第十五話:昇格クエスト
「どうして先生が本部にいらっしゃるのかは知りませんが……。そのあたりも含めて、いろいろとお話しをしませんか?」
「…………うむ、入ってよいぞ」
彼は長い長い沈黙の後、背後に控えている誰かへ声を掛けた。
すると――半開きとなっていた後ろ扉が開き、かなり肥満体型の中年男性がのっそのっそと入ってきた。
冒険者ギルドの制服を着ていることからして、彼はここの職員だろうけど……。
(お、大きい人だなぁ……っ)
身長2メートル越え、体重も多分200キロはあるだろう。
縦にも横にもとにかくデカい。
身を縮こませないと、扉から入って来られないほどの巨体だ。
「ふぅー、暑い暑い……」
彼はハンカチで額の汗を拭いながら、部屋の端で縮こまるラムザさんへ目を向ける。
「どうだラムザ、これでわかっただろう? 見ての通り、アルトくんはとてつもない大魔力の持ち主だ。確か……『冒険者にとって、最も大切な能力は魔力量』、だったかな? 君の持論を借りるのであれば、冒険者アルト・レイスは、A級昇格試験を受けるに足る器だと思うよ?」
「い、いや……しかし……っ」
「ラインハルトの提出した第八次遠征報告書には、ちゃんと目を通したんだろう? 彼がいなければ、あの作戦が成功することはなかった。正直私は、この功績だけでA級へ昇格させてもいいぐらいだと思っている。……まぁさすがにそれは、ギルドの規則上難しいことだけどね」
「……わかり、ました。……失礼させていただきます」
ラムザさんは苦虫を噛み潰したような渋い顔をしながら、足早に執務室を後にする。
「ふー……すまないね。あいつはどうにも古い気質というか、頭の固い人間なんだ」
「いえ、問題ありません」
軽い圧迫面接のようなものは受けたけれど……。
別に直接的な被害があったわけじゃないし、そこまで目くじらを立てるようなことじゃない。
「さて……それじゃ、軽く自己紹介でもしておこうかな。私は冒険者ギルド本部の職員で、人事課長を務めるマッド・ボーンだ。気軽にマッドと呼んでくれ」
「自分はアルト・レイスと申します。よろしくお願いします、マッドさん」
お互いに握手を交わす。
「ところで……どうして校長先生が、ここにいらっしゃるんですか?」
「儂は冒険者ギルドの『相談役』じゃからのぅ。ここには週に何度か、顔を出しておるのだ」
「なるほど」
さっき見た推薦状にも、確かそう書かれていたっけか。
「先生。例の『ちょっとした遠征』の件について、少しお話があるのですが――」
「――さて、アルトよ。お前にはこれより、A級昇格試験を受けてもらう」
やはりというかなんというか……相変わらず、こちらの話を聞いてくれない。
「あの遠征、とても『ちょっとした』で片付くようなものじゃなかったんですが?」
「儂とそこにおるマッドが選定した『とあるクエスト』、これを見事クリアすれば、お前は晴れてA級冒険者となれるのじゃ」
俺も退かず、先生も退かない。
「……」
「……」
互いの視線が、静かにぶつかり合った。
「……先生、そろそろこちらの話も聞いてもらえませんか?」
「儂に話を聞いてもらいたくば、どういう行動を取ればよいのか。しっかりと教えたはずじゃがのぅ……」
彼はその長い髭を揉みながら、挑発的な笑みを浮かべる。
「……いいんですね?」
「無論」
彼がコクリと頷いた瞬間、俺はすぐさま手印を結ぶ。
「――現象召喚・黒王」
刹那、先生の胸部に小さな黒点が浮かぶ。
「ほぅ……!(なんという展開速度か! 一年前より、遥かに速くなっとるのぅ!)」
『黒王』は千年に一度、白霊山の山頂に自然発生する『ブラックホール』。
重力圏は表面1ミリという極小。
しかしその重力はとてつもなく巨大で、ほんのわずかでも触れたが最後、一瞬でぺしゃんこになってしまう。
「――雷閃」
先生は手印・詠唱を省略した術式を高速展開。
まるで雷の如き速度をもって、黒王の重力圏から脱出した。
だけど――甘い!
「雷閃」
俺はまったく同じ術式を即時展開、彼の背後を完璧に取る。
「……うぅむ、よもや儂の後ろを取ろうとは……。本当に、よくぞここまで成長したのぉ……」
「俺の話、聞いてもらえますね?」
「ほっほっほ――甘いわ」
不敵な笑い声が響いた次の瞬間、目の前にいた先生が突如として消滅した。
「これは……分身体!?」
おそらくこの部屋に入る前から分身の術式を発動させ、本体は建物のどこかに隠れたのだろう。
「せ……先生、このやり方はさすがに卑怯ですよ!」
事前に魔術を展開しているだなんて反則だ。
「ほっほっほっ! 試験の詳細は、そこにおるマッドから聞くがよい。では、またどこかで会おうぞ」
どこからともなく響いた彼の声が立ち消え、執務室に静寂が降りる。
(ふぅー……落ち着け……。先生は昔から、ああいう人だった。今度会ったときは、真っ先にそれが本体かどうかをチェックしないとな……)
大きく息を吐き出しながら、次回以降の対策を練っていると――パンパンパンという拍手の音が鳴り響いた。
「いやぁ、凄い魔術合戦だった! あの元S級冒険者――『神速のエルム』と互角以上にわたり合うなんて、さすがはアルトくんだ!」
「い、いえ……。お騒がせして、すみませんでした」
「ははっ、そんなことは気にしないでくれ。あんな超高位の魔術合戦を生で見ることができたんだ。こちらとしては、完全に『棚から牡丹餅』だよ」
彼はそう言って、柔らかく微笑む。
さっきのラムザさんとは違い、とても温厚で優しい人だ。
「さて、立ち話もなんだ。適当に掛けてくれ」
「はい、失礼します」
お互いにソファへ腰を降ろす。
「さて、と……お互いに忙しい身だ。早速、本題へ入ろうか」
マッドさんはゴホンと咳払いをし、真っ直ぐこちらの瞳を見つめた。
「先ほどエルム老師も言っていた通り、アルトくんにはこれからA級昇格試験を受けてもらう。私と老師が二人で選んだ高難易度クエスト、これをクリアすれば、君は全冒険者の憧れ――『A級冒険者』になれるんだ」
「高難易度クエスト、ですか……」
まだまともなD級向けのクエストさえ受けていないのに……。
いきなり高難易度のものを受けるなんて……本当に大丈夫だろうか。
「そんなに心配しなくても平気だよ。何せ、先日アルトくんがこなした『大遠征』――あれは『超高難易度クエスト』として、発注していたものだからね。今回の方が、難易度としては遥かに下。……なんだか、変な話だけどね」
マッドさんはそう言って、陽気に「あはははは」と笑った。
いや……命懸けのこちらとしては、あまり笑える話ではないんだけど……。
あんな適当な人を相談役に置いておいて、冒険者ギルドは本当に大丈夫なんだろうか。
「それでだね。今回、アルトくんに頼みたいのが――このA級クエストだ」
マッドさんは懐から、一枚の依頼書を取り出した。
クエスト名:氷極殿の封印補助
受注資格:魔力指数300万オーバーかつA級以上の冒険者
概要:カルナ島南部に『氷極殿』という特殊な封印施設が存在する。
そこに封じられているのは、神代の魔女・呪われた魔具・強力なモンスターといった、非常に危険度の高いものばかりだ。もし封印物の一つでも流出を許せば、カルナ島は一夜にして崩壊するだろう。
島の原住民たちは、魔術協会と手を結び、長年にわたってこの封印を維持してきた。
しかし、氷極殿の封印術式は年々弱まってきており、このまま放置すれば、おそらく数年以内に破綻してしまう。
そこで冒険者諸君には、カルナ島の原住民および魔術協会より派遣された特使と協力し、封印の補強・修繕を手伝ってやってほしい。
特記事項:氷極殿は大魔王の呪いを受けており、中層~最下層のフロアがダンジョン化している。
ダンジョン内には複数の『A級モンスター』が確認されているため、本クエストを受注する冒険者各位においては、よくよく注意されたし――。
「なる、ほど……。すみません、一つ質問があるのですが、よろしいでしょうか?」
「……っ。あ、あぁ、なんだね?」
マッドさんは何故か一瞬顔を引きつらせ、どこかぎこちない笑みを浮かべた。
「氷極殿の封印なんですが、どうして『張り直し』をせず、わざわざ『補強・修繕』を……?」
封印術式はその特性上、どうしても経年劣化してしまう。
時間の経過による魔力の減耗や封印対象の抵抗など、理由は様々だが……とにかく『定期的な管理』が必要なのだ。
その際、基本的に……というかほぼほぼ100%、封印の張り直しが行われる。
他人の構築した封印術式に手を加えるのは……正直、とても大変だ。
術式にはどうしても術者の個性や特徴――所謂『癖』のようなものが出てしまうため、それに沿った補強・修繕を行うのは、細心の注意を要する。
そんな面倒なことをするぐらいならば、一から封印術式を張り直した方が何倍も効率的かつ無駄がない――というのが、現代における封印の考え方である。
それなのに……今回のクエストには、『封印の補強・修繕を手伝ってほしい』とあった。
これはいったい、どういうことだろうか?
「あぁ、そのことかい……。問題の封印は、最下層のフロアにあってね。なんでもこれは、千年以上も前にとてつもなく強力な魔術師が構築した凄く高度な封印術式らしく……。現代の魔術師では、一から再構築することができないそうだ」
千年以上も前の封印術……。
それはまた、とんでもない話だ。
「カルナ島の原住民と魔術協会は、この封印をなんとか維持するため、毎年大勢の魔術師を掻き集めて、必死に補強・修繕し続けたんだけど……三年前だったかな? 原住民の――凄く魔力の豊富な族長さんが倒れちゃってね。それ以降、封印の維持に必要な魔力が、毎年ちょっとずつ不足してしまい……封印術式が、年々弱くなっているそうだ。そのため今回『魔力量に自信のある冒険者を派遣してほしい』という話が、冒険者ギルドの方へ回ってきたんだよ」
「なるほど……。しかし、それほど強力な封印術式、いったい誰が構築したんですか?」
「えっ、いやそれは……ッ。あ、あー……すまない。ちょっとド忘れしてしまったみたいだ。あはは、いやぁ年は取りたくないものだね」
マッドさんはそう言って、ガシガシと頭を掻いた。
この依頼書を出したあたりから、なんだか彼の様子がおかしいような気がする。
「あの……これって本当にA級冒険者向けのクエストなんですよね?」
「も、もちろんだとも! 正真正銘、A級冒険者向けのものだよ!」
「そう、ですよね……。あはは、すみません。クエストの選定に校長先生がかかわっていると聞いたものですから、ちょっと警戒し過ぎてしまいました。さすがに冒険者ギルドが、冒険者に対して嘘をつくわけありませんよね」
「あ、あぁ! そこのところは、信用してほしいな!」
なんでも人を疑って掛かるのは、とてもよくないことだ。
このあたりは、ちょっと反省しなければいけない。
「あっ。後それから……今回引き受けてもらったクエストなんだけれど、これはパーティで行っても大丈夫だからね」
「えっ、そうなんですか?」
「あぁ。昇格試験というのは、基本的にパーティ単位で向かうものなんだ。アルトくんは確か……B級『魔炎の剣姫』ステラ・グローシアさんと組んでいたよね? 特別な事情がない限り、一緒に行ってもらった方がいいと思うよ」
「そう、ですね……。とりあえずステラと相談してから、ソロで行くのかパーティで行くのかを決めようと思います」
「あぁ、わかった。……アルトくん、健闘を祈っているよ」
「はい、ありがとうございます」
俺はマッドさんに一礼をしてから執務室を後にし、ステラのもとへ向かうのだった。
■
アルトが退室した後、
「よっこらせっと……」
執務室の窓が外側から開けられ、そこからエルムがゆっくりと入ってきた。
「いやぁしかし、一年ほど見ぬ間に、随分と育ったのぅ……。魔術の展開が恐ろしく速いうえ、相も変わらず真似っこが上手い。あの子に雷閃を見せるのは、さっきのが初めてじゃったというのに……一瞬でコピーされてしまったわぃ。そして何より――化物染みた魔力量。魔力だけならば、もはや完全に儂よりも上じゃな」
「そんな御謙遜を……」
「いいや、本当の話じゃ。『幻想』抜きの勝負では、もはやどう足掻いても勝てん……。これでまだ十五歳、末恐ろしい子どもじゃのぉ……ほっほっほっ!」
エルムは鬚を揉みながら、満足気に笑う。
「しかし老師……本当によろしかったのでしょうか?」
「何がじゃ?」
「ご指示の通り、『S級冒険者専用』の『超々高難易度クエスト』、その内容を少し……いえ、かなりマイルドに書き換えて紹介しておきましたが……。やはり危険過ぎるのでは……?」
「そりゃ危険じゃろう。このクエストは本来、S級が行くレベルのものじゃからな」
エルムはそう述べた後、自信満々に断言する。
「しかし、アルトならば問題あるまい。あやつの才能は、どこまでも底が見えん。追い込めば追い込むほど、無尽蔵の魔力が湧き上がってきおる! あれは間違いなく、次代の『器』……! 果たしてどこまで強くなるのか、本当に楽しみじゃわい……!」」
※とても大事なおはなし!
『面白いかも!』
『続きを読みたい!』
『陰ながら応援してるよ!』
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今後も『毎日更新』を続けていく『大きな励み』になりますので、どうか何卒よろしくお願いいたします……っ。
明日も頑張って更新します……!(今も死ぬ気で書いてます……っ!)
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