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ぷろろーぐ:ある日の下校風景

「愛さん! 好きです! 付き合ってください!」


 髪をつんつんに立てた少年が、深々とお辞儀をしながら、ラブレターを握った両手を前に突き出し告白をする。


 制服のブレザーがやたらびしりと決まっているのが、髪型とちぐはぐだ。

 おそらくこの少年、いつもはだらしが無いのだろう。俺の偏見だけど。

 右胸にある校章の縫い付けられたワッペンが赤だから、どうやら同い年のようだ。


 学校前の上り坂。朝の登校時だろうが夕方の下校時だろうが俺を憂鬱にさせるに事欠かないこの坂は、今は桜の花びら舞う雰囲気の良い坂となっている。

 上り下りが怠いのに変わりは無いけど。


 少年と俺達が居る場所は、その坂を下りきってすぐ右手側にある、『溜め池前憩いの広場』といった感じの場所。

 池が沈む準備を始めた太陽の光を乱反射させ、その水面を宝石みたいに輝かせている。


 で、今告白されたのはもちろん俺――な訳もなく、隣に居る、溜め池の周囲に設けられた柵に腰掛け、足をぷらぷらと遊ばせている、学年一の美少女こと相原あいはら あいだ。


 しかし……これまた昭和の香り漂う告白だった。もうちょっと、現代風にクールでポップな感じに告白できないのか少年よ。

 あと、ぱんつ見えないかなとか思って、ちらちらとスカート辺りを見るのは止めた方がいいと思うのだけど。


「おとこわりするよ」


 愛は愛でまた言い間違えるし。こいつはホントに学級委員長さんなのだろうか? ときたま不安になる。……かといって、別段頭が悪いわけでもない。というか、目茶苦茶頭が良い。

 それこそ、成績万年学年下位の俺と比べれば天と地、月とスッポン、雲泥の差なわけで。自分のダメさ加減に幻滅しそうだ。


「そ、そんな……」


 少年はがっくりとうなだれてから、俺を一瞥する。いつもながら、おとこわりでも伝わるから不思議だ。しかし……なんだ、少年は俺に乗り換える気なのだろうか? それこそお断りだ。


「こ、こいつが彼氏なんですか?」


 初対面、しかも彼氏という前提なのにこいつはないだろう。本当に彼氏だったら失礼過ぎる。


「……ううん。ゆー君は彼氏じゃないよ。ただの幼なじみ」


 “ただの”が個人的に傷ついたりする。悪意があるわけではないのだろうけど、でぴしゃりて言い切らなくとも良いのでは。


「じ、じゃあなんで貴女みたいな人がこいつなんかと――」


 貴女って、おまえは貴族か。しかも、さりげなく俺に失礼な事言ってるし。


 愛をちらりと見てやると、その小さな口をさらに小さくすぼませて、目を細めていた。愛特有のむっとした表情だ。


「ゆー君は“こいつ”って名前じゃないよ。ゆー君はゆー君なんだから。ねえ?」


 腰まである、混じり気の無い黒髪をさらりと揺らして、愛は俺に賛同を求めるため顔を向けてきた。


 今更ながら、人前で“ゆー君”と呼ばれるのが少々恥ずかしかったりする。我が家と相原家はお隣さんで、親が友人同士のため、よく家族間交流がある。だから愛とはほぼ毎日遊んでいた。遊んでいるうちに、いつの間にかこんな呼び名になったんだっけ。

 ちなみに、今は遊びに行くことより、勉強を聞きに行くことの方が格段に多い。


「ん、まぁ、名前はゆうだな」


 俺の返答に愛は「ゆー君だよねぇ」とよくわからない一言を言って、破顔する。一部の男子が、“太陽より眩しい微笑み”と言ってるのがこれだ。

 この笑顔を常日頃見ていて、特になんとも思わない俺は相当贅沢なのだろう。


「ほら、こいつじゃなくてゆー君だよ。分かった?」


「は、はぁ……」


 少年は、生返事しか返せない様子だ。俺も少年の立場だったら、同様の反応しかできない。


「……はい、お話はお終いだよ。ゆー君、帰ろっか」


 愛は、ぴょいと柵から降り、愛から見て右手側にあるベンチに置いてあったスクールバックを両手で持つ。俺も、背負っていたスクールバックを良い塩梅に直してやる。


「ばいばい。また、お話しようね」


 愛は少年に向けて、ひらひらと手を振りながら笑いかけ、くるりと方向転換。楚々と歩き始める。

 一歩毎にふわふわ揺れる暖色系のチェック柄スカートは、どことなく愛の機嫌の良さを現しているようだ。まあ、愛が不機嫌な時なんてまずないけど。


 というか愛よ、またお話しようねはないと思う。少年に夢を与えてどうするのだろうか。少年の反応が気になり一瞥すると、上の空で顔をぽーっと紅潮させて、愛の後ろ姿を眺めていた。


「……あー、少年よ」


 俺の呼び掛けに、少年は反応しない。少年の視線は、愛の背中、というより尻を目で追っている。


 …………ほっとこ。


 変態少年は放っておいて、俺は、少し早足気味に愛の背中を追い掛けた。




 ◆


 沈みかけの夕日が、街を朱色に染め上げる。白い外壁はみな総じて、淡い朱色へと変容していた。

 閑静な住宅街。車の排気音や雑踏の喧騒とは、薄皮一枚で仕切られている。静かなのは良い事だ。


 隣をぽえぽえと歩く愛は、どこか危なっかしい歩き方だった。何と言うか、注意が欠陥したような歩き方。周りを見ないでマイペースに歩いている。

 俺は、その愛に合わせてゆっくりと歩いていた。一人で歩かせる愛ほど危険なものはないからだ。


 仮に、愛を一人で歩かせるとしよう。おそらく愛は、側溝にはまるか、電柱に激突するか、猫を追い掛けて道に迷うかして大惨事だ。ちなみに、これらは全て過去にあった事故。

 言うなれば、俺は愛のぽえぽえ歩きを警護しているわけだ。


「なあ、愛」


「ん〜?」


 愛は立ち止まり、ゆっくり、ゆ〜っくりと俺の顔を見る。少し上目遣いになっているのが可愛らしい。


「なあに?」


 愛は、フクロウみたいにして小首を傾げる。俺の次の言葉に向ける期待は、そっくりそのまま透き通るブラウンの瞳で輝いていた。くりくりとした大きい目は、どこと無く小動物を連想させる。


「?」


 愛は、何も言わない俺を訝りさらに首を傾げる。そのはずみでさらりと揺れ踊った黒髪は、夕日の濃い朱色にも染まっていない。


「……おまえさ、モテるよな」


 俺の言葉に、愛は考え込む。右人差し指を下唇に当て、視線は何もない虚空を見つめている。


「…………そうかな?」


 愛は俺に視線を戻し、言い放った。自覚はないのだろうか。


「いや、そうかなって……。おまえ、何回も告白されてるだろ。高校入ってから少なくとも十回以上は。これをモテると言わずして何と言うのか。十文字以内で簡潔に述べよ」


 俺の唐突な出題にも、愛は動じない。

むぅ、と少しだけ唸って、すぐに口を開く。


「きっと偶然だよ」


 きっとぐうぜんだよ。九文字。条件はクリアしているが、大いに説得力に欠けているような。


「いや、偶然じゃないだろ」


「えー」


 愛は不満げな声を上げて、“なんで?”といった感じの視線を投げ付けてくる。


「いや……そんなに告白されるやつなんてモテるヤツ以外の何者でもないだろ」


「うー……」


 愛は不服そうに、唇を尖らせて唸る。


「……まあ、要するにおまえはモテるんだ」


 まとめがかなり曖昧だ。というか、まとめになってるのだろうか。結局行き着く先はモテるかよ。……俺、頭悪いもん。仕方ないよ。うん。

 と、自己完結してみたり。自分から出題しておいて、何て言う体たらくなんだろうか。我ながら学に乏しい事を痛感させられる。


「モテる……かぁ」


 愛はそう呟き、またぽえぽえと歩き始める。確かそっちには側溝が……って、気付いてないし。


 このまま歩かせておけば側溝にまっしぐらじゃないか。というか、もう側溝目前に居る。なんでこういう時だけ微妙に早足なんだよ。


「ちょっと待てえい!」


 脳内ツッコミもほどほどに、今にも落ちそうな愛を慌てて呼び止める。


「ふえ?」


 愛は、間の抜けた返事をしながら、側溝手前二十センチくらいのところで立ち止まった。まったく、危ないところだった。俺は、ゆっくり、ゆ〜っくりと振り返ろうとしている愛に駆け寄る。


 まあ、マイペースなやつだこと。駆け寄ってきた俺を見て、「どうしたの?」なんて言う。

 こっちは、おまえが側溝に落ちそうだったのを慌てて助けてやったんだからな――なんて恩の押し売りは、心の中にしまっておこう。


「いや、先に行かれるといろいろと不安だから」


 これはまったくの事実だ。愛を一人で歩かせたら、閑静な住宅街は危険一杯のデンジャラスゾーンに豹変してしまう(愛にとっては)。それこそ、祭の雑踏の中に小さな子供を野放しにしておくようなものだ。……いや、それは言い過ぎか。スケートリンクに裸足で乗り込む、くらいの危険度が打倒だろう。


 俺の心配を余所に、振り返り終わった愛はどこか浮ついた顔をしていた。頬が赤らんで見えるのは夕日のせいだろう。夕日に照らされたワッペンは、頬と同じかそれ以上に赤い。それは、金糸の刺繍とあいまって紺のブレザーにきらびやかに映える。


「ゆー君……」


 何かおかしい。夕日にしては頬が赤過ぎる。熱でもあるのだろうか。とりあえず、額に手を当ててやる。


「あ……」


「熱は……ないか。まあ、告白された後だしな。断って疲れたんだろ」


 と、医者に聞かれたらびっくりされそうな診断を下してやる。


「う、うん。そうかもね……」


 愛は、どこと無く寂しそうな顔をして、ふいと横を向く。こういう顔を見るのも、久し振りかもしれない。


 ――それで、思い出した。幼かった時、まだまだ世間知らずで馬鹿だった頃だ。約束したんだっけ。神社の、大きな御神木の下で。俺はやっぱり馬鹿だ。忘れていた。泣いていた愛を元気づけるために、交わした約束を。


「愛……」


 愛の肩を掴み、こちらに向かせる。愛はびくりと身を竦め、恐る恐る俺の顔を覗き込む。


「ゆー君……」


 胸を叩く鼓動が煩い。少し黙っていてほしい。心臓が黙ったら死ぬけど。


 顔を、すっと近付ける。視界全体が愛の顔。夕日を受けて輝く瞳。ピンクの潤んだ唇に、紅く染まる頬。

 一本一本がしなやかな髪の房を、すっと右耳に掛けてやる。愛は、くすぐったかったのか、ぴくりと身を竦めた。


 俺は、その愛の耳元に口をやる。えもいわれぬ女の子の香りが、鼻腔いっぱいに広がった。そして俺は――










「知ってるか。英次えいじってガチホモなんだぜ」


 と言ってやる。まぁ、あいつだしネタには丁度良い。英次には、後でジュースでも奢ってもらおうかな。ネタになれた事を光栄に思うがいいさ。


「…………え、えぇぇ! そうだったの? 英次君、そ、そんな人だったの?」


 愛はびっくらこいて声を上げる。その声は、少し耳に痛かった。が、そんな事はどうでもいい。

 愛の耳元から顔を離して、真面目な顔で愛を見つめてやる。愛は、未だにびっくらこいていた。


「ああ、そうだ。あいつは気をつけたほうがいい。

 昨日、自販機の下漁ってたんだけどな。すぐ後ろにヤツが居たんだが……なんて言ったと思う?」


 プライドとかは、まぁこの際溝に捨てておこうか。返答を求め愛の目を見ると、早く続きが聞きたい、といった目をしていた。……よし、ご要望にお答えしよう。


「『おまえなかなか良いケツじゃねぇか。ま、ボブのケツには及ばないけどな』……だとさ。あん時は鳥肌総立ちだったよ。てか、ボブって誰! みたいな」


 わざとらしく声を張り上げて言うと、愛は頬をふっと緩める。


「ふふっ、そんなの嘘でしょ」


 あっさり看破されてしまった。だがしかし、あえて俺は嘘を突き通す。


「いや、ヤツはガチホモさ」


 俺がそう言うなり、愛は肩を震わせる。怒っているわけではない。笑いを堪えているのだ。


「くっ……あははっ! そんな下手くそな嘘っ、ふふっ、笑えないよっ! あはははっ!」


 とうとう、愛は腹を押さえて笑い始めた。こいつは笑いのツボが浅くて助かる。


 ――これが、約束。が悲しんだり寂しがっていたら、俺が笑わせてやるというものだ。今にしてみれば、ガキの浅知恵だったかな、という感じはする。今も浅知恵ではあるけど。


 多分、このギャグは愛しか笑わないだろう。英次本人に言ったら泣くかな。まあ、あいつはどうでもいいか。


「はははっ……ひぅ……」


 笑い過ぎて、愛はちょっと呼吸困難に陥ってしまったようだ。


「お、おい、大丈夫か?」


 愛の背中をさすってやる。愛は、苦しそうに少し咳込む。


「けほ……だ、大丈夫だよ。……ありがとう、ね」


 『ありがとう』、というのは何に対しての『ありがとう』なのだろうか。今、心配した事にか。それとも、呼吸困難になるまで笑わせてやった事にだろうか。訊こうかと思ったが、やっぱり止めた。


 だって、そんな事はどうでもいい。お礼を言うのに、一々理由が必要なのか? いや、必要だけど。


 ……なに脳内で格好付けようとして失敗してんだ俺は。アホなのか。はい、アホです。秘技、脳内自己完結。


「あーっ! なんなんだこのテンション! 一人芝居がそんなに楽しいか?!」


 いきなり頭を抱え叫びだした俺を見て、愛はまた大笑い。


「ゆ、ゆー君……! あははっ! 何して……あっははは!」


 ああ、何て言うかアレだ。“幸せ”だ。でも結局、俺と愛は“ただの”幼なじみなんだ。悲しきかな。


 いつまでもこんな関係で居ると、愛はいつか、どこかの御曹子の元へ嫁に行ってしまう。いや、御曹子とは限らないけども。もしかしたら、家はプレハブのむっさいオッサンの元へ嫁いでしまうかもしれない。

 ……オッサンなんかに負けてられるか。俺は愛に相応しい男になって、愛を嫁に――


「って! だから俺は何を考えてんだ! うわぁぁん! ちくしょー!」


「ひぅ……だ……め、あはははっ!」


 沈みかけの夕日に照らされ長く伸びている、馬鹿な俺と愛の影。穴空き道路に薄くへばり付くように伸びていた。


 電線の間から見える、夕焼け空。それに広がる茜雲は、なんだか心に染みる。

 懐かしい。幼い時分、馬鹿みたいにはしゃいで、へとへとになって家路に就いた時と同じ風景だ。小・中・高、一貫して変わらない下校時の空でもある。


「ゆー君? 早く帰らないと暗くなっちゃうよ」


 笑い終わった愛が、ほんの少し不安げな声を漏らしながら、くいくいとブレザーの袖を引っ張る。


「あ、ああ。そうだな。早く帰ろうか」


 そんな愛に微笑みかけてから、俺はゆっくりめに歩き始める。愛は、少し遅れてぽえぽえと着いてきた。


「しかし、腹減ったな。今日の夕飯なんだろ」


 隣に並んだ愛に、他愛のない話を投げ掛ける。


「確かに減ったねえ。うちは、おでんとエビチリとハンバーグだって。早く家に帰って手伝わないと」


 愛は、にこにこ笑いながら返答してくれた。


「うおっ、なんだその和・洋・中の共演。てか、おかず多過ぎだろ」


 昔から変わらないこの笑顔。こいつ、いつも笑ってたっけ。いつも楽しそうにしていた。


「そうなの。おかずが多くて残しちゃうんだ。……あっ、そうだ。今夜、こっそりゆー君にあげるよ」


 小さい頃から今まで、何回も何回もゆー君がどうしたゆー君がなんたらって言ってたんだよな。

 いつも口を開けば俺の事ばかり。


「ははっ、そりゃ良いや。愛ん家の飯は美味いからな」


 きっと、男兄弟が居ないからだろうな。俺の事を兄か弟みたいに思ってくれていたのだろう。おそらく、どちらかといえば手のかかる弟か。

「じゃあ、八時に私の部屋に来てね。絶対だよ」


 こう無邪気なのもどうかと思う。夜に、この年頃の男子を部屋に招き入れるとは。……まさか、俺なら良いとか。

 ――ないか。愛はこういうのに疎いからな。下ネタを話してやるとすぐに顔を真っ赤にするくらいだし。


「ああ、解った。……でも、勉強教えてもらって、しかも飯まで食わせてもらってたら、駄目だよな。……よし。愛の好きな黄な粉チョコでも持ってくかな」


 愛は、黄な粉チョコという言葉を聞いて目を輝かせる。


「わーい。黄な粉チョコだあ。ゆー君ありがとー」


 愛は胸の前で手を組んで、上目でこちらを覗き込みながら喜ぶ。尻尾が生えていたら、ぱたぱたと左右に振っていそうなくらいの喜び方だ。


「礼には及ばないさ――っと、もう家に着いたか」


 何とか、太陽が沈む前に家に着いた。今日はあの少年のおかげで、少しばかり遅くなってしまった。


 愛はそう言って、濃い朱色に染まった家に入る。

 愛の「ただいまー」という声が聞こえた後、俺も家に入ることにした。


 愛の家から一・二メートル離れた(?)ところに我が家はある。愛の家と我が家は大体同じ造りで、違うところといえば屋根が愛の家は青、我が家は赤という事くらいだろうか。


 狭い庭を抜ける途中、青いじょうろで色とりどりの花に水をやっている母さんを発見した。

 夕日と似た色のエプロンをして、黒い髪は結わえ上げている。よくよく耳を澄ませてみれば、一昔前のラブソングを少しノリノリで口ずさんでいるのが聞こえた。


「ただいま」


 俺の声に、母さんはすぐに反応してこちらを見る。そして、ふっと微笑んで一旦じょうろを置いた。


「おかえり勇。……お腹減った、って顔してるわね。今日の夕飯は唐揚げとお刺身だから」


 こういう日に限って、夕飯は俺の好きなメニュー。母さんは意地悪だ。


「あー、早めに食っていい? 愛のとこに行くから」


 愛、と出した途端、母さんは目の色を輝かせる。

 母さんは相原家の姉妹のこと好きだからな。母さんいわく、『みっちゃん達の子供は私達の子供』らしい。こういう、年月を経ても変わらない友情って珍しいと思う。愛の両親とうちの両親。昔どれだけ仲が良かったのか、少し気になったりする。


「そうなの? じゃあ何か持ってかせなきゃ」


「あぁ……黄な粉チョコ持ってくからいいよ」


 俺がこう言うと、母さんは至極残念そうな顔をした。良心が痛むような顔だった。母さん、申し訳ない。


「そう? じゃあ、早く行って来なさいな」


 年頃の息子の夜這いを促すとは、母さんもなかなかに悪だ。……いや、夜這いじゃないけど。

 というか、そんな事をして俺はどうするのだろうか。愛と俺の関係はそんな安っぽいものではない。


「解った。んじゃ、先に飯食うから」


 俺はそう言いながら玄関に歩み寄り、戸口に手をかけた。


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