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ロイド・アンドーは修羅である


 森の闇の中を走った。

 怖かった。殺されたくなかった。

 なるべく遠くへ。奴らの声の届かないトコロへ。


『ハイハイ、ストーップ! 止まって、止まりなさい。もう大丈夫だから、だから落ち着きなさい』

「ウルセェッ!! 何が大丈夫なんだヨ! クッソ痛ぇ…。チクショウ、矢だ、たぶん撃たれたっ」


 背中――右肩の広背筋辺りか、熱い。

 脚は――右の脹脛(ふくらはぎ)の真ん中か、まだ矢が刺さってる。

 マジで痛えよ!


『だから止まって! それでよく見なさい。触って確かめてみて?』

「ビッチ! テメェくそっ! お前の所為で散々だ! 見ろこのキズをっ。身体に穴が―――。穴が……穴、空いてるよな?」


 脹脛に刺さった矢を掴んでみた。痛い。

 痛い事は痛いが、こう……浅いな。硬い矢の感覚が筋肉の奥までは届いていない。我慢すれば抜けそうだ。

 クソ、いてぇ……あ、抜けた。

 抜いた矢を見てみれば、先の形が真っ直ぐだった。鏃と言ったか、返しが無い。安物か? その先端の指先くらいが俺の血で濡れている。


『身体強化で防御力も上がっているの。普通に射られたくらいじゃ、その程度よ。背中の傷も同じ、コッチは矢は直ぐに抜け落ちちゃったわね』


 簡単に言いやがって。それでもマジで痛いんだぞ。ジーンズもジャケットも穴が空いて、血が染み込んで気持ち悪い。

 ああっ、クソッタレ! 頭の中がグチャグチャだ。黒い感情が胸の奥から溢れ出しそうだ!!


『そうそう。大声をだしちゃ駄目よ、抑えて。あんまり騒ぐと見つかっちゃう』

「………ビッチ。オマエ、ナンのつもりだ? オレは……死ぬかと思った。思わずママと叫びそうだったぞ! くそっ、情けねぇ! オレを笑い物にして楽しいかよ!?」


 顔が歪む。何処を睨めばいいか分からないから目を瞑る。声も体も震えを抑えるのに必死だ。握ったままだった矢が手の中で折れた。


『ええ、そうね。無様だわ、貴方。私は言ったわよね? 貴方には強くなってもらうって。油断するなとも言ったわ。命を奪うのに躊躇するな。敵はその尽くを排除しろ。私はそう、言ったわよね?

 ココは危険な世界よ、何の脈絡も無く悪意が襲って来る。それなのに、貴方はまだその意味を深く考えてなかった。危機感がね、足りないのよ。だから私が分かり易く教えて上げたの』


 ……だからって、こんな……バカにしてる。クソっクソっクソが!


『貴方の身体強化の強度なら、まぁ死ぬ事は無いと思ってたわ。実際そこそこ冷静に対処してたし。でも、貴方に戦う術があったなら……貴方に本当に相手を殺す覚悟があったなら、もっと()()()事は済んでいた。それくらい()()貴方は強くて、そして()()()()弱いの。私が貴方に求めるのは()()()()の強さでは無いわ。理解できたかしら?』

「………チッ、そうかよ。よぉ〜〜〜く、分かったぜ。これ以上無いくらいにな!」

『宜しい』


 それにしてもスパルタ過ぎやしませんかね?


『そうね、それは認めるわ。これが日本人だったら結構な安全マージンをとって大事に大事に育ててると思うわ。もっと段階を踏んで、ゆっくりと。それも個人に拠るけど。でもまぁ、そこは貴方への信頼の現れだと思って頂戴。私、貴方のこと結構評価してるのよ?』

「そいつは全然有り難くないな」


 今からでももっとナイーブになりたい。


『それはヤメて。私、貴方を慰めたくない』

「……そうだな。オレもオマエに慰められたくない」


 想像したら鳥肌が立つ。

 オイ待て、なんだこのプレッシャーは? ビッチ、なぜ怒る?


『減点です。本当に可愛げのないっ』


 勝手な女だ。


「それでだ。結局オマエはオレをココへ連れてきてどうするつもりだ? オレは水と食料が欲しい、だから人に会いたいと思ってたんだが」

『あら、だから居たじゃない? 人間。彼らも食料は持ってるわ』

(とぼ)けたこと言ってんじゃねぇ。頭を下げでヤツらに恵んで貰えってのか? それともヤツらのお仲間にいれてもらえばいいのか?」

『バカね。殺して奪うに決まってるじゃない』


 ああ、ヤッパリ……。


『あ、逃げるのはオススメしないわ。ここ以外で一番近い村でも馬の脚で一週間くらいは離れてるから。彼らの物資を奪えないと本気でヤバいわよ?」

「……ジーザスッ」


 畜生、選択肢がほとんどない。

 ビッチの言う、馬で一週間掛かる村まで何マイルだ? 馬は車よりはだいぶ遅いだろう。車とオレではどうだ? 食料は? 動物の血肉でも啜るのか? 狩り、食事、休息、移動、……どれだけの時間が掛かる? ああ、いや待て。あの盗賊たち、その一番近い村の方へ向かって来ないよな?


『ふーん、よく考えるのね。因みに教えてあげるわ、盗賊たちが向う先は貴方の考えの通りです。彼らは今「仕事場」の移転中みたいね。前の仕事場でたんまり稼いで、捕まる前に姿をくらます。それが盗賊の常套手段よ』

「……なるほどな。そしてオマエは次にこう言うんだろう?「ヤツらは今まで沢山人を殺してる。だから安心しろ」」


 最悪だ。オレの耳元で悪魔が囁くんだ。「汝の欲するところを行え」ってな。


『あれっ? 何故かしら、私のイメージ悪過ぎじゃない? あの…そんなに嫌なら、私が今からでも食事出してあげるから、ね? 貴方はよく頑張ったわ。後はもう食事にして、今日はゆっくり休んだらどうかしら?』

「オマエの施しなんて受けるかっ!」


 そうだ。ここでオレが盗賊たちを見逃せば、この先の村が襲われる。自己保身に逃げたオレに、このビッチはきっとこう言う。「貴方の罪を私は許します」ってな。

 そうやってコイツはオレを少しずつ懐柔していくつもりなんだろう。

 なんて厭らしいヤツだ!


「クソっ! 殺ってやる、ああ殺ってやるさ!」


 ……主よ、我が罪を許し給え……。


『あ、ヤバイ。追い詰め過ぎたわ』


 ◇◆◇


 夜の森は少々騒がしかった。

 と言っても怒声や騒音が響いているわけじゃない。彼方此方で足音や枝葉を掻き分ける音が鳴っている程度。

 しかし、それでも本来の森の住人からすれば身を潜める位には物騒で迷惑な行動だ。

 我が物顔で森を占拠した人間共が、張り詰めた顔をして走り回っているのだ。

 森に、戦いの気配が漂う。


 ……いや、全部オレの想像なんだけどな。普段の森の様子なんか知らないし。


『なんだ、結構落ち着いてるのね。心配して損しちゃった』


 オマエに心配されるいわれは無ぇ。

 あとな、落ち着いてるわけ無いだろ。これから人を殺そうとしてるんだぞ? 震えが止まらねぇよ。

 今も森の中を行き来する男二人を遠くの茂みから見てるが、オレの目は軽くイッちまってると思う。


『なら今からでも止めたら? 誰も責めないわよ』


 オマエはこの世界の神なんだろ? このまま悪がのさばって犠牲が出てもいいのかよ?


『私が神だからよ。善悪も幸不幸も、全てはその人のモノよ。私が手を出していい領域じゃない。それに、今私は貴方の神なのよ。貴方を優先するのは当たり前よ』


 とんだカミサマも居たもんだ。


『……実はね、貴方がこんな場所で生き返ったのも勢い任せの行き当たりばったりなのよ。狙ってた展開とちょ〜〜っと違うのよねー。だから貴方に無茶してもらうと私が困るっていうか……』


 マジかよ。

 こんなイカれた実地研修になんの計画性も無いとか、リスク管理がガバガバじゃないか。

 やっぱりオマエはビッチだ。


『神もサイコロを振るのよ、貴方の事ね』


 そーかい。

 だったら黙って見てろ!


 段々と近付いてくる男達は、たぶん偵察か連絡員か、それともオレの捜索か。

 盗賊たちはオレの事をスカウトかと疑っていた。討伐隊についても気にしていた。自分たちに追跡の手が伸びていると思って警戒してるんだろう。

 なら、離れて行動をしている連中から各個撃破してやる。


 息を潜めて狙いを付ける。

 手加減は無しだ。素早く組み付いて、力一杯投げ飛ばす。受け身が取れなければ直ぐには立ち上がれない程のダメージは受けるし、息も詰まる。何が起こったのかさえ分からずに、声も上げられない……はず。

 成功するイメージだけを思い浮かべる。それを達成する為に必要な条件を揃え、問題点を削ぎ落とす。失敗したらどうリカバリーしていいのか分からないからな、もう素早く逃げて仕切り直すだけだ。

 心に思い浮かべるのは怒りだ。殺しの覚悟なんて知らない。只々、オレに降り掛かった理不尽とヤツらが撒き散らしてきただろう理不尽を、怒りのままに燃やし尽くしてしまえ!

 そうか、ナルホド。オレはハ○クになればいいのか。


『……微妙に認めたくないわね。ソレってファンタジーなの?』


 知るかよ。

 そう吐き捨ててオレは飛び出した。


 全速力だ、オレと男達を遮る枝葉を気にせず突き破る。木っ端が弾け飛ぶ音が静かな森に響くが構わない。音に男達がコチラを振り向くが、その顔はもうオレの目の前だ。

 一人目の男に、ほとんど体当たりの様に腰からぶつかり足腰を使って相手を跳ね上げる。その飛んでいく身体を、逃さず掴んだ上半身を巻き込んで地面に投げ飛ばす。

 投げたら、本当なら相手を掴んだままの手を手放す。それだけで投げた衝撃は逃げ場を失い、相手を打ちのめす。

 その予定だったんだが、長年染み付いた技は頑なにその手を放そうとはしなかった。

 しなかったが、オレの投げの勢いは予想以上だったらしい。男の服は破れて千切れ、そのまま地面に叩き付けられた男は地面で跳ねて藪の中へ転がって消えた。


 その結果を確かめもせず、オレはもう一人の盗賊へと飛び掛かる。

 投げ飛ばされた仲間が消えた藪へと呆然と視線を向けていた男。スキだらけだ。

 今度は大外刈りの要領で地面にシッカリ叩き付けた。勢いがあり過ぎて腕がラリアット気味に相手の首元へ入ってしまった。

 地面に力無く不格好に横たわる男の姿を見て、首の骨が折れているかもしれないと思った。


「……アッチの男は?」

『かろうじて生きてるわね。全身骨折に内臓も無事とは言えないわね。トドメを刺してあげたら?』

「………。放っとけ」


 オレはその後、同じ手順で六人殺した。


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