第十四話:A級昇格試験
「――え、A級昇格試験!?」
王都でステラと合流し、家に届いた書類を見せると、彼女は目を丸くして驚いた。
「で、でもアルトって、この前登録を済ませたばかりだから……まだD級冒険者よね? それなのにいったいどうして……?」
「それが俺にもよくわからないんだ」
D級→C級→B級→A級。
三階級も上の昇格試験なんて無茶苦茶だ。
「D級からB級への飛び級は、かなり昔にあったそうだけど……。D級からA級なんて馬鹿げた話、これまで聞いたことがないわ」
ステラはどこか呆れた様子で、ポツリと呟いた。
一般的に、D級からC級への昇格に五年、C級からB級への昇格に追加で十年掛かるとされている。
そしてB級からA級への昇格は……そもそも現実的な話じゃない。
A級の絶対数は非常に少なく、ギルドの公式発表によれば、冒険者全体の1%未満。
生涯A級に成れない人の方が圧倒的に多いのだ。
全冒険者の尊敬と羨望を一身に集めるA級、そこへ至るチャンスが、何故か手元に転がり落ちてきた。
(……やっぱり妙な話だよなぁ)
今回の昇格試験、なんとなく『ナニカの裏』を感じてしまう……。
「多分だけど、伏魔殿ダラスでの活躍が、大きく評価されたんでしょうね」
「まぁ考えられる可能性としたら、それぐらいしかないよな」
俺はまだ、冒険者として一度もクエストを受けていない。
実績らしい実績と言えば、あの大遠征に参加したぐらいのものだ。
「パーティメンバーの大躍進。とっても嬉しいんだけれど……。正直なところ、ちょっとだけ複雑な気持ちだわ……」
ステラはなんとも言えない表情で、小さなため息をこぼす。
「私はほとんど丸一年掛けて、本当に死に物狂いで頑張って、『歴代最速』でB級冒険者に上り詰めた。アルトはその記録を一瞬で追い抜いて、『史上最速のA級』……。同じ冒険者として、やっぱりちょっと嫉妬しちゃうな……」
「い、いやいや、昇級試験の案内が届いただけで、何もまだ合格したわけじゃないからな? というかそもそもの話、これ自体が何かの手違いかもしれない」
冒険者ギルドのミスで、うっかり間違えた書類を送ってしまった。
そんな可能性も十分に考えられる。
「まぁ……アルトがいつも無茶苦茶なのは、冒険者学院時代からずっとそうだしね。こんなことで落ち込んでいたら、あなたの隣には立てないわ!」
ステラは両の手で頬をパシンと叩き、自分の中で整理を付けた。
「それで? アルトはこの話、どうするつもりなの?」
「そう、だな……。とりあえず、一度本部に行って、詳しい話を聞いてみようと思う」
確かに胡散臭さはあるけれど……。
『A級冒険者になれるかもしれない』という話は、あまりにも魅力的過ぎる。
「怪しい」と断じて突っぱねるのではなく、せめて話だけでも聞きに行くべきだろう。
「うん、私もそれがいいと思うわ。だって、A級冒険者になれば――」
「――あぁ、住宅ローンが組めるようになる」
「…………え?」
A級冒険者ともなれば、社会的信用が段違いだ。
なんと銀行で、住宅ローンが組めるようになる。
そのうえ『冒険者保険』への加入料もグッと安くなる。
今後のことも考えて、「成れるものなら成っておきたい」というのが偽らざる本音だ。
「……そう言えばアルトって、昔から妙に安定志向が強かったわね……」
その後、俺はステラと一緒に冒険者ギルドの本部へ向かう。
道中、まだ彼女に伝えていなかった、この先の予定を思い出した。
「そう言えば俺、そろそろ引っ越ししようと思っているんだ」
「引っ越し?」
「あぁ。実家から王都への往復は、地味に大変だからな。近々、王都へ引っ越すつもりだ」
「アルトが近くに来てくれるのは、とっても嬉しいんだけれど……。なんというか、その……お金とか、大丈夫なの……? 王都の物件って、どこも滅茶苦茶高いわよ?」
「そのことなら心配無用。ちょっと前に『いい物件』を見つけてさ。実はもう契約しているんだ。えっと……これだ」
懐からチラシを取り出し、ステラに見せてあげる。
「へぇ、どれどれ……うっそ!? この立地、この条件で三万ゴルド!?」
「あぁ、いいところだろう?」
王都中央通りの真裏という一等地。
三人暮らしタイプの一戸建。
それでいて家賃は、わずか三万ゴルド。周辺の平均賃料の十分の一以下という破格の値段だ。
「……アルト、この物件って本当に大丈夫なの? もしかして、不動産屋の人に騙されてない?」
「あはは、ステラは心配性だな。全然まったく問題ないよ」
そう。
なんと言ってもこの物件は、俺がちゃんと自分の足を使って、頑張って探し出したものなのだ。
今からちょうど二日前――冒険者活動を休止しているとき、一度だけ王都へ足を運んだことがあった。
怨霊召喚で地縛神メルフを呼び出し、二人で一緒に王都の街中を練り歩くこと数時間。
「あ、あった……!」
「メ゛ル゛ゥ゛!」
ようやくお目当てのブツを――強力な怨霊の住み着いた、『超ド級の事故物件』を見つけた。
怨霊は人間の負の感情が集まるところでよく生まれる。
この国で一番の人口を抱える王都ならば、絶対にあると思っていた。
(よしよし、いいぞ! あのレベルの怨霊がついていたら、間違いなくあそこに人は住めない!)
すぐに近くの不動産屋へ駆け込み、物件の情報を見せてもらった。
(す、凄い……! これは大当たりだ!)
破格の家賃・充実の設備・最高の立地。
俺はその場で契約を決意した。
お店の人からは、「たまに奇妙なことが起こりますが、気にしないでください」と説明を受けたが……あのクラスの怨霊が居付いていたら、『奇妙なこと』では済まないと思う。
まぁなんにせよ、無事に契約を取り交わした俺は、すぐに現地へ赴き――戦闘開始。
家に取り憑いた怨霊は、思っていたよりも少し手強かったが……。
怨霊・偶像・伝承召喚を組み合わせることで、しっかりと倒し切った。
昨日の敵は今日の友。
その怨霊――ジュレムとは召喚契約を交わし、今ではもう大切な召喚獣の一人だ。
(ただまぁ……この話は、黙っていた方がよさそうだな)
ステラはこういう『怖い話』が大の苦手なので、ここが超ド級の事故物件であることは伏せておく。
「まぁアルトが大丈夫って言うのなら、きっと問題ないんでしょうね。しかしそれにしても、うちの近くにアルトが引っ越してくるのかぁ……。(ぃやったー! これでごはん作りに行ったりとか、ついでにお掃除してあげたりとか、その流れでお泊りなんかしちゃったりして……。えへへ、なんだかまるで通い妻みたい……)」
「ステラ? おーい、大丈夫か?」
何故か凄くニヤケ顔になった彼女を連れて、大通りを歩くことしばし――ようやく本部へ到着。
受付の人へ、昇格試験の書類を手渡した。
「――アルト・レイス様ですね。お待ちしておりました。それではこの後、ちょっとした『適性確認』として、簡単な面接を受けていただきます。五分ほどで終わりますので、三階の執務室までどうぞ。中では担当面接官のラムザが仕事をしておりますので、そのまま入っていただいて構いません」
「わ、わかりました」
A級昇格試験の話は、ギルドの手違いなどではなかったらしい。
(というか、いきなり面接か……)
まぁ五分程度の簡単なものだって言ってたし、なんとかなる……と思う。
「それじゃ、ちょっと行ってくるよ」
「うん、頑張ってね! アルトなら、絶対に大丈夫よ!」
「あぁ、ありがとう」
ステラと一時的に別れ、三階の執務室へ向かう。
「……っと、ここだな」
確か面接官のラムザさんは、もう中にいるんだったよな?
軽く身だしなみを整え、コホンと咳払いをしてから、扉をノックする。
「――入れ」
「失礼します」
部屋に入るとそこには、強面の男性が書類仕事に精を出していた。
「……誰だ?」
「D級冒険者のアルト・レイスです。A級冒険者の昇格試験を受ける際、適性確認が必要とのことで、お伺いしました。本日は、よろしくお願いします」
「……あぁ……。面接官のラムザ・メリケンだ」
ラムザさんは葉巻を揺すりながらソファに腰を下ろし、机の上に置かれたクルミを二つ手に取った。
ラムザ・メリケン。
身長は190センチほど、年齢は50代半ばぐらいだろうか。
短く切り揃えられた白髪・左目に走る古い傷痕・吊り上がった太い眉――かなり強面に分類される顔だ。
「ふぅー……。まぁ、座れ」
「失礼します」
手前のソファにゆっくりと座る。
「なるほど……お前が例のアルト・レイスか」
ラムザさんは鋭い三白眼を光らせ、ギロリとこちらを睨み付けてきた。
(……あれ? もしかしなくても俺、嫌われていないか?)
彼の瞳や言葉の端々から、ひしひしと敵意を感じる。
何故かわからないけれど、第一印象はかなり悪くなってしまったようだ。
「なぁ、俺の好きな言葉を教えてやろうか?」
「は、はい」
「それはな――『年功序列』、だ」
「なる、ほど……」
うわぁ……いきなり凄い圧を掛けてきたぞ。
ちょっとだけ、苦手なタイプかもしれない。
「それで……何をやった?」
「えっと、どういう意味でしょうか?」
質問の意図がわかりかねる。
「アルトのような『ド底辺のD級冒険者』が、A級昇格試験を受けるなど馬鹿げた話だ。いったいどうやって、A級冒険者の推薦を集めた? 何か汚い手を使ったんだろう。えぇ?」
「い、いえ! 自分は決してそのようなことはしていません!」
「はっ、口ではなんとでも言える」
ラムザさんは嘲笑を浮かべ、葉巻の煙を胸いっぱいに吸い込む。
「どうせこの『推薦状』も、金で買った薄汚いものだろう?」
彼はそう言って、懐から取り出した書状を机の上にバサッと放り投げた。
「それ……ちょっと拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」
「……? 好きにしろ」
「ありがとうございます」
机に散らばった書状を拾い集め、そこに書かれた名前を確認していく。
A級冒険者ラインハルト・オルーグ。
A級冒険者ウルフィン・バロリオ。
A級冒険者ティルト・ペーニャ。
元A級冒険者ドワイト・ダンベル。
元S級冒険者・冒険者ギルド相談役・冒険者学院校長エルム・トリゲラス。
(……なるほど……)
今回、俺をA級冒険者に推薦したのは、主にA級ギルド『銀牢』のみなさんだったらしい。
ちょっとびっくりしたけれど、おそらくよかれと思ってやってくれたのだろう。
(というか……あのウルフィンさんが、推薦してくれるなんて……ちょっと意外だな)
なんだか微妙に嬉しかった。
(それから……今回もまた、校長先生が一枚噛んでるのか……)
そろそろあの人とは、真剣にお話しする必要がありそうだ。
俺が手元の推薦状を見つめていると、ラムザさんから声が掛かった。
「聞けばお前……アブーラやシャルティ、バロックたちと繋がりを持っているそうだな?」
「『繋がり』と言っていいのかわかりませんが……。一応、仲良くさせていただいています」
「どうしてただのD級冒険者が、財政界の大物たちとパイプを持っているんだ? 常識的に考えておかしいだろう。お前……どこぞの王族や大富豪の隠し子なのか?」
「いえ。うちは先祖代々、農業に従事しておりまして――」
「――ふざけたことを抜かすのも、いい加減にしろ!」
ラムザさんは突然声を荒げ、手元で弄んでいたクルミを握り潰した。
(……クルミ、もったいないなぁ……)
アレ、お店で買ったらけっこう高いのに。
「ほぉ……一応、腐ってもD級冒険者ってわけか。俺の殺気を受けても眉一つ動かさねぇとは……肝っ玉だけは据わっているらしい」
彼は葉巻をそっと灰皿に起き、その怖い顔をグッとこちらへ寄せる。
「冒険者にとって最も大切な能力が何か……わかるか?」
「相手の力を推し量る目、でしょうか?」
冒険者学院で学んでいた頃、耳にタコができるぐらい聞いた『基本中の基本』を即答する。
自分と相手の実力差を瞬時に見極め、戦闘・撤退の判断を迅速かつ適格に下す。
これこそが冒険者にとっての基本であり、また極意でもある――と、校長先生が口癖のように言っていた。
するとラムザさんは、その答えを鼻で嗤う。
「はっ、それは弱者の回答だな。冒険者にとって、最も大切な能力――それは『魔力量』だ」
彼は大きく両手を広げ、朗々と自論を語る。
「魔力の籠ってねぇ高位魔術は、大魔力の籠められた低位魔術に劣る。結局のところ、この世で一番強いのは、一番魔力を持った奴なんだ」
ラムザさんはソファから立ち上がり、奥の机からとある魔具を引っ張り出してきた。
握力計に似たあの魔具は……多分『魔力測定器』だ。
冒険者学院に通っていた頃、何度か授業で使ったことがある。
「さぁ、こいつで自分の魔力量を測ってみろ。もしもお前が100万以上の指数を叩き出せたならば、『A級冒険者の適性あり』と認めてやろう」
……いろいろと言いたいことはあるけれど……。
とりあえず、一番気になったことを聞いてみる。
「あの、これ……旧式の測定器のようなんですが……大丈夫でしょうか?」
「なんだ。最新式でなければ、正確な魔力量が測れないとでも言いたげだな?」
「えっと、はい……おそらく……」
「馬鹿が! こいつは、S級冒険者の魔力量さえ測定できる優れモノだぞ? まさか自分が、S級以上の魔力量を誇るとでも言いてぇのか? えぇ? 己惚れるのも大概にしろ!」
彼は口汚い言葉を発しながら、荒々しく机を蹴り上げた。
「くだらねぇことばかり言ってないで、いいからさっさと測れ! 一応忠告しておくが……測定機に細工を加えたり、魔術を使った不正行為をすれば、この場でぶち殺してやるからな?」
……多分、俺がここで何を言っても、全て頭ごなしに否定されてしまうだろう。
「ふぅ……わかりました。それでは――」
俺は仕方なく測定器を握り、そこへ自分の魔力を込めていく。
「……ほぅ、ちょっとはまとも……な、中々やるじゃ……。……こ、こいつ……ッ!?」
魔力測定器の指数は、『3000万』を超えたところでついに――弾け飛んでしまった。
「あー……」
やっぱりこうなってしまったか。
冒険者学院の頃も、よくこの魔具を壊してしまったっけか……。
「ラムザさん、やはり壊れてしま――ラムザさん……?」
「ひ、ひぃいいいいいいいい……っ」
彼は部屋の隅っこへ移動し、カタカタとその場で震えていた。
「あ、あの……ラムザさん?」
「く、来るな! 化物! この俺に近付くなぁああああ!」
顔を真っ青に染めた彼は、必死になって両手を振るい、小動物のように全身の毛を逆立てた。
「え、えー……っ」
俺がどうしたものかと困っていると――。
「ほほっ。アルトよ、弱者を虐めるのもそのあたりにしておいてやれ」
執務室の扉がガチャリと開き、そこから顔を出したのは――冒険者学院の校長先生エルム・トリゲラスだ。
「こ、校長先生! ――これはこれは、お元気そうで何よりです」
本当にいいタイミングで来てくれた。
先生には、いろいろと聞かなければならないことが、たくさんあるのだ。
「……うむ(アルトのやつ……さすがに少し怒っておるのぅ。…………怖っ)」
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