表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/30

第十四話:A級昇格試験


「――え、A級昇格試験!?」


 王都でステラと合流し、家に届いた書類を見せると、彼女は目を丸くして驚いた。


「で、でもアルトって、この前登録を済ませたばかりだから……まだD級冒険者よね? それなのにいったいどうして……?」


「それが俺にもよくわからないんだ」


 D級→C級→B級→A級。

 三階級も上の昇格試験なんて無茶苦茶だ。


「D級からB級への飛び級は、かなり昔にあったそうだけど……。D級からA級なんて馬鹿げた話、これまで聞いたことがないわ」


 ステラはどこか呆れた様子で、ポツリと呟いた。


 一般的に、D級からC級への昇格に五年、C級からB級への昇格に追加で十年掛かるとされている。

 そしてB級からA級への昇格は……そもそも現実的な話じゃない。

 A級の絶対数は非常に少なく、ギルドの公式発表によれば、冒険者全体の1%未満。

 生涯A級に成れない人の方が圧倒的に多いのだ。


 全冒険者の尊敬と羨望(せんぼう)を一身に集めるA級、そこへ至るチャンスが、何故か手元に転がり落ちてきた。


(……やっぱり妙な話だよなぁ)


 今回の昇格試験、なんとなく『ナニカの裏』を感じてしまう……。


「多分だけど、伏魔殿(ふくまでん)ダラスでの活躍が、大きく評価されたんでしょうね」


「まぁ考えられる可能性としたら、それぐらいしかないよな」


 俺はまだ、冒険者として一度もクエストを受けていない。

 実績らしい実績と言えば、あの大遠征に参加したぐらいのものだ。


「パーティメンバーの大躍進。とっても嬉しいんだけれど……。正直なところ、ちょっとだけ複雑な気持ちだわ……」


 ステラはなんとも言えない表情で、小さなため息をこぼす。


「私はほとんど丸一年掛けて、本当に死に物狂いで頑張って、『歴代最速』でB級冒険者に上り詰めた。アルトはその記録を一瞬で追い抜いて、『史上最速のA級』……。同じ冒険者として、やっぱりちょっと嫉妬しちゃうな……」


「い、いやいや、昇級試験の案内が届いただけで、何もまだ合格したわけじゃないからな? というかそもそもの話、これ自体が何かの手違いかもしれない」


 冒険者ギルドのミスで、うっかり間違えた書類を送ってしまった。

 そんな可能性も十分に考えられる。


「まぁ……アルトがいつも無茶苦茶なのは、冒険者学院時代からずっとそうだしね。こんなことで落ち込んでいたら、あなたの隣には立てないわ!」


 ステラは両の手で頬をパシンと叩き、自分の中で整理を付けた。


「それで? アルトはこの話、どうするつもりなの?」


「そう、だな……。とりあえず、一度本部に行って、詳しい話を聞いてみようと思う」


 確かに胡散臭さはあるけれど……。


『A級冒険者になれるかもしれない』という話は、あまりにも魅力的過ぎる。

「怪しい」と断じて突っぱねるのではなく、せめて話だけでも聞きに行くべきだろう。


「うん、私もそれがいいと思うわ。だって、A級冒険者になれば――」


「――あぁ、住宅ローンが組めるようになる」


「…………え?」


 A級冒険者ともなれば、社会的信用が段違いだ。

 なんと銀行で、住宅ローンが組めるようになる。

 そのうえ『冒険者保険』への加入料もグッと安くなる。


 今後のことも考えて、「成れるものなら成っておきたい」というのが(いつわ)らざる本音だ。


「……そう言えばアルトって、昔から妙に安定志向が強かったわね……」


 その後、俺はステラと一緒に冒険者ギルドの本部へ向かう。


 道中、まだ彼女に伝えていなかった、この先の予定を思い出した。


「そう言えば俺、そろそろ引っ越ししようと思っているんだ」


「引っ越し?」


「あぁ。実家から王都への往復は、地味に大変だからな。近々、王都へ引っ越すつもりだ」


「アルトが近くに来てくれるのは、とっても嬉しいんだけれど……。なんというか、その……お金とか、大丈夫なの……? 王都の物件って、どこも滅茶苦茶高いわよ?」


「そのことなら心配無用。ちょっと前に『いい物件』を見つけてさ。実はもう契約しているんだ。えっと……これだ」


 懐からチラシを取り出し、ステラに見せてあげる。


「へぇ、どれどれ……うっそ!? この立地、この条件で三万ゴルド!?」


「あぁ、いいところだろう?」


 王都中央通りの真裏という一等地。

 三人暮らしタイプの一戸建(いっこだて)

 それでいて家賃は、わずか三万ゴルド。周辺の平均賃料の十分の一以下という破格の値段だ。


「……アルト、この物件って本当に大丈夫なの? もしかして、不動産屋の人に騙されてない?」


「あはは、ステラは心配性だな。全然まったく問題ないよ」


 そう。

 なんと言ってもこの物件は、俺がちゃんと自分の足を使って、頑張って探し出したものなのだ。


 今からちょうど二日前――冒険者活動を休止しているとき、一度だけ王都へ足を運んだことがあった。


 怨霊(おんりょう)召喚で地縛神(じばくしん)メルフを呼び出し、二人で一緒に王都の街中を練り歩くこと数時間。


「あ、あった……!」


「メ゛ル゛ゥ゛!」


 ようやくお目当てのブツを――強力な怨霊の住み着いた、『超ド級の事故物件』を見つけた。


 怨霊は人間の負の感情が集まるところでよく生まれる。

 この国で一番の人口を抱える王都ならば、絶対にあると思っていた。


(よしよし、いいぞ! あのレベルの怨霊がついていたら、間違いなくあそこに人は住めない!)


 すぐに近くの不動産屋へ駆け込み、物件の情報を見せてもらった。


(す、凄い……! これは大当たりだ!)


 破格の家賃・充実の設備・最高の立地。

 俺はその場で契約を決意した。


 お店の人からは、「たまに奇妙なことが起こりますが、気にしないでください」と説明を受けたが……あのクラスの怨霊が居付いていたら、『奇妙なこと』では済まないと思う。


 まぁなんにせよ、無事に契約を取り交わした俺は、すぐに現地へ(おもむ)き――戦闘開始。


 家に取り()いた怨霊は、思っていたよりも少し手強かったが……。

 怨霊・偶像・伝承召喚を組み合わせることで、しっかりと倒し切った。


 昨日の敵は今日の友。


 その怨霊――ジュレムとは召喚契約を交わし、今ではもう大切な召喚獣(なかま)の一人だ。


(ただまぁ……この話は、黙っていた方がよさそうだな)


 ステラはこういう『怖い話』が大の苦手なので、ここが超ド級の事故物件であることは伏せておく。


「まぁアルトが大丈夫って言うのなら、きっと問題ないんでしょうね。しかしそれにしても、うちの近くにアルトが引っ越してくるのかぁ……。(ぃやったー! これでごはん作りに行ったりとか、ついでにお掃除してあげたりとか、その流れでお泊りなんかしちゃったりして……。えへへ、なんだかまるで通い妻みたい……)」


「ステラ? おーい、大丈夫か?」


 何故か凄くニヤケ顔になった彼女を連れて、大通りを歩くことしばし――ようやく本部へ到着。

 受付の人へ、昇格試験の書類を手渡した。


「――アルト・レイス様ですね。お待ちしておりました。それではこの後、ちょっとした『適性確認』として、簡単な面接を受けていただきます。五分ほどで終わりますので、三階の執務室までどうぞ。中では担当面接官のラムザが仕事をしておりますので、そのまま入っていただいて構いません」


「わ、わかりました」


 A級昇格試験の話は、ギルドの手違いなどではなかったらしい。


(というか、いきなり面接か……)


 まぁ五分程度の簡単なものだって言ってたし、なんとかなる……と思う。


「それじゃ、ちょっと行ってくるよ」


「うん、頑張ってね! アルトなら、絶対に大丈夫よ!」


「あぁ、ありがとう」


 ステラと一時的に別れ、三階の執務室へ向かう。


「……っと、ここだな」


 確か面接官のラムザさんは、もう中にいるんだったよな?


 軽く身だしなみを整え、コホンと咳払いをしてから、扉をノックする。


「――入れ」


「失礼します」


 部屋に入るとそこには、強面(こわもて)の男性が書類仕事に精を出していた。


「……誰だ?」


「D級冒険者のアルト・レイスです。A級冒険者の昇格試験を受ける際、適性確認が必要とのことで、お伺いしました。本日は、よろしくお願いします」


「……あぁ……。面接官のラムザ・メリケンだ」


 ラムザさんは葉巻を揺すりながらソファに腰を下ろし、机の上に置かれたクルミを二つ手に取った。


 ラムザ・メリケン。 


 身長は190センチほど、年齢は50代半ばぐらいだろうか。

 短く切り揃えられた白髪・左目に走る古い傷痕・吊り上がった太い眉――かなり強面(こわもて)に分類される顔だ。


「ふぅー……。まぁ、座れ」


「失礼します」


 手前のソファにゆっくりと座る。


「なるほど……お前が例の(・・)アルト・レイスか」


 ラムザさんは鋭い三白眼を光らせ、ギロリとこちらを睨み付けてきた。


(……あれ? もしかしなくても俺、嫌われていないか?)


 彼の瞳や言葉の端々から、ひしひしと敵意を感じる。

 何故かわからないけれど、第一印象はかなり悪くなってしまったようだ。


「なぁ、俺の好きな言葉を教えてやろうか?」


「は、はい」


「それはな――『年功序列』、だ」


「なる、ほど……」


 うわぁ……いきなり凄い圧を掛けてきたぞ。

 ちょっとだけ、苦手なタイプかもしれない。


「それで……何をやった?」


「えっと、どういう意味でしょうか?」


 質問の意図がわかりかねる。


「アルトのような『ド底辺のD級冒険者』が、A級昇格試験を受けるなど馬鹿げた話だ。いったいどうやって、A級冒険者の推薦を集めた? 何か汚い手を使ったんだろう。えぇ?」


「い、いえ! 自分は決してそのようなことはしていません!」


「はっ、口ではなんとでも言える」


 ラムザさんは嘲笑を浮かべ、葉巻の煙を胸いっぱいに吸い込む。


「どうせこの『推薦状』も、金で買った薄汚いものだろう?」


 彼はそう言って、懐から取り出した書状を机の上にバサッと放り投げた。


「それ……ちょっと拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」


「……? 好きにしろ」


「ありがとうございます」


 机に散らばった書状を拾い集め、そこに書かれた名前を確認していく。


 A級冒険者ラインハルト・オルーグ。

 A級冒険者ウルフィン・バロリオ。

 A級冒険者ティルト・ペーニャ。

 元A級冒険者ドワイト・ダンベル。

 元S級冒険者・冒険者ギルド相談役・冒険者学院校長エルム・トリゲラス。


(……なるほど……)


 今回、俺をA級冒険者に推薦したのは、主にA級ギルド『銀牢』のみなさんだったらしい。

 ちょっとびっくりしたけれど、おそらくよかれと思ってやってくれたのだろう。


(というか……あのウルフィンさんが、推薦してくれるなんて……ちょっと意外だな)


 なんだか微妙に嬉しかった。


(それから……今回もまた、校長先生が一枚噛んでるのか……)


 そろそろあの人とは、真剣にお話しする必要がありそうだ。


 俺が手元の推薦状を見つめていると、ラムザさんから声が掛かった。


「聞けばお前……アブーラやシャルティ、バロックたちと繋がりを持っているそうだな?」


「『繋がり』と言っていいのかわかりませんが……。一応、仲良くさせていただいています」


「どうしてただのD級冒険者が、財政界の大物たちとパイプを持っているんだ? 常識的に考えておかしいだろう。お前……どこぞの王族や大富豪の隠し子なのか?」


「いえ。うちは先祖代々、農業に従事しておりまして――」


「――ふざけたことを抜かすのも、いい加減にしろ!」


 ラムザさんは突然声を荒げ、手元で(もてあそ)んでいたクルミを握り潰した。


(……クルミ、もったいないなぁ……)


 アレ、お店で買ったらけっこう高いのに。


「ほぉ……一応、腐ってもD級冒険者ってわけか。俺の殺気を受けても眉一つ動かさねぇとは……肝っ玉だけは()わっているらしい」


 彼は葉巻をそっと灰皿に起き、その怖い顔をグッとこちらへ寄せる。


「冒険者にとって最も大切な能力が何か……わかるか?」


「相手の力を推し量る目、でしょうか?」


 冒険者学院で学んでいた頃、耳にタコができるぐらい聞いた『基本中の基本』を即答する。


 自分と相手の実力差を瞬時に見極め、戦闘・撤退の判断を迅速かつ適格に下す。

 これこそが冒険者にとっての基本であり、また極意でもある――と、校長先生が口癖のように言っていた。


 するとラムザさんは、その答えを鼻で(わら)う。


「はっ、それは弱者の回答だな。冒険者にとって、最も大切な能力――それは『魔力量』だ」


 彼は大きく両手を広げ、朗々(ろうろう)と自論を語る。


「魔力の籠ってねぇ高位魔術は、大魔力の籠められた低位魔術に劣る。結局のところ、この世で一番強いのは、一番魔力を持った奴なんだ」


 ラムザさんはソファから立ち上がり、奥の机からとある魔具を引っ張り出してきた。


 握力計に似たあの魔具は……多分『魔力測定器』だ。

 冒険者学院に通っていた頃、何度か授業で使ったことがある。


「さぁ、こいつで自分の魔力量を測ってみろ。もしもお前が100万以上の指数を叩き出せたならば、『A級冒険者の適性あり』と認めてやろう」


 ……いろいろと言いたいことはあるけれど……。

 とりあえず、一番気になったことを聞いてみる。


「あの、これ……旧式の測定器のようなんですが……大丈夫でしょうか?」


「なんだ。最新式でなければ、正確な魔力量が測れないとでも言いたげだな?」


「えっと、はい……おそらく……」


「馬鹿が! こいつは、S級冒険者の魔力量さえ測定できる優れモノだぞ? まさか自分が、S級以上の魔力量を誇るとでも言いてぇのか? えぇ? 己惚(うぬぼ)れるのも大概にしろ!」


 彼は口汚い言葉を発しながら、荒々しく机を蹴り上げた。


「くだらねぇことばかり言ってないで、いいからさっさと測れ! 一応忠告しておくが……測定機に細工を加えたり、魔術を使った不正行為をすれば、この場でぶち殺してやるからな?」


 ……多分、俺がここで何を言っても、全て頭ごなしに否定されてしまうだろう。


「ふぅ……わかりました。それでは――」


 俺は仕方なく測定器を握り、そこへ自分の魔力を込めていく。


「……ほぅ、ちょっとはまとも……な、中々やるじゃ……。……こ、こいつ……ッ!?」


 魔力測定器の指数は、『3000万』を超えたところでついに――弾け飛んでしまった。


「あー……」


 やっぱりこうなってしまったか。

 冒険者学院の頃も、よくこの魔具を壊してしまったっけか……。


「ラムザさん、やはり壊れてしま――ラムザさん……?」


「ひ、ひぃいいいいいいいい……っ」


 彼は部屋の隅っこへ移動し、カタカタとその場で震えていた。


「あ、あの……ラムザさん?」


「く、来るな! 化物! この俺に近付くなぁああああ!」


 顔を真っ青に染めた彼は、必死になって両手を振るい、小動物のように全身の毛を逆立てた。


「え、えー……っ」


 俺がどうしたものかと困っていると――。


「ほほっ。アルトよ、弱者(ラムザ)を虐めるのもそのあたりにしておいてやれ」


 執務室の扉がガチャリと開き、そこから顔を出したのは――冒険者学院の校長先生エルム・トリゲラスだ。


「こ、校長先生! ――これはこれは、お元気そうで何よりです」


 本当にいいタイミングで来てくれた。

 先生には、いろいろと聞かなければならないことが、たくさんあるのだ。


「……うむ(アルトのやつ……さすがに少し怒っておるのぅ。…………怖っ)」

※とても大事なおはなし!


『面白いかも!』

『続きを読みたい!』

『陰ながら応援してるよ!』

と思われた方は、下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして、応援していただけると嬉しいです!


今後も『毎日更新』を続けていく『大きな励み』になりますので、どうか何卒よろしくお願いいたします……っ。


明日も頑張って更新します……!(今も死ぬ気で書いてます……っ!)


↓広告の下あたりに【☆☆☆☆☆】欄があります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] >「どうせこの『推薦状』も、金で買った薄汚いものだろう?」 どうしてこの手の輩って、 【そのセリフは『推薦者は推薦状を金で売る薄汚い連中』と言っているに等しい】 事に気付かないんだろう?
[気になる点] 莫大な魔力持ちなのに、他人からは、結構高位の連中からですら、雑魚と舐められがちとは、これいかに。 意図せずに、本能的に、他人から隠蔽するスキルでも有るのでしょうか。 或いは、何か規格外…
[良い点] また校長が悪い顔してる [気になる点] 銀行にしてみれば上級冒険者なんて正直ハイリスク債権では?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ