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第十話:復魔十使


 いくつもの魔具が宙を舞い、耳をつんざく轟音が、何度も何度も響き渡る。


「おいおい、おいおいおいおい!? なんなんだこれは……!?」


「あいつの召喚魔術の規模は、いったいどうなってんだ……!?」


 千と四十三発の魔具を射出したところで――謎のモンスターから、奇妙な魔力(・・・・・)が発せられた。


「……アィ、ガ……」


「……!?」


 俺はすぐさま武装×連続召喚をキャンセル。

 土煙(つちけむり)が晴れるとそこには、瀕死のモンスターが横たわっていた。

 ほとんど原型を留めていないが……まだかろうじて息はある。


「魔術を使われる前に(ほふ)るとは……さすがだな、アルトくん(完全な後出し、かつ、発動に時間の掛かる召喚魔術で、A級クラスのモンスターを蜂の巣か……。普段は優しげな顔をしているが、戦闘時には一切の容赦がない。突然襲われた時の判断も、素早く的確なものだった。アルト・レイス……この子はいずれ、『S級』に届くかもしれないな……)」


「……ラインハルトさん。少し気になることがあるので、これ(・・)と同種のモンスターがいた場合、殺さずに拘束するよう、冒険者のみなさんに伝えてもらえませんか?」


「……? よくわからないが……いいだろう。『可能な限り捕獲するように』、ということでいいのかな?」


「はい、ありがとうございます。――おいで、夢魔(むま)羊棺(ひつじひつぎ)


『羊』の印を結べば、


「メェエエエエ……!」


 背中に棺を載せた可愛らしい羊が、大きな産声をあげる。


「よーしよしよし、ちょっとごめんな」


「メェー」


 先ほど倒した謎のモンスターは、ひとまずこの子の棺に保存させてもらおう。


「これでよしっと。悪いんだけど、三時間ほど眠っててくれないかな?」


「メェエ」


 羊棺(ひつじひつぎ)は、静かに首を横へ振った。


「それじゃ……トロエの実、三日分でどうだ?」


「メェエエエエ!」


 とても嬉しそうな声をあげ、夢の中(・・・)()潜っていく(・・・・・)羊棺。


 相変わらず、現金な子だ。


(でもまぁこれで、とりあえずのところは安心だな)


 羊棺が眠っている間、棺内部の時間は停止する。

 つまり今から三時間は、あのモンスターを生きた状態で保存できるということだ。


「それから――武装召喚・王鍵(おうけん)シグルド」


 念には念を。

 万が一のことも考えて、伏魔殿(ふくまでん)ダラスに王鍵を突き立てておいた。


 俺が一人ごそごそとしている間、ラインハルトさんは新たな指示を飛ばす。


「ティルト。パウエル・ローマコットの腕を治してやってくれ」


「えー……。回復魔術は魔力の消費が激しいからパスー。あれぐらいなら、適当に唾とかつけてたら治るってー」


「切断された腕が、唾でくっ付くわけないだろう……。いいからやってくれ。彼も貴重な戦力だ」


「ほいほーい……」


 彼女は不承(ふしょう)不承(ぶしょう)といった様子で、札を使った珍しい回復魔術を発動。


 この様子だと、パウエルさんの左腕はなんとなりそうだ。


(それにしても、酷い有様だな……)


 踏み荒らされたキャンプ・派手に散らかった机と椅子・鋭い太刀傷の走った大地――第七地区に設置された仮拠点は、見るも無残な状態だ。


(でも、妙だな……)


 これだけ乱暴に荒らされているというのに……どういうわけか、血痕が一つも見当たらない。


 いったいここで、何があったというんだろうか……。


 俺がなんとも言えない違和感を覚えていると、ラインハルトさんが大きく咳払いをした。


「――それではこれより、我ら第一陣は第七地区の異常を調査し、生存者の有無を確認する! 第二陣と第三陣は、ここで一時待機! 何かあった場合は、すぐに硝煙弾(しょうえんだん)で知らせてくれ!」


「「「はいっ!」」」


 冒険者の力強い返答。


「――ウルフィン、アルトくん、ステラさん。僕に付いて来てくれ」


「おぅ」


「はい」


「わかりました」


 こうして俺たちは、崩壊した第七地区へ足を向けるのだった。


 ちなみに……後方支援型の魔術師であるティルトさんは、第二陣・第三陣のところで待機するそうだ。



「――エヴァンズ! クレア! ハムストン! いるなら返事をしてくれ!」


 踏み荒らされた小道に、ラインハルトさんの大声が響く。

 だが、待てど暮らせど、一向に返事はない。


「……おかしい」


 渋面(しぶづら)のラインハルトさんが、ポツリとこぼす。


「どうかしましたか?」


「先ほど襲ってきたモンスターは、確かにA級クラスの強敵だった。しかし、この第七地区には、エヴァンズ、クレア、ハムストン――三人の強力なA級冒険者を残していたんだ。彼らはいずれも、単独でA級モンスターを討伐した実績のある実力者ばかり。まさかあの一匹に、全員がやられたとはとても思えない……」


「なるほど……」


「……もしかしたら、まだ見ぬ強敵が潜んでいるのかもしれない。この先は、今までもよりもさらに気を引き締めて進もう」


「はい」


 その後、道なりにしばらく進んで行くと、第七地区の最奥(さいおう)に設置された『作戦本部』に到着した。


 そこは魔術で建てられた簡易的な拠点。

 術者の腕がいいのか、かなりしっかりとした造りだ。


「建物の内部は、死角が多い。敵の奇襲に備えてくれ」


 ラインハルトさんが注意を発し、作戦本部に入ろうとしたところで――俺は「待った」を掛けつつ、『(かわず)』の手印を結ぶ。


「おいで、伝々(でんでん)蝦蟇(がま)


「グワァー……」


 手のひらサイズの小さな蝦蟇(がま)は、お気に入りの場所へ――俺の頭の上にぴょんと跳び乗り、満足そうに「グワ」と一声。


「アルトくん、その召喚獣は……?」


「この子は、伝々蝦蟇。喉笛(のどぶえ)から特殊な魔力震(まりょくしん)を発して、その跳ね返りを頭部の感覚器でキャッチし、広範囲の索敵をしてくれる、とても凄い子なんです」


「ほぅ、それは便利だ。――しかし、凄いな。アルトくんは戦闘以外にも、こんなことまでできるのか……」


「いやまぁ……どちらかと言えば、こういう仕事の方が本職ですから……」


 召喚士はパーティにおける『支援職』。

 隠密して偵察・不可知エリアの索敵・味方の強化といった『後方支援』が本来の役割であり、戦闘はあまり得意ではないのだが……まぁ今はいいだろう。


「それじゃ伝々蝦蟇、いつものやつをお願い」


 彼女はコクリと頷き、自慢の喉笛を膨らませる。


「――グワァーグワァー」


 独特の低音が響き渡り、特殊な魔力震が建物内に伝播(でんぱ)していく。


「……どうだった?」


「ゲココ」


「なるほど、魔力反応はなし、か。……いや、これは……?」


「ゲッコ」


「そういうことか……ありがとう。助かるよ」


「ゲコ」


 伝々蝦蟇からの報告が終わると同時、


「えっと、何かわかったのかい?」


 ラインハルトさんが、問い掛けてきた。 


「はい。ここの地図はありますか?」


「あぁ、簡易的なものでよければ、これを使ってくれ」


「ありがとうございます」

 

 受け取った地図を広げ、とある一点に指をさす。


「……ちょうどこのあたりで、極々(ごくごく)わずかな霊力の乱れがあったみたいです。敵か味方かまではわかりませんが……間違いなく、何者かが潜伏しています」


「ここは……第三倉庫のあたりだな。――わかった。最大限の警戒を払いつつ、まずはそこへ行ってみるとしよう」


 しばらく歩き、第三倉庫へ到着。


 しかし、そこはもぬけの(から)だった。


「ちっ、なんだよ……。誰もいねぇじゃねぇか」


 先ほどから歩いてばかりだったせいか、少し苛立った様子のウルフィンさんが、近くのゴミ箱を蹴り上げる。


「いえ……隠れているようですね」


「あ゛ぁ? この狭い倉庫のどこに、隠れる場所なんてあんだよ?」


伝々(でんでん)蝦蟇(がま)、ちょっと大きめのを頼めるかな?」


「グワ。スゥー……グゥワワワワァアアアアア……!」


 一際強い魔力震が発せられた次の瞬間、


「え……うわぁ!?」


 戸棚の()から、一人の青年が飛び出してきた。

 陰の中に潜む特殊な魔術で、第三倉庫に隠れ潜んでいたようだが……伝々蝦蟇の強力な魔力震によって、術式が壊されてしまったのだ。


「て、てめぇ、どこに隠れていやがった!?」


 犬歯を剥き出しにして、謎の青年の胸倉を掴むウルフィンさん。


「ひ、ひぃいいいい!? 頼む、殺さないでくれぇええええ……!」


 青年は目尻に涙を浮かべながら、必死に命乞いをした。


「君は……ケイネス……? ケイネス・トルステンか!?」


「ら、ラインハルト、さん……?」


 黒髪の青年――ケイネスさんは、恐る恐るといった風に顔をあげる。


「やっぱりケイネスじゃないか! よくぞ無事でいてくれた……! ここでいったい何があった? エヴァンズは、クレアは、ハムストンは――第七地区の冒険者は、どこへ消えたんだ!?」


 矢継ぎ早の質問を受けたケイネスさんは、カタカタと震えながら足元を指さす。


「し、下……」


「『下』……?」


「下の……第六層から、『謎の男』が来て……。みんな、やられちゃったんだ……っ」


「「「なっ!?」」」


 全員、やられてしまった。

 その衝撃的な情報に、空気がドッと重たくなる。


アレ(・・)は、あの化物は……強いなんてものじゃなかった。みんな、一瞬でやられてしまった……っ。今頃は多分、もう殺されてる……ッ」


「……『多分』というのは、どういうことだ……? 殺される瞬間は、はっきりと見ていないんだな?」


「……ごめん、なさい。僕、怖くて……っ。みんながやられていく中、陰の中に隠れちゃったんだ。……ごめん、なさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……っ」


 ケイネスさんは大粒の涙を流しながら、謝罪の言葉を繰り返した。

 仲間たちがやられていく中、一人だけ隠れてしまったことに、罪の意識を感じているようだ。


「そうか……。とにかく、ケイネスが無事で本当によかった。『恐ろしく強い何者かが、第七地区を壊滅させた』――よくぞこの大切な情報を伝えてくれた。君は、本当によくやった」


 ラインハルトさんは、ケイネスさんを強く抱き締め、その背中を優しくポンと叩く。


 その後、念のため作戦本部を一通り探索し、生存者がいないことを確認。


 第二陣・第三陣と合流するため、第七地区の中央部へ戻った。


「――突如襲い掛かってきた未知のモンスター・第七地区を壊滅させた恐るべき強者・未だ謎に包まれた第八層。このまま進軍を続けるには、不確定事項があまりにも多過ぎるな……」


 現状を整理したラインハルトさんは、静かに目を伏せ――ゆっくりと立ち上がる。


「現時点をもって、第七地区から第一地区までの全ての仮拠点を廃棄! 第八次遠征を中止し、速やかに冒険者ギルドへ帰投(きとう)する! ――ティルト、大教練場へ飛ばしてくれ」


「『治せ』だ、『飛ばせ』だ、人遣いが荒いなぁーもう……」


 ティルトさんはぶーぶーっと文句を口にしながら、三枚のお札を取り出した。

 それらはボッと燃え上がり、転移術式が起動。


 転移時特有の視界の揺れが――起こらなかった。


 そもそもの話、俺たちはまだ第七地区にいる。


「……あー、これ……ちょっとマズいかも……」


 頬をポリポリと()き、冷や汗を流すティルトさん。


「ティルト……? どうしたんだ?」


「えっと、落ち着いて聞いてほしいんだけどー……。なんか、転移魔術が使えないっぽい」


「んなっ!? 転移魔術が使えないとは、いったいどういうことだ!?」


「そ、そんな怖い顔しないでよ! あたしだって、わけわかんないもん……!」


 周囲が騒然となる中、最年長のドワイトさんがゆっくりと口を開く。


「このダンジョン全体に、なんらかの『結界術』が張られているのだろう。『来るもの拒まず、去るもの許さず』――まるでネズミ捕りのような術式だな」


「結界術……。どうにかして、解く方法はないのでしょうか?」


 ラインハルトさんの問いに対し、ドワイトさんは静かに首を横へ振る。


「結界術を解く方法は、大きく分けて三つ。術者を叩くか、術式の起点を潰すか、術式そのものを壊すか。今のところ、術者の位置は特定できず、術式の起点も不明なうえ、術式の全容すら掴めていない。この状況下において、敵の結界術を解くのは至難の(わざ)だ」


「それでは第一層まで降りていくというのは、どうでしょうか……?」


 ステラの出した案に対し、ティルトさんはすぐに反対した。


「む、無理無理無理……! 第七層から第一層まで、いったい何日掛かると思ってるの!? 魔力も精神力も物資も、何もかもが足んないよ!」


 脳裏をよぎったのは、昨日見せてもらった複雑極まりないダンジョンの地図。


(俺たちのいる第七層から第一層までは、相当長い距離を行かなければならない)


 それに、ケイネスさんの話によれば……第七地区を潰した謎の男は『下』――第六層から現れたらしい。

 おそらくは第六地区以下の仮拠点も、ここと同じように潰されているだろう。


 つまり、途中での補給は不可。

 そのうえ道中には、A級クラスのモンスターが潜んでいるときた。


 やはりここから第一層へ下るのは、あまり現実的な話じゃない。


「……進むしかない、か」


 ラインハルトさんの呟きに、俺たちは静かに頷いた。


 第七地区からしばらく北方へ歩くと、第八層へ続く階段を発見。


「――ここから先は、前人未到の第八層。何が起こるのかまったくわからない、完全に未知の領域だ。みんな、くれぐれも用心してくれ」


 長い長い階段を登っていき――第八層に到着。


(……っ。これは中々に強烈だな……ッ)


 重苦しい魔力とむせ返るような瘴気(しょうき)のにおい。

 おそらくはこの階層の果てに、大魔王の忌物があるのだろう。


 遠征メンバー全員が顔を(しか)めていると、前方から複数のモンスターが現れた。


「タゴ!」


「スログ!」


「ケジ!」


「テテレ゛!」


 四足歩行の人型モンスターだ。

 歩き方にこそ違いはあれど、先ほど襲い掛かってきた個体と非常によく似た特徴を持っている。


「殺すんじゃないぞ! 可能な限り、行動不能にするんだ!」


 迫り来る謎のモンスターを斬り伏せながら、ラインハルトさんは全体に再周知(さいしゅうち)を行う。


「ちっ、面倒くせぇな……!」


 ウルフィンさんは舌打ちを鳴らしつつも、ちゃんとその指示に従っていた。


「あたし、戦闘は苦手なんだけどなー」


 ティルトさんは苦い顔をしつつも、お札を使用したトリッキーな魔術で、次々に敵を沈めていく。


 さすがはA級冒険者パーティ、基本的な戦闘能力がずば抜けて高い。

 第一陣が撃ち漏らしたモンスターたちも、後続の第二陣・第三陣――優秀なB級冒険者たちが、素早く行動不能にしていってくれた。


「……さっきからよぉ、どうしてこの不気味なモンスターを殺さないんだ?」


「なんか聞いた話によれば、アルトさんが『殺さず拘束してくれ』って言ってたらしいぜ」


「もしかして……召喚獣として使役するつもりなのかな……?」


「うへぇ……あの人ならやりかねないな……っ」


 モンスターを蹴散らしながら、魔力と瘴気の濃い方へ進んでいくことしばし――。


 前方に、いかにも(・・・・)()()を捉えた。


「はっ。こりゃわかりやすくていい、なッ!」


 ウルフィンさんは、荒々しく扉を蹴破る。


「「「……っ」」」


 おどろおどろしい魔力が吹き荒れた後――視界がパッと開けた。


 そこは玉座の間だ。


 敷き詰められた赤い絨毯。

 天蓋からぶら下がったシャンデリア。

 そして――部屋の中央に置かれた豪奢な玉座。


(……間違いない。アレ(・・)が、大魔王の忌物だ……っ)


 玉座に載せられていたのは――『心臓』。

 それは圧倒的な存在感と暴力的な生命力を放ち、そして何より――力強い鼓動を刻んでいた。


 あれはまだ、生きている(・・・・・)のだ。


 異様な光景に全員が息を呑む中――部屋の奥の暗がりから、カツカツという規則的な足音が響く。


「おやおや……。何やら騒がしいと思えば、お客様がいらしていたのですね」


 背の高い男は、玉座の前に立ち、こちらを見下ろした。


「はじめまして、私は復魔十使(ふくまじゅうし)が一人レグルス・ロッド。以後、お見知りおきを」


 レグルス・ロッド。


 紫紺(しこん)の髪をたなびかせた、不気味な男だ。

 身長は190センチほど、外見上の年齢は20代半ば。

 整った目鼻立ち・血の気を感じない白の肌・体の線は細い。

 身に纏った衣装はまるでバラバラ。そこらに捨ててあった着物を無理くりつなぎ合わせたかのような、ひどく統一感のないものだ。


 彼は芝居がかった動きで礼をし、品定めするような目をこちらへ向けた。


「……っ」


 目と目が合ったその瞬間、背中に冷たいものが走る。


(あいつは……ヤバイ)


 さっき戦ったA級なんて比較対象にすらない。

 おそらくは『欄外(らんがい)』――『S級』という位置に()す、化物だ。


「これはこれは、ご丁寧な自己紹介、どうもありがとう。僕はラインハルト・オルーグ。――レグルス、君がさっき言っていた『復魔(ふくま)十使(じゅうし)』って、いったいなんなのかな? もしよかったら、教えてくれないかい?」


 ラインハルトさんは(つと)めて冷静に、情報収集を(はか)った。


 これだけのイレギュラーに囲まれながら、この落ち着き具合……さすがはA級冒険者だ。


復魔十使(ふくまじゅうし)は、崇高なる目的のために集った同志(どうし)。それ以上でもそれ以下でもありません」


「崇高なる目的……?」


「えぇ。我々の望みはただ一つ、大魔王様の完全復活です」


「「「なっ!?」」」


 その信じられない発言に、俺たちは言葉を失った。

 千年前に失われた命を蘇らせるなんて、常識的に考えて不可能だ。


「――千年。言葉にすると一瞬ですが、本当に……本当に(なが)かった。私たちはずっと待ち続けてきたのです。このときを(・・・・・)この年を(・・・・)この瞬間を(・・・・・)……!」


 レグルスは両手を大きく広げ、玉座の周りをゆっくりと練り歩きながら、意味深な言葉を口にした。


「今は『大儀式』の準備中。これを成立させるためには、大魔王様に所縁(ゆかり)のあるモノが、とにかくたくさん必要なのです」


「それが……大魔王の忌物ということかい?」


「その通り。どうです? 美しいでしょう? 彼の御方の心臓は……!」


 レグルスはだらだらと(よだれ)を垂らし、うっとりとした目で、玉座の心臓を見つめる。


「……まぁ美的感覚というのは、人それぞれだからね。後、もう一つ聞きたいことがあるんだけど……いいかな?」


「えぇ、どうぞ」


「――第七地区をやったのは……君かい?」


「第七地区……? あぁー、あの小奇麗な住居ですか。はい。私が潰しましたよ。……いやでも、あれは心が痛みましたねぇ……。あんなに整った建築物を壊してしまうなんて……。冒険者のみなさんが無駄に暴れることさえなければ、綺麗な状態で保存できたというのに……。あぁ、もったいないもったいない……っ」


 レグルスは隠し立てをすることなく、あけすけに全てを語った。


「……そう、か……。死体が一つも見つからなかったんだけど、もしかしてまだ生かしてくれているのかな?」


「えぇ、もちろんです。私、この世で一番『無駄』というものが嫌いでしてね。『命』という(とうと)き輝き、どうして粗末にすることができましょうか」


「……無駄だとは思うけど、一応お願いしておこうかな。彼らを返してくれないかい?」


 すると――。


「え? 倒してきたんじゃないですか?」


 レグルスはきょとんとした表情で、軽く小首を傾げた。

 そこには微塵(みじん)の悪意もなく、ただただ不思議という感情のみが浮かんでいる。


 そしてその回答(こたえ)は――俺が最も聞きたくなかったものだ。


「『倒してきた』……? いったいどういうことかな?」


「ほら、道中にたくさんいたでしょう? 私の失敗作(・・・)が」


「……道中、失敗作……。まさか……!?」


 俺は静かに歯を食い縛る。

 最悪の予想が、的中してしまったのだ。


「あはは、気付かなかったんですか? そこらへんをたむろしていた腐り掛けのモンスター。あれは全部、元冒険者――あなたたちの大切なお仲間ですよ?」


「「「……ッ」」」


 その瞬間、全員に激震が走った。


「私の『固有魔術』は、かなり特殊な力でしてね。『命の受け渡し』を可能にするんですよ。もともとこれは、石や花といった『非生物』に命を与えて、いろいろ楽しく遊ぶものなんですけれど……。最近になって、『生物』へも応用できるようになりましてね。これがまた、とても面白い反応を見せてくれるんです。――ほら、出ておいで」


 レグルスがパチンと指を鳴らせば、部屋の奥から二体のモンスターが姿を現した。


 二足歩行の人型モンスター、第七地区で討伐した個体とほとんどまったく一緒だ。


「昨日逃げ出しちゃったのが、エヴァンズくんだったから……。こっちがクレアちゃんで、こっちがハムストンくん……。あれ、逆だったかなぁ……? あはは、すみませんね。私、人間の顔と名前を覚えるのが、ちょっと苦手でして」


 エヴァンズ、クレア、ハムストン。

 その名前は、第七地区を守護していた、A級冒険者の名前だ。


「さぁさぁ、クレアちゃん、ハムストンくん! お仲間が助けに来てくれましたよー? ほら、ちゃんと挨拶をして?」


 レグルスがパンパンと手を叩けば、


「……ラィ、ハルト……スマ、ナィ……」


「オネ、ガィ……タス、ケ……テ……」


 ほとんどモンスターと成り果てた二人が、ポロポロと涙を流しながら助けを求めた。


「あはは、よくできましたー! 凄いと思いませんか、これ? 自我を残したまま、どこまでモンスター化できるかの実験なんです!」


 レグルスは無邪気な笑顔を浮かべ、そのおぞましい改造手法を嬉々として語る。


「まずはその辺にいる適当なモンスターの命を吸い出して、それを生きた人間へ注入、二つの命をギュギュッと融合! そうするとあら不思議! 人間とモンスターの特性を兼ね備えた『モンスター人間』のできあがり! いやぁそれにしても、A級冒険者の体はやっぱり丈夫ですね! B級で試してたら、どれもすぐに壊れちゃって……。ほら、第八層の周りにたくさんいたでしょう? 四足歩行でうろちょろしている変な生き物が」


 もう、頭が沸騰するかと思った。


(こいつは……人の命や尊厳を、いったいなんだと思っているんだ……ッ)


 この最低最悪の男は、絶対に許しちゃいけない。 


「レグ、ルス……貴様という男は……ッ」


 ラインハルトさんは断魔剣ゴウラを解放し、凄まじい速度で斬り掛かる。


(だん)の型・五の太刀――五行(ごぎょう)破刃(はじん)ッ!」


 彼の放った鋭い斬撃は、不可視の壁に阻まれてしまった。

 あれは……結界術だ。


「な、何故だ!? 断魔剣(だんまけん)ゴウラならば、結界術など容易く斬れるはず……っ」


「ぷっ……あっはっはっはっはっ! 残念でしたァ! こう見えて私、結界術の心得(こころえ)がありましてねぇ! 『断魔』系統の対策は、もう完璧なんですよぉー! これを壊すには、あなた如きの出力じゃ、全然足りませ――」


「――レグルス、お前もう、ちょっと黙れ」


 刹那(せつな)、『翼』手印(しゅいん)を結ぶ。


「――偶像(ぐうぞう)召喚・比翼神(ひよくしん)アゴラ」


「え……ぱがら!?」


 俺の呼び出した召喚獣は、レグルスの結界術を木っ端微塵に叩き潰し――そのムカつく顔面に強烈な一撃をぶち込んだ。

※とても大事なおはなし


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 花は植物であって生物であり、非生物ではないような・・・・摘み取ったものはすでに死んでいて死骸だから非生物って事なのでしょうか?
[良い点] 道中襲ってきたモンスター化した元仲間のセリフの頭文字合わせたら「タスケテ」になるのが伏線だったのか。すごい。
[気になる点] 拠点が潰されている。 ワープで帰ることが出来ない。 歩いて帰るのも困難。 ……という状況で、「進むしかない」っていう判断は、すごく意味不明なのですが。 進むとワープで帰れるようにな…
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