、『神代の生き証人』と話せるまたとない機会だ)
時間稼ぎ+情報収集ということで、ちょっと会話に乗るとしよう。
「世界征服、ね。こう言っちゃあれだけど、あんまり最近の流行じゃないぞ?」
「かかっ、馬鹿を言え。いつの時代であれ、天下取りは万人の憧憬じゃろう。そして――あの憎き大魔王が死んだ今、次代の覇者は、この儂の他におるまい!」
随分な自信だが……その前に一つ、引っ掛かることがあった。
「どうして大魔王が死んだと?」
イリスは千年もの間、ずっとこの結晶の中に封印されており、意識が覚醒したのもほんのつい最近。
それが何故、大魔王の死を知っているのだろうか?
「もしもアレが健在だったならば、儂は未来永劫、この中から出られぬ。そもそもの話、こうして目を覚ますことさえないじゃろう。大魔王は、文字通り『魔の王』。その術式は完全にして無欠であり、何千年と経てども朽ちることはない。しかし――現実はこうじゃ!」
彼女は両手を広げ、嘲笑を浮かべる。
「天領芒星は、年々その力を弱めていき、今やもう崩壊寸前! ここから導き出される結論は一つ――あの化物は、死んだのであろう?」
「あぁ、そうだ」
「かかっ、やはりな。――して、誰に殺られた? 主神か? 精霊王か? はたまた忠臣に背を刺されたか?」
「いいや、『伝説の勇者パーティ』によって滅ぼされたんだ」
俺がそう答えた瞬間、
「くっ、かか……かかかかかかかか……ッ! アルト、これはまた面白いことを言うではないか!」
イリスは手を打ち鳴らし、腹の底から大笑いを始めた。
「この儂が断言してやろう! たとえ天地がひっくり返ろうとも、それだけは絶対にあり得ん!」
「どういうことだ?」
「たかだか人間風情が、大魔王を滅ぼした? そんな戯言は、あの化物を直視していないから口にできるのだ! 傲岸不遜なる主神や自意識の権化たる精霊王でさえ、アレと直接矛を交えることだけは避けた。儂を封印した男は、それほどの規格外なのじゃ! 断じて、人間に敗れるほど軟弱ではないわ!」
彼女はそう言って、伝説の勇者パーティの逸話を真っ向から否定した。
(……この感じ、嘘をついているわけじゃなさそうだな)
イリスの言うことが真実だとするならば、俺たちは嘘の歴史を教えられてきたということになる。
しかし、誰がそんなことを?
いったいなんのために?
「――とかく。大魔王の死については、調べてみる必要がありそうじゃ。そもそもの話、アレが負ける姿なぞ、儂には想像すらできぬ。世界を征服した後、ゆるりと『謎』を解き明かすとしよう」
そうして復活後の活動方針を定めた彼女は、思い出したかのようにポンと手を打ち鳴らす。
「――っと、話が横道に逸れてしもうたな。どれ、そろそろ先の返答を聞かせるがよい」
……うん、ここまでかな。
チラリと周囲を見渡せば、既に全員が持ち場につき、魔力柱の補強へ入っていた。
(よしよし、いいぞ)
けっこう面白い話が聞けたし、何より時間がかなり稼げた。
最高の滑り出しを決めたところで、予め用意しておいた回答を口にする。
「悪いけど、イリスとは手を組めないよ。お前のように危険な奴を復活させるわけにはいかないからな」
「では、死ね。血氷術・曝氷聖殿」
彼女もこちらの返答を予想していたのだろう。
なんの躊躇もなく、微塵の容赦もなく、僅かな遠慮もなく、大魔術を行使してきた。
(これはまた、規模のデカい魔術だな)
天より降り注ぐ、数多の巨大な氷片。
「――オルグ、碧羅万焦」
瞬間、太陽の如き灼熱の炎球が膨れ上がり、曝氷聖殿を焦がし尽くす。
「かかっ! その若さで、よき魔力と術を持っておる! 千年ぶりの魔術合戦、楽しませてもらおうではないか!」
こうして俺と神代の魔女イリスとの一騎打ちが、ついに始まったのだった。
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