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GLOBAL "WAR"MING  作者: 健啖亭吝嗇
1/1

2016年@バンクーバー

 David McEnroe (2016) When the Maple Leaf Bites the Stars and Stripes


 デイビッド・マッケンロー著 『楓が星条旗を喰らう時』



 《前文》


 アメリカ合衆国という隣人。

 その存在は、我が祖国カナダにとって最大の幸運であり、最大の不幸であった。


 バンクーバーに始まり、カルガリー、ウィニペグ、トロント、オタワ、モントリオール、そして、ケベック・シティ。カナダの主要都市を一本の線でつないでみてほしい。見事に米国との国境が浮かび上がるだろう。我々の米国に対する依存具合が一目瞭然である。

 一方で、メキシコ・シティはどこにある? 愛すべきカナダ国民よ、自戒の意味も込め、ご自身の目でその位置をお確かめいただきたい。


 もちろん、現在のカナダが他国からの侵略に怯えることなく、自由と民主主義と国際協調を重んじる先進国の一角としてその存在価値を発揮できるのは、米国と(少なくとも表面上は)友好的であることの賜物である。

 しかしながら、不名誉な真実として、我々が世界から見て「アメリカ合衆国の付属物」というイメージを持たれている現状は否定できない。経済に関しては述べるまでもなく、政治的にも、いつもは覇権国に同調することで平和を享受しつつ、時折、その自尊心を満たすためのささやかな異議申し立てを試みては強者の余裕で見過ごされる。

 カナダとは、そういう国なのだ。カリフォルニアの方がよほど独立国である。


 そもそも、なぜなのか?


 暇さえあれば、私は己に問うてきた。


 そもそもなぜ、世界の覇権は米国の手に握られているのか?

 米国ではなく、カナダが世界の覇権国になれなかったのはなぜなのか?


 ああ、私には、読者諸君の思考が手に取るように分かる。

 こいつは何を言っているんだ? カナダが覇権国?


 だが、考えてもみてほしい。我々には、世界第二位の広大な国土がある。化石燃料から魚介類まで、実に豊かな天然資源にも恵まれている。加えて、二つの大海に面し、アジアとヨーロッパという巨大マーケットへのアクセスも容易であれば、移民受け入れも盛んで、文化的多様性にも富んでいる。

 与えられた条件では、決して、米国に引けを取らないはずなのだ 。


 さて、私は一つの答えに行きついた。

 先に断っておくが、私の辿り着いた結論は恐ろしくシンプルである。場合によっては、あなた方の期待を裏切ることになるかもしれない。

 

 答えは、「気候」である。


 気候!・・・いや、ありきたりだと軽んじてはならない。

 インドや中国があのような膨大な人口を養うことができるのは、ひとえにその温暖湿潤な気候が稲作を可能にするからである。コメは寒さ・乾燥に弱い代わりに、単位面積当たりの人口扶養力が小麦の三~四倍を誇る。もし我々が他の農作物と同程度の規模でコメを生産できるのであれば、この広大な国土に対する人口がわずか四千万人弱などという数字に留まっているはずがないのだ。


 気候の影響力は農業だけにとどまらない。

 五世紀後半、西ローマ帝国を滅ぼす最大の要因となった「ゲルマン人の大移動」。その発端は、稲妻のような速度と恐怖を纏い東方から攻め込んできたフン人であるが、彼らもまた、同じように郷土を追われてきた身であった。寒冷・乾燥化による草原の砂漠化が、遊牧民族の命綱たる牧草を根こそぎ奪い去ってしまったのだ。

 彼らは生き延びるため、豊かな土壌を求めて西へと走り、邪魔をする者をことごとく滅ぼしていく。蹂躙されたゲルマン人もまた、部族存続のためには故郷を捨て、西へと進むしかなかった。

 そしてご存知の通り、ローマは彼らの手に落ちる。稀代の人物を多数輩出し、世界史上にその名を燦然と輝かせる偉大な帝国は、彼らが蛮族と見下し軽蔑してきた者たちによって、いとも簡単に破壊されてしまった。

 元をたどればその原因は、世界の気候がほんのわずかばかり冷たくなっただけに過ぎない。


 機を同じくして、ユーラシア大陸の東側でも、複数の騎馬民族が北方から中国を侵略・分割支配し(※五胡十六国~南北朝時代)、インド亜大陸ではエフタルと呼ばれる遊牧民がグプタ朝を滅ぼした。背景は同様である。


 もう一事例紹介しよう。


「十七世紀の危機」という言葉を耳にしたことがあるだろうか。

 新大陸発見とルネッサンスにより、ヨーロッパが栄華を極めた十六世紀=大航海時代。その終焉をもたらしたのは、三十年戦争やピューリタン革命をはじめとする、血で血を洗う宗教戦争である。十七世紀とは、紛争の無い期間がわずか四年間しか存在しない、まさに戦争の世紀であった。

 欧州全土で繰り返される戦乱・革命に、魔女狩りに見られる宗教倫理の暴走。一世紀前の繁栄がおとぎ話のように思える血生臭い混沌の背景には、一体何があったのだろうか?


 お察しの通り、犯人はまたしても気候である。

 より具体的に申し上げると、それは「小氷期」と呼ばれる気候寒冷化の到来であった。

 アルプスの農村を押し潰す氷河、港を封鎖し北国を飢餓に追い込む大量の流氷、寒さと乾燥が助長するペストの脅威。農作物の不作による経済停滞は各地で農民一揆の原因となり、税収減による財政難は王室と貴族の対立として表面化して新たな戦乱の火種を蒔いた。

 結果、イギリスでは二度の革命が起きて国政が混乱、「太陽の沈まぬ国」スペインは欧州の一弱小国家へと凋落し、神聖ローマ帝国に至っては滅亡である。


 しかしながら、誠に驚くべき事実として、IPCC(※気候変動に関する政府間パネル)曰く、この小氷期も所詮「期間内の気温低下が1.0℃未満に収まる弱冷期」に過ぎなかったという。

 そう、わずか1.0℃にすら達しない程度の気温変化でも、我々の生きる環境は脆くも砕け、堅牢に見える社会システムは崩壊し、世界のパワーバランスは根底から覆るのだ。


 気候変動が巨大帝国をも壊滅させうることは、世界の歴史が証明している。



 話を戻そう。


 我々カナダ国民こそ地球上のほかの誰よりも強く認識していることではあるが、我が祖国はあまり気候に恵まれているとは言い難い。率直に申し上げて、寒すぎる。

 世界第二位の広大な国土も、その殆どは非居住地域である 。比較的温暖な南西部を除く国土の大部分が、ドイツの気候学者ケッペンの気候区分におけるDf(亜寒帯湿潤気候)、ET(寒帯ツンドラ気候)、EF(寒帯氷雪気候)に分類される。本来であれば富の源泉たる鉱山や油田も、そうした居住困難地域に分布しているがために、開発コストが天文学的なものとなってしまう。

 栽培限界どころか森林限界よりさらに北方に位置している地域も多く、氷点下数十℃という過酷な環境で生き残ることができるのは、太古からこの試練の地と共存してきた誇り高きイヌイット達だけだ。

 その厳しすぎる気候ゆえ、潜在するポテンシャルを存分に活かすことができていないのが、愛する祖国の現状である。


 もし仮に、その気候がもう少しばかり温暖であれば、もう少しばかり人類にとって過ごしやすい環境であれば、カナダは今とは全く異なる国になっていたであろう。

 居住地域の拡大と稲作により人口は倍増し、北極圏に眠っている天然資源の開発も容易となり、太平洋・大西洋に次いで「北極海」という世界大洋へのアクセスまで獲得できるとなれば、その国際競争力は、今よりはるかに充実していたに違いない。


 しかしながら、疑うべくもない厳然たる事実として、人類には気候をコントロールすることなどできはしない。我々は、神の与えたもうたこの凍てつく大地で、苦難に耐え忍びながら生きてゆくしかないのである。



 ・・・本当に、そうだろうか?



 否。


 察しの良い読者の方はお気づきかもしれない。

 我々人類は、図らずも、気候を突き動かす恐ろしいパワーを既に手にしている。


 そう、「地球温暖化(Global Warming)」である。


 地球温暖化。二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスが形成するバリアにより、本来であれば地表を反射し逃げていくはずの熱が大気圏中に留まり、地球を暖める現象である。

 その原因は石油や石炭といった化石燃料の燃焼から家畜の排泄するメタンガスまで多岐に渡るが、断言できるのは、産業革命以来、世界の平均気温が人類の歴史上前例の無い驚くべき速度で上昇していること、そして、人類が豊かにならんとする限り、そこに歯止めは効かないということだ。


 さて、二十一世紀現在、問答無用で全人類の(かたき)と見なされている地球温暖化問題であるが、はたして本当に、『全人類にとっての』敵なのであろうか?


 もちろん、海面上昇に苦しむ太平洋諸国、かつてない規模の恐ろしいハリケーン(もしくはタイフーン、サイクロン)に苛まれる沿岸地域、我々とは対照的に暑すぎる気候に対処しなければならない熱帯地域にとって、温暖化は絶望以外の何物でもない。

 だがしかし、我々カナダにとってはいかがであろう。2.0℃の気温上昇、大歓迎ではないか。さらに上昇してくれても良いくらいだ。

 神の与えたもうた「寒さ」という試練は、地球温暖化という惑星規模の大潮流の出現に際し、想像を絶する巨大なチャンスとなりうる。


 読者諸君に告ぐ。

「環境先進国」などという、我々にとって何のメリットも無い優等生ポジションを確保するために石炭火力やディーゼル燃料を廃止するのは、阿呆の極みだ。意味のないプライドは捨て、国益を優先すべき時が来たのだ。

 所詮我々ごときが多少の節約に励んだところで、南の米国は、西のロシアは、海を越えた先の中国やインドは、我々の努力など御構い無しに化石燃料を燃やし続け、温室効果ガスを吐き出し続ける。

 ならば我々も、我々の利益に忠実になろうではないか。


 石炭を焚け!

 ディーゼル車を走らせろ!

 補助金により国民生活を圧迫する風力発電や太陽光発電など、粉々に叩き潰して太平洋の底に沈めてしまえ!

 さあ、地球をもっと暖めていこうではないか!


 あまり知られていない事実であるが、二酸化炭素には農作物の育成を促進する「堆肥効果」と呼ばれる性質もある。温室効果ガスが増えれば増えるほど、農業大国である我々の生産性も大きく高まるのだ。


 また、先ほどにも少し触れた通り、温暖化により北極圏の氷が融解することで、これまで閉ざされていた海域が新たな国際航路=「北極海航路」となって現れ、喜望峰、スエズ運河、パナマ運河以来の世界史的交通革命が起こり得る。

 カナダ北部からロシア、欧州、東アジアへのアクセスが可能となれば、これまでの人類史では考えられなかった新たなビッグ・ビジネスが続々と誕生するに違いない。


 資源の採掘も大いに活性化するだろう。北極圏に無尽蔵の化石燃料が眠っていることは、既に多数の科学的調査により証明されている。そして何より、南極大陸とは異なり、その開発を禁止する国際条約が一切存在しない。

 だからこそ、危機感を持って先んじて動かねばならぬのだ。そうでなければ、我々が指をくわえて見守る間に、対岸のロシアが掘り尽くしてしまうだろう。


 繰り返すが、地球温暖化は我々にとって必ずしも悪ではない。

 むしろ、我々には利益しかもたらさないのである。

 

 地球温暖化万歳!

 声を大にして叫ぼうではないか。

 


 最後に、この本のタイトルを思い返してほしい。


 『楓が星条旗を喰らう時(When the Maple Leaf Bites the Stars and Stripes)』。


 そう、これからこの本で解説していく膨大なデータは、「なぜカナダが米国になれなかったのか」を解説するだけにとどまらず、「どうすればカナダが米国に取って代われるか」までをも明示するものである。


 温暖化による気候変動が、超大国アメリカの弱体化をもたらすのは間違いない。


 メキシコ湾沿岸を襲う巨大ハリケーン、西海岸地域を悩ませる乾燥・渇水・大規模な山火事、そして、米国以上に温暖化の影響を受ける中南米諸国からの、大量の不法移民たち。混乱に乗じ、凶悪なマフィア達とともに莫大な麻薬が国境を越えて流入するだろう。まるで十七世紀の如く、混乱の中で終末論を煽る宗教勢力が猛威を振るうかもしれない。

 治安の悪化を忌避するロサンゼルスやサンフランシスコの富裕層は、北上するヒスパニックに押し出される形で世界各地へと離散することになる。


 その時、カナダこそ、その最大の受け皿となり得るだろう。米国が世界の覇権国たる背景は、その圧倒的な人材力にある。それがひとたび国外へと流出してしまえば、果たしてその栄光を維持できようか?


 二十一世紀の民族大移動は、カリフォルニアから始まるだろう。シリコンバレーもハリウッドもスタンフォード大学も、全ては優秀な人材に依拠して初めて成立する存在である。ひとたび彼らが外へと移住してしまえば、その行き先に新たなカリフォルニア帝国が出来上がるだけだ。


 さあ、来たる未来を見据え、彼らを迎え入れる準備を始めようではないか。


 祖国よ!

 愛すべき楓の葉よ!

 いつまで星条旗の属国でいるつもりだ?

 我々は、いつまでも彼らの庇護下に甘んじるべき国では断じて無い!


 改めて述べるまでもないが、この構想は十年やそこらで成し遂げられるものではない。


 ならば、五十年先を見据えようではないか。

 大局的な目標を据え、緻密に戦略を描き、着々と牙を研ぎさえすれば、我々が、カナダが、世界に覇を唱える時が来るだろう。


 この本が、一人でも多くの誇り高き同胞たちへと届くことを祈り、この前文を締めくくりたい。


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