プロローグ 「書記官として」
「書記官として」
俺の名は、エルピス。様々な人々が【クラスチェンジ(職業選択)】するところウエスタ神殿で働いている書記官だ。といっても別に偉い訳でも何でも無い。月給僅か25万ゴールドの安月給の公務員だ。
そんな俺に対して、この世界には、英雄といわれる偉人たちが沢山いたし、今もいる。その英雄たちの職業は、様々だ。みんなここウエスタ神殿でクラスチェンジしていったという。俺は毎日大勢の人々のクラスチェンジを書記官として記録しながら、未だ答えのない問題に悩まされている。
それは「どの職業が最強なのか?」という極めてシンプルな問いだ。
職業といっても、様々だ。いわゆる勇者もいれば、武器を使う戦士、主に黒魔法を唱える魔法使い、あるいは反対に白魔法を唱える僧侶、素手で戦う武道家、素早さが売りの盗賊、特殊な芸を持った旅芸人、高位の騎士であるパラディン、冒険家のレンジャー、魔法と剣を同時に使いこなす魔法剣士、魔術を極めた賢者などなど、数を上げていけばキリがない。
俺は、この20年間、ずっと他人のジョブチェンジを見ながら、「結局、どの職業が一番強いのか」について考えてきた。
俺が生きている時代の英雄(=一番強い人)は、20年前王都キャメロットを襲ったドラゴンを倒した最強賢者と呼ばれるシーデさんだ。そのせいで、今クラスチェンジする者たちは圧倒的に「賢者」に転職するものが多い。もちろん、誰もが簡単に賢者になれるわけじゃない。賢者になるには、最低でも戦士としてレベル50を超え、魔法使いとしても僧侶としてもレベル45以上の認定を受けていなくては賢者になることはできない。もともと賢者というのは、一般に上級職と呼ばれるハイクラスな職業なのだ。
しかし、それでは、賢者が最強なのか?確かに、賢者になる条件は厳しいが、だからといって賢者が最強というわけではないと思う。現に、100年以上前に王都キャメロットどころか世界中を危機に陥れた魔王ルシファーを倒したとされる伝説の戦士ロスタムは、その死後もその威厳を称えた立派な銅像として今も王都に鎮座している。
なぜ、こんなことを考えているかって?それは、最初に言ったとおり俺の職業に根付いている。俺は、様々な人が日々クラスチェンジするここウエスタ神殿で、クラスチンジを記録する書記官としてに20年以上働き続けている。とはいえ、元々書記官になりたかったわけじゃない。若い頃は、こんな地味な書記官ではなく、俺も剣聖として歴史書にその名を残すディアムルドに憧れ、剣の修行に打ち込んだこともあるし、大魔法使いとして初級魔法書にもその名が何度も出てくるトリスメギストスのようになりたいと願い、魔術書を王都の図書館で読みあさった時期もあった。しかし、結局、今俺がしている仕事は、他人のクラスチェンジを身元台帳に記していく書記官だ。
ただ、そうなったのにも、俺には確かな理由がある。若い頃の俺は、世間のご多分に漏れず最強の英雄になりたかった。強くなる、ただ一心それのみを願って、クラスチェンジも何度もした。今流行の賢者だったこともある。一体、どの職業がもっとも効率よく強くなれるのか。いや、どの職業こそが一番強いのか。強さを追い求める俺は、ありとあらゆる職業に就いた。元々俺の家は代々賢者の家系だ。だから、賢者だったこともあるのも当然だった。
「おい、エル、お前何をボケっとしておるんだ!まだ後二十名ほど今日中にジョブチェンジされる方が待っておるぞ。」
おっと、いけない。ここの長であるデルフォイ神官に怒られてしまった。
「いや、最近は賢者になる方が多くて、そうなると最低でも三つの職歴があるので書き記していくのもしんどいですね。」
「うむ。シーデ様のご活躍の印象がまだ強く世間には残っているからのお。一昔前までは賢者になど早々なる者はおらんかったのに。今ではかつての上級職もありふれてしまっておるな。猫も杓子もみんな賢者になると言い張って、わしが適性についてアドバイスしても聞く耳ももたぬ輩ばかりだわ。」
神官殿も最近の賢者ブームには辟易しているようだ。かつて、といっても、シーデ様がドラゴン討伐をされる20年前までは賢者という職業は、ジョブチェンジするまでの条件がきついのに、なった後に、特に特殊なスキルがあるわけでもなく、攻撃呪文と回復呪文に加え、戦士としての戦いの経験も求められ、これらを活用して臨機応変に立ち回るだけの判断力が必要となる厳しい職業だった。
しかも賢者になってからはレベルがなかなか上がることがなく、戦士でレベルを20くらい上げるのに十分な経験値を積んで、ようやく1レベルUPするぐらいの極めてマニアックな職業だ。シーデさんでさえレベル120でしかない。もちろん、その経験値は単純計算して戦士のレベル2400ぐらいの経験値を積んでいなければならないし、実際には、レベルが50を超えた辺りから、指数関数的にレベルを上げるために求められる経験値は上がっていくので、単純に戦士のレベルに換算すると10,000レベルぐらいの経験値は必要なんじゃないだろうか。
とにかくまあ、シーデさんが登場するまでは、なる条件が難しく、なった後のレベル上げも大変なちょっとしんどい職業というイメージが強かったのは、間違いない。
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