第十六話:カルナ島
A級昇格クエスト『氷極殿の封印補助』を受注した俺は、本部の一階で待ってくれていたステラに諸々の事情を説明。
彼女が二つ返事で「一緒に行く!」と言ってくれたため、すぐに受付へ向かい、その旨を報告した。
「――委細、承知しました。それでは明日の午前十時、カルナ島中部のデアール神殿へ向かい、魔術協会の特使と合流してください。その後は、カルナ島の原住民と会談の場を持ち、氷極殿の封印補助にお力添えをお願いします。――冒険者様の行く道に幸多からんことを――」
こうしてA級昇格クエストを受注した俺とステラは、本部の近くにある商店へ寄り、しっかりと明日の準備を整えてから解散した。
翌日。
王都で合流した俺たちは、ワイバーンに乗ってカルナ島へ飛んだ。
「す、凄い人混みだなぁ……っ」
サングラスを掛けた、見るからに陽気そうな男性。
華やかな帽子をかぶった、とてもテンションの高い女性。
子どもを連れた、幸せそうな家族。
右を向いても左を向いても、とにかく人・人・人……。
(王都にもたくさんの人がいたけど、ここはまた別格だな……っ)
野菜と家畜の中で育ってきた俺には、ちょっとばかり刺激の強い場所だ。
うっかりしていたら、人酔いしそうになってしまう。
「カルナ島は『常夏のリゾート』! 観光地として、有名な場所だからね。んーっ、お日様がとっても気持ちいいわ!」
ステラは両手をグーッと上へ伸ばし、胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込んだ。
「とりあえず、魔術協会の人と合流しようか?」
「えぇ、そうしましょう」
事前に準備してきた簡単な地図を頼りに、集合場所の『デアール神殿』へ向かう。
「――っと、あそこだな」
「へぇ、綺麗な神殿ねぇ……」
無事に目的地へ到着。
するとそこには、どこかで見たことのある女性がいた。
「もしかして……ルーン、か……?」
神殿の前に立つ美しい銀髪の少女は、冒険者学院時代の旧友ルーン・ファーミだ。
(そう言えば……確かルーンの実家は、カルナ島の北部にあるんだったな)
数年前の記憶を掘り起こしていると――。
「あ、アルトさん……! それからステラさんも、お久しぶりですね」
こちらに気付いた彼女が、小さく手を振りながら駆け寄ってきた
「ルーン、そのフル装備……」
「もしかしてあなたが、魔術協会からの特使なの?」
「はい、その通りです。そして……それを知っているということは、お二人が冒険者ギルドからの助っ人なんですね?」
「あぁ」
「えぇ、そうよ」
お互いが現状を理解し合ったところで、ちょっとした疑問が浮かんできた。
「あれ……。でもルーンって確か、B級冒険者ギルド『翡翠の明星』に所属していたよな?」
それなのに魔術士協会の特使……?
これはいったいどういうことなんだろうか。
「翡翠の明星は、魔術師のみで構成されたとても珍しいギルドでして……。冒険者ギルドと魔術協会――両方の組織に籍を置く人が、けっこう多いんですよ」
「へぇ、そうなのか」
疑問が解消されたところで――ルーンがキラキラと目を輝かせながら、こちらへグッと顔を近付けてきた。
「でも、さすがはアルトさんですね! もう『S級冒険者』になっちゃっていただなんて……凄過ぎです!」
「……え?」
「……え?」
お互いに小首を傾げ合う。
これは……何かがおかしい。
「俺、まだD級冒険者だぞ……?」
その証拠とばかりに、懐からD級冒険者カードを取り出す。
「えっ、あれ……? …………うそ。でもこのクエストは、『S級冒険者専用』の『超々高難易度クエスト』として発注したって、魔術協会の本部長さんが言っていたんですが……」
S級冒険者専用の超々高難易度クエスト、か……。
(ふぅー……あの爺……ッ)
またやった。
またやりやがった。
(くそ、やっぱり俺の目は間違っていなかったんだ……っ)
あのとき――執務室でクエストの詳細を語るマッドさんは、どこか様子がおかしかった。
奥歯に物が挟まったような口ぶり、なんとも煮え切らない態度……。
おそらくは相談役である校長先生から命令され、立場上逆らうこともできず、良心の呵責に苦しんでいたのだろう。
「あの、アルトさん……?」
状況が理解できず、不思議そうなルーンへ、こちらの事情を簡単に説明する。
「な、なるほど……。確かにあの校長先生ならば、やりかねませんね……」
ルーンはどこか呆れた様子で、苦笑いを浮かべる。
「……こういう場合、どうするべきなんだろうな?」
「うーん……そう、ね……。S級専用のクエストは、いくらなんでもちょっと厳しいと思うわ……」
「やっぱり、そうだよな」
俺とステラの意見は、ほとんど一致していた。
S級冒険者専用の超々高難易度クエスト――見えている地雷へ、わざわざ飛び込んでいく必要はない。
「で、でも……! アルトさんなら、なんの問題もありません! というか、これ以上ないぐらい『適任』だと思います! 原住民の方々も、きっと温かく受け入れてくれますよ!」
ルーンが強く断言した後、ステラが唸り声をあげる。
「うーん、カルナ島の原住民って……『ラココ族』よね? 確かあの人たちは、排他的でバリバリの権威主義だったはず……。多分だけど、S級冒険者以外は、受け入れてもらえないんじゃないかしら?」
「そ、それは……その……っ。確かに原住民の方々――ラココ族の人たちは、『冒険者ランク』をかなり気になさるようです……」
「そうなのか」
つまり、俺のようなD級冒険者は、お呼びじゃないというわけだ。
まぁ……S級冒険者を要請して、D級冒険者が派遣されてきたら、誰だって嫌な顔をするだろう。
「そういうことなら、やっぱり一度帰った方がよさそうだな」
「えぇ、それがいいと思うわ」
俺とステラが意見をまとめたところ、意外にもルーンが食い下がってきた。
「あ、あの……っ」
「どうした?」
先ほどから、彼女の顔には焦りのようなものが見える。
「……すみません、もしアルトさんさえよろしければ、このクエストを引き受けていただけませんか?」
「どういうことだ?」
「……これからするお話は、絶対に他言無用でお願いします」
ルーンはそう前置きした後、その重たい口を開いた。
「氷極殿の封印術式は、中心から織られた『五重封印』。おそらくは、世界で最も強固な封印の一つだと思います。ただ……封印対象である『神代の魔女』もまた規格外。彼女は既に覚醒しており、封印を破壊しようと大暴れ……。その結果、第一術式から第三術式までが崩壊。残す第四・第五術式が破られるのも時間の問題です。魔術協会の見立てでは、おそらく明日にも神代の魔女が完全復活を果たし――カルナ島は壊滅します」
「あ、明日って……!?」
「そんな危険な状態なの!?」
「はい……。このままではあまりにも危険と判断した魔術協会は、恥を忍んで、冒険者ギルドに応援を求めました」
あまり詳しいことは知らないけれど、冒険者ギルドと魔術協会が『犬猿の仲』というのは、とても有名な話だ。
「しかし、冒険者ギルドの反応は冷たく……。『S級冒険者はダンジョン攻略に当たっており、彼らを派遣することはできない。それに万が一、手に空きがあったとしても、お前らに貸し出すことは絶対にない』――そんな紙切れが、転送魔術で送られてきたきりでした」
S級冒険者がダンジョン攻略で忙しいというのは、おそらく本当のことだろうけど……最後の挑発的な一文は、完全に余計だ。
「冒険者ギルドも魔術協会も、常に戦力不足で喘いでいるのは同じ……仕方がないといえば、仕方がないことなんですけどね……。そうして完全に八方塞がりになったとき、突如として校長先生が魔術協会へやってきました」
「先生が……?」
「はい。私はたまたまそのとき、協会にいなかったんですが……。『儂の可愛い教え子――ルーンのやつが、えらく困っていると聞いてのぅ。どれ、S級クラスの冒険者を派遣してやろう。アレがいれば、なんの心配もいらぬ』――そう言ってくださったと聞いています」
……なるほどな。
今回の裏には、そういう事情があったのか。
なんというかまぁ……こちらの都合も顧みず、勝手な約束を取り付けてくれたものだ。
「私は自分が生まれ育ったこのカルナ島を――お母さんとの楽しい思い出がいっぱい詰まったこの場所を、どうしても守りたいんです……! だから、どうか……どうかお願いします。アルトさんの持つ『無尽蔵の魔力』を貸してください……っ」
ルーンはそう言って、深く深く頭を下げてきた。
(…………困ったな)
大切な友達からここまで頼み込まれたら、たとえそれがどれだけ難しいことであろうと、断ることなんてできない。
「――わかった。どこまで力になれるかはわからないけど、俺なんかでよければ協力させてくれ」
「あ、ありがとうございます……!」
ルーンは目尻に涙を浮かべながら、俺の両手をギュッと握り締めた。
「それで……ステラはどうする? 今回のクエストは、かなりヤバそうだ。なんだったら、王都へ戻ってくれても構わないぞ」
「私たち三人は、冒険者学院の頃から、ずっと一緒に頑張ってきたトリオ! アルトとルーンが戦うっていうのに、私だけ指を咥えてみているわけにはいかないでしょ?」
「あぁ、そうだな(……レックスもいるんだよなぁ……)」
「ステラさん、ありがとうございます!(あれ、レックスさんは……?)」
完全に存在を忘れられたレックス、彼のことは一旦置いておくとして……とにもかくにも、こうして俺たちは、『氷極殿の封印補助』に臨むことを決めたのだった。
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