副業の理由
「副業の理由」
デルフォイ神官が残りのジョブチェンジ希望者の祭儀を終え、俺もその記録を書き終えたのは、もう夜の1:00を過ぎていた。
ジョブチェンジ条件の厳しい賢者希望者ばかりが集まってくるようになって、ここ数年はほぼ毎日こんな状態だ。ったく、この仕事、残業代つかないし、正直それこそジョブチェンジでもしようかと毎日悩んでしまうが、この仕事を辞められない訳はこの仕事が終わった後にこそある。
大抵、ジョブチェンジを終えた奴は、祝賀会気分で、どこかの飲み屋で仲間とお祭り騒ぎをする。俺はその飲み会の仲介業でちょっとしたお金を稼いでいるのだ。
もちろん、公職である書記官に副業は許されていない。だけれども、これだけ残業しているのだから、このぐらいのことは許してもらえるのではないかと勝手に自分で自分を言い聞かせている。良心の呵責がないとは言わない。だけれども、俺にはお金が何かと入り用なのだ。
神殿から自宅まで歩いて20分ぐらいと家まで近いのも有り難い。こんな王都のど真ん中に住んでいられるのも副業のおかげだし、なによりも今日も郵便受けは世界中から俺が買い注文をだした書籍で溢れている。この書籍代がバカにならないのである。副業をして稼いだゴールドはほぼこの代金に消えている。
なにを買っているかって?それはもう様々な文献だ。古い魔術書から、怪しげなまじないの新たらしい本、どのエリアにどういう新しいモンスターが現れたかを報告するレポート、最新の戦士ランキングの月報まで多種多様だ。
なんのためにこんなに書物を買っているかって?それは当然、一体どの職業が最強なのか調べるために決まっている。
一番役に立っているのは、最新の職種別のランキング表だ。もちろん、全職業分、集めている。で、これを読んで俺はすぐに新しくランキングに入った奴のところに決闘を申し込みに行っているのだ。
俺は、郵便受けの中から、最新の武闘家ランキングに目をやった。
「ランキング8位に驚異の新星現れる!」
という見出しに心躍る。もう夜も遅いが、今日はこの新人について、近所の居酒屋に話でもしに行こう。
「らっしゃい!エルさん。今日も遅いですね。」
居酒屋のマスターのドイルが愛想を振りまく。
「あー、今日も賢者になる奴が沢山いてな。ドイル、いつものを一杯頼めるかい。」
「あいよ。レモン割の赤ワインですね。少々お待ちください。でも、今日エルさんがいらっしゃるってことは、また新しい対戦相手が見つかったってことですかい?」
「それ以外の用で飲みに来ることあるか?」
「いやー、エルさんに目をつけられたルーキーはたまらんですね。で、今度はなんていう奴ですかい?」
「うん。ちょうど最新号の武闘家ランキング8位になったドロスとかいうガキだな。」
「ドロスですか。あー、最近よく名前を聞きますよ。なんでも売り出し中の拳法家のようで。よくこの辺の地下格闘技場で有名になっているらしいですよ!」
「へえ。地下格闘技場の選手なのか。そんなのがどうして表のランキング表になんか載ってくるんだろう?」
「いや、それがね。旦那。最近、そのドロスってのは、あのロイヤルミノアの洞窟の最深部にいるブラック・ゴーレムを倒したらしいですよ。」
「ロイヤルミノアのブラック・ゴーレムといったら、確か、魔法が一切効かない上に、剣でも切れないことでハンターたちも手を焼いていた最近発見された新しいゴーレムだよな?」
「その通りで。そのブラック・ゴーレムをドロスは体術で倒して首を引きちぎって、魔物換金所に先週来たらしいですよ。」
「剣でも切れないブラック・ゴーレムの首を引きちぎって?」
「はい、そのようです。」
「へー。それじゃあ、そいつは何か特殊な体術でも使うんだろうなあ。」
「まあ、エルさんにかかったら、いつもの通りでしょうが。今回も、あれですかい?相手の職業が一番戦いやすい職種で戦うんですか?」
「そこが大事なんだよなあ。武闘家だったら、一番やりやすいのは、シーフかな。」
「まったく、エルさんもお人が悪い。毎回毎回、よくもまあ、自分にとって不利な戦い方をしますね。」
「そうじゃないと、何が最強なのか分からいからな。この前なんて、魔法使いランキングに入っているものだから、てっきり魔法使いかと思って相手が戦い易いように武闘家スタイルで行ったら、相手も武闘家でね。魔法なんか一つも使えやしねえの。結局、俺がフロントチョークで絞め落としちゃったからね。また、あれぐらいのレベルの武闘家だったら、がっかりだなあ。」
「その魔法使いもどきもお気の毒ですな。」
俺は、その日は、ドイルの居酒屋で三杯ほど酒を呷りながら、ドロスって奴の居そうな飲み屋の場所を幾つか聞き出して家に戻って寝た。
コメント、悪口でも大歓迎です<(_ _)>