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無邪気な視界

「で、何の用件なのだ? 手短に頼むぞ」


 視線を気にしつつ、かつての部下に声を潜めた。この静けさでは、富岡の話すことはこの三人にも筒抜けだろうが構うものか。


「アダム四世が勝手に画を描き始めたのです! 全く理解できないことです、とにかく、見てもらいたいのです!」

「なに? 絵だぁ?」


 富岡の焦りようは声の調子からも明らかだった。しかし、まさかこのタイミングは何とも怖いくらいで、桝田も榎本氏も、妻でさえも目を見開いた。


「わかった。こちらの用事もひと段落ついたところだ。向かわせてもらう」


 私は榎本氏にお礼を言って、桝田もろとも立ち去ろうとした。しかし、この画家二人(並列に並べるのは失礼だろうが)はその画も見たいと訴えた。アダム四世は医療福祉介護に関わる万能ニューロロボティックスの四代目。今頃なら社内で運用試験に入っている代物である。それを見せるということは、当然社外秘に触れる。妻でさえも立ち入りを許可したことはない。


「ねぇあなた、未知との芸術交流に畑違いの人間がいたほうがかえっていいかもしれないわよ? それに、こんな中途半端に知っちゃったら、むしろ危ないんじゃない?」

「……あーもう、分かった」


 妻は憲法よりも、いやいつの間にか、誇りよりも重くなっていた。以前の私なら折れないだろうに、まったく歳を取ったものだ。画家組も満足そうに笑みをたたえた。

 社の研究所までは車で一時間程度である。ガソリン自動車に感動する榎本氏に私は少し気をよくして、アダムシリーズの概要を少し教えた。四本のアームを持つ阿修羅のような相貌で、犬の様な人懐っこい顔をしている。無理に人に寄せるよりも愛嬌があり、心の弱った人たちもアダムを安心して受け入れてくれるのだ。最新機には十歳程度の感情アルゴリズムを搭載する予定のはずだった。

 視界の七割は緑色な郊外。建設に何億かけたか、わりかし新しい施設にやってきた。くれぐれも口外しないよう念を押してから、中へ入った。


「顔パスなんですね!」

「君だって自分のレストランの厨房は顔パスだろう?」


 くだらないことに突っ込む男だ。静かに着いてくる女性陣を見習ってほしいものだ。自分の目的を概ね果たしたことでネジが緩んでいやがる。

 目的の部屋につくと、目の下にクマを作った富岡が倒れ掛かるように私の両肩を掴んだ。ゾンビのようだ。


「お前、また寝てないな?」

「だって研究は趣味、趣味に寝る間を惜しむのは……って違う! 早くあれをご照覧!」


 もう日本語がおかしい。もしや絵と言うのも富岡の幻覚ではないかという予感がした。連れ合いも引き連れてアダム専用の部屋を見降ろした。


「おい…………嘘だろ」


 私は息が止まるかと思った。やつは四本のアームで、『白翠嵐の情景』または『傷つける優しさ』を描いていたのだ。それも壁にアームで傷を付けてまで、だ。榎本氏の絵は世界に公表されてはいるが、アダムシリーズはw.w.w.に接続する機能を有さない。こちらから与えても居ないだろう。榎本氏と桝田も面食らって、妻など真顔で仕込みを疑っている始末。


「分かりますか? 全ての要素を洗いなおしても、この現象の説明がまるでつかんのです! チームの全員が三日三晩頭を悩ませて、それでも分からないなど今まで無かった! 先輩、知恵をお貸しください。……先輩?」


 分かるものか分かるものか。優秀な元部下たちに分からず、画家連中にも分からず。ただ、そこに、明らかに、見覚えのありすぎる絵が刻まれる不気味さと言ったら、狂気してしまいそうだ。

 私はアダム四世に向かって叫んだ。


「その画の題名はなんだ!!?」


 アームを止めて、にゅっと私を見上げたその顔は、幸福を体現したように朗らかに見えた。そして機械の口は開く。


「『第二百五十六次元の喉元』、ですよ」

ここまで読んでいただいたことに関して、筆者が飛んで跳ねて喜ぶことで、感謝の意とさせていただく。

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