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怠惰な閑古鳥

当作における全ての固有名詞は疑いなくフィクションであるが、この本質的な事実までもそう断ずるか否かは読者に一任するものとし、これを強制しない。

「んでぇ、今日にも会ってくれるんだ? ふぅん。博士号ってのは便利だねぇ~」

「そんな物ちらつかせちゃいねーよ」


 東京は御茶ノ水へ走る車内。妻・文香は不満一杯で、やったら当たりが強い。ゲイジュツカに敵対心があるでもなし、原因はやはり後部座席の若造だろう。妻は私たちの所有物が誰かに侵されるのを嫌う節がある。この桝田と名乗る男は礼儀正しく、少しくらい小言を挟む余地があった方がじじいばばあとしては有難いのだが。

 そんな事は露知らず、桝田が口を開いた。


「次の交差点を右折です。いやしかし、本当に感動です。自動運転車が公道を支配するこの時代にランエボⅩに乗れるだなんて」

「ハハハ、どうも」


 今時この車を知ってる三十代なんて絶滅危惧種だ。おまけにナビまでしてくれちゃって。桝田からの電話を受け取ったのはほんの今朝のことだ。


◆ ◆ ◆


 街に一軒はあるであろう何をしているのか不明な店。『問題店』なんて店名からは商品、サービス、想像し難く、当然閑古鳥が鳴く。尤も、私の狙いもそこにある。50代ニートなんて肩書も考え物なんで、とりあえずこうやって社会に参加しているわけだ。

 ひとまずは妻が出勤してくる前に店舗前の掃き掃除くらいは済ませなくていけない。が、高額なリラックスチェアというやつは立ち上がる気力を奪うもので時計の長針は既に半周を終えた。

 台所で仕込んでいた甘露煮が香ると、胃が脳の待機命令を捻じ曲げた。よいやっと立ち上がると、雰囲気づくりの一環で置かれた黒電話(ただし現役)がジリリリと汚い音を上げた。


「はい、こちら『問題t――」

「守屋さん!! 俺です、富岡です! すぐに来ていただけませんか。もう本当に何が何だか……。アダム四世が今朝から突然e」

「うるせーなぁ。分かったよ行くから。切るぞ」


 覚えてたらな、と付け加えたのは受話器を置いてからだった。コホンと一つ咳をして、さぁ甘露煮を、と切り替えたのにまたジリリリ。


「富岡だったら怒鳴ってやる。……はい、もしもし。こちら『問題店』でございます」

「あ、繋がって良かった。あ、いえね、さっき掛けたら電話中だったものですから」

「あぁすいません、他所からちょっとした確認の電話がありまして(富岡のせいで危うく客に迷惑かけるとこだった……)」


 HPすら作成してない問題店だが、顧客は大事にする。仮にも商売をやる者のマナーくらいはわきまえているつもりだ。電話の向こうは若い男らしく桝田と名乗った。飲食店の経営をしているそうだ。


「実はですね、ご存知でしょうか? 榎本歌蛾美という画家がいるんですが、その方が最近発表した『白翠嵐の情景』という作品が、六年前に私が描いた画と瓜二つだったんです」

「海外でも評価の高い画家ですね、知っていますよ。その方が盗作したのではないか、と?」


「違います」

「はい?」


「それは追って説明します。是非お会いしてみたいのですが、私の社会的地位ではアポイントメントを取るのが困難でして。そこで著名なエンジニアである守屋さまにアポイントメントを取り付けていただきたいわけなのです。勿論、貴方の名誉を傷付けることは絶対にいたしません。依頼金としては60万円。それと私の店での飲食は永久に無料とする。これが限界です」


 電話を聞きながら店を調べた。HPには確かに桝田直樹の写真もあり、そこそこには繁盛しているらしかった。私は依頼を引き受けた。

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