第十三話:大宴会
伏魔殿ダラスから大教練場へ帰還した後、A級ギルド銀牢内の中央ホールで祝勝会が開かれた。
「此度の第八次遠征において、我々は誰一人欠けることなく、伏魔殿ダラスの攻略に成功し、戦術目標である大魔王の遺物を完璧な状態で回収した! これは間違いなく、人類史に残る偉大な一歩であり、我々の圧倒的な大勝利だ……! 冒険者諸君、今宵は全てを忘れて、勝利の美酒を味わおうではないか!」
ラインハルトさんが勝利の言葉を謳いあげると、
「「「うぉおおおおおおおお……!」」」
冒険者たちはみんな、歓喜の雄叫びをあげ――呑めや歌えやの大宴会が始まった。
なんでも彼らは『ダンジョン攻略祈願』として、三か月ほど断酒をしていたそうで、みんな浴びるように久しぶりのお酒をかっ食らう。
「――はっはっはっ、今日は最高の一日だ! なぁ、アルトくん? そうは思わないかい?」
いい具合にお酒が回り、ハイになったラインハルトさんが、バシンと背中を叩いてきた。
「はい、記念すべき日だと思います」
「はっはっはっ! そうだろうそうだろう! はっはっはっ!」
どうやら彼は、けっこうな笑い上戸のようだ。
(なんか、ちょっと意外だな……)
そんな感想を抱いていると――背後から、声を掛けられた。
「よぉ、アルト……」
「う、ウルフィンさ……えっ?」
酒瓶を手にした彼はなんと、いきなりガバッと肩を組んできた。
「てめぇ、けっこうやるじゃねぇか……。ひっく……。最初は気に食わねぇ奴だと思ったが……実力は確かだ。甘っちょろいところもあるが……まぁ嫌いじゃねぇ」
「ど、どうも……」
彼は酔うと少し素直に、丸くなるタイプのようだ。
「――アルトくん、ありがとぉおおおお! 君のおかげで、あたしの大切な友達が、無事に……うわぁああああん……! もう、大好きぃいいいい……!」
ティルトさんが大きく両手を広げ、ギュッと抱き着いてきた。
彼女は泣き上戸+絡み酒……しかも、かなり甘えてくるタイプらしい。
「ちょっ、ティルトさん。近いですって……っ」
「えへへぇ、思ったよりも筋肉質だぁ……」
柔らかい感触、鼻腔をくすぐる甘いにおい。
心臓の鼓動が自然と速くなっていく。
「あ、あの……! うちのアルトが困っていますから、離れてください……!」
ステラが凄まじい速度で駆け付け、暴走するティルトさんを引き剥がしに掛かる。
「いやだよぉー! この子は、あたしのものだもんねー!」
「なんですってぇ!? 私がいったい何年前から――」
騒がしいやり取りが繰り広げられる中、ラインハルトさんが突然ポンと手を叩く。
「――おっと、そうだった! アルトくん、そろそろ『乾杯の音頭』を頼む!」
「えっ?」
乾杯の音頭……?
みなさん、もう既に『できあがっている』と思うのだが……。
「此度の大勝利の立役者は、間違いなくアルトくんなのだ! 君が音頭を取ってくれなくては、我々も気持ちよく呑み切れん! さぁほら遠慮せず、胸を張って舞台へ上がってくれ!」
「ちょ、俺はそういうのあんまり得意じゃありませんので……! 気の利いた言葉とか、全然出てきませんし……!」
「はっはっはっ! すまないみんな、ちょっと道を開けてくれ! みんなの命を救ってくれた、『大英雄様』のお通りだぞ!」
……駄目だ。
この気持ちよくなった酔っぱらいには、まともに話が通じない。
ラインハルトさんに引っぱられ、一段高くなった舞台の上に立たされてしまった。
百を超えるたくさんの視線に晒され、心臓がドクンドクンと妙な鼓動を刻む。
(やるしかない、か……)
俺は仕方なく覚悟を決め、果実水の入ったグラスを高く掲げる。
「え、えーっと……。みんなで力を合わせて、なんとか無事にダンジョンを攻略することができました。今日は記念すべき日なので、その……か、乾杯……!」
こういう派手な場に慣れていないうえ、元々あまり口が達者じゃない俺は、とにかく頭の中に浮かんだ言葉を必死に繋いだ。
特に気の利いたことを何も言えず、「失敗したかな……」と思った次の瞬間、
「「「かんぱーい!」」」
みんなはそんなことを気にも留めず、気持ちよく乗ってきてくれた。
そして――今までのがまるで『前哨戦』と言わんばかりに、本格的な大騒ぎが始まる。
「――男、パウエル! こちらの酒樽を一気呑みしやす!」
パウエルさんはまた悪酔いしており、無茶苦茶なことを言い始め、
「わっはっはっ! よいぞパウエル! その意気だ!」
ドワイトさんは楽しそうに手を打ちながら、大喜びでそれを囃し立てた。
いや、そこはあなたが止めるべきなのでは……?
「おぃ、久しぶりにやるぞ……!」
「ん……おぉ! 受けて立とうではないか!」
ウルフィンさんとラインハルトさんは、中央のテーブルで呑み比べを始め、
「ふっふっふっ、あたしの美声を聞けぇー!」
ティルトさんがなんとも独特なリズムの歌を口にし、
「それだけは、やめてくれぇー!? せっかくの酒がマズくなる……!」
たくさんの冒険者たちが、必死の形相で止めに入った。
そんなどんちゃん騒ぎの最中、
「アルトさん! あんたのおかげで、俺たちは無事に人間の姿へ戻れた! ありがとう、本当にありがとう……!」
「なぁなぁ今度、召喚魔術を教えてくれよ! あんたのすげぇ召喚獣を見てよぉ、俺ちょっとガチで、召喚士目指そうと思ったんだ!」
「まだどこのギルドにも、所属してねぇんだろ? だったら、銀牢へ入ってくれよ!」
みんな本当にいい人たちばかりで、温かい言葉をたくさん掛けてくれた。
(あぁ……楽しいなぁ)
一緒に冒険した仲間たちと、馬鹿みたいに騒ぐ。
今この時間が、どうしようもなく楽しかった。
(……あの頃とは、大違いだ……)
冒険者ギルド『貴族の庭園』で働いていた頃、俺はずっと一人で、毎日がただただ苦痛だった。
ごはんを食べるのも倉庫裏で一人。
仕事をするのも窓際で一人。
悩みを打ち明けられる同僚もおらず、ギルド長のデズモンドからは、酷いパワハラを受け続け……楽しいことなんか、ほとんど何もなかった。
それが今ではどうだ。
ステラ、レックス、ルーンはもちろん、ラインハルトさんやウルフィンさんやティルトさん、その他大勢の人たちに囲まれ、みんなで楽しく笑い合っている。
とても……とても幸せな時間を過ごしている。
冒険者になって、本当によかった。
(ステラ・レックス・ルーン……ありがとう)
俺なんかをパーティに誘ってくれた、冒険者の道へ呼び戻してくれたみんなには、本当に感謝の気持ちでいっぱいだ。
それから少しして――お酒を呑めない俺とステラは、果実水や料理なんかをちょこちょこといただきながら、中央ホールの端の方で雑談を交わす。
「ねぇアルト……お酒って、おいしいのかな……?」
冷えた果実水をちびちび飲みながら、ポツリとそんな疑問をこぼすステラ。
その顔には「呑んでみたいなぁ」と書かれてあった。
「一応言っておくけど、俺たちはまだ未成年だからな?」
「わ、わかっているわよ……っ。だけど、みんながあんなにおいしそうに呑んでたら、どんな味か気になっちゃうでしょ……?」
「まぁ、そうだな。……成人を迎えたら、一緒に呑んでみようか?」
「……! ……それは……ふ、二人っきりで……?」
彼女はほんのりと頬を赤くしながら、恐る恐ると言った風に聞いてきた。
「せっかくだし、レックスやルーンたちにも声を掛けよう」
みんなで集まって、冒険者学院での昔話やこれまでの冒険譚を語り合う。
それはきっと、とても楽しいだろう。
「……ですよねぇ」
何故かステラはため息をつき、どこか遠いところを見つめるのだった。
■
華やかな宴会は遅くまで続き、夜の十時を回ったところで終了、その後は自由解散という流れになった。
俺はステラを家の前まで送り届け、ワイバーンに乗って自宅……ではなく、その近くにある河原へ向かう。
「――いつもありがとう。本当に助かっているよ」
「ギャルゥ!」
目的地に到着した俺は、ワイバーンにお礼を言って、頭をサッと切り替える。
楽しい宴会の時間はもう終わり、ここから先は魔術の時間だ。
「さて、と……記憶に新しいうちに、やっておこうかな」
足元に転がっていた石ころに手を当て、静かにその名を告げる。
「――神螺転生」
すると――。
「ころころ? ころろ……!」
新たな命を授かった石ころは、自らの意思でぴょんとぴょんと跳ねた。
「あはは、元気がいいな」
「ころっ!」
せっかく生まれてきてくれたんだから、後でこの子とも召喚契約を結んでおくとしよう。
俺は昔から、『真似っこ』が得意だった。
一度目にした魔術は、よっぽど複雑なものでもない限り、大概すぐにコピーできる。
「よし、次だな」
今度のはちょっと大掛かりだから、手印の補助を受けるとしよう。
「――模倣召喚・命々流転郷」
次の瞬間、紅い彼岸花が世界を埋め尽くしていった。
「よしよし。とりあえず、『外箱』はできたな」
後は機能がどうかなんだけど……正直、そこまでの期待はしていない。
これは本当にちょっとした実験なのだ。
右手で小石を掴み、左手は空っぽのまま上に向け、まったく異なる二つの魔術を発動させる。
「――神螺転生。簡易召喚・スライム」
「ころろ!」
「ぴゅい!」
命々流転郷が本物の幻想神域ならば、正常に機能するのは、術者の根源術式だけのはずなんだけど……。全く異なる二系統の魔術が、同時に展開できてしまった。
「うーん、やっぱり駄目か」
どこまで精巧に作ろうとも、所詮これは虚飾の幻想神域。
早い話が、ただの偽物。
模倣召喚は普通の魔術であって、『幻想魔術』の代替にはならないようだ。
(幻想神域の対策……急がないとな)
大魔王復活を目論む、危険な思想を持つ集団――復魔十使。
俺は今日そのうちの一人、レグルス・ロッドと戦った。
みんなの力を合わせて、なんとか撃破することはできたのだが……。
幻想神域を使われたときは、さすがに焦った。
(……正直、まだ奥の手はある)
もしもあのとき『禁断の召喚』を使っていれば、レグルスの幻想神域も難なく破れただろう。
(ただ……アレは文字通りの規格外)
あまりにも危険過ぎるため、『元S級冒険者』である校長先生から、「特定の条件下を除いて、絶対に使うでないぞ」と厳しく言われている。
(……とにかく、このままじゃ駄目だ)
俺はもっと、もっともっと強くならなければ、ステラを――大切なパーティの仲間を守れない。
「……幻想神域、か……」
ポツリと呟く。
自らの『根源術式』を現実世界に投影し、浮世の理を歪める『魔術の極致』。
これを身に付けた者は、魔術の歴史にその名を刻み、『S級冒険者』として登録される。
「――うん、モノは試しだ。ちょっと『自分流』で、やってみようかな」
確かあのとき、レグルスはこんな感じで……。
(……おっ、ちょっといい感じかも?)
それから俺はしばらくの間、幻想神域の練習に励んだのだった。
■
翌朝。
「ふわぁ……」
寝ぼけ眼をこすりながら、なんとかベッドから起き上がる。
(うっ……体が重いな)
さすがに一日寝ただけじゃ、完全回復とまではいかなかった。
(昨日はかなり強い召喚獣をたくさん呼び出したし、極め付きには王鍵まで使ったからな……)
気だるい体を引きずりながら、朝ごはんのにおいがする台所へ向かう。
今日は多分、焼き魚とお味噌汁かな?
「――おはよう、母さん」
「あぁ、おはよう!」
母さんはいつも通りの元気よく声を張った後、ズンズンとこちらへ向かってきた。
「凄いじゃないか、アルト! 昨日は、大活躍だったんだってね!」
彼女は満面の笑みを浮かべながら、机の上に朝刊を広げた。
その一面を飾っていたのは、『伏魔殿ダラスの攻略成功! 大魔王の忌物を確保!』という大きな文字。
復魔十使レグルス・ロッドとの激しい死闘や、突如乱入してきた黒いフードの男、大魔王の遺物を回収したことなどなど……。
昨日の今日にもかかわらず、とても詳細な情報が記されていた。
そしてそこには――この偉業を成し遂げた遠征メンバーの顔写真が、ズラリと並んでいる。
一番大きいのは、やはり遠征の総指揮を務めたA級冒険者ラインハルト・オルーグ。
その次はA級冒険者のウルフィン・バロリオとティルト・ペーニャ。
他にもステラ、ドワイトさん、パウエルさんといった、華やかな面々の顔写真が大々的に掲載されていた。
そしてなんとそこには――とても小さいけれど、俺の顔写真まであった。
(いや、でもこれは……っ)
みんなはとても格好いいポーズの写真なのに……何故か俺のだけ、『証明写真』だった……。
しかもそれは一年前――冒険者ギルドの採用面接を受けるとき、履歴書に張って提出したものだ。
真っ直ぐ正面を向いた顔・微妙にぎこちない笑顔・ぴっちりと横分けにされた髪……完全に一人だけ浮いている。
なんだか自分が、世界中に晒されているような気がして、とても恥ずかしかった。
(これは多分、俺が飛び切り無名の冒険者だからなんだろうな……)
聞いた話によれば……新聞各社は、B級以上の冒険者の写真を常時複数確保しているそうだ。
いつどこでどんなニュースがあった場合でも、すぐに顔写真付きの記事を上げられるように、とのことらしい。
しかし俺は、つい先日冒険者登録を済ませたばかりの『D級冒険者』。
さすがの新聞社も、こんな無名の冒険者の写真までは持っていなかったようで……必死になって探した結果が、これだ。
(いやでも、証明写真はないだろう……)
よくこんなものを見つけてこられたな。
というか、冒険者ギルドの情報管理、ちょっと杜撰過ぎるんじゃないか?
そんなことを考えていると、母さんがバシンバシンと背中を叩いてきた。
「新聞に顔が載るなんて、中々できることじゃないよ! 母さん、鼻が高いさ! 天国の父さんも、きっと今頃はあっちで自慢しまくっているだろうね!」
写真の件はちょっとショックだけれど、母さんがこんなに喜んでくれるのなら……まぁいいか。
その後の三日間、俺はゆっくりと体を休めた。
それというのも……昨晩の帰り道、ステラと少し話し合って、今日を含めた三日間は冒険者活動を休止――体を休めることに専念しようと決めていたのだ。
冒険者にとって、体は一番の資本。
今回の大遠征みたく大きなクエストをクリアした後は、次の仕事までに数日のインターバルを置くことが基本だとされている。
そういうわけで、午前・午後は家の農作業を手伝いつつ、夜は『秘密の特訓』――穏やかで落ち着いた時間を満喫させてもらった。
その後、あっという間に三日が経過し、冒険者活動再開の日を迎える。
「――よし、いい感じだ」
魔力は完全回復。
昨晩はよく眠れたから、体もとても軽い。
朝支度をササッと済ませ、王都へ向かおうとしたそのとき――郵便箱に、カコンと封筒が入れられた。
「冒険者ギルドから……俺宛?」
いったいなんだろう?
軽い気持ちで封筒を開けるとそこには――とんでもないものが入っていた。
「……A級昇格試験のご案内?」
…………A級?
(い、いやいやいや……なんだこれは!?)
俺は現在D級冒険者だ。
D級からA級への飛び級試験なんて、聞いたことがない。
そもそもA級の昇格試験を受けるには、『A級冒険者3人以上の推薦』が必要なはず。
いったい誰が推薦を……?
というかそもそもの話、何かの間違いなんじゃないのか?
宛名や同封された書類をよくよく確認してみたが……。
確かに、アルト・レイス宛のA級昇格試験の案内で間違いなかった。
どうやら俺の知らないところで、何かおかしなことが起きているみたいだ。
(はぁ……。また面倒なことにならないといいんだけど……)
俺はそんなことを考えながら、小さくため息をつくのだった。
※とても大事なおはなし
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明日も頑張って更新します……!(今も死ぬ気で書いてます……っ!)
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