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ロイド・アンドーは不審者になる


 生物にとって睡眠という時間はとても重要だ。時にはその質で寿命にも影響する程に生命のシステムに深く関わっている。

 睡眠というのは本能に定められた不可避の欲求であり、肉体のメンテナンスを行う時間でもあるのでそれに抗っても良い事はない。

 しかしオレ達の意識が眠っている間も肉体は休まず働いているのだ。肺は呼吸を続け、心臓は鳴りっぱなし、細胞は常に生産と廃棄を繰り返している。脳ミソだって五感を閉じないで常に周囲を警戒してるってんだから、軍隊も真っ青な働きっぷりである。


 つまりな、そんな尊い労働を邪魔するヤツは悪だ。


「……ったく、何だよウルセェなー」


 騒がしい雑多な音のパレードで目が覚める。

 身をよじり顔をしかめてこの不快な目覚めを少しだけ慰める。オレの寝起きはだいたいこんな感じだ。

 薄く目を開いて暗闇を見つめれば、木の板の天井が呆っと見えてくる。顔をしかめたままそれを暫く見つめ。

 そして素早く身を起こしてベッドから降りて裸足のまま歩き出し、薄く光を零す鎧戸を外へと開け放つ。

 すると其処には、まだ明けきらない朝の日差しの中を忙しく行き来する人の群れがあった。


「……そうか。もう街まで来てたんだったな……」


 宿の二階から見下ろす通りは活気に溢れていた。

 異世界の人間はみんな早起きだな、なんて間抜けな感想を抱く。この世界にはまだ安価な照明器具が普及してないから、夜が明けたら直ぐに行動しないと一日の活動時間が確保出来ない。素晴らしく健康的でエコロジーな生活だ。


「……慣れねぇなー……」


 この世界へ来て約二週間、未だにここの生活には馴染めていない。

 少しだけ痒い頭を掻く。信じられるか? この世界、シャンプーが無いんだぜ?


 ◇◆◇


 盗賊を殲滅し無事に食料を確保したオレは近くの村へと向かった。馬で一週間かかる距離だ、盗賊から貰った迷惑料を積んだ馬車で移動するオレも、当然だか一週間かかった。

 別に食料だけ背負って走って向かっても良かったんだが、ビッチに説得されて仕方無くな。だってオレは馬車の運転できないんだぜ? 馬車を牽いた馬と一緒に走ったよ。


 道中、ビッチからこの世界の事を教わりながら、襲ってくるゴブリンや狼やハゲ鷹を返り討ちにして進む。盗賊との戦闘からしたら楽勝だった。

 どうにもオレの身体強化のレベルは相当に高いらしい。大抵の相手では脅威にもならないとビッチから笑われた。もっと具体的に説明してくくれば盗賊のボスの剣にビビる事も無かったんだがな。本当に嫌な女だ。


 そうしてやっと村へと着いたわけだが……オレは余り歓迎されなかった。

 事前にビッチに説明はされていた。微妙にオレを小馬鹿にした語りだったが、言われてみれば納得である。

 この村は辺境の農村で、生活圏の端も端、旅人も寄らない只の村だ。

 そこに突然やって来た大荷物の人物は十分に不審者だ。なにせ盗賊がいる世界だ、見知らぬ人間は警戒してしかるべきだろう。商人と偽っても、ここは商人すら来ない場所なら嘘だとすぐバレるしな。

 そこでオレは素直に用件だけ話した。食料や物品の取引と滞在する許可、休んだら出ていくと。信用が無いなら、それを無理に相手に求めても状況は改善しない。出来る事をしてくれれば十分だ。ビッチはこの状況を見越して、オレに手札を与えてくれたわけだ。

 結果、幾らかの荷物を売却し、代わりに食料の補充と村に一泊だけして次へと旅立った。最後には少しは信用を得られたらしく、旅の無事を祈られた。

 よかった、成り行きとはいえ盗賊から守る形になった村から酷い扱いを受けたら、流石に納得いかないからな。


『世の中お金よお金』


 ビッチの得意げな言葉が耳に残る。管理通貨制度における信用の重要性を言っているのだと信じたい。……ああ、自分で言ってて無理があるなコレ、ビッチだしな。


 それから更に二つの村で同じ様な事をしながらオレは大きな町を目指して旅を続けた。

 立ち寄った村はみな同程度の規模で、百から二百の村人が農畜産業を営んでおり、狩猟や手工業を副業として生計を立てているようだった。

 家は木製で道路は舗装もされていない。まぁ、近くから石材が採れるようには見えないしな、そんなもんだろう。何とも牧歌的な風景だ。

 ビッチによれば、この世界はアメリカ開拓時代程度の文明はあるらしい。オレはもっと古い時代を想像したが、田舎はこんなものだと説明された。

 しかし、そんな事を言われてもちょっと想像が付かないな。開拓時代なんて知識でしか知らない。古い西部劇のムービーなら見た事はあるが、この村人たちは銃もカウボーイハットもジーンズすら持っていないんだぜ?

 代わり村の自警団みたいな人物が身に着けているのは簡素な衣服に防弾チョッキみたいな硬そうな革の鎧に槍や農作業用のフォークだ。それに魔法さえあれは銃は要らないって事なのか?


『だから、中世ヨーロッパ()のファンタジー世界よ。なんとなぁ〜く感動しとけばいいの! 貴方に農業をやれって言うわけじゃないんだから、さっさと都市へと向かいなさい』

「へいへい」


 そんな会話をしながらこの近隣を纏める都市へと歩みを進める。

 流石に都市へと近付くと道行く人影も増えてきて、馬車と歩いているオレは浮いてしまっている。怪しまれても面倒なので馬車の運転も覚えた。馬とも仲良くなってきたから意外と簡単だった。

 旅の途中の数度の野営は、危険があればビッチが無理矢理起こしてくれるので、その不機嫌をモンスターへとぶつける作業だった。コイツらを殺すのも慣れてしまったな。


 そしてようやく辿り着いた目的の都市は――壁だった。

 城壁というヤツだろうか、石造りの立派な防壁だ。高さは15フィート強、4〜5mくらいで、あまり高くはないが都市全体を囲むソレは果てしない。


「ワァオ、コイツは凄いな」

『でしょ? これがファンタジーよ』


 そうか? オレには歴史モノのドキュメンタリー映画でも見ている気分にしかなれないな。コレとアメリカ開拓時代を比べられた理由が分からなくなってきたんだが。

 その思いは城門へ向かっている内に益々強くなっていった。だってツヤツヤに輝く金属の鎧で武装した兵士が門番をしてるんだからな。ホントにいつの時代だよ。

 首を捻りながら門を通る。他の人達も素通りしてるからそうしたんだが、そこで兵士に呼び止められた。


「そこの男、待て」

「…? なんだ、オレのことか?」

「そうだ。ちょっとこっちに来い」


 手招きされて門の横の詰め所の前へ連れて行かれる。

 オレには疚しいところなんか無いから素直に従ったんだが、あからさまに怪しいと言われた。現在のオレの格好は盗賊たちから奪ったシャツとパンツだ。周りの人達と大差ない服装なんだけどな。


「見ない顔だな。異国の者か? 何処から来た?」


 ああ、そういう事ね。

 目に付く人間はみんな彫りの深い白人顔だ、髪色だけは染めた様にカラフルだが。対してオレはアジア系の童顔だしな、そりゃ目立つ。


「いや違う。だが母親が異国の出でね、親父はアンタらと同じだがオレは母親に似たんだ。そんな生まれだから村に馴染めずに各地を転々としてた。ココには荷の処分に寄ったんだ」


 言って馬車を指す。


(あらた)めさせてもらうぞ」

「ああ、いいぜ」


 そして馬車から荷物を引っ張り出す兵士たち。当然だか出てくる荷物は金目の物から武器やら食料まで盛り沢山だ。メチャクチャ怪しいよな、うん。兵士の目が座ってるぞ。


「……おいお前、コレは何だ? 全部お前の物か? 何処でどうやって手に入れた?」

「旅の途中で盗賊に襲われてな、その戦利品だ。一応オレの物だと思うんだが……疑うなら預かってくれ。オレが盗賊じゃないなんて証明できないしな」


 兵士が気にしてるのは、オレが盗賊の仲間で、街で悪さや物資の補給の為に来たんじゃないかって所だろう。


「……そしたらお前はここで何をするんだ? 荷を売りに来たんだろう?」

「職を探すさ。旅の途中で両親が死んじまって…両親は旅商人だったんだか、生憎オレにはその才能が無くてな。新しく食い扶持を見つけなくちゃならねぇ」


 いや、死んだのは俺の方なんだけどな。


「商人ギルドの免状を見せろ」

「前の街で取り上げられちまったよ。ソイツらが信用できないから他の場所まで売りに来たんだ」

「なら職の当てはあるのか? 飛び入りで雇ってくれる仕事なんて、冒険者くらいしかこの街には無いぞ」

「それも含めて探すんだよ。ご覧の通り、腕っ節には自信がある」


 言って荷を指せば、兵士はオレを睨んで考え込んだ。眉を上げて見つめ返してやる。


「……いいだろう。だが荷はこちらが預かる、返却は保障しない。それと、宿が決まればここまで報告に来い。少しでも怪しい動きをしたら問答無用で捕まえるからな?」

「だったらいい宿を紹介してくれ、それなら面倒がない。おっと、しばらくの宿代くらいは持たせてくれるよな?」


 腰に吊るした袋を叩いて示せば、兵士は益々しかめっ面になった。


「……それも見せろ」

「オーケーだ」

「あとお前……名前は?」

「ロイドだ。ロイド・アンドー」


 そうしてオレは無事に都市の門を潜った。


 都市の名はヘカテス。サラドナ王国の東、コフリード伯爵領の第二都市だ。


 ◇◆◇


『貴方、詐欺師の才能があるわ』

「弁舌が立つと言え」


 宿の一階で朝食を済ませて部屋へと戻る。

 その時も宿の従業員とウィットに富んだ会話で情報収集をしたんだが、ソレをしてオレの事を犯罪者呼ばわりとはヒドい女だ。


「言葉を操れない法学者なんて、売れない歌手並みに仕事が無いぞ」


 もしくは、口の悪い神に信者はいない、といったところか。


『な!? 失礼なっ、発言を撤回しなさい!』

「なんだ、オマエ信者がいないのか? 気にしてたんなら謝るよ、悪かったな。まさかオマエの事だとは思ってなかったんだ」

『そ、そそそそんなわけ無いですよ? 現に私は貴方の神ですし? 他にも不特定多数の信者が毎日わたしに祈りを捧げていますのことよ。ホホホッ』

「オレの神はオマエじゃねぇ」


 上手くやり込めたと思ったら微妙な言葉を返してくる。本当にビッチはビッチだ。


 未だに何かを喚くビッチを無視してサイドテーブルの上に置いた桶の前へと移動する。そして目の前で人差し指を立て、魔法の言葉を口ずさむ。


「ウォラー」


 するとあら不思議、指先に水の玉が現れて浮かんでいる。

 それを口に含んで口内を濯ぎ、桶に吐き出す。歯ブラシ買わないとな、売っているだろうか?


『貴方ねぇ、そのネイティブな発音やめてくれない? 雰囲気が出なじゃない。ウォー、ター、よっ」

「どうせ翻訳されるんだろ? 一緒じゃねぇか」


 言ってもう一度指先に水を出し、今度は飲み込む。

 馬車の旅はわりとヒマだった。そしたらビッチが魔法を教えてくれて、今ではオレも立派なマジシャン(手品師)だ。

 今の魔法は『クリエイト・ウォーター』。まんま魔力で水を生み出す魔法だ。魔法名をしっかり唱えた方が発動しやすいが、面倒なら省略できるファジーさだ。

 なのにビッチは英語でさえ日本の発音を強要してくる。やたらと日本贔屓だ。


 桶を手にして部屋を出る。そして廊下の端にあるレストルームでトイレットへと流す。トイレットは水洗式だが共用だ。部屋に無いのは不便だな、シンクも無いし。

 この街は下水が整っている、上水も完備だ。井戸水を使うのが普通だが、魔道具という高価な魔法の道具で手軽に補水する金持ちもいるらしい。なのにポンプは無い。

 他にも、窓ガラスは無い建物は多いが無いわけじゃない。自動車は無いが空飛ぶ人間は居たな。火も薪や蝋燭を使ってるが、コレも魔道具のキッチンとかもあるらしい。しかも、ココはまだ田舎だが王都はもっと発展してるとか。

 コレ、もしかしたら開拓時代より進んでないか? 限定的にだが産業革命をすっ飛ばして軽く未来的でさえあるぞ。地域の格差が酷かった現代社会を思い出すレベルだ。


『魔法のある世界ですから。科学の進歩が遅れてる、なんてよくある設定よ。実際、魔物の脅威に対抗する為に魔法の研究は盛んだし。最新兵器の技術転用で生活が豊かになるって事は、貴方の世界でもあったでしょ? この世界では今まさに魔法でソレが起こってるの』

「なるほどな」


 便利に生活できれば何だっていいか。


 再び部屋に戻り、荷物を取ってまた部屋を出る。

 階段を降りて宿のエントランスへとでたんだが……受付の親父が何故か俺を見つめている。

 不思議に思いながらも受付へと向かって親父に部屋の鍵を差し出す。


「今から出てくる。たぶん夕方には戻る予定だ」

「……なぁあんた、部屋には一人だったよな?」

「ああ、そうだが?」

「……話し声が聞こえてきたんだが?」

「……独り言だ、気にするな。今から冒険者ギルドに行こうと思っててな。緊張を紛らわせてたんだ」

「……そうか」


 親父に手を振って宿を出る。

 ……そういえばココ、兵士の紹介だったな。きっと話は通っているんだろう、メチャクチャ怪しまれてしまった。気を付けよう。


『無職のニートが職質受けてボッチで独り言……プふぅっ』


 意味不明だが、とりあえず黙れ。


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