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邂逅

更新が非常に遅いです。


無知が罪ならば、愚昧(ぐまい)が悪ならば、人間とは総じて咎人(とがびと)である。もしもこの世界に真理が何たるかを知る存在がいたとして、絶対善があったとして、それは世界を司る側──所謂神や精霊であって決して人間ではないからだ。


そんなことを心の中でぼやきながら、少年は目前の水面に視線を落とす。そこにいたのは鬱屈そうな表情をした凡庸な人間、無力でちっぽけな存在だった。

肉付きの悪い体に傷んだ髪、そして濁った瞳。水面にうつるそれを自分であるとは認めたくはないけれど、追い詰められて弱気になっているところを除けば普段と何も変わらない。日々を生きるのだけで精一杯な、惨めな人間。ただ生きているだけ、中身はまるでがらんどう。何もありゃしない。

そんな自分が目に入ってしまうことが、彼にとっては鬱陶しいことこの上ない。


(あぁ、本当に、何て惨めなんだろう)


「………はぁ」

「ハッハッハ、誰に逆らったかこれでわかったか」


今置かれている状況に溜め息をつく。すると、それを馬鹿にするかのように背後から嘲笑が聞こえた。

振り返った先にいたのは、下劣な表情を隠しもせず汚く笑う貴族の男。過剰な量の宝石が散りばめられた品のない服に身を包む趣味の悪いその男はと言えば、少年が反論しないのをいいことに再び偉そうな物言いをした。


「大人しく渡しておけば良かったものを。やはり我等と下民は別の生き物だな。いやはや、愚か極まりない」

「いや。物事をあるがままに捉えられる頭脳がお前にあるとは考えにくいから、多分それは勘違いだろう」


ディーと呼ばれているその少年のとんでもない発言を耳にして、男は額に青筋を浮かべる。

貴族を相手にしているとは思えない程の歯に衣着せぬ物言いだ。憔悴しきっているものだと思って甚振(いたぶ)ろうと考えていた男──ハロルドは、思いっきり顔をしかめた。


「下賎な貴様では私の高尚さは測れぬようだな!」

「他人を引き合いに出さずに、一般人の感性に基づいて自分の素晴らしさを語ってみろ。下賎だとか高尚だとか曖昧な言葉で誤魔化そうとするな」

「このっ……!ふん、いつまでそうやって余裕ぶってられるかな?敢えて現実逃避しているのかは知らんが、ここは普通の泉ではないのだよ」


気に食わないこの少年に一泡吹かせてやりたい、と。ハロルドはその一心でひどく嗜虐的な態度でそう口にした。


この泉は普通ではない─その言葉は真実である。ディーが立っているここは、特異な効能のある水が湧き出し、国からはトレーティス聖泉と言う名を戴いている有害指定区域であった。

別名は『裁定者の天秤』。他者を貶めたり虐げたりするほど、罪が重いほど苦痛を感じるようになっている効能が由来で名付けられたものだ。そこに貴賤の差はなく、いくら金を積もうがもたらされる痛みが和らぐことはない。


それだけ聞けば何てことはないと思うかもしれないが、恐るべきはその効能の強さだ。誰からも清廉潔白と言われる人を除いて、実に九割以上の人間が痛みを感じるほどの恐ろしい効力がある。故に、環境が劣悪で悪事に手を染めやすい孤児にとっては死を招きかねない劇物なのだ。

だからこそ有害物として認定され、国に認められた場合を除いて人間への使用を禁ずると定められたはずなのだが。ハロルドはディーの反抗が気に食わないから、ただそれだけの理由で聖泉の力を悪用することに決めたのだ。


「だからどうした。お前が欲しがったあのアンクレットは母の形見だ。これを見せられたからといって、恩人でもないお前にやるわけがない」


そう言って、じろりとハロルドを睨み付ける。


ディーは二歳の頃に母と別れてこの街で孤児となった。記憶にあるのは血塗れになりながら自分を抱き締める母親の姿で、恐らく彼女は自分が死ぬのだと悟って、路金の足しにさせるために高価なものを身に付けさせたのだろう。

と言うのもこの国では、物心も知らない子供がそれを身に付けていて殺してでも奪い取ろうとする人間は稀なのだ。無論盗まれる可能性はあるが、訳ありの貴族の子供と思われて保護されることは少なくない。この街には貴族に恩を売って豪遊した人間が割といるのだ。


形見として持っている金細工のアンクレットは、孤児である彼にとってはいざというときの生命線でもある。今までも奪い取られそうになったことは数えきれないほどあるが、ディーはその全てを返り討ちにしていたのだ。それは貴族ですら例外ではなく。

ハロルドが、相手の都合を無視して奪い取ろうとするほどに傲慢であったことが災いした。


「敬意がないのだ敬意が。形見とて敬愛する者であれば渡すだろうに貴様はそれをしなかったな。故にこれは不敬罪と言えよう」


その発言をまともに受けたディーは、はてと首を傾げた。


別に貴族や王族を尊敬していないわけじゃない。実際のところは違うかもしれないが、本来王公貴族というものはノブレス・オブリージュを強いられるため、日々を苦労なく生きているそこらの平民より余程辛い思いをしているはずだ。流石に孤児たちと比べたらまだましだろうが。故に、もしハロルドが強奪でなく懇願という形をとっていれば熟考くらいはしただろう。

──考えるのと渡すのは別問題なのだし。即座に断ったのはつまり、原因はハロルドにあるということだ。


「そんなに他人の大切なものを欲しがるとは、まさかお前はこれより質の劣る物しか持たないのか?貴族なのに金が足りないとは同情するが、それは悪癖だ。治した方が身のためだと思う」

「金なら腐るほどあるわ!貴様に相応しくないから取り上げようとしたまでだ、この愚か者め!この期に及んで私を侮辱するとはどういうつもりだ!?」


完全に煽っているような発言である。だが悲しきかな、生憎この部分に関してはディーは全て心から発言していた。彼を知る人々は口を揃えて変なところで純粋だと形容するがまさにその通りで、「もしかしたら理由があったのかもしれない」と認識してしまっていた。


「なら、そこまで固執するのは何故だ?これに何か秘められた力でもあるのか、それともお前に何か辛いことでもあったのか?やむを得ない事情があるなら話くらいは聞くが」


ディーの発言はそんな思考回路になったからこそのものである。けれど人となりを知らないハロルドにとってはただの罵り、ただの嫌味だ。彼は頭に血をのぼらせて怒り狂った。


「黙れ!つべこべ言わずさっさと入らんか!貴様の大切な孤児院を焼き討ちにされたくないだろう!?」

「お前が質問したから答えたまでだ。それにこれは神前契約だ、違えるつもりはない」


───ハロルドが指定する泉に浸かれば、二度とディーに難癖をつけないし危害を加えない。その禁を破れば最悪死ぬ。逆に、もし浸からなければ孤児院を焼き討ちにしても良い。


それが契約内容だった。この事態に陥るまで特に侮るような発言もせず割とまともだった少年に対して、あまりに常軌を逸している要求である。どちらかと言えば貴族寄りであるはずの神官さえ契約の中身を知って、眉をひそめて気遣うような視線を向けていたくらいだ。きっとこの男の振る舞いは恐らく人道に反した行為なのだろう。


(やるしかない、か…)


だからと言って逆らうという選択肢は存在していない。故に、ディーは泉に向かって恐る恐る足を踏み出した。


死ぬかもしれない条件であれば、どうにかして逃れようとしたかもしれない。しかしディーは生まれついて心身共に恐ろしいほど丈夫であり、今まで悪事を働いたことはない為に死にはしないと確信していた。


無論、死なないからと言って痛みを感じない訳ではない。何故だか昔から他人を怒らせてしまうことが多かったし、自覚していないだけで怨みは買っているだろう。きっとかなり痛い目に遭うはずだ、それこそ針の(むしろ)に座るような。

しかしそれでも孤児院を焼き討ちにされるよりは幾分かましだった。ディーがお世話になっている孤児院は、ここらでは珍しく孤児に真っ当な権利がある場所だ。働いた分だけ食べ物にありつけるし最低限ではあるが教育を施してくれる。当たり前だと思うなかれ、財政難や施設員の悪逆によって奴隷のような扱いを受けるところが大半なのだ。


だからこそ、そんな孤児達の希望の場所が自分一人の我儘で潰されるようなことがあってはならない。どんな苦痛が押し寄せようが耐えなければならない。それでこの男に二度と因縁をつけられないならば尚更に。


「早くしろ薄鈍!ぐずぐずするな!」


バシャンッ


ディーの耳にそんな音が届いた。自身が条件反射で飛び込んだのだと気が付いたのは、身を刺すような冷たさが体を包み込んだ時だった。それは社会的弱者が強者に媚びるための、生き残る為に身につけた生存本能だ。


飛び込んだディーに襲いかかったのは、痛みでも何でもなく衝撃だった。負荷ではなく驚きという意味で。


(な、んだ…これは………!)


恐れていた苦痛は訪れる気配すらない。顔をしかめるくらいには痛みが押し寄せるものだと覚悟していたが、実際に彼が味わった苦痛と言えば、左足の踝の痣の鈍痛のみ。

興味本位で両目を開いてみてもやはり痛みはない。幻想的な光景しかそこにはなく、体を蝕むどころかこれまで蓄積していた小さな傷が癒えていく感覚すらある。


不意に与えられた恩寵と滅多に見れない幻想的な光景。ここが桃源郷(ユートピア)か、と感動したディーは、罰だと言うことをすっかり忘れて数十秒ほど泉を堪能していた。


「─く────なさい、───」

「────れ、───の──に─」


「っ…!」


頭上から降ってきた複数の声に、ディーはハッと我に返った。

耳を澄ませてみると、どうやらディーを聖泉に浸からせてしまったことに対して注意しているようだった。この泉の本来の管理者なのだろうか、貴族に対してかなり強気な態度だ。


(十分楽しめたしそろそろ上がるか)


これ以上揉められるのも後々厄介になりそうだし、そろそろ息も続かなくなってきた。あの男が課した役務はこれで果たした訳だし、文句を言われる筋合いはないだろう。


ディーは水面からぴょこりと顔を出して平然とした顔で、言い争っている二人に声を掛ける。


「おい、浸かったぞ。契約は成立だ」

「は?何故痛みを…………いや、違う。これは無効だ。お前が浸かるべきはトレーティス聖泉だぞ?そこらの辺鄙な泉に浸かったからと言って何になる!?」


「──いいえ、契約通りです。貴殿は泉の名の指定をされませんでしたね。内容に誤りはありません。もしも異議があるなら、どうぞ私に」


信じられないとばかりに声を張り上げたハロルドに、精悍な顔立ちの青年がぴしゃりと言い返した。見覚えのある顔─確か契約監督者として教会にいた神官だ。

噂を信用するのなら、聖泉に浸からせてまだ足りない罰などそうそうない。今回に関しては非は明らかにハロルドにある訳で、いくら貴族と孤児のやり取りであっても、流石に何度も重い刑を課すのは見逃せないのだろう。まあ、真実を知った上で建前で優しく振る舞っているだけの可能性もあるが。


「くそっ、教会に引きこもるのが日課だった癖に何で今日に限って出て来た!」

「あなたが彼に追撃する可能性があったからですよ。私が許したのは『あなたの指定した泉』であって、トレーティス聖泉に浸からせ直させることまでは許可しておりませんが?それより─」


──そこの少年、体に障りはありますか?


最底辺の身分の者に対する言葉遣いとは思えないほど丁寧な口ぶりで、彼はディーに手を差し伸べた。流石司法官なだけあって理性的な面持ちだ。


そう、神官と言っても彼等は生活の安寧や死後の平穏のために神に祈りを捧げる訳ではない。法律を学び規律を重んじ、絶対中立を掲げる裁定の女神・エンリテの名において咎人(とがびと)の罪を裁くことが生業(なりわい)の、司法の番人である。

エンリテは実在が確実視されている数少ない神の一柱であり神格は相当高い。神格が高いほど裁きの力は強く、人間の殆どに痛みを与える例の聖泉を作ったのも彼女である。そんな神の名を軽んじると痛い目に遭うことは分かりきっているわけで、神官とはその特性を利用した司法制度であった。


「問題ない。気遣い痛み入る」

「こちらこそ事前に止められず申し訳ありませんでした」


苦笑しながら神官の手にすがる。ディーが握り締めた手に力を込めて泉から上がろうとした途端、神官はものすごい勢いで手を引っ込めた。


「おっ……と、そういう遊びか?驚いたな」


ハロルドに歯向かっていたからてっきりこちら側だと思っていたのだが、縋る手を振り落とすとはなかなかに悪趣味だ。

体勢を崩しかけたディーは、怪訝そうな表情を浮かべつつ一人で泉から出た。悪戯の範疇なので特に怒りはしないが、もしそれが嫌がらせだとするなら子供じみているような。


しかし、どうやらそうではないらしい。彼は顔をしかめて手の閉じ開きを繰り返し、深く深く息を吐いた。

あの動きには覚えがある。人身売買から孤児の仲間を救い出そうとしたときに、売人に鉄の棒で思いっきり殴られた後の自分と全く同じ動き。つまり痛がっているのだ。


「どうした、どこか痛めているのか?生憎とこの付近には高貴な身分の者を診る医者がいなくてな、良ければ俺の知り合いの─」


気遣いの言葉を手で制すると、苛立ちを隠そうともしないハロルドの方を振り返って、神官は恐ろしいほど冷たい声音で言い放った。


「良かったですねマレボルン卿、お探しの聖泉はちゃんとこちらにございますよ。どのような意図で条件をつけたのであろうと、これで完全に契約は成り立ちました」

「レヴィア、貴様っ…」

「私をお疑いになるのであれば仕方がない。その身を以て存分に味わって頂いても構いませんよ。神前契約が正しくなされたことを証明するため、私がそれを許可します」


神官─レヴィアの言葉に文句をつけようとしたハロルドは、獲物を狙うような鋭い瞳に気圧されてなす術なく口を閉じた。

悪逆をなす者は必ずしも愚かではない。人間的な愚かさではなく頭の出来だけを見るのであれば賢しい人も少なくないのだ。実はディーを散々痛め付けようとしていたハロルドも同様で、社会的弱者を見極めいたぶる頭脳だけは一流であった。


この国は別に三権分立を提言しているわけではない。そのため、司法官に近い存在である神官が貴族寄りなんてこともある。しかし大半が司法を担う者としての誠実な心をきちんと持っていて、レヴィアもその一人である。下手に逆らうと、神殿と親しくしている一部の貴族を敵に回しかねないため面倒なのだ。

そう気付いたハロルドは即座に降参した。


「ああ、わかった!契約通りそっちの餓鬼に難癖をつけるのはやめる。それに通ずるような真似もな。これで良いな!?」

「待て。理由もなく他人から大事なものを奪おうとしたのか。いつからそんなことをしていた」


これで争いは終わったかに思えたが、そうは問屋が卸さない。温情をかける必要のない相手だと判断したディーは、引き下がろうとしたハロルドに追い討ちをかけるように、侮蔑の感情を込めて言い募る。


「……………」

「まさか、ずっとそうして来たのか?子供でもわかる道理を理解できないとは笑わせる。挙げ句の果てに、逆らった者に絶命しかねない罰を下そうとするとは見下げた奴だ。愚か極まりない」


それはまさしく嘲笑だった。

ディーは脅迫等によって悪事に手を染めていた者を見下すような真似はしない。決してその意思の脆弱さを嗤うことはせず、過ちを犯したことを悔やませて真っ当な人生を送らせるために親身に行動する。しかしそれでもどうしようもない人種は一定数いるわけで、彼はそのような人間に対しては驚くほど冷酷なのだ。


「相変わらず腹が立つ喋り方しやがって…」


ぎりりと歯軋りをする。孤児ごときが貴族に逆らうなど身の程知らずにも程がある、殺してやりたい。内心ではそう思っているし先程までなら何の躊躇いもなく実行したのだろうが、神官の前で正式に契約を交わした手前どうしようもない。


保身の才能が囁いている。これ以上抗うと不利になると。

そのような予感を一度たりとも外したことがないハロルドとしては、最早負け惜しみしか言えなかった。


「覚えておけよ、貴様の…」

「マレボルン卿?そんなに爵位が惜しくないなら仰って下されば宜しいのに」

「失礼する!」


いや、それすらも言えなかった。

レヴィアが続きの言葉を紡ぐのすら見たくなかったのだろう、ハロルドは足早にその場を後にした。






ハロルドが立ち去ってから数分後。

静まり返った泉の前で、レヴィアは大きなタオルを渡しながらディーに優しく声をかけた。


「さて、少年。少し話をしても?」


服がずぶ濡れになっているためあまり意味はないのだが、善意だと思って有り難く受け取っておくことにする。暫く受け取ったタオルを眺め、ディーはそれを使うことはせず片手で持ち直して顔を上げた。

助けてくれたことには感謝するが、ここで厄介な頼まれごとをされてはたまったものではない。世の中は助け合いが大切だと言われようがそんなものはディーの知ったことではないからだ。自身が施した善意に見返りを求めないからこそ、他人もそうであると信じて疑わないのである。


「別にそれ自体は構わないが俺は持たぬ者だ。何か対価を求められても困るぞ」

「はは、そんなことしませんよ。他人を甚振(いたぶ)る趣味などありませんし」


ならば良かった、と安堵の息をつく。それを話をしても良いという合意と捉えたのだろう。レヴィアは聖泉の方へ向き直り、ぽつりぽつりと話し始めた。


「君はあの聖泉で裁かれるはずではありませんでした。罪を犯していないと言う理由もそうですが……他言無用ですよ、実は君に迷い子の符を貼っていたんです。聖泉を使った拷問が行われそうな度に使っていましたがこれまで失敗したことなどなかったので、今回も問題ないと思っていたんですけど」

「な、何だって?馬鹿げてる。そんなことあり得るはずが…」

「事実です」


迷い子の符。

馬車などに貼られることが多いその符は、標的を意図的に遭難させる際に─つまりは暗殺などに使われるものだ。符の周囲では動物どころか無機物ですら方向感覚を狂わせるため、目的の場所にはどうやっても辿り着けない代物である。精霊の力を利用していることはわかっているのだが、仕組みが全く解明出来ていないために複製品すら殆ど出回らない。


そんなものを神官が持っていることにも驚きだが、それ以上に、符を貼られていたのに目的地である聖泉に辿り着いてしまったことに衝撃を受けていた。

結果としては素晴らしい体験だったが、あの効能が言った通りのものだったとすれば笑えないことになっていただろう。


「聖泉が癒す力を持っていたから良かったものの…もし本当に痛みを感じるものであったら大変だっただろうな。気遣い感謝する」

「はい。………ん?何か勘違いなさってますね。聖泉は噂と違わぬものです。君が罪を犯していないことと痛みを感じにくい体質が重なっただけですよ」

「それは考えにくいな。古傷が治ったことの説明がつかない」


「────ほ、本当に!?」


レヴィアは素頓狂な声を上げた。

聖泉から上がったばかりのディーに触れた時、彼はとてつもない痛みを感じた。後遺症はないが神官ですら暫く手が痺れるほどの効力…あの泉は間違いなく本物だ。だというのに目の前の少年は痛みがないどころか傷が治ったと言っている。

そんな逸材、手放すわけにはいかない。


「事情が変わりました。前言撤回して申し訳ないですが、生憎と君を放っておくわけにはいきません。マレボルン卿からの追撃を防いだ対価、今ここで支払っていただきましょうか」

「内容にもよる。元より、可能な限り協力はするつもりだった。だが残念だ──脅して言うことを聞かせるなんて、ハロルドというあの貴族と変わりがな」

「はぁ!?あんなのと一緒にしないで頂きたい!………あっ」


ディーの言葉を遮って、レヴィアは悲痛な声でそれを否定する。そして顔を青ざめさせて慌てて周囲を振り返った。

チチチチ、と小鳥の鳴き声が響き渡る。誰かに聞かれた様子もないし気配もない。セーフ。


「…………………………」

「そ、そんな目で見ないで下さい…あの…」


体勢を戻すと、いつの間にか保護すべき少年から可哀想なものを見る目を向けられていた。誰にも言わないよ、と今にも言いそうな彼の顔は聖母じみている。

自分より酷い境遇の者に哀れみを向けられるとはいっそ惨めだ。


「はい、終わりです。この話は終わり!さあ、ついてきなさい。君の不利益になることは断って良いですから、多少は協力して下さいね」

「ああ、わかっている」


ふんすと鼻息を荒くするレヴィアに、ディーは苦笑しながら付き従った。



ディー:本作主人公

基本的には良識のある人間だが、敵認定した相手に容赦がなく、天性の煽りの才能をここぞとばかりに発揮する。

また、興味や関心を持ったものの習得を悉く可能にする恵まれたポテンシャルの持ち主だが、不要だと思ったことは欠片も頭に入ってこないため、意外に苦労している。天才タイプの人種。

敬語を使えない、使えても長続きしないことが最近の悩み。


ハロルド:マレボルン伯爵の次期当主候補

元来の性格がクズなので環境が悪かろうが良かろうがやることは変わらない。平民だったら思考停止状態で貴族が悪いと喚き散らし、王族だったら逆らう者を皆殺しにするタイプ。

自己中心的な人間で、思い通りにならないことがあると烈火のごとく怒り狂う。身分を笠に着るが、身分制を絶対視している訳ではないので一部の高位貴族も内心馬鹿にしている。


レヴィア:神官

エンパス体質。敵認定していない人間に対しては強く共感能力が働いてしまうため、精神安定のために余程のことがない限り教会に引きこもっている。最近少し吹っ切れた。

共感能力が高すぎて悪逆行為ぶっ潰すマンと化している。実は高位貴族の血が薄く流れているので教会内での発言力が強い。

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